完治するまでどのくらいかかったかは覚えていない。しかし、言えることは、

私の両親、お爺ちゃん、お婆ちゃん、叔母さん、叔父さん達に大きな心配をかけてしまったことは事実である。このあたりの記憶は余りないが、今、自分が親に

なり、もしも子供がこのような事故を起こしたら、心配や大きな不安に囚われるであろう。どんな親であろうと、子を思う気持ちは、海より深いのではないかと思う。ただ子供にとっては、親の気持ちは中々解らないのではあろうが。

こんな大きな怪我はあったが、小学校に上がる前までは、田舎で暮らした日々のほうが多かった。楽しい思い出ばかりである。

町の病院まで到着するのに1時間位かかたのではないかと思う。今、振り返ると病院に着くまで、叔母さんの心中、いかがばかりなものであったかと思うと今は亡きこの叔母さんにただただ感謝のみである。結局15針ほど足の甲を縫い、今でもその傷跡はしっかりと残っている。お爺ちゃんが朝砥いだカマをうっかり土間に置いたまま外に出てしまった。私が土間を走り抜けようとしたその時、そのカマの柄の先端を運悪く右足で踏んでしまい、カマが立った所へ再び右足が今度はカマの刃の部分に私の右足の甲が当たり、研ぎたてのカマであったために、切れ味鋭く足の甲がスパッと切れてしまった。

私は痛さの為、泣きじゃくりながら両手で足の甲を力一杯押さえたが、血は

指の間からなおも流れ出していた。私はただ泣き続けた。やがて、叔母さんが

帰って来て、土間にうずくまっている私を見つけた。叔母さんは駆け寄って

きて、怪我をしている私を見て直ぐ応急処置をして、病院に連れて行く用意を

し出した。私の足首と足の甲を布でしっかり押さえ、紐できつく結びつけた。

すぐさま、叔母さんは私を背中におぶって、バスの停留所に向かった。当時、

私がいた田舎から町まで出るバスは、午前中2本、午後2本位しか出ていなかった。しかし、何と幸運にも停留所で少し待っただけで、バスに乗ることが出来た