緩い密室殺人。[?]

クェンティン・ジャコビー:主人公
グロリア・ゴールド:グローバル警備保障社長
ジョン・ロンバルド:ピナクル・ルームの支配人
ロバート・ライダー:同副支配人
ピエール・モレル:同ワイン・スチュワード
ジャニーン・デュページ:同ホステス
エンジェル・ルイス:同従業員
ブラント・ハーウェル:インターダイン社長
サム・フェンテス:ジャコビーの友人
エズラ・フェアブラサー:霊感師
パワーズ:マンハッタン第一分署殺人課警部
プラトン・ソーソン:同警部補
マクスウェル・ホン:同巡査部長

※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



警察を退職し、のんびり暮らしていたジャコビーに旧友である警備会社社長から連絡が入る。高級レストランで盗難事件が多発していて、その警備を依頼されたが、その人員が居ないという。どうしてもと頼み込まれ、渋々引き受けてみると、初日に殺人事件が発生する。

被害者はレストランの支配人。警備を依頼した張本人でもある。事件発生時、レストラン内は密室。現場に居たと思われる人物は3名だけ。被害者の恋人が2名と、ジャコビーである。



…と書くと、いかにも本格推理物っぽいし、文庫本の粗筋にも「本格推理」と書いてある。が、そこには「著名なノンフィクション作家が覆面で発表」とも書いてあり、既に嫌な予感はしていた。「本格推理」なんてのを期待すると落胆してしまう。

原題は「NIGHTCAP」。被害者は寝酒(nightcap)を作りに来たところで殺害された、とそれだけの題名だ。こちらのほうがまだ作品の雰囲気に似つかわしいのだが、この邦題では読了後には騙されたような気にさえなる。まるで密室の謎がメインのように見えるが、重点が置かれてるのはどちらと言えば風俗のほうだろう。街や人を描く筆致は悪くない。が、ミステリとしては僕の好みではない。主人公たるジャコビーは事件解決とは無関係に暴漢に襲われ、馬と話せると自称する怪しげな人物はこれまた事件とは無関係。永遠の幸福(エターナル・ハピネス)なる、怪しげなキーワードは単に不動産会社の名前で、この会社は事件の重要な要素ではあるのだが、その言葉自体には何の意味もない。

密室の謎については単純。実は現場にはもう一人の人物(犯人)が居て、鏡の裏の、ちょっと見ただけではそこにあるとはわからないワインセラーに潜み、隙を見て屋上からロープを使って脱出した。

犯行の流れをもうちょっと詳細に書こう。

[①殺害 → ②物音を立てて、ジャコビーを現場に呼び寄せる → ③ジャコビーが到着する前に別の部屋のワインセラーに隠れる → ④ジャコビーが死体を発見し、レストランが封鎖される → ⑤警察は部屋を調べるが、鏡の裏のワインセラーの存在に気づかず部屋を出る → ⑥犯人は捜査のゴタゴタに紛れて部屋を出て、エレベーターで屋上へ → ⑦屋上からロープで脱出]

まず、犯人が隠れているワインセラーが警察に発見されなかったなんてのが厳しい。鏡版が開かれて、そこにワインセラーが覗く場面も、後にダメ押しとしてその存在に触れる場面も描かれているので、アンフェアとは言わないが、こんな隠し部屋なら警察が見落としても仕方ないなんて真相では拍子抜けもいいところ。ホームズの時代の作品ならともかく、1980年代の作品でこれではねぇ。その上、警察がビル内を忙しく調べまわってる混乱に乗じて屋上から脱出なんて、開いた口が塞がらない。しかもこれは突発的な犯行ではなく、計画殺人と来たものだ。なぜわざわざこんな運任せな緩い計画で殺さなきゃならないのか。

ビルを降りた後の、屋上から垂れ下がってるはずのロープがどうなったのかに触れてない点も不満。自動で巻き上がる仕組みになっているのか、あるいは後にまた屋上へ行って、巻き上げたのだろうか? 後者の場合は、その間誰にもロープが発見されなかったという不自然さが残る。下からロープを外せるという可能性も考えられるが、その場合は100m以上もある丈夫なロープをその後どうやって運び去ったのかという謎が残る。ひょっとしてビルクライマーならこんな疑問の解答は常識なのかも知れないが、読者の大半であろう平均的な一般人にはわからないんじゃないだろうか。

馬と話せる人物・エズラの件も不満。彼は離れた場所から馬をコントロールできると称し、その能力を使って賭け競馬で大儲けできると言う。しかしその能力の使用には様々な条件が揃うことが必要なのだ。曰く、昼間、己は高所にあって、相手はハーネスを付けた馬でなければならず、騎手が乗っている馬は駄目。

ミステリ読者としては、当然彼は何らかのトリックを用いる詐欺師なのだが、結局彼はその能力を存分に発揮し、最後までその力の謎は解明されず、単なる詐欺師なのか、それとも本当に超能力を持っているのか判明しない。

基本的に、ミステリは謎を残してはならない。雰囲気物のサスペンスならそれでもいいんだろうけど。仮に、スリッパが片方なくなってしまったり、猫の様子がおかしかったり、誰かがふと何かを呟いたりする場面を意味ありげに書いたとするならば、作者はそれが何を意味していたのかを説明する義務がある。もし謎を残すならば、それを残すこと自体に特に趣向がなければならない。非ミステリ作家はその点が理解できない者が多く、特に意味もなく謎を謎のまま残してしまうことがよくある。

最後の10ページでいきなり事件が解決する、唐突すぎる展開もひどい。まるで推理クイズの解答編のようだ。脱出トリックの解明なんてのは、根拠のない推論をまくし立てるだけだし。

冒頭に事件の舞台の地図が付いてるけど、これは読者が推理するのに役立てる材料ではまったくない。こういうところにも、作者の主眼が置かれているポイント、その志向するものが推理物ではないことが表れてる。
ホームズ譚のパロディー。シャーロック・ホームズと夏目漱石との邂逅。密室内で一夜にしてミイラに。(「・ω・)「にゃおー [??]

※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



英国留学中の夏目漱石がシャーロック・ホームズと知り合っていたら…という設定の、ホームズ物のパロディ作品。

漱石はある問題に悩まされていた。下宿先に幽霊が出るのだ。しかも宿を変えても変えても付いてくる。困り果てた末、紹介されたホームズに相談すると、理由は不明ながら幽霊はピタリと現れなくなった。

そして後日、ロンドンで奇妙な事件が起こる。閉ざされた室内で火災が発生し、それはすぐに消し止められたのだが、部屋の中に居た、数時間前まではちゃんと生きて動いていた人物が、ミイラと化していたのだ。そのミイラの口の中に残された紙切れには、東洋の文字のような奇妙なものが書かれていた。そこで日本人である漱石がそれを見てみると、そこには「つね61」と読める文字らしきものがあった。



まず構成が面白い。奇数章は漱石による記述、偶数章はワトソンによる記述となっており、物語の推移が交互に異なる視点で描かれている。この趣向だけでも惹かれる。

ワトソンによる章はいかにもホームズ物原典を上手くシミュレートしており、これだけでもスタンダードな外典として充分成立するだろう。火災の密室から脱出するトリックはかなり強引だが、それも"らしい"と言えば"らしい"。模倣と呼ぶには、伏線や論理性はしっかりしすぎているがw

そしてそれ以上に漱石による奇数章が面白い。こちらはワトソンによる章と対比するように、ユーモアを強く感じさせるものになっており、ホームズは初対面の相手に見当外れな推理をして、それを正そうとすると殴りかかってきたり、悪の親玉としてモリアーティ教授なる架空の人物を妄想の中で作り上げている、かなりイカれた人物として描かれている。

これは単なるお遊びレベルを超えて、あるいはこちらのほうがホームズの実情(と言っても当然フィクションなのだが)だったのではないだろうかすら思わせる。ホームズとモリアーティとの対決を描いた「最後の事件」は、ワトソンがホームズの世間体を慮り、辻褄合わせに苦労しつつ書いたでっち上げであり、読者からは様々な矛盾点を指摘され、事実が露見しそうだとワトソンが愚痴る場面などは、ファンならずとも笑みがこぼれるだろう。

作者本人が書いているとおり、ホームズの高笑いのくだりはなるほど大した効果も上げておらず、付け足しの感は否めないが、それを差し引いてもオチに至るまで、まとまりの良い、完成度が高い作品。

ただし、謎の文字の解読自体はミステリを読み慣れた者にはあまりにも簡単であり、ならばと、それが事件を解く鍵になっているかと知恵を絞ってみれば、実は事件そのものには関わっておらず、解読以上に頭を悩ます必要はなかったと、最後にようやく判明する点は残念か。
ユーモア・ミステリ。無人島での死体消失。[??]

※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



番組制作のため、無人島・猿島を訪れた一行。「猿の首に呪いあれ」「猿の首、体から離れる」という謎のメッセージが書かれた紙を発見する。そこに台風が直撃し、一行は滞在した別荘の一室で、背中にナイフを突き立てられた西村カメラマンの姿を目にする。

嵐のため、すぐに警察と連絡を取ることもできず、さてどうしたものかと、部屋を出てホールに集まり話し合う一同。そこに怪しげな叫びが聞こえ、死体があるはずの部屋を再び訪れると、そこに死体はなかった。

嵐の間隙を縫って、刑事たちがやって来る。そして第二の事件。向井が自室に入ったまま消え失せる。そしてその代わりに、消えていた西村カメラマンの死体がそこにあった。調べようと死体を抱え上げると、その瞬間に首が転げ落ちる。あの「猿の首、体から離れる」というメッセージをなぞるかのように。



粗筋を書くと重そうにも見えるが、内容は島田荘司のこれまでの作風とはまったく異なるユーモア・ミステリ。読み始めこそ、普段生真面目なひとが必死にギャグやってるみたいな痛々しさもやや感じたが、こういうユーモア感覚は嫌いじゃない。ステレオタイプで描かれるTV業界や、皆でジャムセッションする場面などは素直に面白いw

第一の事件・死体消失は、ヤラセばかりやってるディレクターをヤラセで驚かせようという、他の全員による芝居にすぎない。全体の3分の2、(文庫版では)200ページ目ほどまで来てようやくこれが判明するのは、読者に対して遅すぎやしないか。

被害者の首が斬られていたと聞けば、ちょっとミステリを読み慣れた者なら必ず思い浮かぶであろう、あのトリック。はい、今回もそれですw そこに特にヒネリもありませんw

首と、凶器である刀の隠し場所は無理があるんじゃないかなぁ。あれだけの嵩と重量がある物を隠したまま、皆に気付かれないように自然に行動可能だろうか。計画も練りに練って、練習を重ねてのものではないし。

計画自体もご都合主義の感が強い。もっとも、偶然にもおあつらえ向きの状況になったからこそ、このような殺害計画を立て、実行する気になったんだけど、そこが多少引っ掛かるのも止むを得ない。

でもこれは紙を費やせばどうにでもできる部分だし、それをしなかったのは、そのほうが話の流れが良いためだろう。額に皺寄せてブツクサ文句言いながらではなく、力を抜いて読むべき作品w