ネロ・ウルフシリーズ。集まった名料理長たちの一人が殺される。[??]

ネロ・ウルフ:私立探偵
アーチー・グッドウィン:ウルフの助手
マルコ・ヴュクシック:ウルフの友人。料理長
ヘローメ・ベリン:コリドーナの料理長
コンスタンサ・ベリン:ヘローメの娘
ドメニコ・ロッシ:エンパイア・キャフエの料理長
ディーナ・ラスジオ:ドメニコの娘
フィリップ・ラスジオ:ディーナの夫, 料理長
レオン・ブラン:料理長
ラムジー・キース:料理長
ピエール・モンドール:料理長
セルゲイ・ヴァレンコ:料理長
ローレンス・コイン:料理長
ルイ・セルヴァン:料理長
クレー・アシュリー:カノーワ・スパーの支配人
ガーシャム・オーデル:ホテルのお抱え探偵
バリー・トールマン:郡検事
サム・ペティグルー:保安官
レイモンド・リゲット:ホテル・チャーチルの支配人兼共同経営者



「15人の名料理長」による晩餐会は5年に1度催される。今回の会場であるカノーワ・スパーへ行くことは自分が言い出したことなのに、名探偵・ネロ・ウルフは列車に乗ることに怖気づいていた。それを助手のアーチー・グッドウィンがなだめすかして、なんとか列車に詰め込み、無事会場へ到着したのも束の間、料理長たちとウルフによるゲームの最中に、フィリップ・ラスジオが背中にナイフを突き立てられ、殺害されてしまう。被害者はあまり好ましい人物ではなく、彼に対して殺したいほどの感情を抱いていた人物は、料理長たちに限定してさえ、少なくとも3名。

普段は相手が警察であろうが我を通すウルフも、事件の当事者のひとりとなってしまった以上、下手なことをすればいつまで足留めされることになるかわからない。渋々ながら自身の慣例を破ってまで警察の尋問に応え、忍耐力の限界に挑戦しているかのようなウルフの姿を眺めるのは、アーチーにとってはなかなか愉快なことでもあった。

しかし料理長のひとり、ヘローメ・ベリンが警察に逮捕される事態に至り、その無罪を示して欲しいとマルコ・ヴュクシックたちから頼まれると、ウルフは友情の観点からもそれを引き受け、ベリンを解放することには成功する。

ウルフとしてはそれ以上事件に関わる気はなかったが、自身が狙撃され、軽度なれど負傷したとなると、もう犯人を見逃す気にはならなかった。ラスジオ殺害現場で目撃された、黒人に扮した男の正体は――


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



日本での扱われ方からすると想像もできぬほどの人気を米本国では博す、ネロ・ウルフシリーズのひとつ。ウルフは探偵を生業としているものの、選り好みは激しく、引き受ける際の報酬は高額。美食と蘭の栽培を愛し、相手が誰であろうが、それを妨げることを許さない。ダイエットへの関心はないに等しく、肥満体型。女性に対しては非常に偏見的な感想を抱いている。金持ちで、肥満なんて気にせず、それに加えて女嫌いとくれば、米国においては英雄であるw 彼の行動力不足は、女性を愛し、記憶力抜群の活動家で、いかにも米国の好青年といった具合の、助手のアーチー・グッドウィンが補っている。

ウルフが登場した当時の米国では、美食などというものはあまり一般的なものではなかったが、その作中で披露される色とりどりの料理の数々は読者の興味を惹き、その料理本も出版されたという。

ウルフ物の面白さは、事件の謎解きよりも、主要登場人物による、掛け合い漫才のようなやり取りにあると唱える者も多いらしい。実際、本作を読めば、なるほどと思えるだろう。本作はこのシリーズの代表作のひとつなのだが、謎解き部分はまったく大したことなく、殺害の実行犯が判明しても、「はあ、そうでしたか」程度の感想しか出てこない。共犯者との繋がりも唐突すぎて、何ページか落丁でもしてるのかと思うほど。読み終わってみれば、あまりにも単純な事件。

黒人に扮するトリックはチェスタトン風。だが、上手く使ってるとは言いがたい。
過去の奇怪な事件を中心に別の2作品を配した奇妙な構成。二階からしか行き来できぬ中庭を囲む奇妙な屋敷に現れ、死体を軽々と運ぶ“鬼”。[???]

八神一彦:探偵

※以下の反転表示部はネタバレ注意。




時は第二次世界大戦末期。日々激しくなる米軍の攻撃を避け、梶原兵吾少年は田舎へと疎開していたが、縁者たちが次々と死んでいく現実に耐え切れなくなり、発作的に家出してしまう。そして歩き疲れ、いつしか意識を失っていた彼は、誰かに背負われていることに気づく。――いったい誰の背中だろう―― 未だに意識がはっきりしない彼の目に映ったのは、父のものでも、母のものでもない、もじゃもじゃの髪の毛。そして、そこからにょっきり伸びた二本の角だった。

次に兵吾が目覚めると、目の前には一人の老婆が居た。どうやらここはどこかのお金持ちの別荘で、老婆は夫とともにその留守を預っているらしい。翌日には夫も戻り、車も使えるということで、兵吾はここに一晩世話になることとなった。

屋敷は奇妙な構造だった。巨大な武将像が立つ中庭を完全に囲むように建てられているのだが、その中庭への通路が、2階の「鬼の間」からの階段しかないのである。そして中庭に面した2階の窓はごく普通の窓なのだが、1階のそれはとても小さく、はめ殺しになっている。兵吾は2階の「風の間」を与えられ、眠りに落ちた。

空中戦の音に、兵吾は目を覚ました。今ではもうこんな田舎にまで、敵機は襲来するようになったのだ。空が静かになり、ようやく落ち着きを取り戻したのも束の間、兵吾は窓に恐ろしいものを見た。青くギラギラと輝く目、金色のもじゃもじゃ髪、窓を揺する巨大な手――それは鬼だと兵吾は思った。やがて音が止んだ。窓の外には誰も居ない。――夢だったのだろうか―― ここは2階である。窓の外に誰かが居たはずはないのだ。しかし、痕跡があった。雨も降っていないのに、窓が――鬼の体液によるものであろうか――濡れていたのである。

そして崖崩れで村への道を閉ざされ、落下傘降下した米兵探索中の日本兵4名(松永、河瀬、山之辺、中島)とともに屋敷に留まることになった兵吾は、さらに恐ろしい体験をすることになる。

2階の「花の間」に居た松永が死に、彼と一緒に居たはずの中島は、中庭の高所に取り付けられた虎の彫刻に吊られて死んでいた。「花の間」の扉には河瀬が居たので、そこからの出入りは不可能である。山之辺は武将像の槍に突かれて死んでいた。どれも人の手で容易にできることとは思えない。そして、「予備の間」の奥に隠されていたもう一つの部屋の中で、米兵の死体を発見すると、その直後に二本角が生えた生き物が現れる。河瀬が即座に射殺したそれを見てみれば、大きさこそ河瀬と同じくらいだが、まるで鬼のようだ。さては老婆も鬼の仲間かと、河瀬は彼女を縛り上げ、その部屋に閉じ込める。

怪異は続く。松永の死体とともに中庭に並べておいた中島の死体が、虎の彫刻の口に咥えられていたのだ。老婆の様子の確認と、隠し通路の探索のために、「予備の間」に入る河瀬。兵吾は懐中電灯を取りに、崖崩れの現場へと向かった。それから兵吾がようやく屋敷に戻ると、玄関ホールはなぜか絨毯が濡れており、それは「予備の間」に向かうに従ってひどくなっている。開け放たれた「予備の間」の扉から中に入ると、河瀬は額を割られ、死んでいた。ぐるぐる巻きにされた老婆も死んでいた。兵吾は泣き叫びながら「予備の間」を這い出した。彼の記憶はここで途切れている。



奇妙な屋敷での古い怪事件を扱った第三部、「安達ヶ原の鬼密室」が中心となっているが、第一部と第五部に「こうへいくんとナノレンジャーきゅうしゅつだいさくせん」、第二部と第四部に「The Ripper with Edouard」という、別の二つの作品を配しており、さらに第三部では作中に別の事件の回想が挿入されているという、なかなか複雑な構成になっている。物語はそれぞれまったく独立しているが、どの作品にも共通の「トリック」が用いられている。一つの話が解決せぬまま、別の話が始まってしまうので、読んでいても非常にもどかしく、第三部の途中で「密室の行水者」なる、別事件が挿入されると、もう苦笑するしかない。

だが、確かにこういう形でしか書けない小説だろう。もし並び順が、一つの話が終わったら、次の話、という構成だったら、何せ共通の「トリック」を用いているゆえ、二つ目以降の話はすぐにタネが割れてしまう。これはそこがカヴァーされ、同一トリックで複数の物語という、面白い趣向を可能にしている。(「こうへいくんと~」はちょっとした小話で、「The Ripper ~」での「トリック」の使われ方は付け足し程度だが、もしどれもが濃い内容だったら、読者としてはつらそうだ。傑作をものにするには困難そうな趣向でもある)

とにかく、本編たる[安達ヶ原の鬼密室]が始まるまでが長すぎる。





[こうへいくんとナノレンジャーきゅうしゅつだいさくせん]

指輪を入れたガチャポンのカプセルを、井戸を模した穴に落としてしまう。その口には鉄格子。腕くらいは充分通るが、ひとが下りることは不可能。大人たちも集まってきて、知恵を絞る。



最後の「まほう」の正体は不明だが、数時間で勝手に処理されるようになっているのかも知れない。イラストで見た構造からすると、もしそういうふうにできていないとしたら、日常的に衛生上の問題が発生しそう。




[The Ripper with Edouard]

幼き頃より数えて、4つの殺人を犯した男。その男と、彼に協力した「エドワード」の正体は? なぜ死体を木の上に隠したのか?



犯人はやっぱりね、という感じだが、エドワードの正体は面白い。だから日本が舞台じゃないのね。




[安達ヶ原の鬼密室]

大掛かりで派手な仕掛けで、読んでいて嬉しくなってしまうが、登場人物がすぐにそれに気づかないというのは、無理がありそうな。元々、内部の者にそれを秘密にするような意図はないだろうから、痕跡を残さないような作りにはなっていないだろうし…。




[密室の行水者]

4階建てマンション風の別荘の脇に男女二つの死体。女は墜落死だが、男は溺死。前夜は雨だったので、現場の水溜りができていたが、溺死体はそれによるものではない。死体の傷は、溺死後に落下して発生したものだった。死体の上方にはバルコニーがあり、その奥の浴室の扉は開いていた。一見、女が男を殺し、一緒に、あるいは先に死体を投げ落としてから自分も飛び降りたようである。しかし、両者の死亡推定時刻は、男は午前4時、女は午後5時と見られ、13時間もの隔たりがある。そして、女は男の死亡推定時刻のアリバイを持っており、心中としても妙な具合だった。



男が酔った末に浴槽で溺死し、それを見つけた女が、愛する男の死体と一緒に身を投げた――と、(女の顔の傷に少々疑惑を持つとしても、)警察は単純に解釈してもいいような気もするが、別の人物の意図によって、偶然にもいかにも怪しい状況を作り上げてしまう。この事件の解明で、他の物語の不可解な状況も同様に説明できる。
信濃譲二シリーズの長編第3作。演劇の最中の殺人。劇中劇。[???]

マスターストローク特別公演
「神様はアーティストがお好き」
dedicated to Kiyomi Izawa

作 / 滝川陽輔
演出 / 風間彰

●配役
映画監督・ネッチコック / 斎木雅人
音楽家・ニャンコフスキー / 滝川陽輔
画家・ゴッホン / 住吉和郎
作家・ソーセーキ / 住吉和郎 (二役)
メイド・しのぶ / 毛利恭子
株式会社シャーロック・ホームズ一号店
店長・オーギュスト明智 / 風間彰
助手・ワトソン二〇四号 / 松岡みさと

●スタッフ
舞台監督 / 榊新一
美術監督 / Keisuke柴田
照明 / 庄司久志
音響 / 元木はじめ & his friends
機械 / 仲添幸太郎
制作 / 信濃譲二

Special thanks to Yasunori Izawa



信濃譲二が殺された。その新聞記事を読んだ市之瀬徹はショックを受けた。譲二は、あらぬ疑いを掛けられた徹の無実を晴らしてくれたこともある恩人であり、ほかにも難事件を解明したこともある名探偵であった。その彼が死んだ…。

話は遡る。劇団「マスターストローク」は次の公演を控え、人員募集していたが、それに応えたのが譲二だった。彼の働きぶりは申し分なく、ついに公演の日を迎えた。それはかつて稽古中の事故で命を落とした仲間・伊沢清美の追悼公演でもあった。

公演会場は「シアターKI」であるが、それは本来なら「マスターストローク」には分不相応な規模の舞台だった。なぜこの会場が使用できるかと言えば、それはここを作ったのは清美の父だからである。彼は娘を亡くした当初こそ劇団を恨んでいたが、時が経つに連れ心境も変化し、娘が愛していた芝居に取り組む若者たちを応援するようになっていったという。その思いこそが、伊沢清美のイニシャルを冠した「シアターKI」であり、彼女の仲間による追悼公演の実現に繋がった。

その公演初日に事件が発生する。小道具のナイフが本物にすり替えられており、劇団員の住吉和郎が刺されたのだ。幸いなことに傷はあまり深いものではなく、配役は変えざるを得なかったが、翌々日には公演は再開された。

警戒はしていたはずだった。しかし、またもやナイフはすり替えられた。今度は怪我だけでは済まなかった。滝川陽輔は死んだ。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



回転する円形の舞台を抱える施設での事件。

これはかなりのガッカリ作品。読み終わると、拍子抜けもいいところ。「エピローグ」や「カーテンコール」の文字を見て、「やっぱ何かどんでん返しがあるんだな!」と期待するも、何もなく、さらに落胆は深まるばかり。冒頭にある、「信濃譲二は殺された」という、この趣向だけの作品じゃないだろうか。

作中劇を使ったミステリ作品はいくつかあるけど、成功作はそれほど多くないと思う。現実の場面の中に、舞台劇がぶつ切りで挿入されても、その筋書きの面白さがいまいち伝わらないし、どちらも中途半端になる印象がある。せめてその筋書きの中に、事件の謎を解く大きな手掛かりでもあるならまだしも、本作ではそれもない。さほどの出来でもなさそうなドタバタ喜劇が、単に物語をぶった切るだけ。

途中で開陳される大掛かりな機械トリックは、いかにも無理がある(他の客の動きをまったく想定してない)ものなのだが、せっかく妙な建物を舞台として使うなら、そこに何らかのトリックを仕掛けて欲しかった。(題名にしても、そういうトリックがあると、読者を誘導するのが作者の仕掛けなんだろうけど)

真相も、「こうでなければ成立しない」というものじゃないんだよね。まったく推論の域を出ておらず、その場に居た、誰が犯人であろうがいいんじゃないだろうか。普通に考えれば、まず怪しいのは刺した毛利恭子だろう。本物のナイフと思わずに刺したというのは、一回目はともかく、二回目は無理がある。もしそんな事故があった直後なら、ナイフがちょっとでも手元を離れていれば、それが小道具かどうか警戒して、確認するのが通常の心理だろう。それは軽く押し込むだけで、一瞬で済むこと。そんなことすらしないのがおかしい、という以上に、それを犯人が想定しないのがおかしい。