過去の奇怪な事件を中心に別の2作品を配した奇妙な構成。二階からしか行き来できぬ中庭を囲む奇妙な屋敷に現れ、死体を軽々と運ぶ“鬼”。[???]
八神一彦:探偵
※以下の反転表示部はネタバレ注意。
時は第二次世界大戦末期。日々激しくなる米軍の攻撃を避け、梶原兵吾少年は田舎へと疎開していたが、縁者たちが次々と死んでいく現実に耐え切れなくなり、発作的に家出してしまう。そして歩き疲れ、いつしか意識を失っていた彼は、誰かに背負われていることに気づく。――いったい誰の背中だろう―― 未だに意識がはっきりしない彼の目に映ったのは、父のものでも、母のものでもない、もじゃもじゃの髪の毛。そして、そこからにょっきり伸びた二本の角だった。
次に兵吾が目覚めると、目の前には一人の老婆が居た。どうやらここはどこかのお金持ちの別荘で、老婆は夫とともにその留守を預っているらしい。翌日には夫も戻り、車も使えるということで、兵吾はここに一晩世話になることとなった。
屋敷は奇妙な構造だった。巨大な武将像が立つ中庭を完全に囲むように建てられているのだが、その中庭への通路が、2階の「鬼の間」からの階段しかないのである。そして中庭に面した2階の窓はごく普通の窓なのだが、1階のそれはとても小さく、はめ殺しになっている。兵吾は2階の「風の間」を与えられ、眠りに落ちた。
空中戦の音に、兵吾は目を覚ました。今ではもうこんな田舎にまで、敵機は襲来するようになったのだ。空が静かになり、ようやく落ち着きを取り戻したのも束の間、兵吾は窓に恐ろしいものを見た。青くギラギラと輝く目、金色のもじゃもじゃ髪、窓を揺する巨大な手――それは鬼だと兵吾は思った。やがて音が止んだ。窓の外には誰も居ない。――夢だったのだろうか―― ここは2階である。窓の外に誰かが居たはずはないのだ。しかし、痕跡があった。雨も降っていないのに、窓が――鬼の体液によるものであろうか――濡れていたのである。
そして崖崩れで村への道を閉ざされ、落下傘降下した米兵探索中の日本兵4名(松永、河瀬、山之辺、中島)とともに屋敷に留まることになった兵吾は、さらに恐ろしい体験をすることになる。
2階の「花の間」に居た松永が死に、彼と一緒に居たはずの中島は、中庭の高所に取り付けられた虎の彫刻に吊られて死んでいた。「花の間」の扉には河瀬が居たので、そこからの出入りは不可能である。山之辺は武将像の槍に突かれて死んでいた。どれも人の手で容易にできることとは思えない。そして、「予備の間」の奥に隠されていたもう一つの部屋の中で、米兵の死体を発見すると、その直後に二本角が生えた生き物が現れる。河瀬が即座に射殺したそれを見てみれば、大きさこそ河瀬と同じくらいだが、まるで鬼のようだ。さては老婆も鬼の仲間かと、河瀬は彼女を縛り上げ、その部屋に閉じ込める。
怪異は続く。松永の死体とともに中庭に並べておいた中島の死体が、虎の彫刻の口に咥えられていたのだ。老婆の様子の確認と、隠し通路の探索のために、「予備の間」に入る河瀬。兵吾は懐中電灯を取りに、崖崩れの現場へと向かった。それから兵吾がようやく屋敷に戻ると、玄関ホールはなぜか絨毯が濡れており、それは「予備の間」に向かうに従ってひどくなっている。開け放たれた「予備の間」の扉から中に入ると、河瀬は額を割られ、死んでいた。ぐるぐる巻きにされた老婆も死んでいた。兵吾は泣き叫びながら「予備の間」を這い出した。彼の記憶はここで途切れている。
奇妙な屋敷での古い怪事件を扱った第三部、「安達ヶ原の鬼密室」が中心となっているが、第一部と第五部に「こうへいくんとナノレンジャーきゅうしゅつだいさくせん」、第二部と第四部に「The Ripper with Edouard」という、別の二つの作品を配しており、さらに第三部では作中に別の事件の回想が挿入されているという、なかなか複雑な構成になっている。物語はそれぞれまったく独立しているが、どの作品にも共通の「トリック」が用いられている。一つの話が解決せぬまま、別の話が始まってしまうので、読んでいても非常にもどかしく、第三部の途中で「密室の行水者」なる、別事件が挿入されると、もう苦笑するしかない。
だが、確かにこういう形でしか書けない小説だろう。もし並び順が、一つの話が終わったら、次の話、という構成だったら、何せ共通の「トリック」を用いているゆえ、二つ目以降の話はすぐにタネが割れてしまう。これはそこがカヴァーされ、同一トリックで複数の物語という、面白い趣向を可能にしている。(「こうへいくんと~」はちょっとした小話で、「The Ripper ~」での「トリック」の使われ方は付け足し程度だが、もしどれもが濃い内容だったら、読者としてはつらそうだ。傑作をものにするには困難そうな趣向でもある)
とにかく、本編たる[安達ヶ原の鬼密室]が始まるまでが長すぎる。
[こうへいくんとナノレンジャーきゅうしゅつだいさくせん]
指輪を入れたガチャポンのカプセルを、井戸を模した穴に落としてしまう。その口には鉄格子。腕くらいは充分通るが、ひとが下りることは不可能。大人たちも集まってきて、知恵を絞る。
最後の「まほう」の正体は不明だが、数時間で勝手に処理されるようになっているのかも知れない。イラストで見た構造からすると、もしそういうふうにできていないとしたら、日常的に衛生上の問題が発生しそう。
[The Ripper with Edouard]
幼き頃より数えて、4つの殺人を犯した男。その男と、彼に協力した「エドワード」の正体は? なぜ死体を木の上に隠したのか?
犯人はやっぱりね、という感じだが、エドワードの正体は面白い。だから日本が舞台じゃないのね。
[安達ヶ原の鬼密室]
大掛かりで派手な仕掛けで、読んでいて嬉しくなってしまうが、登場人物がすぐにそれに気づかないというのは、無理がありそうな。元々、内部の者にそれを秘密にするような意図はないだろうから、痕跡を残さないような作りにはなっていないだろうし…。
[密室の行水者]
4階建てマンション風の別荘の脇に男女二つの死体。女は墜落死だが、男は溺死。前夜は雨だったので、現場の水溜りができていたが、溺死体はそれによるものではない。死体の傷は、溺死後に落下して発生したものだった。死体の上方にはバルコニーがあり、その奥の浴室の扉は開いていた。一見、女が男を殺し、一緒に、あるいは先に死体を投げ落としてから自分も飛び降りたようである。しかし、両者の死亡推定時刻は、男は午前4時、女は午後5時と見られ、13時間もの隔たりがある。そして、女は男の死亡推定時刻のアリバイを持っており、心中としても妙な具合だった。
男が酔った末に浴槽で溺死し、それを見つけた女が、愛する男の死体と一緒に身を投げた――と、(女の顔の傷に少々疑惑を持つとしても、)警察は単純に解釈してもいいような気もするが、別の人物の意図によって、偶然にもいかにも怪しい状況を作り上げてしまう。この事件の解明で、他の物語の不可解な状況も同様に説明できる。
八神一彦:探偵
※以下の反転表示部はネタバレ注意。
時は第二次世界大戦末期。日々激しくなる米軍の攻撃を避け、梶原兵吾少年は田舎へと疎開していたが、縁者たちが次々と死んでいく現実に耐え切れなくなり、発作的に家出してしまう。そして歩き疲れ、いつしか意識を失っていた彼は、誰かに背負われていることに気づく。――いったい誰の背中だろう―― 未だに意識がはっきりしない彼の目に映ったのは、父のものでも、母のものでもない、もじゃもじゃの髪の毛。そして、そこからにょっきり伸びた二本の角だった。
次に兵吾が目覚めると、目の前には一人の老婆が居た。どうやらここはどこかのお金持ちの別荘で、老婆は夫とともにその留守を預っているらしい。翌日には夫も戻り、車も使えるということで、兵吾はここに一晩世話になることとなった。
屋敷は奇妙な構造だった。巨大な武将像が立つ中庭を完全に囲むように建てられているのだが、その中庭への通路が、2階の「鬼の間」からの階段しかないのである。そして中庭に面した2階の窓はごく普通の窓なのだが、1階のそれはとても小さく、はめ殺しになっている。兵吾は2階の「風の間」を与えられ、眠りに落ちた。
空中戦の音に、兵吾は目を覚ました。今ではもうこんな田舎にまで、敵機は襲来するようになったのだ。空が静かになり、ようやく落ち着きを取り戻したのも束の間、兵吾は窓に恐ろしいものを見た。青くギラギラと輝く目、金色のもじゃもじゃ髪、窓を揺する巨大な手――それは鬼だと兵吾は思った。やがて音が止んだ。窓の外には誰も居ない。――夢だったのだろうか―― ここは2階である。窓の外に誰かが居たはずはないのだ。しかし、痕跡があった。雨も降っていないのに、窓が――鬼の体液によるものであろうか――濡れていたのである。
そして崖崩れで村への道を閉ざされ、落下傘降下した米兵探索中の日本兵4名(松永、河瀬、山之辺、中島)とともに屋敷に留まることになった兵吾は、さらに恐ろしい体験をすることになる。
2階の「花の間」に居た松永が死に、彼と一緒に居たはずの中島は、中庭の高所に取り付けられた虎の彫刻に吊られて死んでいた。「花の間」の扉には河瀬が居たので、そこからの出入りは不可能である。山之辺は武将像の槍に突かれて死んでいた。どれも人の手で容易にできることとは思えない。そして、「予備の間」の奥に隠されていたもう一つの部屋の中で、米兵の死体を発見すると、その直後に二本角が生えた生き物が現れる。河瀬が即座に射殺したそれを見てみれば、大きさこそ河瀬と同じくらいだが、まるで鬼のようだ。さては老婆も鬼の仲間かと、河瀬は彼女を縛り上げ、その部屋に閉じ込める。
怪異は続く。松永の死体とともに中庭に並べておいた中島の死体が、虎の彫刻の口に咥えられていたのだ。老婆の様子の確認と、隠し通路の探索のために、「予備の間」に入る河瀬。兵吾は懐中電灯を取りに、崖崩れの現場へと向かった。それから兵吾がようやく屋敷に戻ると、玄関ホールはなぜか絨毯が濡れており、それは「予備の間」に向かうに従ってひどくなっている。開け放たれた「予備の間」の扉から中に入ると、河瀬は額を割られ、死んでいた。ぐるぐる巻きにされた老婆も死んでいた。兵吾は泣き叫びながら「予備の間」を這い出した。彼の記憶はここで途切れている。
奇妙な屋敷での古い怪事件を扱った第三部、「安達ヶ原の鬼密室」が中心となっているが、第一部と第五部に「こうへいくんとナノレンジャーきゅうしゅつだいさくせん」、第二部と第四部に「The Ripper with Edouard」という、別の二つの作品を配しており、さらに第三部では作中に別の事件の回想が挿入されているという、なかなか複雑な構成になっている。物語はそれぞれまったく独立しているが、どの作品にも共通の「トリック」が用いられている。一つの話が解決せぬまま、別の話が始まってしまうので、読んでいても非常にもどかしく、第三部の途中で「密室の行水者」なる、別事件が挿入されると、もう苦笑するしかない。
だが、確かにこういう形でしか書けない小説だろう。もし並び順が、一つの話が終わったら、次の話、という構成だったら、何せ共通の「トリック」を用いているゆえ、二つ目以降の話はすぐにタネが割れてしまう。これはそこがカヴァーされ、同一トリックで複数の物語という、面白い趣向を可能にしている。(「こうへいくんと~」はちょっとした小話で、「The Ripper ~」での「トリック」の使われ方は付け足し程度だが、もしどれもが濃い内容だったら、読者としてはつらそうだ。傑作をものにするには困難そうな趣向でもある)
とにかく、本編たる[安達ヶ原の鬼密室]が始まるまでが長すぎる。
[こうへいくんとナノレンジャーきゅうしゅつだいさくせん]
指輪を入れたガチャポンのカプセルを、井戸を模した穴に落としてしまう。その口には鉄格子。腕くらいは充分通るが、ひとが下りることは不可能。大人たちも集まってきて、知恵を絞る。
最後の「まほう」の正体は不明だが、数時間で勝手に処理されるようになっているのかも知れない。イラストで見た構造からすると、もしそういうふうにできていないとしたら、日常的に衛生上の問題が発生しそう。
[The Ripper with Edouard]
幼き頃より数えて、4つの殺人を犯した男。その男と、彼に協力した「エドワード」の正体は? なぜ死体を木の上に隠したのか?
犯人はやっぱりね、という感じだが、エドワードの正体は面白い。だから日本が舞台じゃないのね。
[安達ヶ原の鬼密室]
大掛かりで派手な仕掛けで、読んでいて嬉しくなってしまうが、登場人物がすぐにそれに気づかないというのは、無理がありそうな。元々、内部の者にそれを秘密にするような意図はないだろうから、痕跡を残さないような作りにはなっていないだろうし…。
[密室の行水者]
4階建てマンション風の別荘の脇に男女二つの死体。女は墜落死だが、男は溺死。前夜は雨だったので、現場の水溜りができていたが、溺死体はそれによるものではない。死体の傷は、溺死後に落下して発生したものだった。死体の上方にはバルコニーがあり、その奥の浴室の扉は開いていた。一見、女が男を殺し、一緒に、あるいは先に死体を投げ落としてから自分も飛び降りたようである。しかし、両者の死亡推定時刻は、男は午前4時、女は午後5時と見られ、13時間もの隔たりがある。そして、女は男の死亡推定時刻のアリバイを持っており、心中としても妙な具合だった。
男が酔った末に浴槽で溺死し、それを見つけた女が、愛する男の死体と一緒に身を投げた――と、(女の顔の傷に少々疑惑を持つとしても、)警察は単純に解釈してもいいような気もするが、別の人物の意図によって、偶然にもいかにも怪しい状況を作り上げてしまう。この事件の解明で、他の物語の不可解な状況も同様に説明できる。