らふりぃの読書な雑記-74
館シリーズの長編第5作。時計だらけの屋敷、“時計館”で交霊会。少女の霊と、交霊会の参加者との間に因縁。出口を閉ざされ、神出鬼没の仮面の徘徊者によって、次々と殺されていく参加者たち。[???]

古峨倫典(こがみちのり):“時計館”の先代当主, 古峨精計社の前会長, 故人
時代(ときよ):倫典の妻, 故人
永遠(とわ):倫典の娘, 故人
由季弥(ゆきや):倫典の息子, “時計館”の現当主
足立輝美(あだちてるみ):倫典の妹, 由季弥の後見人
足立基春(もとはる):輝美の夫
馬淵長平(まぶちちょうへい):倫典の親友
智(さとる):長平の息子, 永遠の許嫁, 故人
野之宮泰斉(ののみややすひと):倫典の信頼を得た占い師
伊波裕作(いなみゆうさく):“時計館”の使用人, 故人
紗世子(さよこ):裕作の妻, “時計館”の管理責任者
今日子(きょうこ):裕作の娘, 故人
寺井明江(てらいあきえ):看護婦, 故人
光江(みつえ):明江の妹
長谷川俊政(はせがわとしまさ):古峨家の主治医, 故人
服部郁夫(はっとりいくお):倫典の部下, 故人
田所嘉明(たどころよしあき):“時計館”の使用人

小早川茂郎(こばやかわしげお):稀譚社が発行する雑誌“CHAOS”の副編集長
江南孝明(かわみなみたかあき):同新米編集者
内海篤志(うつみあつし):稀譚社写真部のカメラマン
光明寺美琴(こうみょうじみこと):霊能者
瓜生民佐男(うりゅうみさお):W**大学超常現象研究会の会長
樫早紀子(かたぎさきこ):同会員
河原崎潤一(かわらざきじゅんいち):同
新見こずえ(にいみ):同
渡辺涼介(わたなべりょうすけ):同
福西涼太(ふくにしりょうた):同
鹿谷門実(ししやかどみ):駆け出しの推理作家



大手時計メーカーの会長が建て、大時計を備えた塔を抱えていることで有名な“時計館”。地元では、「幽霊が出る」ということでも知られていた。その時計館にて、雑誌の企画として、霊能者・光明寺美琴を中心に交霊会を行なうことになった。参加者は美琴のほかには、雑誌の編集者たちと、W**大学超常現象研究会の会員たち、合わせて九人。

時計館は、大きく“新館”と“旧館”とに分けられる。新館は、文字通り新たに付け足されるように作られた部分で、現在の居住部となっている。旧館は半地下構造となっており、外壁に窓もなく、外部に通じているのは新館の廊下に繋がる扉のみである。今ではその内部には数多くの貴重な時計が置かれ、保管庫のようになっている。

今回の舞台となるのは旧館である。新館へと通じる扉を固く閉ざし、いよいよ交霊会を開始した。


広間のテーブルを囲み、美琴を含め、黒ずくめの九人が手を繋ぎ、輪になっている。美琴の指示により、全員がそれまで身に着けていた装身具を外し、彼女が“霊衣”と呼ぶ衣装を身にまとっていた。美琴――あるいは彼女の身体を借りた何者か――が言葉を発した。「私は永遠(とわ)です――真っ暗な穴――痛い、痛い――」


永遠――どうやらそれは、超常現象研究会の瓜生、河原崎、早紀子が幼き日に出逢った少女。記憶は曖昧ながらも、森の中で出逢い、家まで送った少女に間違いないらしい。早紀子は、先ほど新館で見掛けた彼女の弟・由季弥にも見覚えがあった。


深夜に目覚めた新米編集者・江南は部屋を出てトイレへ向かった。その帰り道、何か密かな物音を聞いた。状況が状況だけに、「まさか幽霊?」と考えるのも当然である。そちらへと足が向いた。

人影のようなものが去るのを見た――付いて行く――美琴が付けていた香水の香りを感じた――突き当りへと辿り着いた。

そこは立ち入りを禁じられている“振り子の部屋”の前だった。やはり鍵が掛かっている。しかし扉の向こうから、わずかに会話のような声が聞こえる。そのとき、突然に物が壊れるような大きな音がした。何かが倒れたような鈍い音も。そして、重々しい鐘の音が響いた。時計が午前三時半を打ったのだ。館内の時計が次々とそれに追随する。もはや夢ともうつつとも判断できぬまま、江南は恐怖から逃れるように、その場を立ち去った。


翌朝、江南が目覚めた。扉の脇の時計を見ると、もう午後二時である。すっかり寝過ごしたと、広間へと向かう。どうやらほかの者も似たようなものらしい。慣れぬ環境、それにあの時計の音とあっては、快適な眠りは期待できぬらしく、体調が優れぬ者も多いようだ。

江南は昨夜の体験のこともあり、ずっと気に懸かっていたのだが、広間に美琴の姿はなかった。そのうち誰もがそれを不審に思い始め、早紀子が様子を見に行ったが、部屋にもいないという。そこでようやく踏ん切りを付けた江南は、昨夜の体験を語った。

話を聞いた副編集長の小早川は、江南とともに問題の振り子の部屋へと向かった。なんと鍵は掛かっていない。中に入ると、そこには壊された時計が散乱している。美琴の姿はなかったが、置時計の一つと絨毯に血痕らしきものがあった。


とにかく何らかの事件はあったのではと、警察に知らせることで意見がまとまりそうだったが、一人、小早川の様子がおかしい。彼は呻くように言った。「鍵がないんだ。彼女に渡したんだ」

つまり、彼らは旧館に閉じ込められたのである。


早紀子は部屋でベッドに横たわり、森の中でのあの少女との出逢いを思い返していた。

――美しい少女だった――でもどこか翳りのある美しさだった――楽しく話してたはずだ――なのになぜ急にあんな顔をしたんだろう――「嘘!」――「信じられない」――いったい何があんなに興奮させたんだろう――急に呼吸を乱して苦しみ出した――私たちは彼女を家まで送り届けた――

早紀子は眠ってしまうつもりはなかった。ちょっと横になるだけのつもりだったのである。重い瞼を開けた。目の前には、ニヤニヤ笑いを浮かべた仮面があった。彼女は驚愕し、状況がまったく理解できなかった。彼女の上に覆い被さるようにしていた仮面の人物は、両手で持った置時計を振り上げていた。そして、その両腕が振り下ろされたとき、その顔は依然としてニヤニヤ笑いを浮かべたままだった。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



今回の舞台は、時計塔を抱えた“新館”と、螺旋を描くように部屋が配され、振り子をイメージした“旧館”から成る、時計づくしの館。時計が大量に置かれた旧館にて、連続殺人が行われる。単純な分量的には、これまでの「館シリーズ」で最も長い小説。

旧館内の出来事と、その外部の出来事を、同時進行のように交互に描かれていく構成にはもちろん事件の謎解き上の大きな意味があるのだが、両者の時間の流れを完全に把握しつつ読むのはなかなか難しい。終盤に、江南のメモを元にしたイベント進行表が提示されるが、あれを自力で細かく解析するような読者はいるのだろうか?w

倫典の詩と、それに付随するクライマックス場面なんてのは、事件の謎解きには本来は不要な部分だが、それも含めてギッシリ詰め込まれた本作に冗長さは感じない。「気まぐれ時計」の話を聞き出す場面は唐突だし、「島田潔」ではなく、「鹿谷門実」で通したことに、特に意味がない点には不満だが。(作者は「島田潔」という命名を後悔してたらしいし、良い機会だからこの際変えちゃおう、みたいな感じだったのかなぁ)

さすがにシリーズ五作目ともなると、常連読者のほぼすべてが「本作もまたアレなんだろ」と予想してるだろうから、犯人が神出鬼没でも誰も驚かないだろうというのは、本シリーズの弱点かも知れないw かと言って、アレがなけりゃないで、やっぱり物足りないww 作者にも、その辺りのジレンマはあるのかなぁ? 逆に、読者のその想定を利用するということもできるわけだが。

中村青司作の“館”のお約束を熟知してるはずの江南が、それになかなか気が回らないのは解せない。各人の孤立は絶対に避けるべきなのに、それを放置して、みすみす被害者を増やし続けてしまった。

そういや本作に限ったことじゃないけど、密閉空間に数人が集うと、ほぼ必ずと言っていいくらい、各人が単独行動して、一人また一人と殺されていくよね。殺人鬼かも知れない者と一緒にいるのは怖いという理由はもっともらしくはあるけど、見知らぬ他人同士ならともかく、よく知る者同士でも必ずそうなるってのはどうもねぇ。筋書きの都合と言ってしまえばそれまでだがw

本作で犯人が用いたトリックは面白くはあるのだが、手が込んでいる割に、その効果にはかなりの疑問符が付く。何せ犯行状況が克明に記録されたのは偶然みたいなもの。犯人は本来の標的以外の人物をも大量に殺してしまっており、記録者が最後まで生き残ったことすら幸運の産物と言わざるを得ない。下手すれば、これほどまでに手を掛けたトリックがすべて無駄になるところだった。もっとも、手間は掛かってるとは言え、それは既に用意されていた、非常に特殊な状況を利用したに過ぎないものであり、もし失敗したときは、ある人物に己の罪をなすりつけるだけで充分だったのかも知れない。



(1) 雑誌企画として、“時計館”での交霊会。参加者は霊能者の美琴、雑誌社の小早川、江南、内海、W**大学超常現象研究会の瓜生、早紀子、河原崎、こずえ、渡辺。渡辺は、急用の福西の代理。
(2) 一同、“旧館”に入る。出入口には頑丈な扉。鍵がなければ解錠も施錠もできない。中央広間の真上、高所に色ガラス張りの小さな天窓があるが、外壁には窓はない。各人が滞在する部屋の明かりは電灯に限られる。つまり、“新館”との境界となる扉の鍵がなければ、外部への脱出は困難。
(3) 交霊の儀式を行う。霊を自らに降ろした美琴、「永遠(とわ)」と名乗る。は倫典の死んだ娘。その言葉どおり、棚から鍵が見つかる。何の鍵なのか不明。美琴、その鍵を預かる。
(4) 江南、館内の懐中時計をこっそり持ち出し、所持。深夜に目覚め、美琴らしき人影を見る。入室を禁じられた“振り子の部屋”に向かった様子。室内から会話のような声や、物が壊れたような大きな音を聞いたものの、眠気のせいもあり、そのまま自室へ戻り就寝。目覚めた後、美琴が姿を現さないのを知り、前夜の出来事を他の者に伝える。
(5) 一同、振り子の部屋へ向かう。前夜は開かなかった扉が施錠されていない。室内の時計がすべて壊されている。室内に血痕。館内の鍵は美琴が持っていて、それも見当たらぬため、外部との接触ができなくなる。
(6) 早紀子、自室にて殺される。渡辺、物音を聞き、早紀子の部屋へ。室内から出てきた人物を彼女と疑うことなく近づき、殺される。現場にはそれぞれ壊れた置時計。
(7) こずえ語る。自室にノックの音。出てみると、仮面の人物が居る。付いて行くと、そこに渡辺の死体。仮面の人物は南側の部屋へと続く廊下を走り去る。そちらは行き止まりで、小早川、江南、内海の部屋と空き室が並ぶ。
(8) こずえはその後もその場で見張っていたわけではないので、仮面の人物が引き返して逆方向へ行くことも可能。仮面は新館の廊下に飾られていた物のようで、誰でもそれを入手できた。小早川、美琴とのヤラセ交霊会を認める。
(9) 内海、パニック状態で、自室に独り閉じ籠る。こずえ、自室へ。瓜生、河原崎、江南、振り子の部屋へ。小早川、広間に残る。
(10) 振り子の部屋にて紙片発見。赤いインクで「おまえたちがころした」 部屋の中にあるレコードは、ジャケットもレーベルもなぜか手作りの物。
(11) 助けを求める叫び声。広間に居た江南と瓜生、内海の部屋へ。内海の部屋の扉は固く閉ざされている。摺りガラス越しに揺らめく影。扉を破る。室内には内海の死体。凶器らしき壊れた置時計。ケースから引き出されたフィルム。カメラがない。影の主は見当たらない。
(12) 河原崎、自室にて死体となっている。現場にはやはり壊れた置時計。振り子の部屋にあったのと同様の紙片。「おまえたちがころした」
(13) 江南、元々は取材記録のために書き続けていたが、今や事件記録のようになってしまったノートを読み返す。犯人はまったく絞り込めない。
(14) 江南と内海の部屋とを繋ぐ隠し扉発見。他の部屋にも同様の仕掛け。外周の隣り合った部屋はすべて行き来可能。
(15) カメラ発見。壊されている。
(16) こずえ、廊下にて誰かに声を掛けられる。恐怖心でいっぱいのため、相手を確認することなく、逃げ出し、振り子の部屋へ入り込んでしまう。隠し通路が開いている。そこを通りぬけ、外へと通じる扉を開いた途端、異状に気づく。茫然とする背後から襲撃され、こずえが死亡。
(17) 小早川、ほとんどパニック状態。広間で暴れてる。こずえが振り子の部屋のほうへ行ったのを見たと語る。江南、小早川をなだめる。瓜生、こずえを捜しに行く。彼女は既に殺されているが、彼らがそれを知る由もない。
(18) 江南、瓜生を追う。振り子の部屋にて、彼は殺されていた。死体は写真を握っている。それは旧館の広間らしき背景に永遠と由季弥が写っているもの。江南、襲撃され、気絶する。
(19) 小早川、天窓を破っての脱出を図る。とても人間が脱出できるようなものではないが、もはや追い詰められた彼はそうせずにはいられない。殺される。
(20) 旧館の外部での出来事。鹿谷、福西と合流。ここ十年間での時計館の関係者の死について語る。それによると、1979年8月、永遠、病死。その責ゆえか、その後すぐに明江、自殺。同じ8月に今日子、病死。翌月、裕作、自身の飲酒運転から事故死。1980年9月、倫典、病死。1981年12月、長谷川、火災死。1982年3月、服部、交通事故死。
(21) 鹿谷、福西、時計館に招待される。
(22) 野之宮、納骨堂で黒マントの死神を見たと語る。
(23) 紗世子、鹿谷らに語る。永遠は不治の病のために20歳まで生きられるかどうかという身体だった。倫典はそんな娘の夢を叶えるために、16歳の誕生日に結婚を計画。永遠も、その相手となる智も、お互いを婚約相手として了承する。しかしその日の一年ほど前、付き添いの明江が目を離す間に、永遠は森の中で穴に落ち、顔に大きな傷を負う。彼女は自らの結婚式に着るはずだったウェディングドレスを切り裂き、それを身にまとい、鋏で胸を突き、自死した。記録上は病死とした。智はその後年に山で遭難事故死。
(24) 搭時計は、地元ではいつも勝手な時刻を指す、気まぐれ時計として知られている。現在は危険防止のため針を外してあるが、由季弥はそのネジ巻きを日課としている。光明寺美琴は光江の芸名。
(25) 福西、過去の記憶が蘇る。森の中で自分たち4人が永遠と出逢ったこと。皆で何かの話をしていたときに、急に顔色を変え、「嘘よ」「信じられない」などと言って、苦しみ出した彼女を家まで送ったこと。河原崎を落とそうと、穴を掘ったこと。彼女の家で葬儀が行われていたこと。福西、それぞれの細かい経緯や日付までは思い出せなかったので、10年前のカレンダーを作り、記憶の呼び起こしを図ると、そこに新たな謎があることに気づく。
(26) 江南、救出される。旧館内の時計はすべて壊されている。旧館内に残された死体は渡辺、早紀子のものだけで、内海、河原崎、小早川、瓜生のものはなくなっている。
(27) 納骨堂にて、こずえ、美琴、野之宮の死体発見。
(28) 福西、塔から突き落とされ、意識不明の状態で倒れている。
(29) 由季弥、転落死。
(30) 翌日、森の中に埋められている内海、河原崎、小早川、瓜生の死体が見つかる。
館シリーズの長編第4作。母屋を住居、離れを賃貸アパートとし、身体の一部が欠けた人形たちが置かれた屋敷。人形の作者でもある亡父の遺言により、人形は動かせない。相続人の飛龍想一がそこに移り住むと、土蔵内の人形が動かされ、絵の具が塗られるなどの出来事が起こる。周辺で起こる連続児童殺害事件。想一を時折襲う、漠然とした暗い記憶の断片。想一の過去の罪を告発するかのような手紙。[???]

飛龍想一(ひりゅうそういち):画家
飛龍武永(たけなが):想一の祖父, 故人
飛龍高洋(こうよう):想一の父, 故人
飛龍実和子(みわこ):想一の母, 故人
池尾沙和子(いけおさわこ):実和子の妹, 想一の育ての母
池尾祐司(ゆうじ):想一の育ての父, 故人
辻井雪人(つじいゆきひと):想一の又従兄弟, 小説家, 本名・森田行雄
倉谷誠(くらたにまこと):大学院生
木津川伸造(きづがわしんぞう):マッサージ師
水尻道吉(みずじりどうきち):管理人
水尻キネ:道吉の妻
架場久茂(かけばひさしげ):想一の幼馴染み, 大学助手
道沢希早子(みちざわきさこ):学生
島田潔(しまだきよし):想一の友人



父が死んだ。自殺だった。思えば父、高洋と最後に顔を合わせたのはもう遥か昔のこと。母を列車事故で失ってからは、私はずっと母の妹夫婦に預けられ、育てられたのだ。だから、父が死んだと聞いても、特に強く感じるものがあるわけではない。母――実母ではなく、六歳から私を育ててくれた母――の勧めがなければ、この家に移り住むこともなかっただろう。父がその生涯を閉じた、この家――

この家は母屋と離れを繋いだ構造になっていて、離れの部分は“緑影荘”というアパートとして開放している。構造自体も少々変わったものとなっているが、もっと目立って変わった点と言えば、家の中に置かれたマネキン人形だろう。一階と二階に、合わせて6体。これは彫刻家でもあった父の作品で、そのどれもが身体の一部を欠いていた。これは父の遺言によって、動かすこともできないという。不気味な光景ではあるのだが、案外すぐに慣れてしまうものだ。同じような人形は、土蔵の中にも20体余りあった。


行きつけの喫茶店で、ふと目を引いた新聞記事があった。「北白川疏水に子供の他殺死体」。読んでみると、この近辺で子供が殺害されたという。その子供が姿を消したのは、ちょうど私がこの店を出て、家へと向かっていた頃だ。そんなときだった。巨大な蛇のような何か――


奇妙な感覚を時折覚えることを、はっきりと自覚するようになった。それは遠い昔の記憶の断片のようなもので、漠然とした不安を伴うものだ。真っ黒な影……二本の線……石ころ…… これは何なのだろう。


私の周りで、何かが起きているようだった。土蔵の中の人形が動かされ、まるで血のような赤い絵の具が塗られていた。郵便受けにガラス片が入っていた。玄関の前に石ころが置かれた。自転車のブレーキが故障していて、ひょっとしたら命を落とす危険もあった。家の前に、頭を潰された仔猫の死体が置かれた。

どれも些細なことなのかも知れない。ほとんどは単なる偶然で片付けられることばかりだ。しかしどうしても疑念を拭いきれない。私は誰かに狙われているのではないだろうか。


手紙が届いた。送り主の名前もなく、筆跡も隠そうとしてるように見える。

「思い出せ、お前の罪を。思い出せ、お前の醜さを。思い出せ。そして待て。近い内に、楽にしてやる」

やはり私は誰かの悪意に晒されているのだ。しかし、いったい誰が――そして、なぜ――


母が死んだ。深夜に出火し、母屋の多くが焼けた。その中に母が居た。私は放火だったと確信している。母の性格や、出火の時間的からして、火の不始末にしてはおかしい。自殺もあり得ない。しかし、火元が部屋の中だったということで、警察は事故として処理してしまった。

その後、またあの手紙が届いた。

「母親の死も、お前の罪だ。お前のせいで、母親は死んだのだ。充分に苦しむがいい。苦しめ。そして思い出せ」


何かのはずみで、郵便受けからこぼれ落ちてしまっていたのだろう。脇の雑草の中に封筒が落ちていた。相当長い間、雨ざらしになっていたらしい。差出人の名を見て驚いた。私の大学時代の友人、島田潔からのものだった。彼は私よりも二つほど年上で、私は彼に対して兄のような感情すら抱いていた。今、彼にそばにいて欲しいと、私は切実に願った。


アパートの住人の一人が死んだ。私の又従兄弟だという辻井だ。彼は小説家で、ミステリを執筆中と言っていたが、その“作品”は驚くべきものだった。彼の死後、警察が彼の部屋から見つけたのは、手記というべきもので、そこに書かれていたのは、現実の彼自身の犯行記録だった。彼は騒がしい子供たちが自分の創作を妨害していると考え、見知らぬ子供を殺害していたというのだ。そしていつの間にか、その記録こそ自分の作品と考えるようになり、もはや彼は、子供を殺害しなければ、――「人形館の殺人」と題された――その作品が書けない状態だったようだ。

彼の死については、犯人の脱出経路の問題から、他殺という見方は否定され、自殺として処理された。


あの奇妙な感覚の正体、古い記憶が蘇ってきた。あれは母の乗った列車……二本の線路が伸びている……私は石ころを手に取った……


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



作者本人はお気に入りの作品らしい。だが、僕にはどうもいまいち。叙述トリック作品であるのはこの作者の常だが、本作は謎解き小説という印象がどうにも薄い。最後の島田潔からの手紙で解決をひっくり返してくれれば、あるいは印象も変わっただろうか。犯人は別の人物によって、巧みに誘導されていた、なんて。それを思わせる部分がないこともないんだし。

「フェアか?アンフェアか?」と問われれば、答えに窮してしまう。一人称で書かれていることで、「フェア」は成立してると思うし、実際、本作の中心となる仕掛けを見抜く人は割と多いだろう。でも島田との電話での会話の部分については、ちょっとどうかなぁ、と保留したくなる。

犯人が面白いトリックを使うでもないし、どうにもこれという掴みどころがないんだよねぇ。“人形館”はこれまでの“館”に比べると、周辺の環境も含め生活感があって、やや庶民的で貧乏臭い(笑)ということもあるし、やはり例外的な異色作という位置づけでいいのでは。



(1) 想一、亡父の家に移り住む。その離れは、賃貸アパート“緑影荘”として開放している。
(2) 想一、近所での児童殺害事件を知る。後に同様の事件は続き、4件にもなる。
(3) 想一の周辺で、いくつかの不可解な出来事。土蔵内の片隅に置かれていたはずの人形が椅子に座っており、まるで血のような赤い絵の具を塗られている。郵便受けにガラス片が混入。玄関前に石が何度も置かれる。自転車のブレーキが故障。玄関前に、頭を潰された仔猫の死体が置かれる。想一、自分が誰かに狙われているのではと疑念。
(4) 母屋と離れ(アパート)との境目の扉の鍵を修理して、その行き来を制限し、土蔵に錠を取り付けたにもかかわらず、またもや土蔵内に異変。乱雑に散らかされ、人形にはやはり赤い絵の具が塗られている。
(5) 想一、身元を隠そうとしているらしき匿名の手紙を受け取る。「思い出せ、お前の罪を。思い出せ、お前の醜さを。思い出せ。そして待て。近い内に、楽にしてやる」 以前から断片的に浮かぶようになった、漠然とした記憶の欠片が激しく襲ってくる。実母・実和子が死んだ、列車転覆事故に思い当たる。匿名の手紙は、この後も送られ続ける。
(6) 火災。母屋の多くが焼け、沙和子は死亡。
(7) 想一、何かの拍子に郵便受けから落ちていたらしき、島田潔からの手紙を発見。
(8) 辻井、外で騒ぐ子供がうるさいと、[1-A]から[2-C]へと、部屋を移る。
(9) 廊下に置かれた6体の人形(どれも一部が欠けている)の視線の先は一点で結ばれている。想一、その地点を掘る。細長い木箱が出る。中には身体のすべてが揃った人形。
(10) 想一、線路に石を置いて、実母・実和子が乗った列車転覆事故を引き起こしてしまった記憶が蘇る。
(11) 辻井、自室にて死亡。その手記には、彼が子供たちを殺していく様子が書かれていた。彼が執筆中だった“作品”とは、それのことらしい。もしこれが他殺ならば、犯人が外部に脱出するルートはまず二つ考えられた。一つは二階の彼の部屋の前にある階段を下りて、北側の出入口から外に出るルート。もう一つは二階の廊下を通り抜けて、南側の階段を下り、アパートの正面玄関からのルート。前者は、出入り口付近に積もった雪の状態から否定された。後者は想一の部屋の前を通らねばならないが、想一はちょうどその時間帯には部屋の扉を開放しており、目撃されずに通過するのはまず不可能。廊下の床がすぐに軋んで音を立てる状態だったことも、その補強材料として認められる。というわけで、辻井の死は自殺として処理された。連続児童殺害事件の犯人は辻井と判明。
館シリーズの長編第3作。地下迷宮のような“迷路館”での連続殺人事件。老大家の遺言による、遺産を懸けた推理小説コンテスト。屋敷に閉じ込められた参加者たちが、一人また一人と殺される。現場に残る、彼らの書きかけ原稿と思しきワープロ文書は、自身の死の状況を暗示するかのような内容。[???]

宮垣葉太郎(みやがきようたろう):推理小説界の老大家, “迷路館”の主
清村淳一(きよむらじゅんいち):推理作家
須崎昌輔(すざきしょうすけ):同
舟丘まどか(ふなおかまどか):同
林宏也(はやしひろや):同
鮫島智生(さめじまともお):評論家
宇多山英幸(うたやまひでゆき):編集者
宇多山桂子(けいこ):宇多山英幸の妻
角松冨美(かどまつふみ):“迷路館”のお手伝い
井野満男(いのみつお):宮垣の秘書
黒江辰夫(くろえたつお)
島田潔(しまだきよし):推理小説マニア



夏風邪をこじらせて寝込んでいた島田に、一冊の本が届いた。それは鹿谷門実著「迷路館の殺人」と題されていた。彼がよく知る人物の書いた本である。しかもそれは現実に起きた事件、あの“迷路館”の殺人事件を題材にしたものであり、この著者も作中の登場人物の中の一人なのだという。いったいあの事件をどのように料理したのかと、島田は読み始めた。


推理小説の大家の宮垣葉太郎の還暦パーティーにて、集まった面々は彼の自殺を知らされた。彼は体を病んでおり、その生涯最後の趣向を目論んだという。内容はビデオ・メッセージで説明された。彼が特に目を掛けている四名――この場に集まった、清村、須崎、まどか、林――がそれぞれ自身を被害者とする殺人事件を用いた探偵小説を書き、それを評論家・鮫島、編集者・宇多山、そして推理小説マニア代表として島田の三名が判定するというものである。彼らはそれを了承した。宮垣の遺産を懸けたコンテストが始まった。舞台となるのは、この“迷路館”。地下に広がる迷宮のような構造の、奇妙な屋敷である。

外部との接触を禁じられた中、最初の事件が起きた。須崎が殺されたのである。血の海に倒れた彼の死体の首は深く切られ、千切れんばかりになっており、本来の頭部の位置には、なぜか水牛の頭部の剥製が置かれていた。そしてワープロの画面には、彼の書きかけの原稿と思しき文書が表示されていた。その内容は、彼の死の状況に酷似していた。これは見立て殺人なのだろうか。

いくら外部との接触を禁じられてのコンテストの最中とはいえ、ことは殺人事件である。コンテスト中止は避けたいと渋る者も無視して、宇多川は警察への通報を試みるも、電話は不通になっており、外部へ通じる玄関の扉は非常に強固な作りで固く閉ざされている。鍵は宮垣の秘書・井野が持っているはずだが、彼は買い出しに出掛けたのか、その姿を見せない。井野の部屋を訪れると、やはりそこに彼の姿がなかった。そこには免許証や財布が残されており、彼が買い出しに出掛けたとは認めづらい状況となった。彼がどうなったのかはともかく、それが意味するのは、残された者たちは、自力では屋敷の外へ出られないということだった。

そしてまた次の犠牲者が――


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



特に叙述トリック色の濃い作品だね~。本の構成や冒頭も、遊び心のある仕掛けがされてる。本編と言える部分は、作中の人物が書いた小説の内容という設定で、その中で一つの解決が示されるのだが、その後、それを覆す真相と、この小説(作中の「迷路館の殺人」)を書いた理由が語られるという筋書き。

海外翻訳ミステリの冒頭には、たいていは登場人物の簡単な説明が書かれている。作中で再登場した人物がどんな人物だったか、思い出せないことがしばしばある僕にとっては、かなり便利。登場人物の設定をまとめて見られるというのも、それぞれの関係を整理するにも楽で、とてもありがたい。ところが国産ミステリには、それがないものも割と多い。それが僕にはちょっとした不満となったりもするわけだが、時折、あえて登場人物表を書かなかったんだな、というのもある。つまり、登場人物の説明や関係図などを書くと、読者に大きなヒントを与えてしまうケースだ。特にこれは「フェアプレイ」を重んじるタイプの作品にとっては、意外なほど厄介なもので、近頃僕もこのブログに登場人物表を書くようになって、なおさらそれを強く感じるようになったw もし、いつもは登場人物表を書いてる作者がそれを書かなかったり、あるいはその説明が妙に曖昧だったりあったりしていた場合は、それ自体に大きなデータが隠されていると睨むべきだろうw

本作についての登場人物表を書くにあたって僕の筆を止めたのは、「黒江辰夫」。本作を読んだ者ならすぐに理解していただけるだろうが、この人物の説明は非常に書きづらい。いっそのこと、他の人物も名前だけにするか、あるいは逆に長文を書いて、重要なポイントだけを上手く隠すなどの方法もあるが、それはそれで怪しくなるだろうw で、結果として、彼だけは説明なしで名前だけになった。作者に倣って、彼の名を省いてしまったほうが良かったのかも知れないが、このブログは僕が自分の貧弱な記憶力を補完することを目的とした資料でもあるので…。


さてと、作品内容はまさにパズルで、ピースを組み合わせるようになっている。作中では須崎の首が切られた理由のほぼ核心を探偵役・島田が即座に突きつつも、登場人物について読者が誤解するように書かれているために、真相に辿り着きにくい。密室殺人が行われるが、すぐに秘密の通路を発見することにより、密室自体は謎ではない。要点となるのは、「なぜ犯人は、そこを密室にしてしまったのか?」→「時間的余裕がなく、密室を開放できなかった」というところ。屋敷の奇妙な構造を利用した清村殺害のトリックの扱いは、ちょっとあっさりし過ぎかな~。いずれ余裕ができたら、“館”の図面画像も作りたいところ。特に本作は、それがないと理解が厳しいw

鍵がないと内側からも開けられない扉というのは、利便性でも防災上でもどうかと思うw



(1) 推理作家たちが宮垣邸、通称“迷路館”での宮垣の還暦パーティーに招待される。招待客がすべて集まっても宮垣は姿を現さない。秘書・井野、状況を説明。宮垣は自殺し、その遺言により、彼の遺産を懸けた推理小説のコンテストを行なうという。参加者は推理作家の清村、須崎、まどか、林の四名、審査員は編集者・宇多川、評論家・鮫嶋、マニア・島田の三名である。一同はそれに同意する。客たちは井野に買い物などを依頼。清村は、自室“テセウス”に部屋名を示す青銅板がないことについて井野に尋ねる。井野、留め具が緩んだため外していると答え、もし不便なら代わりのものを貼ることを提案するが、清村はそれなら別に構わないと告げる。林、自身は親指シフトのワープロを愛用しているため、用意された「JISかな配列」のものに不満を訴えるもどうにもならず、諦めてそれを使用することにする。
(2) 応接間“ミノタウロス”にて、須崎、死亡。首はほとんど千切れかけており、直角に近い角度に曲がっている。本来の頭部の位置には、元々はこの部屋の壁に飾られていた水牛の頭部の剥製。警察に通報を試みるも、電話は不通となっていた。秘書・井野は買い物に出掛けたのか、彼の姿はなく、外部への唯一の出入り口である玄関の扉は施錠されている。扉は鍵がないと開けられない。
(3) 数時間が過ぎても井野は姿を現さない。井野の部屋“エウロペ”に入る。施錠されていない。井野自身は居ないが、部屋の中には彼の財布や免許証、昨日頼んだ買い物メモが残されている。買い物に出掛けた形跡がない。
(4) 須崎の部屋“タロス”。照明が灯っている。ワープロの電源も入ったまま。彼の書きかけの原稿と思しきものが画面に表示されている。題名は「ミノタウロスの首」。その内容は、彼の死亡の状況に酷似している。
(5) 原稿には「死体の顔面を覆い隠すようにして置かれ」としか書かれていない。島田、なぜ犯人は須崎の首を切ったのか、あるいは見立ての見栄えの都合なら、なぜ完全には切り落とさなかったのかという点を指摘する。犯人は自身も流血する負傷を負ったために、その血痕を隠すための偽装を行なったのではないかという推論を提示する。しかし、鼻血を含め、負傷した形跡は、誰にも見当たらなかった。
(6) 清村、井野犯人説を主張。ひとまず、コンテストは続行。
(7) 宇多山、コンテストの続行よりも脱出を最優先させるべきと、まずは清村を説得すべく、彼の部屋“テセウス”へ。彼の姿はない。ワープロ画面に目を遣る。その内容は、“メデイア”の部屋にて、彼が毒殺されると暗示させるもの。題名は「闇の中の毒牙」。疑惑は拭い難く、急ぎ“メデイア”へと向かう。清村の死体発見。電灯のスイッチに毒針。死体の胸ポケットに紙片。まどかの名による、「娯楽室で待つ」というメッセージ。仮にまどかに呼び出されたとしても、彼が娯楽室ではなく“メデイア”で殺されていたことが不審。駆けつけていた島田、“メデイア”の部屋名が刻まれた青銅板が、扉から失われていることに気づく。
(8) 島田、宇多山、林の部屋“アイゲウス”を訪れる。中には、林の死体。背中に刃物が突き立てられている。ワープロの画面には、やはり彼の書きかけらしき原稿。題名は「硝子張りの伝言」。ダイイング・メッセージを扱う予定だったらしい。しかし途切れた文章の最後に、意図的に残したものなのか、それともたまたまキーを押してしまったのか、意味不明な「wwh」という3文字がある。
(9) 死体を前に、しばし沈黙の中に入っていた島田と宇多川の耳に、金属質の連続音が飛び込んでくる。まどかは痴漢撃退用のブザーを所持している。その音だろうと判断し、二人は彼女の部屋“イカロス”へ向かう。扉は施錠されている。島田、応接間の斧を取って来る。扉を破ると、室内には頭部に傷を負い、倒れて動かぬまどか。弱々しいながらもまだ命はあり、救命のため、医師経験もある桂子を呼ぶ。鮫嶋もやって来る。
(10) まどかのワープロの電源を入れる。原稿にはまだ取り掛かっていなかったらしく、ちょっとした手記のような記述しかない。作品を書かなければ、犯人も見立て殺人を行えないだろう、などということが書かれている。気に掛かっていたこともあったようだ。「それは、あの車のこと。あの車は…。いや、思い過ごしだろうか。何の関係もないことなのかもしれない」
(11) “イカロス”には、島田、宇多川夫妻、鮫嶋、冨美、そしてベッドに横たわり、瀕死のまどか。突然、呻き声を発したまどかが上体を起こした。ゆっくりと右腕を上げ、指を広げるようにして前へ差し出す。その次の瞬間に倒れた彼女が、再び起き上がることはなかった。
(12) 各部屋に通じる秘密の通路を発見。密室を自由に出入りできることは判明。フロッピィ・ディスクの落し物。「畸形の翼」と題された文書が収められている。