らふりぃの読書な雑記-77
金田一耕助シリーズ。莫大な財産の行方を揺れ動かす奇妙な遺言。その中心となるのは絶世の美女。彼女がその財を手に入れるには犬神家の三名の誰かと結婚するか、あるいはその三名すべてが死なねばならない。復員した佐清は顔に大怪我を負い、仮面を被る。時折姿を見せる、顔を隠した復員軍人。行方知れずの静馬。斧・琴・菊をモチーフとした連続殺人。[??]

金田一耕助(きんだいちこうすけ):探偵

犬神佐兵衛(いぬがみさへえ):犬神財閥の創始者, 生糸王, 故人
松子(まつこ):佐兵衛の長女
佐清(すけきよ):松子の息子
竹子(たけこ):佐兵衛の次女
寅之助(とらのすけ):竹子の夫, 犬神製糸東京支店長
佐武(すけたけ):竹子の息子
小夜子(さよこ):竹子の娘
梅子(うめこ):佐兵衛の三女
幸吉(こうきち):梅子の夫, 犬神製糸神戸支店長
佐智(すけとも):梅子の息子

野々宮大弐(ののみやだいに):那須神社の神官, 佐兵衛の終生の恩人, 故人
晴世(はるよ):大弐の妻, 故人
祝子(のりこ):大弐・晴世の娘, 故人
珠世(たまよ):祝子の娘

猿蔵(さるぞう):珠世のお付きの者

青沼菊乃(あおぬまきくの):佐兵衛の愛人, 消息不明
静馬(しずま):菊乃・佐兵衛の息子, 消息不明, 他家に預けられ、津田静馬に

古館恭三(ふるだてきょうぞう):古館法律事務所所長, 犬神家顧問弁護士
若林豊一郎(わかばやし とよいちろう):古館法律事務所の弁護士
宮川香琴(みやがわこうきん):松子の琴の師匠, 目が不自由だがまったく見えないほどではない
大山泰輔(おおやまたいすけ):那須神社の神主

志摩久平:旅館“柏屋”の経営者
上田啓吉:駅員
小口竜太:タクシー運転手

橘:那須署署長
藤崎:鑑識課員
沢井:刑事
楠田:町医者, 警察の嘱託医



生糸王とも称される犬神佐兵衛が亡くなった。彼こそまさしく立志伝中の人物。幼き頃に孤児となり、土地から土地へと流れ歩く乞食同然の暮らしから、一代で巨万の富を築いたのである。

しかし彼はその業績を、決して己の力のみで成し遂げたと自惚れることはなかった。那須湖畔に流れ着き、そこで出逢った神官・野之宮大弐こそが、自らの運をまず切り拓いてくれた大恩人として、その感謝の念は終生失われることがなかった。野之宮はもはや野垂れ死に寸前だった佐兵衛を救い、家に置いた。そして彼によって施された教育が後の佐兵衛の成功の礎となり、彼の周旋で小さな製糸工場へ入ったことが、犬神財閥を築き上げる第一歩となったのである。

野之宮は野之宮で、既に大資産家となった佐兵衛がいかに説いても、その利益の分け前に与ることは断じて固辞し続け、その生涯を全うした。


さて、そんな佐兵衛の遺言は、いかにも野之宮への報恩に満ちたものであった。佐兵衛は、野之宮の孫にあたる珠世を既に引き取り、犬神家に置いていたが、ほとんどすべての財産を珠世に譲るというような内容なのである。

彼は正式の妻を持つことはなかったが、三人の女を抱え、それぞれに一人ずつ娘を産ませている。その三人の娘たちをまったくと言っていいほど無視するとあっては、やはり三人娘たちが面白かろうはずがない。しかし遺言には奇妙な条件があり、それによると財産の配分の鍵となるのは、三人娘の息子たちなのだ。

――なんとしても、我が息子が珠世の夫として選ばれねばならない―― 三人娘たちも、お互いの仲が良いわけではない。そしてさらに、そこに佐兵衛の最愛の愛人の息子・静馬までもが関わってくるとなれば、流血の惨劇が避けられぬのも必然であろう。


犬神家の家宝である、斧・琴・菊(ヨキ・コト・キク)をモチーフとする連続殺人の銃爪を引いたのは、仮面の男の帰還であった。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



これまた名作と名高い作品。偶然に拠ったものの多さが気にならないこともないが、ストーリーは面白い。頭を下にしてその身体を水面下に隠し、脚だけを突き出したスケキヨの姿は、笑いのネタとして扱われるほどに有名だw

偶然の要素が多いと書いたが、運任せみたいなところもあるんだよね。最後の見立てなんてのがまさにそう。あれは成功すればラッキー程度のもので、仮に失敗したとしても構わないものなんだろうけど。佐武の死体の首から下を隠した真相は弱いというか、ちょっとつまらない。

良かった手掛かりの一つとしては、襟巻き男が旅館の宿帳で使った住所。これは読者の常識的な解釈の裏を掻いたもの。わざわざ口述させた理由がよくわからないが。

静馬の意図については不明な部分もある。結果的には彼に都合良く、事は運んで行ったのだが、彼自身はさほど積極的に動いているわけではない。当初は遺言の内容を知らなかったのだから、至って単純な考えだったと思われるが、それを知ってしまってからの彼のアイデアは腑に落ちない。よほどの自信家だったとも思えないが。もはや引くに引けない状況に陥ってしまったがゆえというところだろうか。

今さら気づいたが、金田一耕助シリーズには“もし私が知ってさえいたら派”のような記述が結構多いんだな。これは、「もしこのとき私がこれに気づいていたなら、この後の悲劇を防ぐことができたのに」というような台詞を用いたヒロインの回想を多用する作家に付けられた、まあ蔑称だw 謎解きよりも、心理描写に力を入れたメロドラマティックな作風が多い。それっぽいのが金田一ものにもある。フルート演奏させていればとか、彼女が言おうとしたことを問い質していればとかね。



(1) 佐兵衛、死去。その遺言は佐清の復員、または佐兵衛一周忌にて公開の予定。
(2) 珠世が乗るボートの底に穴。沈む前に猿蔵と耕助により救助される。珠世の危機は三度目。一度目は夜具に蝮。二度目は自転車のブレーキ故障。
(3) 耕助と面会する予定だった若林、その直前に毒殺される。吸殻の一本から毒が検出される。ケースに残っていた煙草には異常なし。
(4) 佐清、復員。激しい負傷のため、顔には仮面。佐兵衛の遺書が公開される。犬神家の全財産・前事業の相続権を意味する家宝・斧・琴・菊(ヨキ・コト・キク)は珠世が継ぐが、これより三ヶ月以内に佐清、佐武、佐智の中の誰かと結婚することがその条件。もし三人ともが拒否、あるいは死亡した場合はこの条件が免除される。もし珠世死亡の場合は佐清が事業を相続、財産は佐清、佐武、佐智が5分の1ずつ、青沼静馬が5分の2を受け継ぐ。珠世が死亡し、かつ佐清が死亡した場合は事業は佐武、佐智が同等に相続し、財産の佐清の相続分は静馬へ。佐武、佐智、死亡の場合はその財産の相続分は静馬へ。静馬の消息掴めぬ場合はその相続分は犬神奉公会へ。つまり犬神家の跡取りたちが死んだら静馬の相続分は増えるが、その逆はなく、事業への参加権こそないが、静馬は財産相続上では損することのない有利な立場にある。財産相続において最も力を持つ立場にあるのが珠世だが、事態がどう変わろうが、少なくとも決して損をすることはない立場にあるのが静馬ということになる。
(5) 佐清が以前に奉納した巻物にある、彼の手形を使って、仮面の男が果たして本当に佐清なのか、佐武や佐智らが確認しようとするが、松子がそれを拒否。
(6) 犬神邸の菊畑には猿蔵の作った菊人形が並んでいる。それは歌舞伎の“菊畑”の一場面を模している。人形の顔はそれぞれ、犬神家の者たちの似顔となっている。人形の一つは、本来の物の代わりに本物の佐武の生首を乗せている。ボートハウスの屋上、展望台には円卓を籐椅子が囲っているが、その一つが倒れ、床にはおびただしい流血。しかし死体はない。床の血痕を辿ると、それは展望台の端まで続き、その下には湖が広がっている。現場には珠世のブローチ。閉じてあった水門が開いており、ボートが一艘なくなっている。犯人が死体の頭部を飾り立て、残りの部分をどこかに隠す理由が不明。
(7) 珠世、語る。昔、佐兵衛から貰ったお気に入りの懐中時計があり、その修繕は、機械いじりの得意な佐清に任せていた。佐清が復員し、家に戻ってきたので、折を見て修繕を頼んだところ、今は気が向かないからそのうちにと、そのまま時計は返却された。時計には先ほどの佐清の指紋が残っていた。時計の指紋と、巻物にあるそれを佐武に比べてもらおうと、彼をこっそりと呼び出した。時計を彼に渡し、引き上げようとすると、急に彼が踊り掛かって来た。密かに彼女を付けていたらしい猿蔵が彼女を救出した。佐武は椅子とともに倒れ、立ち去る彼女たちを口汚く罵っていた。彼女がブローチを落としたのはその際ではないか。
(8) 松子、佐清の指紋を取ることに同意。皆の目の前で、佐清の広げた右手に朱墨をたっぷり塗りたくると、白紙の上に手形を押させた。それは鑑識課員によって、古舘弁護士が保管していた巻物と比較された。
(9) 乗り捨てられたボート発見。その中には血溜まり。
(10) 旅館に不審な客が訪れたという情報。午後8時頃、いかにも復員者ふうの格好だが、顔をほとんどすっかり隠している者がやって来た。宿帳を出すと、自分で書かずに口述させる。名前は“山田三平”。(後に、その住所は松子の東京の家のものと確認される) 午後10時頃どこかへ出掛けて、それから2時間ほどで戻って来た。そして午前5時頃、急に宿を発った。山田が泊まった部屋には、血痕がある手拭いが残っていた。
(11) 顔を隠した復員者となると、佐清が連想されるが、その日の午後8時から10時頃となると、それはちょうど彼が皆の前で指紋を押していた頃。
(12) 耕助、その山田と名乗った怪人物はわざと自分に注意を向けさせ、佐武殺しを外部犯によるものとし、内部の誰かを庇う、あるいは共謀している可能性を指摘。橘、アリバイがない猿蔵こそ、この山田であり、珠世と共謀している可能性に言及。
(13) 自室にて佐清、机にくっきりと残った自らの指紋を凝視すると、それを拭き取った。
(14) 佐武の死体の頭部以外の部分が発見される。背後から短刀のような物で刺殺と推定。珠世が預けたという時計は発見されず。
(15) 耕助、大山神主より、巻物の指紋を使った鑑定を勧めたのは珠世であることや、野々宮大弐と佐兵衛との艶書などが収められた唐櫃のことを聞かされる。
(16) 小夜子と珠世が居間で半時間ほど会談。小夜子は佐智を恋慕しており、珠世の意向を確かめるためであったものと思われるが、その内容の詳細については両者ともに語らない。その会談後、珠世はすぐに寝室へと引き上げた。しかしその扉を開け、電灯のスイッチを入れた途端に、襟巻きで顔を隠し、兵隊服を着た人物が部屋を飛び出して行った。部屋からなくなった物はないようだが、その人物は何かを探していたらしい。珠世が悲鳴を上げたときについては、家の者の全員にアリバイが認められた。そのとき最も彼女の近くいたと思われる小夜子は、一瞬猿蔵と揉み合った怪人物が逃げ去る光景も目撃した。当の猿蔵も、その相手の顔は確認できなかった。
(17) 居間で猿蔵たちが珠世を介抱しているとき、またもや悲鳴が上がった。珠世を含め一同、その発信源と思しき展望台へ向かった。展望台では佐清が倒れていた。仮面が外れ、崩れた肉塊のような顔を露にしていた。佐清の話によると、珠世の悲鳴を聞き、部屋を飛び出したところ、展望台へと向かう人物を目撃し、それを追っ掛けて行ったら、いきなり殴られたという。
(18) 佐智、策略により珠世を薬で眠らせ、古屋敷へと拉致する。
(19) 匿名電話を受けた猿蔵、その指示に従い、珠世を救出する。辱められたと絶望する珠世を安心させるような、「佐智は失敗した」などと書かれた紙片が置かれていた。佐智は半裸で椅子に縛り上げられ、猿轡をはめられ、呻いている。佐智はそのまま放置され、猿蔵は珠世を連れ帰った。
(20) 猿蔵の案内で、佐智の父・幸吉らは佐智を迎えに行く。佐智はがっくりと首をうなだれていた。首には琴の糸が巻き付き、彼は絶命していた。彼の首を絞め、命を奪ったのは別のもっと太い紐状の物。綱は彼の身体にがっちり食い込んでいるが、まるで緩く縛られていたために付いたような細かいかすり傷が見られる。死亡推定時刻は昨夜の午後8~9時。猿蔵がここを立ち去ったのは午後4時半~5時頃。佐智のYシャツのボタンが一つなくなっている。
(21) 小夜子は妊娠している。
(22) 松子、香琴との琴の稽古の最中に、刑事から佐智殺害の件の話を聞かされる。刑事が琴の糸に何か思い当たらないかなどと尋ねていたとき、まさにその琴の糸が切れた。松子は指から血を流している。怪我について刑事が言葉を掛けると、松子は「はあ、今、琴糸が切れた拍子に…?」などと答えた。その言葉を聞いた香琴は不思議そうな様子を示して、「今、琴糸が切れた拍子に…?」と独り言のように呟いた。松子、一瞬、なぜかその言葉に対して激しい反応を示す。
(23) 松子、竹子、梅子は、佐武、佐智の殺害状況に斧・琴・菊の符合を察したのか動揺を示す。松子、青沼菊乃への仕打ちを語る。佐兵衛から彼女へ与えられた斧・琴・菊を奪い取るために、まだ赤子だった彼女の息子・静馬の尻に焼け火箸を当てるなどの非道を行なったのだ。結局は松子たちは目的を果たしたのだが、泣き崩れていた菊乃は彼女たちに、「斧・琴・菊がお前たちの身に報いる」との呪いの言葉を吐いた。それから後に、菊乃は消息を絶った。静馬については、軍に召集されたところまでの足取りはわかっている。
(24) 祝子が佐兵衛・晴世の実子と判明。つまり珠世は佐兵衛の孫にあたる。
(25) 湖の凍った水面から伸びた二本の脚が開き、斜めに天を指しており、それ以外の部分は氷の中に隠れていた。湖岸には犬神家の者たちが勢揃いして、これを眺めている。しかしそこには、佐清の姿がなかった。
(26) 苦労の末、死体を引き揚げると、その主はまさしくあの崩れた肉塊のような顔。“スケキヨ”が逆立ちして、“ヨキケス”。半身が隠れていたので、4文字の内の2文字を隠すと、“ヨキ”つまり斧。珠世の強い勧めで、念のために指紋を調べると、それはかつて鑑定されたあの指紋ではなかった。
(27) 紛失していた佐智のボタンを小夜子が所持している。血痕がある。小夜子はまだまともに話が聞ける状態ではなく、それを入手した経緯などの事情がわからない。
(28) 香琴、耕助らに、自分が菊乃であると告白。佐清(の顔を模した仮面)は、静馬に似ているという。松子の指の怪我は、彼女が答えた日の前日に負っていたものと語る。
(29) 珠世、佐清に襲撃される。間一髪、猿蔵が救助。佐清は逃亡。銃撃戦の末、自殺を図るが、その寸前に逮捕される。自らが連続殺人の犯人であると記した遺書を持っていた。彼は仮面を被っていなかったが、その顔に激しい負傷の跡は見当たらなかった。

らふりぃの読書な雑記-76
金田一耕助シリーズ。重大事件の容疑を掛けられ、自死したと思われる椿子爵。その遺書には、「不名誉に耐えていくことは出来ない」「悪魔が来りて笛を吹く」。死に繋がるほどの不名誉とは? “悪魔”の正体は? フルートの音色とともに訪れる死。たびたび目撃される、死んだはずの椿子爵。密室殺人。事件の鍵を握る、風神・雷神像。[??]

椿英輔(つばきひですけ):元子爵, フルート演奏者, 失踪
あき(火偏に禾, “秋”の異体字)子(あきこ):英輔の妻
美禰子(みねこ):英輔の娘
信乃(しの):あき子の実家から付いて来た婆あや
三島東太郎(みしまとうたろう):英輔が引き取った、友人の遺児
種:女中

新宮利彦:あき子の兄
華子:利彦の妻
一彦:利彦の息子

玉虫公丸伯爵:あき子の伯父
菊江:玉虫の妾

目賀重亮(めがじゅうすけ):医学博士, 占い師
友田:目賀の知人

河村辰五郎:植辰, 植木屋の親方
堀井駒子:辰五郎の娘, おこま, 妙海尼
源助:駒子の夫
小夜子:駒子の娘
はる:辰五郎の妾
おたま:同
治雄:辰五郎の妾腹の息子
植松:辰五郎の後継者

飯尾豊三郎(いいおとよさぶろう):“天銀堂事件”の容疑者

おすみ:“三春園”の女中
慈道:“法乗寺”の住持
三島省吾:椿の旧友, 故人
勝子:省吾の妻, 故人
風間俊六:金田一の旧友
久保銀造:金田一のパトロン

金田一耕助(きんだいちこうすけ):探偵

磯川警部
等々力警部
出川刑事



ある日の銀座、午前10時頃のことだった。有名な宝石商、“天銀堂”に現れた井口一郎と名乗る男は、東京衛生局の肩書きが記された名刺を見せ、伝染病予防のため、速やかにこの薬を飲まねばならぬと言った。店員たちはそれをまったく不審と思わず、言われるがままにそれを飲んだ。するとたちまち彼らはのた打ち回り、その大半は絶命した。それを見るや、井口なる男は店の宝石を取れるだけ引っ掴み、逃亡したのだ。世に言う、“天銀堂事件”である。

さて、この事件の容疑者の一人として、椿子爵も取り調べられた。その容貌が犯人と似ているということもあるが、どうやら警察に彼を告発する密告状が届いたらしい。結局は子爵のアリバイは認められ、晴れてその身柄を解放されたものの、彼はその不名誉に耐えかねたのか、失踪してしまった。そしてようやく山中で発見されたとき、彼の命は既に失われていた。


探偵・金田一耕助の目の前に座る若い女は、椿美禰子と名乗った。あの天銀堂事件の容疑を掛けられ、失踪し、亡くなった椿英輔の娘である。どう話したらいいものか、本人にもわからぬ様子で、彼女は金田一に言った。「あたしの父は、本当に亡くなったのでございましょうか」


椿英輔の死体は、美禰子自身が確認しており、彼女はその死を確信していいた。しかし母・あき子はそれを疑っており、替え玉を使って、彼は身を隠しているのではとまで言い出す始末だという。それは夫婦の情から来るものではなく、長年軽んじて来た英輔に復讐されるのではと怖れているのだ。実際、あき子は英輔らしき人物を目撃したという。しかもその男を見たのは彼女だけではなく、そのとき一緒にいた者もそれを認めているのだ。


椿家では英輔の生死についての占いを行なうこととなり、金田一も同席する。神秘性を高めるためか、あえて計画停電の時間帯が選ばれた。明かりは携帯照明のみである。コックリさんに似たその占いは、目賀医学博士を中心に行われた。

目賀が何やら唱える。砂の上に何かが描かれていく。突然に携帯照明の明かりが消えた。騒然とするが、目賀の指示で、構わず儀式は続けられる。明かりが灯る。それは携帯照明ではなく、停電時間が終わったためだ。砂の上には火焔太鼓のような絵が描かれている。どうも様子がおかしいと、金田一は思った。彼とあと二名を除き、ほかの者たちの驚きぶりが尋常ではない。扉が外から激しくノックされた。現れたのは女中のお種である。扉が大きく開かれた。フルートの音色が聴こえてきた。


“悪魔が来りて笛を吹く”――英輔の自作曲である。それが耳に届くや否や、あき子は恐怖の表情を浮かべ、叫び声を上げた。美禰子は部屋を飛び出した。金田一もその後から飛び出した。音の出処は英輔の書斎だった。扉を開けば、なんということはない、蓄音機でレコードが再生されているだけである。しかしこのレコードは既にこの家から排除されていたはずなのだ。いったい誰がわざわざこのレコードを持ち込んでまで、こんな悪戯を――


翌朝、あの占いの部屋で、美禰子の大伯父、玉虫元伯爵が死んでいた。砂の上に、またもやあの火焔太鼓が描かれていた。現場は密室だった。そしてもう一つ奇怪な出来事があった。英輔の姿が目撃されたというのである。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



“ハンガリアン田園幻想曲”から陽気な要素を取り去り、冷酷非情にしたようなフルート曲、“悪魔が来りて笛を吹く”の調べとともに、人が殺されていく。角川文庫の裏表紙を見ると、「椿家を襲う七つの死」とある。「椿家を襲う」という部分は引っ掛かるが、実際数えてみると、犯人によって死んだと言えるのは確かに七人かな。八人と解釈できなくもないが。いっぱい死んでるけど、作中の事件として大きく扱われてるのは三件だけ、そして事件そのものが謎と言えるのは最初の一つのみで、残りの二つは真相解明のためのデータ提示だけかな。

横溝作品中でも名作として謳われているらしい。謎解き物としても、風神・雷神像についてのアレコレや、タイプライターの“Y”と“Z”が入れ違ってる謎、それから密室トリックに、換気口から悪魔の紋章が目撃されてないことなど、盛り沢山。死んだはずの人物が目撃されたり、不気味なフルートの音色が流れたりと、妖しい雰囲気も良い。でも僕には物足りなかったなぁ。

退廃的で、人数の割には複雑な人間関係(某人物一名を除くだけでかなりすっきりするのだが)が描かれていて、それもウケたんだろうけど、僕はそれを追うだけで疲れちゃったw あと、僕がうっかり読み飛ばしちゃっただけなのかもだけど、ドイツ向けのタイプライターに馴染んだ人物についての手掛かりがなかった気がするので、現時点ではマイナス。(そのうち再読してみて、そんな記述があったら訂正する) 某人物の正体を知らせる決定的な印が最初に露見する場面の描写も、どうもはっきりしてないような。「まえはだけになったシャツのボタンをはめた」という記述はあるけど、もしこれだけならちょっと納得できない。まあ、これも僕の読み飛ばしかもしれない。ただねぇ…、解決編を読むと、その人物は上半身裸だったことは確定のようだけど、だったらそれを他の者にも見られてしまう可能性が高いんじゃないか? 皆がそれに似たものを見たときの反応は既に確かめられている。それを知っていながらの行動にしては、無用心すぎじゃないだろうか。

風神・雷神像のトリックにしても、その説明は苦しい。菊江のツッコミに対して、金田一は「最初は驚かすだけ云々」と答えているが、ちょっと待て、驚かすだけのつもりでも、菊江のやり方のほうが適切だろう。わざわざこんな手の込んだ方法を採る必要がない。

死んだはずの人物が姿を見せるトリックは、その解決はなるほど論理的ではあるが、犯人にとっての偶然が都合良すぎかなぁ。

密室はトリック自体よりも、「なぜそうなったか?」というほうに重点があるのかな。

玉虫伯爵が辰五郎を“信用”しているというのも腑に落ちないが、根っからの貴族の傲慢さゆえか、あるいは「こうなったら一つも二つも同じ。複数の相手に弱みを握られるよりはマシ」ということだろうか。


犯人はヤスw


新本格作家が本作を書いたら、“悪魔が来りて笛を吹く”の譜面付きになるねw



(1) 東京衛生局の井口一郎と名乗る人物が銀座の宝石商“天銀堂”を訪れ、策を弄して店員多数を毒殺し、宝石を奪う事件、世に言う“天銀堂事件”が発生する。
(2) 椿、失踪。死体となって発見される。生前の彼は天銀堂事件の容疑者として警察の取り調べを受けていた。それは家の中の誰かの密告によるもの。密告状の印字はYとZとが入れ替わっている。ドイツ向けのタイプライターには、英語圏向けのものとYとZのキーの位置が逆のものもある。美禰子の所持する本の中から、封筒に入った椿の遺書が見つかっている。「不名誉に耐えていくことは出来ない」 「悪魔が来りて笛を吹く」 椿らしき人物は何度も目撃される。
(3) 椿邸にて、椿の生死について占う。占いは計画停電時に携帯照明を用いて、目賀が行なう。コックリさんのようなもの。砂の上に何やら図形らしきものが描かれてく。携帯照明の明かりが消え、室内は暗闇に。占いは続行。停電が終わり、部屋に明かりが灯る。砂の上には火焔太鼓のような模様。それは椿の日記描かれた「悪魔の紋章」。
(4) 家の中に、椿の自作曲“悪魔が来りて笛を吹く”が鳴り響く。音の発生源は椿の書斎の蓄音機。停電中に機器の電源を入れ、レコードを置いておけば、通電した際に自動的に再生開始させることも可能なため、占いの参加者のほとんどの者にも機会はあった。
(5) 玉虫、殺害される。彼自身の襟巻きによる絞殺。後頭部に裂傷。血がこびり付いた雷神像が転がっている。顔面を殴られ流血した痕跡あるも、血は拭い取られている。死体発見時、出入り口は閉ざされ、掛け金と閂が掛かっていた。死体発見現場の換気窓は横に細長く、人間が通り抜けるのは不可能。せいぜい腕くらいしか通らない。外部から扉に掛け金と閂を掛けることも可能なれど、一刻も早く立ち去りたいであろう犯人が、そのような手間暇を掛ける理由が不明。砂鉢の中にまたもやあの紋章があったが、部屋に入る前に換気窓から中を覗いた菊江、東太郎、目賀、美禰子、いずれも紋章の目撃を否定。
(6) 利彦、左の肩にはあの紋章に似た痣がある。
(7) 美禰子の日記に、「午前中にウィルヘルム・マイステル読了。午後、思い立って机の周りを整理。読み終わった本を書庫にしまう」とある。椿が遺書を本に挟んだのはその前、つまり天銀堂事件の容疑者としての取り調べ前ということになるので、彼の書いた「不名誉」とは天銀堂事件容疑ではない。
(8) かつて玉虫の別荘にて、利彦は小間使い・駒子を妊娠させてしまった。手切れ金が支払われた駒子、小夜子を生む。駒子の父・河村辰五郎はその後もしばしば玉虫からカネを引き出していた。小夜子は後に自殺しているが、そのとき妊娠していた。
(9) 金田一、駒子に会いに行くも、先手を打たれ、彼女は殺害されてしまう。
(10) カネに困っている利彦、美禰子から宝石を入手。その際に邪魔になると思われる目賀と信乃は、偽の呼び出しで排除していた。帰宅した目賀、激怒して、あき子に当たっている。
(11) “悪魔が来りて笛を吹く”が聴こえる。温室の中に蓄音機。そして利彦の死体。行方不明となっていた風神像が落ちている。風神像は底がわずかに切り取られている。これで殴り、その後、絞殺。玉虫も利彦も、まるであまり騒ぐこともなく、あっさりと殺されているようですらある。
(12) 天銀堂事件で椿に容疑が及んだ理由の一つは、彼の容姿が犯人に似ていたため。椿以外にも同様の理由で容疑者となった者がいる。天銀堂事件の犯人あるいはその容疑者の誰かなら、椿らしき人物として動きまわることも可能。飯尾豊三郎という人物が捜査線上に浮上する。しかし警察が捕らえるよりも先に、彼は殺害される。
(13) 美禰子、かつて椿が彼女に対して「今、屋敷にいる者とは結婚してはならぬ」と言ったことを思い出す。
(14) 身元調査によって、東太郎は別人の名を騙っていると判明。
(15) 小夜子を妊娠させた相手は、辰五郎の息子・治雄が有力。治雄は右の指を二本失っている。その特徴は、東太郎にも当て嵌まる。
(16) あき子、別荘へ移る。停電。“悪魔が来りて笛を吹く”が聴こえる。あき子、気絶。信乃、目賀の調合薬を飲ませる。そこに毒が仕込まれており、あき子、死亡。

らふりぃの読書な雑記-75
館シリーズの長編第6作。記憶喪失の人物が持ち込んだ、“黒猫館”での事件が記録された手記。関係者の話や、手記から、その所在地を探索する。他殺なのかどうかも判然としない事件。地下室に塗り込められていた白骨死体。(「・ω・)「にゃおー [???]

鮎田冬馬(あゆたとうま):“黒猫館”の管理人
風間裕己(かざまゆうき):“黒猫館”の所有者の息子, M**大学の大学院生, ロック・バンド“セイレーン”のギタリスト
氷川隼人(ひかわはやと):裕己の従兄, T**大学の大学院生, “セイレーン”のピアニスト
木之内普(きのうちしん):裕己の友人, “セイレーン”のドラマー
麻生謙二郎(あさおけんじろう):裕己の友人, “セイレーン”のベーシスト
椿本レナ(つばきもと):旅行者

天羽辰也(あもうたつや):“黒猫館”の元所有者, 元H**大学助教授, 生死不明
理沙子(りさこ):辰也の養女, 生死不明
神代舜之介(くましろしゅんのすけ):天羽の友人, 元T**大学教授
浩世(ひろよ):舜之介の孫娘
橘てる子(たちばなてるこ):天羽の元同僚, H**大学教授
足立秀秋(あだちひであき):“黒猫館”の所有者の当地での代理人

江南孝明(かわみなみたかあき):“稀譚社”の編集者
鹿谷門実(ししやかどみ):推理作家



手元にある一冊のノート。記憶を失った私に残された手掛かりはそれだけだった。それはどうやら、私自身が書いた手記らしい。そこには“黒猫館”という屋敷で起こった事件の経緯が綴られている。“鮎田”――それが私の名前のようだ。なぜ私はこんな物を持って、ホテルに滞在などしていたのだろうか。手記には1年ほど前、1989年7月の出来事と思しき話が書かれている。


私(鮎田)が管理する“黒猫館”に、所有者の息子と、その友人たちが来訪する。風間裕己、氷川隼人、木之内普、麻生謙二郎。彼らはロック・バンド仲間ということで、いかにもそんな様子だ。彼らは到着するや否や、一人旅をしていた女性――レナ――を屋敷へと連れ込んだ。その女性もかなりなものらしく、その夜すぐに破廉恥なパーティーを開いていた。

翌朝、様子がおかしい。誰も現れない。彼らがパーティーを開いていた広間は固く閉ざされたままだ。昨夜、あれだけ大騒ぎしていたのだから、今頃は疲れ果て、そのまま中で眠ってしまっているのだろう。

正午を過ぎても彼らは起きて来なかった。さすがに少々不安を感じ始めた頃、叫び声が上がった。

広間へと向かい、その中の騒ぎを聞き付けた私は、中の連中に声を掛け、なんとかその扉を開けさせた。中を覗くと、そこにはレナの死体が転がっていた。彼女の首にはスカーフが巻き付けられ、その皮膚に食い込んでいる。

広間は密室であった。この室内にいた四人は皆、彼らのうちの誰かが彼女を殺したのだろうと思い至ったらしいが、麻薬で酩酊していたため、誰も確かな記憶を持っていないようだ。

彼女の所持品や、彼女と話した内容を検討した結果、この場の者以外に彼女の行方を知る者がいる可能性は低いと思われた。私たちは、彼女の死体を地下室に塗り込め、事件ごと隠滅してしまうことにした。ところが地下室の壁を崩すと、既に空間があった。そしてそこには白骨化した死体が置かれていたのである。この際、白骨死体のことは構わずに、レナの死体もそこに隠すことにした。

そして、麻生が死んだ。内鍵を掛けたシャワー室で首を吊っていた。レナを殺したのは自分だという内容の、遺書らしき紙片も残されていた。彼の行方を知る者は多い。レナと違って、さすがに彼の死を隠し切るのは難しいだろう。レナの死が露となる紙片は処分し、警察に通報した。麻生は最愛の母を亡くしたばかりなので、動機もあり、自殺としてあっさりと処理された。


推理作家・鹿谷門実は鮎田という老人から手記の話を聞いた。“黒猫館”を建てたのはかの建築家・中村青司だという。鹿谷と青司とは、もはや因縁浅からぬ間柄である。鹿谷はさっそく調査を開始する。とにかく“黒猫館”の所在地の特定こそ重要である。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



今回は登場する死体の数が少ないw 手記の中の事件そのものの謎のほかに、その舞台となった“黒猫館”の所在地探しも重要なテーマ。作中の本来の目的は手記の記録者である鮎田冬馬が何者なのかを探ることなのだが、そっちは割と早くタネが割れてしまうだろうw

さて、問題の手記なのだが、“私”である鮎田の、事件現場での調査は奇妙なほどに手際が良い。ここを不自然に思わぬ読者がほとんどいるはずもなく、作者にも積極的にそこを隠す意図はないと思われるw 主題となる謎は、残りの20%ぶん、“黒猫館”の所在地についてなのだ。

鮎田はその手記の冒頭で、「如何なる虚偽の記述をも差し挟まない事」を誓っている。つまりそこに嘘はないが、読者が勝手に誤解するような記述がなされているということ。記述者自身にとっては書かずとも当たり前のことゆえに、読者にとっては重要なデータが省略されてることが、誤解を作り出している。まるで「間違いをいくつ見つけられるかな?」というゲームであるかのように、手掛かりがいっぱい散りばめられているw

今回の“館”は、これまでのものの中では比較的シンプルなほうで、恒例の隠し扉の果たす役割も小さく、居住性から見ても普通っぽいが、ある意味、最もスケールの大きなものと言えないこともないw



(1) 1989年8月。鮎田が管理する“黒猫館”に滞在しようと、所有者の息子・風間と、彼の友人たち、総勢4名がやって来た。彼らを迎えに行き、車に乗せる。氷川は礼儀正しい青年だが、他の者は何が面白いのか看板や標識を指差してははしゃいでおり、どうにも子供っぽい。鮎田、まともに話せそうな相手は氷川だけと判断。
(2) 屋敷に到着。広間には少女の絵画が飾られている。それは「AMO」と署名されており、彼が自身の娘・理沙子を描いたもの。風間、木之内、麻生は麻薬遊びを行なう。
(3) 風間はいかにもな金持ちのドラ息子で、コンビニがないことに不満を漏らしたり、夕食の仔羊肉にちょっと表情を曇らせたりもしているが、態度の悪さはせいぜいその程度のことで、特にそれ以上文句も付けることもない。風間の従兄でもある氷川は「理性」を重んじており、それを失わせる麻薬を嫌っている。麻生は超常現象などに興味があるらしく、UFOの目撃話はないか、絶滅したとされる狼はいないのか、散歩に行きたいが熊は大丈夫かなどと、鮎田に尋ねてくる。熊なんていませんと鮎田が答えると、安心したのかようやくビデオカメラを抱えて出ていくといった具合。
(4) ドライブに出ていた風間と木之内がレナを連れてくる。
(5) 屋根裏部屋には覗き穴。鮎田、大広間の様子を見る。大広間では風間、木之内、麻生、レナが大麻パーティーを開いている。氷川もやって来た。本を手に取り、立ち去る様子の彼を、他の者たちが大きな飾り棚で入り口を塞ぎ、強引に引き留める。鮎田、寝室へと引き上げる。
(6) 翌朝、鮎田、広間へ向かうが、扉が開かない。前夜の出来事を思い出し、入り口を塞いだまま彼らがまだ中にいるのだろうと、立ち去る。彼らの部屋を見て回る。誰もいない。
(7) 叫び声。鮎田、再び広間へ。中が騒がしい。扉が開く。まず見えたのは、下着一枚の姿の風間と木之内。部屋の中央には、レナの全裸死体。麻生は右手奥の壁際に素っ裸で寝転がってる。氷川は階段の上の回廊の机に突っ伏して眠り込んでいる様子。レナの首には真っ赤なスカーフが食い込んでいる。死後硬直状況を確認。死後から少なくとも7~8時間と推定。彼女が死んだのは、鮎田が寝室へと引き上げた午前2時半から午前6時の間と限定した。密室内にいた彼らは事情がわからないと言う。
(8) 木之内、警察へ通報しようとする。氷川、それを止める。麻薬パーティーに加え、彼らしかいなかった密室内での事件。警察沙汰は好ましくないのは、彼らの麻薬使用を知りつつ放置した鮎田も同様。一同、ひとまず彼らのみで事件の検討を始める。
(9) 鮎田、昨夜の覗き見はとりあえず隠しておき、彼らから経緯を聞く。彼が目撃した出来事はほぼ確かめられる。麻薬での酩酊状態のまま、彼女との性交渉に臨んだ模様。彼女の希望によって、首を絞めたりもしたらしい。
(10) レナの所持品を調べると、彼女の本籍地や生年月日、身長などがわかった。名前は偽名を名乗っていた。風間らの話と合わせると、彼女は一人旅をしており、その足取りを知る者がいる可能性は低い。状況を検討した結果、この屋敷の所有者は風間の父であるため、他人の手に渡ることは防げることもあり、死体を地下室に塗り込め、事件を隠蔽することに。
(11) 地下室にはL字型でかなりの広さ。その奥には、最初からそうだったという、その向こうには壁しかない扉。適当な壁に穴を開けようと、ツルハシを振り上げる風間、バランスを崩し、扉の向こうの壁に激突。壁に穴が開き、その向こうに空間がある。調べてみると、それは廊下。奥に進むと、そこには人間の白骨死体。脇には小さな四つ脚の動物の白骨。死体は理沙子のものと推定。レナの死体もそこに置き、壁をまた閉じた。
(12) 広間に、地下室へと通じる隠し扉。しかしこれは広間側からしか開けられなず、何者から地下から開き、広間へ侵入することは不可能。
(13) 木之内、麻薬を使用し、パニックに陥ったらしく、家を飛び出す。既にすっかり天候は崩れているが、皆、服が濡れるのも構わず後を追う。彼を捕らえた後、氷川の提案により、玄関と厨房の、鍵なしには内側からも開かない扉を施錠。鍵は氷川が管理。
(14) 鮎田、冷蔵庫の故障に気づく。残っていた氷も使い果たす。
(15) 麻生が撮影したビデオの存在が思い出される。テレビに繋ぎ、再生する。氷川、カメラからカセットを取り出し、テープを引き千切る。鮎田に渡し、処分を依頼。そんなものが残っていたのでは、家じゅうの証拠を隠滅した意味がない。
(16) 翌朝、鮎田、玄関を確認。施錠されている。氷川、鍵を鮎田に返却。サロンに皆が集まってくるが、麻生が現れない。彼の部屋のシャワー(木之内の部屋との境目にあり、共用)がずっと使用中となっている。皆で部屋に入る。部屋に麻生の姿なし。シャワー室は両側ともに内鍵が掛かっている。扉と壁の間にはまったく隙間も見られない。氷川、シャワー室の扉の横のクローゼットを開け、中を検める。氷川、風間、体当たりで扉を開ける。鮎田、内鍵の状態を観察。糸の切れ端も、新しい引っ掻き傷も、蝋や煤といった付着物も残っていない。反対側のものも同様。排水口にも換気口に不審な点はなかった。浴槽の中には、首を吊った麻生の死体。シャワーから冷水が出ている。部屋には彼の遺書らしき紙片。
(17) 皆での話し合いの結果、麻生には自殺するような動機(最愛の母が死んで間もない)があるので、紙片は処分し、レナの件は伏せる形で警察に通報することに。警察は、麻生の死を単純な自殺として処理。
(18) 以上のような内容の手記を、鮎田が鹿谷のもとへと持ち込む。彼はホテル火災で記憶を失い、自分を知る手がかりがその手記しかないのだという。鹿谷、まずは“黒猫館”の場所の特定から始める。
(19) 鹿谷、黒猫館の最初の所有者である天羽の旧友・神代に接触。神代は天羽とは同人誌活動で知り合った。天羽は童話のようなものを書いていた。探偵小説を好んでいた。二年ほどの留学後すぐにH**大の助教授に採用されるなど、学者としては優秀だった。出産後すぐに死んだ妹の娘(理沙子)を引き取り、養女にした。神代が中村青司を紹介すると、彼の設計の別荘を阿寒町に建てた。神代はその正確な所在地までは覚えていない。青司は皮肉めいたふうに、天羽は“どじすん”だと言っていた。
(20) 天羽はしばしば“鏡の世界の住人”を自称していた。
(21) 鹿谷、橘と面会。彼女は留学先のオーストラリアから戻ってきたばかりの天羽が招かれたH**大の元同僚。天羽は天才肌で、学会では孤立していた。絵を描くことを好み、大学の自室でも描いていた。ルックスが良く、女子学生に人気があったが、本人は彼女たちに興味を示さなかった。妹を亡くしたときはひどく落ち込んでいた。以前からとても可愛がっていた理沙子を養女として引き取った。理沙子がもうすぐ中学へと上がる頃、彼女が行方不明となった後は、昼間から酒を飲むようになり、大学でも行動が問題視され、何処かへ去って行った。彼は前内臓逆位症。
(22) 鹿谷、阿寒町にて天羽の屋敷の情報を得て、その場所へ到着。中は荒れ果て、1年ほど前に書かれたはずの手記の内容とは、様子が少々食い違う。地下を検めてみると、扉の向こうに壁はなく、普通の廊下。白骨もない。