金田一耕助シリーズ。重大事件の容疑を掛けられ、自死したと思われる椿子爵。その遺書には、「不名誉に耐えていくことは出来ない」「悪魔が来りて笛を吹く」。死に繋がるほどの不名誉とは? “悪魔”の正体は? フルートの音色とともに訪れる死。たびたび目撃される、死んだはずの椿子爵。密室殺人。事件の鍵を握る、風神・雷神像。[??]
椿英輔(つばきひですけ):元子爵, フルート演奏者, 失踪
あき(火偏に禾, “秋”の異体字)子(あきこ):英輔の妻
美禰子(みねこ):英輔の娘
信乃(しの):あき子の実家から付いて来た婆あや
三島東太郎(みしまとうたろう):英輔が引き取った、友人の遺児
種:女中
新宮利彦:あき子の兄
華子:利彦の妻
一彦:利彦の息子
玉虫公丸伯爵:あき子の伯父
菊江:玉虫の妾
目賀重亮(めがじゅうすけ):医学博士, 占い師
友田:目賀の知人
河村辰五郎:植辰, 植木屋の親方
堀井駒子:辰五郎の娘, おこま, 妙海尼
源助:駒子の夫
小夜子:駒子の娘
はる:辰五郎の妾
おたま:同
治雄:辰五郎の妾腹の息子
植松:辰五郎の後継者
飯尾豊三郎(いいおとよさぶろう):“天銀堂事件”の容疑者
おすみ:“三春園”の女中
慈道:“法乗寺”の住持
三島省吾:椿の旧友, 故人
勝子:省吾の妻, 故人
風間俊六:金田一の旧友
久保銀造:金田一のパトロン
金田一耕助(きんだいちこうすけ):探偵
磯川警部
等々力警部
出川刑事
ある日の銀座、午前10時頃のことだった。有名な宝石商、“天銀堂”に現れた井口一郎と名乗る男は、東京衛生局の肩書きが記された名刺を見せ、伝染病予防のため、速やかにこの薬を飲まねばならぬと言った。店員たちはそれをまったく不審と思わず、言われるがままにそれを飲んだ。するとたちまち彼らはのた打ち回り、その大半は絶命した。それを見るや、井口なる男は店の宝石を取れるだけ引っ掴み、逃亡したのだ。世に言う、“天銀堂事件”である。
さて、この事件の容疑者の一人として、椿子爵も取り調べられた。その容貌が犯人と似ているということもあるが、どうやら警察に彼を告発する密告状が届いたらしい。結局は子爵のアリバイは認められ、晴れてその身柄を解放されたものの、彼はその不名誉に耐えかねたのか、失踪してしまった。そしてようやく山中で発見されたとき、彼の命は既に失われていた。
探偵・金田一耕助の目の前に座る若い女は、椿美禰子と名乗った。あの天銀堂事件の容疑を掛けられ、失踪し、亡くなった椿英輔の娘である。どう話したらいいものか、本人にもわからぬ様子で、彼女は金田一に言った。「あたしの父は、本当に亡くなったのでございましょうか」
椿英輔の死体は、美禰子自身が確認しており、彼女はその死を確信していいた。しかし母・あき子はそれを疑っており、替え玉を使って、彼は身を隠しているのではとまで言い出す始末だという。それは夫婦の情から来るものではなく、長年軽んじて来た英輔に復讐されるのではと怖れているのだ。実際、あき子は英輔らしき人物を目撃したという。しかもその男を見たのは彼女だけではなく、そのとき一緒にいた者もそれを認めているのだ。
椿家では英輔の生死についての占いを行なうこととなり、金田一も同席する。神秘性を高めるためか、あえて計画停電の時間帯が選ばれた。明かりは携帯照明のみである。コックリさんに似たその占いは、目賀医学博士を中心に行われた。
目賀が何やら唱える。砂の上に何かが描かれていく。突然に携帯照明の明かりが消えた。騒然とするが、目賀の指示で、構わず儀式は続けられる。明かりが灯る。それは携帯照明ではなく、停電時間が終わったためだ。砂の上には火焔太鼓のような絵が描かれている。どうも様子がおかしいと、金田一は思った。彼とあと二名を除き、ほかの者たちの驚きぶりが尋常ではない。扉が外から激しくノックされた。現れたのは女中のお種である。扉が大きく開かれた。フルートの音色が聴こえてきた。
“悪魔が来りて笛を吹く”――英輔の自作曲である。それが耳に届くや否や、あき子は恐怖の表情を浮かべ、叫び声を上げた。美禰子は部屋を飛び出した。金田一もその後から飛び出した。音の出処は英輔の書斎だった。扉を開けば、なんということはない、蓄音機でレコードが再生されているだけである。しかしこのレコードは既にこの家から排除されていたはずなのだ。いったい誰がわざわざこのレコードを持ち込んでまで、こんな悪戯を――
翌朝、あの占いの部屋で、美禰子の大伯父、玉虫元伯爵が死んでいた。砂の上に、またもやあの火焔太鼓が描かれていた。現場は密室だった。そしてもう一つ奇怪な出来事があった。英輔の姿が目撃されたというのである。
※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。
“ハンガリアン田園幻想曲”から陽気な要素を取り去り、冷酷非情にしたようなフルート曲、“悪魔が来りて笛を吹く”の調べとともに、人が殺されていく。角川文庫の裏表紙を見ると、「椿家を襲う七つの死」とある。「椿家を襲う」という部分は引っ掛かるが、実際数えてみると、犯人によって死んだと言えるのは確かに七人かな。八人と解釈できなくもないが。いっぱい死んでるけど、作中の事件として大きく扱われてるのは三件だけ、そして事件そのものが謎と言えるのは最初の一つのみで、残りの二つは真相解明のためのデータ提示だけかな。
横溝作品中でも名作として謳われているらしい。謎解き物としても、風神・雷神像についてのアレコレや、タイプライターの“Y”と“Z”が入れ違ってる謎、それから密室トリックに、換気口から悪魔の紋章が目撃されてないことなど、盛り沢山。死んだはずの人物が目撃されたり、不気味なフルートの音色が流れたりと、妖しい雰囲気も良い。でも僕には物足りなかったなぁ。
退廃的で、人数の割には複雑な人間関係(某人物一名を除くだけでかなりすっきりするのだが)が描かれていて、それもウケたんだろうけど、僕はそれを追うだけで疲れちゃったw あと、僕がうっかり読み飛ばしちゃっただけなのかもだけど、ドイツ向けのタイプライターに馴染んだ人物についての手掛かりがなかった気がするので、現時点ではマイナス。(そのうち再読してみて、そんな記述があったら訂正する) 某人物の正体を知らせる決定的な印が最初に露見する場面の描写も、どうもはっきりしてないような。「まえはだけになったシャツのボタンをはめた」という記述はあるけど、もしこれだけならちょっと納得できない。まあ、これも僕の読み飛ばしかもしれない。ただねぇ…、解決編を読むと、その人物は上半身裸だったことは確定のようだけど、だったらそれを他の者にも見られてしまう可能性が高いんじゃないか? 皆がそれに似たものを見たときの反応は既に確かめられている。それを知っていながらの行動にしては、無用心すぎじゃないだろうか。
風神・雷神像のトリックにしても、その説明は苦しい。菊江のツッコミに対して、金田一は「最初は驚かすだけ云々」と答えているが、ちょっと待て、驚かすだけのつもりでも、菊江のやり方のほうが適切だろう。わざわざこんな手の込んだ方法を採る必要がない。
死んだはずの人物が姿を見せるトリックは、その解決はなるほど論理的ではあるが、犯人にとっての偶然が都合良すぎかなぁ。
密室はトリック自体よりも、「なぜそうなったか?」というほうに重点があるのかな。
玉虫伯爵が辰五郎を“信用”しているというのも腑に落ちないが、根っからの貴族の傲慢さゆえか、あるいは「こうなったら一つも二つも同じ。複数の相手に弱みを握られるよりはマシ」ということだろうか。
犯人はヤスw
新本格作家が本作を書いたら、“悪魔が来りて笛を吹く”の譜面付きになるねw
(1) 東京衛生局の井口一郎と名乗る人物が銀座の宝石商“天銀堂”を訪れ、策を弄して店員多数を毒殺し、宝石を奪う事件、世に言う“天銀堂事件”が発生する。
(2) 椿、失踪。死体となって発見される。生前の彼は天銀堂事件の容疑者として警察の取り調べを受けていた。それは家の中の誰かの密告によるもの。密告状の印字はYとZとが入れ替わっている。ドイツ向けのタイプライターには、英語圏向けのものとYとZのキーの位置が逆のものもある。美禰子の所持する本の中から、封筒に入った椿の遺書が見つかっている。「不名誉に耐えていくことは出来ない」 「悪魔が来りて笛を吹く」 椿らしき人物は何度も目撃される。
(3) 椿邸にて、椿の生死について占う。占いは計画停電時に携帯照明を用いて、目賀が行なう。コックリさんのようなもの。砂の上に何やら図形らしきものが描かれてく。携帯照明の明かりが消え、室内は暗闇に。占いは続行。停電が終わり、部屋に明かりが灯る。砂の上には火焔太鼓のような模様。それは椿の日記描かれた「悪魔の紋章」。
(4) 家の中に、椿の自作曲“悪魔が来りて笛を吹く”が鳴り響く。音の発生源は椿の書斎の蓄音機。停電中に機器の電源を入れ、レコードを置いておけば、通電した際に自動的に再生開始させることも可能なため、占いの参加者のほとんどの者にも機会はあった。
(5) 玉虫、殺害される。彼自身の襟巻きによる絞殺。後頭部に裂傷。血がこびり付いた雷神像が転がっている。顔面を殴られ流血した痕跡あるも、血は拭い取られている。死体発見時、出入り口は閉ざされ、掛け金と閂が掛かっていた。死体発見現場の換気窓は横に細長く、人間が通り抜けるのは不可能。せいぜい腕くらいしか通らない。外部から扉に掛け金と閂を掛けることも可能なれど、一刻も早く立ち去りたいであろう犯人が、そのような手間暇を掛ける理由が不明。砂鉢の中にまたもやあの紋章があったが、部屋に入る前に換気窓から中を覗いた菊江、東太郎、目賀、美禰子、いずれも紋章の目撃を否定。
(6) 利彦、左の肩にはあの紋章に似た痣がある。
(7) 美禰子の日記に、「午前中にウィルヘルム・マイステル読了。午後、思い立って机の周りを整理。読み終わった本を書庫にしまう」とある。椿が遺書を本に挟んだのはその前、つまり天銀堂事件の容疑者としての取り調べ前ということになるので、彼の書いた「不名誉」とは天銀堂事件容疑ではない。
(8) かつて玉虫の別荘にて、利彦は小間使い・駒子を妊娠させてしまった。手切れ金が支払われた駒子、小夜子を生む。駒子の父・河村辰五郎はその後もしばしば玉虫からカネを引き出していた。小夜子は後に自殺しているが、そのとき妊娠していた。
(9) 金田一、駒子に会いに行くも、先手を打たれ、彼女は殺害されてしまう。
(10) カネに困っている利彦、美禰子から宝石を入手。その際に邪魔になると思われる目賀と信乃は、偽の呼び出しで排除していた。帰宅した目賀、激怒して、あき子に当たっている。
(11) “悪魔が来りて笛を吹く”が聴こえる。温室の中に蓄音機。そして利彦の死体。行方不明となっていた風神像が落ちている。風神像は底がわずかに切り取られている。これで殴り、その後、絞殺。玉虫も利彦も、まるであまり騒ぐこともなく、あっさりと殺されているようですらある。
(12) 天銀堂事件で椿に容疑が及んだ理由の一つは、彼の容姿が犯人に似ていたため。椿以外にも同様の理由で容疑者となった者がいる。天銀堂事件の犯人あるいはその容疑者の誰かなら、椿らしき人物として動きまわることも可能。飯尾豊三郎という人物が捜査線上に浮上する。しかし警察が捕らえるよりも先に、彼は殺害される。
(13) 美禰子、かつて椿が彼女に対して「今、屋敷にいる者とは結婚してはならぬ」と言ったことを思い出す。
(14) 身元調査によって、東太郎は別人の名を騙っていると判明。
(15) 小夜子を妊娠させた相手は、辰五郎の息子・治雄が有力。治雄は右の指を二本失っている。その特徴は、東太郎にも当て嵌まる。
(16) あき子、別荘へ移る。停電。“悪魔が来りて笛を吹く”が聴こえる。あき子、気絶。信乃、目賀の調合薬を飲ませる。そこに毒が仕込まれており、あき子、死亡。