金田一耕助シリーズ。莫大な財産の行方を揺れ動かす奇妙な遺言。その中心となるのは絶世の美女。彼女がその財を手に入れるには犬神家の三名の誰かと結婚するか、あるいはその三名すべてが死なねばならない。復員した佐清は顔に大怪我を負い、仮面を被る。時折姿を見せる、顔を隠した復員軍人。行方知れずの静馬。斧・琴・菊をモチーフとした連続殺人。[??]
金田一耕助(きんだいちこうすけ):探偵
犬神佐兵衛(いぬがみさへえ):犬神財閥の創始者, 生糸王, 故人
松子(まつこ):佐兵衛の長女
佐清(すけきよ):松子の息子
竹子(たけこ):佐兵衛の次女
寅之助(とらのすけ):竹子の夫, 犬神製糸東京支店長
佐武(すけたけ):竹子の息子
小夜子(さよこ):竹子の娘
梅子(うめこ):佐兵衛の三女
幸吉(こうきち):梅子の夫, 犬神製糸神戸支店長
佐智(すけとも):梅子の息子
野々宮大弐(ののみやだいに):那須神社の神官, 佐兵衛の終生の恩人, 故人
晴世(はるよ):大弐の妻, 故人
祝子(のりこ):大弐・晴世の娘, 故人
珠世(たまよ):祝子の娘
猿蔵(さるぞう):珠世のお付きの者
青沼菊乃(あおぬまきくの):佐兵衛の愛人, 消息不明
静馬(しずま):菊乃・佐兵衛の息子, 消息不明, 他家に預けられ、津田静馬に
古館恭三(ふるだてきょうぞう):古館法律事務所所長, 犬神家顧問弁護士
若林豊一郎(わかばやし とよいちろう):古館法律事務所の弁護士
宮川香琴(みやがわこうきん):松子の琴の師匠, 目が不自由だがまったく見えないほどではない
大山泰輔(おおやまたいすけ):那須神社の神主
志摩久平:旅館“柏屋”の経営者
上田啓吉:駅員
小口竜太:タクシー運転手
橘:那須署署長
藤崎:鑑識課員
沢井:刑事
楠田:町医者, 警察の嘱託医
生糸王とも称される犬神佐兵衛が亡くなった。彼こそまさしく立志伝中の人物。幼き頃に孤児となり、土地から土地へと流れ歩く乞食同然の暮らしから、一代で巨万の富を築いたのである。
しかし彼はその業績を、決して己の力のみで成し遂げたと自惚れることはなかった。那須湖畔に流れ着き、そこで出逢った神官・野之宮大弐こそが、自らの運をまず切り拓いてくれた大恩人として、その感謝の念は終生失われることがなかった。野之宮はもはや野垂れ死に寸前だった佐兵衛を救い、家に置いた。そして彼によって施された教育が後の佐兵衛の成功の礎となり、彼の周旋で小さな製糸工場へ入ったことが、犬神財閥を築き上げる第一歩となったのである。
野之宮は野之宮で、既に大資産家となった佐兵衛がいかに説いても、その利益の分け前に与ることは断じて固辞し続け、その生涯を全うした。
さて、そんな佐兵衛の遺言は、いかにも野之宮への報恩に満ちたものであった。佐兵衛は、野之宮の孫にあたる珠世を既に引き取り、犬神家に置いていたが、ほとんどすべての財産を珠世に譲るというような内容なのである。
彼は正式の妻を持つことはなかったが、三人の女を抱え、それぞれに一人ずつ娘を産ませている。その三人の娘たちをまったくと言っていいほど無視するとあっては、やはり三人娘たちが面白かろうはずがない。しかし遺言には奇妙な条件があり、それによると財産の配分の鍵となるのは、三人娘の息子たちなのだ。
――なんとしても、我が息子が珠世の夫として選ばれねばならない―― 三人娘たちも、お互いの仲が良いわけではない。そしてさらに、そこに佐兵衛の最愛の愛人の息子・静馬までもが関わってくるとなれば、流血の惨劇が避けられぬのも必然であろう。
犬神家の家宝である、斧・琴・菊(ヨキ・コト・キク)をモチーフとする連続殺人の銃爪を引いたのは、仮面の男の帰還であった。
※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。
これまた名作と名高い作品。偶然に拠ったものの多さが気にならないこともないが、ストーリーは面白い。頭を下にしてその身体を水面下に隠し、脚だけを突き出したスケキヨの姿は、笑いのネタとして扱われるほどに有名だw
偶然の要素が多いと書いたが、運任せみたいなところもあるんだよね。最後の見立てなんてのがまさにそう。あれは成功すればラッキー程度のもので、仮に失敗したとしても構わないものなんだろうけど。佐武の死体の首から下を隠した真相は弱いというか、ちょっとつまらない。
良かった手掛かりの一つとしては、襟巻き男が旅館の宿帳で使った住所。これは読者の常識的な解釈の裏を掻いたもの。わざわざ口述させた理由がよくわからないが。
静馬の意図については不明な部分もある。結果的には彼に都合良く、事は運んで行ったのだが、彼自身はさほど積極的に動いているわけではない。当初は遺言の内容を知らなかったのだから、至って単純な考えだったと思われるが、それを知ってしまってからの彼のアイデアは腑に落ちない。よほどの自信家だったとも思えないが。もはや引くに引けない状況に陥ってしまったがゆえというところだろうか。
今さら気づいたが、金田一耕助シリーズには“もし私が知ってさえいたら派”のような記述が結構多いんだな。これは、「もしこのとき私がこれに気づいていたなら、この後の悲劇を防ぐことができたのに」というような台詞を用いたヒロインの回想を多用する作家に付けられた、まあ蔑称だw 謎解きよりも、心理描写に力を入れたメロドラマティックな作風が多い。それっぽいのが金田一ものにもある。フルート演奏させていればとか、彼女が言おうとしたことを問い質していればとかね。
(1) 佐兵衛、死去。その遺言は佐清の復員、または佐兵衛一周忌にて公開の予定。
(2) 珠世が乗るボートの底に穴。沈む前に猿蔵と耕助により救助される。珠世の危機は三度目。一度目は夜具に蝮。二度目は自転車のブレーキ故障。
(3) 耕助と面会する予定だった若林、その直前に毒殺される。吸殻の一本から毒が検出される。ケースに残っていた煙草には異常なし。
(4) 佐清、復員。激しい負傷のため、顔には仮面。佐兵衛の遺書が公開される。犬神家の全財産・前事業の相続権を意味する家宝・斧・琴・菊(ヨキ・コト・キク)は珠世が継ぐが、これより三ヶ月以内に佐清、佐武、佐智の中の誰かと結婚することがその条件。もし三人ともが拒否、あるいは死亡した場合はこの条件が免除される。もし珠世死亡の場合は佐清が事業を相続、財産は佐清、佐武、佐智が5分の1ずつ、青沼静馬が5分の2を受け継ぐ。珠世が死亡し、かつ佐清が死亡した場合は事業は佐武、佐智が同等に相続し、財産の佐清の相続分は静馬へ。佐武、佐智、死亡の場合はその財産の相続分は静馬へ。静馬の消息掴めぬ場合はその相続分は犬神奉公会へ。つまり犬神家の跡取りたちが死んだら静馬の相続分は増えるが、その逆はなく、事業への参加権こそないが、静馬は財産相続上では損することのない有利な立場にある。財産相続において最も力を持つ立場にあるのが珠世だが、事態がどう変わろうが、少なくとも決して損をすることはない立場にあるのが静馬ということになる。
(5) 佐清が以前に奉納した巻物にある、彼の手形を使って、仮面の男が果たして本当に佐清なのか、佐武や佐智らが確認しようとするが、松子がそれを拒否。
(6) 犬神邸の菊畑には猿蔵の作った菊人形が並んでいる。それは歌舞伎の“菊畑”の一場面を模している。人形の顔はそれぞれ、犬神家の者たちの似顔となっている。人形の一つは、本来の物の代わりに本物の佐武の生首を乗せている。ボートハウスの屋上、展望台には円卓を籐椅子が囲っているが、その一つが倒れ、床にはおびただしい流血。しかし死体はない。床の血痕を辿ると、それは展望台の端まで続き、その下には湖が広がっている。現場には珠世のブローチ。閉じてあった水門が開いており、ボートが一艘なくなっている。犯人が死体の頭部を飾り立て、残りの部分をどこかに隠す理由が不明。
(7) 珠世、語る。昔、佐兵衛から貰ったお気に入りの懐中時計があり、その修繕は、機械いじりの得意な佐清に任せていた。佐清が復員し、家に戻ってきたので、折を見て修繕を頼んだところ、今は気が向かないからそのうちにと、そのまま時計は返却された。時計には先ほどの佐清の指紋が残っていた。時計の指紋と、巻物にあるそれを佐武に比べてもらおうと、彼をこっそりと呼び出した。時計を彼に渡し、引き上げようとすると、急に彼が踊り掛かって来た。密かに彼女を付けていたらしい猿蔵が彼女を救出した。佐武は椅子とともに倒れ、立ち去る彼女たちを口汚く罵っていた。彼女がブローチを落としたのはその際ではないか。
(8) 松子、佐清の指紋を取ることに同意。皆の目の前で、佐清の広げた右手に朱墨をたっぷり塗りたくると、白紙の上に手形を押させた。それは鑑識課員によって、古舘弁護士が保管していた巻物と比較された。
(9) 乗り捨てられたボート発見。その中には血溜まり。
(10) 旅館に不審な客が訪れたという情報。午後8時頃、いかにも復員者ふうの格好だが、顔をほとんどすっかり隠している者がやって来た。宿帳を出すと、自分で書かずに口述させる。名前は“山田三平”。(後に、その住所は松子の東京の家のものと確認される) 午後10時頃どこかへ出掛けて、それから2時間ほどで戻って来た。そして午前5時頃、急に宿を発った。山田が泊まった部屋には、血痕がある手拭いが残っていた。
(11) 顔を隠した復員者となると、佐清が連想されるが、その日の午後8時から10時頃となると、それはちょうど彼が皆の前で指紋を押していた頃。
(12) 耕助、その山田と名乗った怪人物はわざと自分に注意を向けさせ、佐武殺しを外部犯によるものとし、内部の誰かを庇う、あるいは共謀している可能性を指摘。橘、アリバイがない猿蔵こそ、この山田であり、珠世と共謀している可能性に言及。
(13) 自室にて佐清、机にくっきりと残った自らの指紋を凝視すると、それを拭き取った。
(14) 佐武の死体の頭部以外の部分が発見される。背後から短刀のような物で刺殺と推定。珠世が預けたという時計は発見されず。
(15) 耕助、大山神主より、巻物の指紋を使った鑑定を勧めたのは珠世であることや、野々宮大弐と佐兵衛との艶書などが収められた唐櫃のことを聞かされる。
(16) 小夜子と珠世が居間で半時間ほど会談。小夜子は佐智を恋慕しており、珠世の意向を確かめるためであったものと思われるが、その内容の詳細については両者ともに語らない。その会談後、珠世はすぐに寝室へと引き上げた。しかしその扉を開け、電灯のスイッチを入れた途端に、襟巻きで顔を隠し、兵隊服を着た人物が部屋を飛び出して行った。部屋からなくなった物はないようだが、その人物は何かを探していたらしい。珠世が悲鳴を上げたときについては、家の者の全員にアリバイが認められた。そのとき最も彼女の近くいたと思われる小夜子は、一瞬猿蔵と揉み合った怪人物が逃げ去る光景も目撃した。当の猿蔵も、その相手の顔は確認できなかった。
(17) 居間で猿蔵たちが珠世を介抱しているとき、またもや悲鳴が上がった。珠世を含め一同、その発信源と思しき展望台へ向かった。展望台では佐清が倒れていた。仮面が外れ、崩れた肉塊のような顔を露にしていた。佐清の話によると、珠世の悲鳴を聞き、部屋を飛び出したところ、展望台へと向かう人物を目撃し、それを追っ掛けて行ったら、いきなり殴られたという。
(18) 佐智、策略により珠世を薬で眠らせ、古屋敷へと拉致する。
(19) 匿名電話を受けた猿蔵、その指示に従い、珠世を救出する。辱められたと絶望する珠世を安心させるような、「佐智は失敗した」などと書かれた紙片が置かれていた。佐智は半裸で椅子に縛り上げられ、猿轡をはめられ、呻いている。佐智はそのまま放置され、猿蔵は珠世を連れ帰った。
(20) 猿蔵の案内で、佐智の父・幸吉らは佐智を迎えに行く。佐智はがっくりと首をうなだれていた。首には琴の糸が巻き付き、彼は絶命していた。彼の首を絞め、命を奪ったのは別のもっと太い紐状の物。綱は彼の身体にがっちり食い込んでいるが、まるで緩く縛られていたために付いたような細かいかすり傷が見られる。死亡推定時刻は昨夜の午後8~9時。猿蔵がここを立ち去ったのは午後4時半~5時頃。佐智のYシャツのボタンが一つなくなっている。
(21) 小夜子は妊娠している。
(22) 松子、香琴との琴の稽古の最中に、刑事から佐智殺害の件の話を聞かされる。刑事が琴の糸に何か思い当たらないかなどと尋ねていたとき、まさにその琴の糸が切れた。松子は指から血を流している。怪我について刑事が言葉を掛けると、松子は「はあ、今、琴糸が切れた拍子に…?」などと答えた。その言葉を聞いた香琴は不思議そうな様子を示して、「今、琴糸が切れた拍子に…?」と独り言のように呟いた。松子、一瞬、なぜかその言葉に対して激しい反応を示す。
(23) 松子、竹子、梅子は、佐武、佐智の殺害状況に斧・琴・菊の符合を察したのか動揺を示す。松子、青沼菊乃への仕打ちを語る。佐兵衛から彼女へ与えられた斧・琴・菊を奪い取るために、まだ赤子だった彼女の息子・静馬の尻に焼け火箸を当てるなどの非道を行なったのだ。結局は松子たちは目的を果たしたのだが、泣き崩れていた菊乃は彼女たちに、「斧・琴・菊がお前たちの身に報いる」との呪いの言葉を吐いた。それから後に、菊乃は消息を絶った。静馬については、軍に召集されたところまでの足取りはわかっている。
(24) 祝子が佐兵衛・晴世の実子と判明。つまり珠世は佐兵衛の孫にあたる。
(25) 湖の凍った水面から伸びた二本の脚が開き、斜めに天を指しており、それ以外の部分は氷の中に隠れていた。湖岸には犬神家の者たちが勢揃いして、これを眺めている。しかしそこには、佐清の姿がなかった。
(26) 苦労の末、死体を引き揚げると、その主はまさしくあの崩れた肉塊のような顔。“スケキヨ”が逆立ちして、“ヨキケス”。半身が隠れていたので、4文字の内の2文字を隠すと、“ヨキ”つまり斧。珠世の強い勧めで、念のために指紋を調べると、それはかつて鑑定されたあの指紋ではなかった。
(27) 紛失していた佐智のボタンを小夜子が所持している。血痕がある。小夜子はまだまともに話が聞ける状態ではなく、それを入手した経緯などの事情がわからない。
(28) 香琴、耕助らに、自分が菊乃であると告白。佐清(の顔を模した仮面)は、静馬に似ているという。松子の指の怪我は、彼女が答えた日の前日に負っていたものと語る。
(29) 珠世、佐清に襲撃される。間一髪、猿蔵が救助。佐清は逃亡。銃撃戦の末、自殺を図るが、その寸前に逮捕される。自らが連続殺人の犯人であると記した遺書を持っていた。彼は仮面を被っていなかったが、その顔に激しい負傷の跡は見当たらなかった。