館シリーズの長編第4作。母屋を住居、離れを賃貸アパートとし、身体の一部が欠けた人形たちが置かれた屋敷。人形の作者でもある亡父の遺言により、人形は動かせない。相続人の飛龍想一がそこに移り住むと、土蔵内の人形が動かされ、絵の具が塗られるなどの出来事が起こる。周辺で起こる連続児童殺害事件。想一を時折襲う、漠然とした暗い記憶の断片。想一の過去の罪を告発するかのような手紙。[???]

飛龍想一(ひりゅうそういち):画家
飛龍武永(たけなが):想一の祖父, 故人
飛龍高洋(こうよう):想一の父, 故人
飛龍実和子(みわこ):想一の母, 故人
池尾沙和子(いけおさわこ):実和子の妹, 想一の育ての母
池尾祐司(ゆうじ):想一の育ての父, 故人
辻井雪人(つじいゆきひと):想一の又従兄弟, 小説家, 本名・森田行雄
倉谷誠(くらたにまこと):大学院生
木津川伸造(きづがわしんぞう):マッサージ師
水尻道吉(みずじりどうきち):管理人
水尻キネ:道吉の妻
架場久茂(かけばひさしげ):想一の幼馴染み, 大学助手
道沢希早子(みちざわきさこ):学生
島田潔(しまだきよし):想一の友人



父が死んだ。自殺だった。思えば父、高洋と最後に顔を合わせたのはもう遥か昔のこと。母を列車事故で失ってからは、私はずっと母の妹夫婦に預けられ、育てられたのだ。だから、父が死んだと聞いても、特に強く感じるものがあるわけではない。母――実母ではなく、六歳から私を育ててくれた母――の勧めがなければ、この家に移り住むこともなかっただろう。父がその生涯を閉じた、この家――

この家は母屋と離れを繋いだ構造になっていて、離れの部分は“緑影荘”というアパートとして開放している。構造自体も少々変わったものとなっているが、もっと目立って変わった点と言えば、家の中に置かれたマネキン人形だろう。一階と二階に、合わせて6体。これは彫刻家でもあった父の作品で、そのどれもが身体の一部を欠いていた。これは父の遺言によって、動かすこともできないという。不気味な光景ではあるのだが、案外すぐに慣れてしまうものだ。同じような人形は、土蔵の中にも20体余りあった。


行きつけの喫茶店で、ふと目を引いた新聞記事があった。「北白川疏水に子供の他殺死体」。読んでみると、この近辺で子供が殺害されたという。その子供が姿を消したのは、ちょうど私がこの店を出て、家へと向かっていた頃だ。そんなときだった。巨大な蛇のような何か――


奇妙な感覚を時折覚えることを、はっきりと自覚するようになった。それは遠い昔の記憶の断片のようなもので、漠然とした不安を伴うものだ。真っ黒な影……二本の線……石ころ…… これは何なのだろう。


私の周りで、何かが起きているようだった。土蔵の中の人形が動かされ、まるで血のような赤い絵の具が塗られていた。郵便受けにガラス片が入っていた。玄関の前に石ころが置かれた。自転車のブレーキが故障していて、ひょっとしたら命を落とす危険もあった。家の前に、頭を潰された仔猫の死体が置かれた。

どれも些細なことなのかも知れない。ほとんどは単なる偶然で片付けられることばかりだ。しかしどうしても疑念を拭いきれない。私は誰かに狙われているのではないだろうか。


手紙が届いた。送り主の名前もなく、筆跡も隠そうとしてるように見える。

「思い出せ、お前の罪を。思い出せ、お前の醜さを。思い出せ。そして待て。近い内に、楽にしてやる」

やはり私は誰かの悪意に晒されているのだ。しかし、いったい誰が――そして、なぜ――


母が死んだ。深夜に出火し、母屋の多くが焼けた。その中に母が居た。私は放火だったと確信している。母の性格や、出火の時間的からして、火の不始末にしてはおかしい。自殺もあり得ない。しかし、火元が部屋の中だったということで、警察は事故として処理してしまった。

その後、またあの手紙が届いた。

「母親の死も、お前の罪だ。お前のせいで、母親は死んだのだ。充分に苦しむがいい。苦しめ。そして思い出せ」


何かのはずみで、郵便受けからこぼれ落ちてしまっていたのだろう。脇の雑草の中に封筒が落ちていた。相当長い間、雨ざらしになっていたらしい。差出人の名を見て驚いた。私の大学時代の友人、島田潔からのものだった。彼は私よりも二つほど年上で、私は彼に対して兄のような感情すら抱いていた。今、彼にそばにいて欲しいと、私は切実に願った。


アパートの住人の一人が死んだ。私の又従兄弟だという辻井だ。彼は小説家で、ミステリを執筆中と言っていたが、その“作品”は驚くべきものだった。彼の死後、警察が彼の部屋から見つけたのは、手記というべきもので、そこに書かれていたのは、現実の彼自身の犯行記録だった。彼は騒がしい子供たちが自分の創作を妨害していると考え、見知らぬ子供を殺害していたというのだ。そしていつの間にか、その記録こそ自分の作品と考えるようになり、もはや彼は、子供を殺害しなければ、――「人形館の殺人」と題された――その作品が書けない状態だったようだ。

彼の死については、犯人の脱出経路の問題から、他殺という見方は否定され、自殺として処理された。


あの奇妙な感覚の正体、古い記憶が蘇ってきた。あれは母の乗った列車……二本の線路が伸びている……私は石ころを手に取った……


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



作者本人はお気に入りの作品らしい。だが、僕にはどうもいまいち。叙述トリック作品であるのはこの作者の常だが、本作は謎解き小説という印象がどうにも薄い。最後の島田潔からの手紙で解決をひっくり返してくれれば、あるいは印象も変わっただろうか。犯人は別の人物によって、巧みに誘導されていた、なんて。それを思わせる部分がないこともないんだし。

「フェアか?アンフェアか?」と問われれば、答えに窮してしまう。一人称で書かれていることで、「フェア」は成立してると思うし、実際、本作の中心となる仕掛けを見抜く人は割と多いだろう。でも島田との電話での会話の部分については、ちょっとどうかなぁ、と保留したくなる。

犯人が面白いトリックを使うでもないし、どうにもこれという掴みどころがないんだよねぇ。“人形館”はこれまでの“館”に比べると、周辺の環境も含め生活感があって、やや庶民的で貧乏臭い(笑)ということもあるし、やはり例外的な異色作という位置づけでいいのでは。



(1) 想一、亡父の家に移り住む。その離れは、賃貸アパート“緑影荘”として開放している。
(2) 想一、近所での児童殺害事件を知る。後に同様の事件は続き、4件にもなる。
(3) 想一の周辺で、いくつかの不可解な出来事。土蔵内の片隅に置かれていたはずの人形が椅子に座っており、まるで血のような赤い絵の具を塗られている。郵便受けにガラス片が混入。玄関前に石が何度も置かれる。自転車のブレーキが故障。玄関前に、頭を潰された仔猫の死体が置かれる。想一、自分が誰かに狙われているのではと疑念。
(4) 母屋と離れ(アパート)との境目の扉の鍵を修理して、その行き来を制限し、土蔵に錠を取り付けたにもかかわらず、またもや土蔵内に異変。乱雑に散らかされ、人形にはやはり赤い絵の具が塗られている。
(5) 想一、身元を隠そうとしているらしき匿名の手紙を受け取る。「思い出せ、お前の罪を。思い出せ、お前の醜さを。思い出せ。そして待て。近い内に、楽にしてやる」 以前から断片的に浮かぶようになった、漠然とした記憶の欠片が激しく襲ってくる。実母・実和子が死んだ、列車転覆事故に思い当たる。匿名の手紙は、この後も送られ続ける。
(6) 火災。母屋の多くが焼け、沙和子は死亡。
(7) 想一、何かの拍子に郵便受けから落ちていたらしき、島田潔からの手紙を発見。
(8) 辻井、外で騒ぐ子供がうるさいと、[1-A]から[2-C]へと、部屋を移る。
(9) 廊下に置かれた6体の人形(どれも一部が欠けている)の視線の先は一点で結ばれている。想一、その地点を掘る。細長い木箱が出る。中には身体のすべてが揃った人形。
(10) 想一、線路に石を置いて、実母・実和子が乗った列車転覆事故を引き起こしてしまった記憶が蘇る。
(11) 辻井、自室にて死亡。その手記には、彼が子供たちを殺していく様子が書かれていた。彼が執筆中だった“作品”とは、それのことらしい。もしこれが他殺ならば、犯人が外部に脱出するルートはまず二つ考えられた。一つは二階の彼の部屋の前にある階段を下りて、北側の出入口から外に出るルート。もう一つは二階の廊下を通り抜けて、南側の階段を下り、アパートの正面玄関からのルート。前者は、出入り口付近に積もった雪の状態から否定された。後者は想一の部屋の前を通らねばならないが、想一はちょうどその時間帯には部屋の扉を開放しており、目撃されずに通過するのはまず不可能。廊下の床がすぐに軋んで音を立てる状態だったことも、その補強材料として認められる。というわけで、辻井の死は自殺として処理された。連続児童殺害事件の犯人は辻井と判明。