アンリ・バンコラン・シリーズの長編第2作。運転手が既に死んでいる暴走車。夜霧に浮かぶ謎の絞首台。密室にいつの間にやら置かれる贈り物。10年前の不審な決闘事件。[???]

アンリ・バンコラン:予審判事
ジョン・ランダーボーン卿:元ロンドン警視庁副総監
ネザム・エル・ムルク:エジプト人
マルセル・ジョイエ:ムルクの従者
グラフィン:ムルクの秘書
リチャード・スメイル:ムルクの運転手
ダニエル・ピルグリム:医師
コレット・ラヴェルヌ:ムルクの情婦
セルダン:ラヴェルヌの女中
ピエール・ド・ラヴァチュール:コレットをめぐる男
J・L・キーン:ラヴァチュールの友人
タルボット:警部
ブロンスン:タルボットの部下
ジョージ・ドーリングズ:ランダーボーン卿の友人
テディ:小人のボーイ
ヴィクター:ボーイ
ジェフ・マール:バンコランの友人
シャロン・グレイ:マールの愛人
トーマス:マールの従僕



二人の男が決闘した。一方だけが生き残り、そして監房で自ら首をくくった。それから10年ほどの歳月が過ぎた。


ジョージ・ドーリングズはコレット・ラヴェルヌという女と出会った。彼女はドーリングスに、彼のかつての戦友だというキーンという男について尋ねたが、彼には心当たりがなかった。そして彼はタクシーに乗り、彼女を家まで送り届けたのだが、夜霧の中に独り取り残され、そこがどこなのかもわからぬまま、街をさまようことになった。

そのとき、彼の頭上に矩形の黄色い光が差した。そしてそこに絞首台の影が映り、人影がその階段を上って行った。

それはほんのわずかの間の出来事だった。すぐにその影は消え、疲れ果てていた彼はそれを調べる気も起こらなかった。彼は再び街をさまよい始め、ようやく見知った場所に辿り着いた。


それから数日後、フランスの高名な予審判事アンリ・バンコランとその友人のジェフ・マール、そして元ロンドン警視庁副総監のジョン・ランダーボーン卿が観劇し、連れ立って帰宅する途中で暴走車両に遭遇した。マールはその車内をはっきりと見たのだが、そこには運転手が一人、しかも死んでいるのを見て取った。

しかし運転手が死んでいるはずの暴走車は、カーブをきちんと右へ左へと曲がって走り続けている。タクシーを拾って追いかけると、暴走車はバンコランたちの宿、<ブリムストン・クラブ>の前で停まった。すぐに追い付いたバンコランが暴走車のドアを開けると、運転手の体は道路へと崩れ落ちた。とっくに死んでいたことは明らかだった。


死んでいた運転手はリチャード・スメイル。そしてその主人はネザム・エル・ムルクという男だったが、彼は姿を消していた。彼は「ジャック・ケッチ」と名乗る人物から何らかの脅迫を受けていたらしく、その人物からの贈り物が届くたびに怯えていた。その贈り物の中の一つに、絞首台のミニチュア模型があった。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



名探偵アンリ・バンコランは短編あるいは中編ではほかにいくつかの作品に登場しているものの、長編ではこれが2作目。彼の相棒ジェフ・マールは、前作で知り合ったシャロン・グレイと恋仲になっている。しかし彼女の父親はそれを快く思っておらず、彼らは引き離されている。物語の最後では、バンコランの冷酷なイメージを決定づける場面が見られる。トリックを用いた大きな謎として、①夜霧に浮かぶ絞首台の影、②密室に届けられる贈り物、③死んでいる運転手が運転する暴走自動車、という三つがあるが、残念ながらどれも大したものではないw①は[4]でビックリして思わずもう一度読み返すほどに、ほとんどズバリのネタバレしてるのに、なぜか登場人物たちはそれにはまったく触れない。バンコランは既に気づいていたのだろうが、マールはその光景を無邪気に眺めてるのみw②は、よくもまあそれがバレないと犯人が期待できたものだと驚くしかない。そんなトリックで平静を装い続けた、その精神力は称賛に値するw バンコランには思うところがあり、意図的に徹底的な調査を避けている。それは前作と比べれば明らかで、その不自然さに読者は気づくべき。③は本来は単に車を遠くに運ぶというのが犯人の計画だった。ところが、それに使った共犯者がおバカさんだったために、車は街じゅうを暴走し、挙句の果てに元の場所に戻ってしまった。マールは暴走中の車内を見て、運転手が死んでいると断定している。つまり一目で死体とわかるような状態だったわけで、そんな運転手を座らせておく必要があるのだろうか。それにしても暴走中によくも死体が倒れずに済んだものだw



[1 首つり繩の影] <ブリムストン・クラブ>の休憩室にて。ランダーボーン卿、バンコラン、マールの会食。椅子に絞首台のミニチュア模型が置かれている。エル・ムルク宛に届いた物で、ボーイは本人から焼却してくれと頼まれていた。ドーリングズの奇妙な体験談が話題に上る。初めて出会ったばかりの女を送って行ったが、霧が濃く、女と別れた彼はそこがどこなのかわからなかった。さまよい歩くうちに矩形の黄色い光が差し、そこに大きな絞首台の影が映った。影はすぐに消えてしまい、さらにさまよううちにようやく見知った場所に辿り着いた。
[2 死体とのかくれんぼう] 解散し、自室へ向かうマール、エル・ムルクと会う。小さな木彫りの人形を持っており、それを持って来ただろうとマールを追及する。エル・ムルクは怯えた様子。マール、再びバンコランとランダーボーン卿と合流し、観劇。帰宅の途中で暴走車と遭遇。それはエル・ムルクの車。運転手が死んでいるのを見て取る。タクシーで追尾。暴走車は<ブリムストン・クラブ>の前で停車。ドアを開けると、やはりそこにはとっくに死体となっていた運転手(スメイル)。
[3 破滅(ルイネーション)の街] 停車した暴走車はきちんとエンジンを切られ、ハンド・ブレーキも掛けられている。スメイルは大柄な人物だが、運転席はやけに狭いシート位置となっている。暴走中の車の運転席の向こう側の景色までマールは見ているが、彼は車内にこのスメイル以外の人物を見ていない。スメイルは着衣の金色の房を持ち去られており、模造ダイヤの指輪も何者かが奪おうとした形跡あり。しかしプラチナのシガレット・ケースには手付かず。「エル・ムルクが今夜ルイネーション街の絞首台で首吊りになる」という電話が警察に掛かってきていた。ルイネーション街という場所がどこなのか不明。
[4 アラディンの家の女] <ブリムストン・クラブ>の一室の窓の中に絞首台の影が映る。それはエル・ムルクの部屋に置かれた模型が暖炉の炎に照らし出されたもの。ドーリングスが霧の夜に出会った女はコレット。エル・ムルクの知人。彼女はドーリングスの軍隊時代の知人という人物について尋ねてきたが、彼にはその名に心当たりがなかった。エル・ムルクの部屋にいつの間にか模型が出現したとき、彼の秘書グラフィンも同席していた。グラフィンもその模型に対しては怯えを示す。
[5 ミスター・ジャック・ケッチ] 謎の人物が不在のエル・ムルクを訪問しており、「ミスター・ジャック・ケッチ」と記された名刺を残している。「ジャック・ケッチ」は絞首刑吏の代名詞。マール、シャロンから電話があり、彼女の家へ。そこには怯えたコレットもいる。
[6 首をくくった男] コレットの話。「かつて彼女を巡り、三人の男が争った。エル・ムルク、ド・ラヴァチュール、キーン。キーンはペンネームで、本名はコレットも知らない。ド・ラヴァチュールとキーンが決闘し、ド・ラヴァチュールは死んだ。キーンは酩酊しており、その記憶がない。エル・ムルクはにやにや笑っていた。キーンは決闘の銃を貸してくれたのも、自ら立ち会うことを申し出たのもエル・ムルクだと言ったが、エル・ムルクはその一切を否定した」
[7 夜の訪問者] コレットはエル・ムルクのアリバイを証言した。キーンは監房で首を吊って死んだ。エル・ムルクとコレットがキーンを死に追いやったと考え、彼らの命を狙っている者がいる。エル・ムルクは脅迫を受け続けており、最近になってコレットにもそれが行われるようになった。キーンの十周忌に当たる11月17日に償わせるいう手紙も届いた。署名は「ジャック・ケッチ」。エル・ムルクは脅迫者がキーンの関係者と考え、コレットを使ってキーンの軍隊時代の同僚だったドーリングスからそれを探ろうとした。しかしドーリングスはペンネームのキーンを知らないので、それが誰を指しているのかわからない。今夜のコレットは独りになるのが怖いので、シャロンを自宅に引き留めていた。ノックがあり、外に出たが誰もいなかった。足元に名刺があったので拾おうとすると誰かに肩を叩かれた。その人物をコレットもシャロンも見ていない。名刺には「ジャック・ケッチ」と記されていた。コレットはキーンの素性を知る人物に心当たりがあるが、その名を明かさない。
[8 青い封印] ド・ラヴァチュールを撃ち殺したのはキーンではなく、エル・ムルクである疑いが濃厚。呑んだくれでロクに働いている様子のないグラフィンを、エル・ムルクが秘書として雇っているのは不審。
[9 「芸術としての殺人」] ジョイエによると、エル・ムルクはこう言っていた。「ジャック・ケッチを罠に掛けてやる。このクラブに、力を貸してくれる人を見つけた」 小包で郵送されて来たのは絞首台の模型、ガラス製の決闘用ピストル、骨壷など。部屋の中央のテーブルの上、常に所定の位置に忽然と出現したのは木彫りの小さな人形、長い綱の束、本など。テディ、何かを見たと怯えているが、それを明かさない。
[10 王者の中の王] スメイルの机を調べると、彼の免許証が入っており、さらに彼の死体から盗まれた所持品が返されていた。
[11 階段の灯] ピルグリムは、エル・ムルクは生存して身を隠しており、事件は彼が仕組んだものと推理。コレットが警察を騙った何者かによって連れ去られる。
[12 殺人者の歓喜] コレット宅を見張っていたブロンスン刑事は、正面の至近距離から撃ち殺されていた。死に顔には驚愕の表情が浮かんでいる。
[13 トルコ玉の腕輪] 霧の夜にドーリングスがコレットを送り届けたのは、彼女の家ではなく、<ブリムストン・クラブ>の近く。バンコランの推理。「ジャック・ケッチが狙っているのは、エル・ムルク、コレット、グラフィン。そしてグラフィンは決闘事件の真相を種にエル・ムルクを脅迫して、今の地位に就いているが、その種をジャック・ケッチに売り渡した」
[14 死者の手袋が招く] マール、テディが見たお化けについて訊くが、テディは一切を否定。しかし「下からじっと睨んでた」と口を滑らす。小人の彼が下から睨まれたということは、相手は階段の下から見上げてたのかとマールは追及するが、真相は不明のまま。
[15 処刑された男たちの街] エル・ムルクの計画は、車で出かけた振りをしてすぐに裏口から部屋に戻り、どこかに隠れてジャック・ケッチを待ち構え、その正体を掴もうというもの。ところがその協力者こそがジャック・ケッチ自身で、それを利用してエル・ムルクを拉致監禁した。
[16 ノブがまわると……] 怯えたグラフィンは決闘事件の真相や、ジャック・ケッチを手玉に取ろうとして逆に命を狙われる羽目になったことをマールに打ち明ける。
[17 「その人の名は――」] マール、ジャック・ケッチを追跡。
[18 手錠] ジャック・ケッチ、バンコランの罠に掛かる。
[19 ついに落とし戸落つ] 犯罪者が処刑される。

らふりぃの読書な雑記-121
アンリ・バンコラン・シリーズの長編第1作。密室殺人。長剣で切り落とされた首。被害者である公爵が室内に入ってから、その部屋を出入りした者を誰も目撃していない。公爵の命を付け狙っていたローランは整形しており、その顔を誰も知らない。[???]

サリニー公爵ラウル・ジュルダン:有名なスポーツマン
ルイズ・ローラン:公爵の新妻
アレキサンドル・ローラン:ルイズの前夫
エドワール・ヴォートレル:公爵の友人
キラール:公爵の顧問弁護士
ジェルソー:公爵の従僕
シャロン・グレイ:ヴォートレルの恋人
テレーズ:グレイの召使
シド・ゴルトン:アメリカ人
ルイジ・フェネリ:<フェネリの店>の主人
G・H・ビュイッソン:楽団指揮者
ジェローム・テルラン範士:剣術の師範
フーゴー・グラフェンシュタイン博士:ウィーンの精神病医
アンリ・バンコラン:パリの予審判事
フランソワ・ディルサール刑事:バンコランの部下
ジェフ・マール:バンコランの若い友人



サリニー公爵ラウルは、彼の妻ルイズの前夫ローランに命を狙われていた。公爵はローランが捕まるまでは妻とともに隠れる計画を立てていたが、その実行前に殺害されてしまった。

現場は<フェルミの店>の2階のカードルーム。室内に飾ってあった長剣で、背後から一刀のもとに首を刎ねられ殺されていた。不思議なことに、公爵が一人で部屋の中に入ってから、その部屋を出入りした者を誰も見ていなかった。殺人犯はどうやって逃げたのか?

ローランは整形し、その整形医を殺害している。もはや誰も彼の顔を知らない。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



その作品のほとんどで密室あるいは準密室を扱っているとも言われるディクスン・カーの長編デビュー作。(実際にはかなり広義での密室も多いが、大半が不可能犯罪なのは間違いない)

デビュー作にはその作家の資質がよく現れると言われる通り、本作には密室と怪奇性が揃っている。(そしてその怪奇性がいかにもギミック的で、あまり怖くないのもカーらしいw)

カーはこのデビュー作以来、頑固一徹、数々の不可能犯罪に挑み続けるが、あまり出来が宜しくないトリックも数多い。本作のトリックもその「あまり宜しくない」部類に入るw それでももし本作に心に引っ掛かるものを感じたら、(世界中の多くの“カーキチ”たちと同じように、)カーと波長が合う人かもしれませんw

このトリックは付属の見取り図がなければ読者にはまず解けない。というか、それをよく見ただけで、そこに極めて怪しい部分があることに気づく。目撃者の位置も重要で、真相を知らずにテキトーにこの見取り図を書くと、トリックが成り立たなくなる恐れがある。

脱出する際には扉が見張られておらず、その直後から見張られ始めるというのは御都合主義だよなぁ。このトリックは誰にも目撃されずに2回脱出する必要があり、しかも2回目はタイミングを計ることもできない。さらにこのトリックは誰かに部屋を出る姿を目撃されただけで一巻の終わりというもので、失敗した場合のリスクはかなり高い。

しかも実際に現場の実況見分すれば、すぐにバレてしまうと思うのだがw

ローランは整形して別人に成り済ましているが、これについてはどう考えてもそりゃ無茶だろ、とw 案の定、あっさりと見破られている。本人が本気でバレないつもりだったとは到底信じがたい。

その無茶っぷりがカーらしいのではあるがw



[1 墓掘り人のパトロン] ルイズはサリニー公爵ラウルと結婚したが、彼女の前夫ローランが整形して別人に成り済まし、ラウルの命を狙っている。
[2 夜歩く] <フェネリの店>の2階のサロンにて。ルイズ、バンコラン、マールが並んで座っている。公爵が来たと、ルイズがカード室のほうを指し示す。ちょうど彼は背中を向けたままカード室の中へと入って行くところ。マールが自分の腕時計を見ると11時30分。11時37分、ヴォートレルがマールたちの前に現れる。11時40分、ボーイがカード室の死体を発見。首が切り落とされ、床に置かれている。
[3 灯の下の首] フェネリ、死者を公爵と認める。凶器は室内に飾られていた長剣。格闘の跡はなく、犯人は隙を突き、背後から一刀のもとに首を切り落とし殺害したと見られる。被害者の持ち物から鍵が紛失していると思われる。
[4 人形の配置] 11半頃に呼び鈴が鳴り、ボーイが飲み物をカード室に届けたために死体は発見された。
[5 「不思議の国のアリス」] バンコランのメモ。「午後10時15分、公爵、ルイズ、ヴォートレル、キラール夫妻到着。(証人:フェネリ、ビュイッソン) 10時20分、キラール夫妻帰る。(証人:フェネリ、ビュイッソン、ヴォートレル) 10時25分~55分、ヴォートレルと公爵、喫煙室。(証人:バーテン、ボーイ) 10時30分、ルイズ、3階にてフェネリと会う。(証人:フェネリ) 10時50分~11時25分、フェネリ、3階。(証人:フェネリ自身) 10時55分、公爵、喫煙室を去る。(証人:バーテン、ヴォートレル) 10時55分~11時30分、ヴォートレル、喫煙室。(証人:ヴォートレル自身 ※ボーイは11時15分頃に彼に飲み物を運んだことを覚えている) 11時18分、ルイズ、サロンのバンコランたちのところに来る。(証人:バンコランたち) 11時30分、公爵、カード室に入る。(証人:バンコランたちとルイズ) 11時30分、フランソワが配置に着き、その直後にヴォートレルがフランソワに時刻を尋ねる。(証人:フランソワ) 11時30分~11時36分、ヴォートレル、カード室の前でフランソワと話す。(証人:フランソワ) 11時37分、ヴォートレル、バンコランたちのところに来る。(証人:バンコランたち) 11時40分、ボーイとフランソワが死体を発見」
[6 暗闇の部屋で] 11時30分に公爵がカード室に入ってから死体が発見されるまで、その部屋に出入りした人物を誰も見ていない。
[7 蛆虫との約束] 3階の部屋にグレイ。公爵と会う約束だった。
[8 「ポオの話をした」] ヴォートレルによると、公爵はまったく英語を話せなかった。グレイによると、公爵は英語の詩を引用したりした。公爵は100万フランの現金を用意していた。ローランが捕まるまで、どこかに密かに隠れる計画だった。
[9 殺人鬼の影] 公爵は雇人に暇を出し、屋敷に残っているのは雇い入れたばかりの従僕ジェルソーただ一人。公爵の死後、何者かが鍵を使って屋敷に入っていた。書類は紛失しているが、現金はそっくり残っている。酒倉の鍵がなくなっている。酒倉の鍵は公爵一人が管理していた。
[10 バンコラン策を弄す] ローランは器用な役者のような人物。
[11 剣の舞い] カード室にローランの指紋があった。
[12 糸杉の下の手は動かず] グレイの家にて。ヴォートレルがグレイに迫っているが、彼女にその気はない様子。マールが訪問すると、すぐにヴォートレルは家を出る。マールとグレイ、庭で散歩中にヴォートレルの死体を見つける。
[13 ヴェルサイユの死] ヴォートレルが書いた戯曲の原稿の余白には女の筆跡で書き込みがされている。
[14 「銀仮面」その他] <フェルミの店>にルイズの姿。彼女はすっかり麻薬中毒。
[15 壁崩るるとき] 公爵の屋敷の酒倉の壁の中に死体が埋め込まれていた。
[16 棺の中から語る男] バンコラン、説明する。
[17 犯人の名を聞く] バンコラン、殺人犯の名を告げる。
[18 最後の戦い] 殺人犯、罪を認める。
[19 勝利のとき] 密室トリックの謎解き。
ブラウン神父シリーズの第3短編集。ストーリーテリングの妙。今やスタンダードとなったトリックの数々。[???]

J・ブラウン神父:神に仕える蝙蝠傘がトレードマークの小男
ヘルキュール・フランボウ:巨大な身の丈と不敵な腕力の持ち主, 驚くべき軽業師, 天才の閃きも持ち合わせる, 犯罪界の大立者として知られた人物

「ブラウン神父の復活」:殺されたブラウン神父が生き返る。
「天の矢」:高層階の室内に矢が刺さった死体。
「犬のお告げ」:密室殺人が行われたちょうどその頃、犬が悲しげな鳴き声を上げた。
「ムーン・クレサントの奇跡」:扉が閉ざされた高層階の部屋から消えた男が、離れた場所で首吊り死体に。
「金の十字架の呪い」:貴重な遺物を入手した教授は謎の人物に付け狙われ、牧師が姿を消す(自殺?)。
「翼ある剣」:雪の上の死体の周囲に足跡なし。
「ダーナウェイ家の呪い」:オーストラリアからやって来た相続人が、家に伝わる呪い通りに死ぬ。
「ギデオン・ワイズの亡霊」:三人の富豪が殺され、その一人が幽霊となって現れる。

※以下の反転表示部はネタバレ注意。




神の奇跡を信じるブラウン神父が物事を常識的に捉えるのに対し、神への信仰を持たぬはずの者が非常識な物の見方をして奇跡を信じようとするのを皮肉るような場面が目立つ。神父が米国に渡っての話もあり、米国人やその文化に対しても作者の舌鋒は向けられている。

ブラウン神父の相棒のフランボウはその名が一度触れられる程度で、姿を見せることはなくなったのが寂しい限り。





「ブラウン神父の復活」
ソール(ポール)・スネース:新聞記者
アルバレズ:ポルトガル国籍で様々な組織の指導者
メンドーザ:保守的な党派の指導者
エクシュタイン:フランクフルトの葡萄酒屋
ジョン・アダムズ・レース:電気技師
コールドロン博士:医師



ブラウン神父が襲撃され、その死が広く伝えられる。神父の顔には驚愕の表情が残っていた。

しかしその死を悼む集会の最中に、神父は復活した。



目覚めるなり神父は電信局へと向かった。

「当地にて奇跡云々のデマあり。まったく事実無根なり」

襲撃されたとき、神父は驚いた。それはその相手が神父を殴ったからではなく、殴らなかったから。棍棒を振りかざした男も、ナイフを構えたその相棒も、神父にかすり傷すら負わせなかった。しかし神父は意識を失った。それは神父が外出前に飲んだ葡萄酒に仕込まれた薬物のためである。

この計画は、奇跡をでっち上げ、そしてその後に奇跡はペテンであると示すことで、ブラウン神父と教会と神の信用の失墜を狙ったものだった。



陰謀の計画者たちは皆、不信心な者ばかりだったので、信仰に篤いブラウン神父の言動を読みきれなかったという話。作中でシャーロック・ホームズの名を出しているのも面白い。


「この世に生きる者なら誰だって、もし棺の中で目覚めると自分が聖列に加えられていて、生ける奇跡として崇められていたら、崇拝者と一緒に有頂天になって、空から下って来た光栄の冠を被らずにはいられないだろう」




「天の矢」
ピーター・ウェーン大尉:米国の飛行家
ヒッコリー・クレーク:ウェーンの叔父
ブランダー・マートン:クレークの共同経営者, コプトの杯の三番目の所有者
ジョン・ウィルトン・ホーダー:マートンの秘書
バーナード・ブレーク:マートンの弁護士
ハリス:マートンの用心棒
ノーマン・ドレージ:アメリカ市民
ダニエル・ドゥーム:脅迫者
タイトス・P・トラント:銅山王, コプトの杯の最初の所有者, 故人
ブライアン・ホーダー:富豪, コプトの杯の二番目の所有者, 故人



室内で殺されていたブランダー・マートン。彼は実業界の大物であり、コプトの杯の所有者でもあった。コプトの杯は曰く付きのもので、その最初の所有者はダニエル・ドゥームと名乗る人物から脅迫を受け、そして実際に殺された。次の所有者も同様であった。

マートンの死体には矢が刺さっていた。窓は開放されていたが、ここは塔のてっぺんにある部屋で、地上からこの窓に矢を放ち、室内の標的を正確に射抜くのは難しそうだった。



ブラウン神父はこともなげに言った。「短剣を矢のように放つことができるのと同様に、矢を短剣のように突き刺すこともできるのです」

矢は窓を抜けてマートンに刺さったのではなかった。彼の秘書ウィルトンが手に持った矢で刺し、まだ主人が生きているかのような顔で部屋を出たのだった。



凶器の使い方は一つだけではないという話。ポイントはその一点だけで、現実的にはこの状況で犯人がこのトリックを用いるメリットはあまりない。普通に考えれば真っ先に疑われるw


「私自身ちょっとばかり神秘主義について習ったことがあるからこそ、秘技伝授者には用がないと言うんです」




「犬のお告げ」
ドルース大佐:刃物で刺殺された
ジャネット・ドルース:大佐の娘
ドナルド・ドルース:ジャネットの兄
ハーバート・ドルース:大佐の甥
ハリー:ハーバートの弟
パトリック・フロイド:大佐の秘書
オーブリー・トレール:大佐の弁護士
ヴァランタイン博士:大佐の隣人
ファインズ:ドナルドの友人
ノックス:犬



浜辺のそばのあずまやでドルース大佐が刺殺された。そのあずまやの出入口は一つしかなく、彼の秘書フロイドはその出入口を含めて庭をすべて見渡せる場所にいた。そしてフロイドの姿は大佐の娘ジャネットの視界に入っており、そのジャネットは…要するに、大佐があずまやに入ってからその出入口に近づいた者はいなかったはずなのである。

これだけでもこの事件は神秘的なのだが、もう一つそこに神秘性を加えるのは、ちょうどその時間帯に浜辺を散歩していた連中のエピソードだった。

散歩していたのは大佐の甥ハーバートとハリーの兄弟、彼らの友人のファインズ、そして犬のノックスだった。ハリーはステッキを海に投げ入れ、それをノックスが咥えて来るという遊びを続けていたが、なぜかノックスはステッキを咥えずに海から上がると、悲しげな鳴き声を上げた。そしてその直後、あずまやのほうから悲鳴が上がった。大佐の死体を発見したジャネットの悲鳴だった。

彼らはあずまやに戻った。するとノックスは大佐の弁護士トレールに向かって吠え立てた。トレールは後ろ暗いところを見透かされたかのように怯え、逃げて行った。



殺害現場はあづまやだった。その壁は決して堅固なものではなく、板や枝を折り重ねて作られたそれはところどころに隙間があった。犯人はその壁の外側から、室内にいる大佐を仕込杖で素早く刺したのだった。

そして犯人は凶器を処分する必要に迫られた。そこは浜辺。最も簡単なのは海に投げ捨てることだが、その姿を目撃される危険性があった。そこでその行為が自然に見えるように、投げたステッキを犬に咥えさせる遊びに見えるように、凶器を海へと投げ捨てた。

ノックスが悲しげに鳴いたのは、投げ入れられた物が海に沈んでしまい、それを咥えて来ることができなかったから。ノックスがトレールに吠えかかったのは、単に彼が犬に怯えていたから。犬が苦手な者が犬に吠えかかられれば、そこから逃げ出すのも当然だった。

ハリーは自ら命を絶った。遺産を受け取れるかもしれないという、一か八かの賭けに敗れたことを悟ったからだった。



ごくごく当たり前のことに、人間が勝手に神秘性を見て取ってしまうという皮肉な話。一見怪奇に見える状況を合理的に解き明かす推理小説とは相性が良いパターン。

「Dogを逆さに綴ってGod」というブラウン神父の台詞が、もしやエラリー・クイーンに影響を与え、某作品の手掛かりの一つとなったのではw


「もしあんたがあの犬を全能なる神とせずにただの犬として扱っていたなら、あんたにもすぐわかったはずです」




「ムーン・クレサントの奇跡」
ウォレン・ウィンド:慈善事業家
フェンナー:ウィンドの秘書
ウィルソン:ウィンドの下男
サイラス・T・ヴァンダム:石油王
アート・アルボイン:呼吸法の信奉者
ヴェア教授:心理学者
コリンズ警部



その高層階の部屋の前には四人の男。その室内に独りきりでいた実業家のウィンドが姿を消した。部屋の窓は開いていたが、そこから出られるような足掛かりはなく、地上を見下ろしてもそこに彼の体があるわけでもない。後に彼は近所の公園で、首吊り死体となって発見された。

ウィンドが姿を消す少し前に、建物の外でブラウン神父は知人の男に出会っていた。その男はこう言った。「やつは聖者気取りでいるが、もし俺がやつのことをどんなふうに言っているか知ったら、やつは首吊り自殺せにゃならんだろう。俺はピストルを出して、それに鉄砲玉の代わりに呪いを込めたんだ」

その男は空砲を仕込んだピストルを建物の壁に向かって一発ぶっ放していた。空砲なのでもちろんその弾丸がウィンドの体を貫くはずもなく、仮に実弾だとしても高層階の部屋の窓を抜けて彼を撃ち殺せるはずがない。そしてそもそも彼は撃ち殺されたのではなく、どのようにか部屋を抜け出し、公園で首を括って死んでいたのだ。



扉の前にいた男たちのうち、神など信じていないという三人が奇跡を信じようと思い始めたとき、その中で唯一、神の信徒たるブラウン神父だけはそれを奇跡と認めず、ごく常識的に物事を考えていた。

もし部屋の外で妙な物音が聞こえれば、部屋の主は窓の外を覗き込んで頭を出す。そのときその上の階にいる人物がロープを垂らせば、その先に作った輪に首を引っ掛けることも可能だった。そしてそれを引き上げ、公園に死体を運べば出来上がりである。



適材適所を見抜く名人だった被害者に対するブラウン神父の批判は、時を超えた現代の経済的適材適所を強いる社会に対する風刺のようでもある。


「嘘をつくことは、宗教に仕えることにはなるかもしれぬが、神に仕えることには断じてなりませぬ」




「金の十字架の呪い」
スミール教授:考古学の大家
ダイアナ・ウェールズ:旅行家
ポール・T・タラント:金持ちでろくでなし
レナード・スミス:二流の詩人, 一流の新聞記者
ジョン・ウォルターズ:サセックスの牧師, 考古学者
ブーン:デーリー・ワイヤ新聞の記者



ビザンチン帝国の遺物らしき金の十字架を手に入れて以来、スミール教授は何者かに付け狙われていた。その十字架に偏執的な執着を持つ者らしい。そんなとき、サセックスの墓地で香料を施した死体からもう一つ同型の十字架が発見された。

現地に到着した教授とブラウン神父らは、ちょうどそこを調べてきたばかりのウォルターズ牧師から、その墓の主の恐ろしい呪いの逸話を聞いた。もっともその話をした当人にはそれをさほど気にする様子はなかった。

牧師と入れ違いに墓に入った一行は、石棺の中に眠る死体の胸に金の十字架が煌めくのを見た。教授がその十字架を手に取ろうとしたとき、突然に石棺の蓋が動いて教授の頭を直撃し、彼はその場に倒れた。

教授を近くの宿に運び込み、医師に診せると、重傷ではあるが幸いにも命に関わるほどではないとのことだった。ところがそこにもう一つのニュースが飛び込んできた。牧師が崖の上に僧衣を残し、海へと身を投げたというのだ。教授の身に降りかかった「呪い」のショックが、牧師に何らかの作用をもたらしたのであろうか。



石棺の中で眠っていた死体はビザンチン帝国の住人のものではなく、それは現代の牧師のものだった。金の十字架に魅せられた偏執狂が牧師を殺害して、その死体を石棺に入れた。そして石棺に罠を仕掛け、それがその中を調べようとした教授に一撃を加えた。

教授やブラウン神父たちが出会った牧師は、既に彼に成り済ましていた殺人者だった。そしてその人物は崖の上に牧師の着衣を残し、あたかも牧師が自殺したかのように偽装したのだった。



牧師の話におかしな点があることに気づき、そこから真相を見抜くブラウン神父はさすが(結果的にはちょっと遅すぎるがw)で、身近な話は遠い話よりも案外知られないという逆説も効いている。しかしプロットの要点がよくわからず、なんとも後味がすっきりしない。

教授に付き纏っていた謎の人物の正体は明かされない。そしてそれほどまでに偏執的な謎の人物が、なぜその十字架を死体の胸に残して去ったのかも不明。目的は教授の命を奪うことであって、十字架自体には興味がなかったのだろうか?


「偉大なグラッドストーンが死に際にアイルランド国粋党首パーネルの死霊に取り憑かれたという話なら、そんなこともあり得るのかと思う。だが、グラッドストーンがヴィクトリア女王に拝謁したとき、帽子も脱がずに女王の背中を馴れ馴れしく叩いて葉巻を差し出したという話となると、これは不可能な話ではないが、とても信じられない話です」




「翼ある剣」
ボイン博士:警察医
エールマー:金持ちの地主
フィリップ:その息子, 故人
スティーヴン:同, 故人
アーノルド:同
ジョン・ストレーク:養子



エールマーはその財産をすべて養子のジョン・ストレークに遺した。それに異を唱えたのが、エールマーの実子である三兄弟。その要求は裁判所によって認められ、財産はジョンの手からこぼれ落ち、三兄弟の手に渡った。憤懣やるかたないジョンは三兄弟の殺害を誓い、彼らに呪いの言葉を吐いた。

果たしてその呪いが効いたのか、三兄弟のうち、上の二人が死んだ。一人目は自殺、二人目は事故として処理されたが、そこに疑いがないでもなかった。三兄弟の生き残った最後の一人、アーノルドは怯え、奇矯な振る舞いが目立つようになり、雇人は皆、出て行ってしまい、なんと警察官にその代わりを務めるように求めていた。もちろんそんな要求は受け入れられなかったが、その話を聞いたブラウン神父が彼の家を訪れた。

ブラウン神父が面会したアーノルドは、なるほど落ち着きがなかった。彼は話しだした。長男フィリップのときには確信はなかった。しかし次男スティーヴンのときには、誰にも登れぬ塔の上に立つ怪人物の姿を見た。兄たちにも届いていたという脅迫状が自分にも送られてきた。そこには翼の生えた短剣のようなマークが記されていた。

アーノルドはちょっと中座した。そのときだった。ブラウン神父がいる部屋の扉の向こうから、銃声とアーノルドの叫び声が聞こえた。部屋に戻ってきたアーノルドが手にしたピストルの銃口にはまだ煙が立ち上っていた。ジョンを返り討ちにしたという。

ブラウン神父は部屋を出て、廊下の先にある扉の外を見た。そこには死体があった。その周囲には雪原が広がっており、足跡はなかった。真っ黒な帽子に大きな黒マント。その姿はまさに鳥のように舞い降りた吸血鬼のようであった。歩くには不適当な長すぎるマントもまた、彼が空中を飛んで来たことを示しているかのようだった。



ブラウン神父が最初に気になったのは、彼が面会している相手が、家具の場所などをきちんと把握していないかのように見えたことだった。彼にとっては自分の家のはずなのに、まるで初めて来た他人の家のようだ。

しかしブラウン神父の疑念を呼び覚ます重大なきっかけとなったのは、彼が最初に神父の前に現れたときに抜けて来た廊下の先には、外に通じる扉しかなかったことだった。つまり彼はブラウン神父がやって来たときに、廊下かその外で何かをしていたのだ。


ブラウン神父がやって来たとき、ちょうどジョンはアーノルドを殺害したところだった。訪問者が来たことに気づいたジョンは自分とアーノルドの着衣を素早く入れ替え、さも自分がこの家の主人である振りをしてブラウン神父と面会したのだった。雪原に足跡がないのも当然で、死体は室内からそこに置かれたのだ。マントが長すぎたのは、その本来の持ち主であるジョンは、死体となったアーノルドよりも背が高かったからである。



「雪の密室」のプロトタイプ。翼ある短剣の印や、それが書かれた紙に特に意味がないのが残念。


「ある人物を天才だと言うことは、その人物を弁護することではありません」




「ダーナウェイ家の呪い」
ダーナウェイ:オーストラリアからやって来た相続人
アデレード・ダーナウェイ:令嬢
ヴァイン:執事
バーネット博士:医師
ハリー・ペーン:風景画家
マーティン・ウッド:同



ダーナウェイ家にオーストラリアから相続人がやって来た。そのダーナウェイ青年はちょっとしたカネを持っていたので、没落する一方だったダーナウェイ家にとってはありがたい話である。ところでダーナウェイ家にはアデレードという令嬢がおり、ダーナウェイ青年と古い婚約があるのだが、両者ともにそれについてははっきりとした態度を示さなかった。

ダーナウェイがやって来る前に、画家のウッドは専門家として屋敷に招かれ、代々の肖像画を調べたりしたのだが、その一枚は確かに新たなダーナウェイによく似ていた。その額縁には「第7の相続人」についての不気味な詩が書かれていた。ウッドが見つけた本の間に挟まっていたメモによると、この肖像画の人物は計略を巡らした自殺を図り、以後7代ごとにその相続人に、それも7時に悲劇が訪れるというのである。たまたまオーストラリアからやって来た青年は、その「第7の相続人」であった。


ダーナウェイ青年は写真家だったので、ブラウン神父の勧めで屋敷にスタジオと暗室を作った。そして肖像画を撮影し、その写真をダーナウェイ家についての本を書いたこともある高名な考古学者に送ることにした。これはダーナウェイにとっては、ダーナウェイ家の呪われた宿命への挑戦であった。

しかし彼はそれに敗れたのだろうか。物音を聞きつけ、スタジオに駆けつけた一同が見たのは、肖像画を前にして死んでいるダーナウェイだった。それはちょうど7時のことだった。呪いの予言通りに彼が死んだことも不思議だったが、もう一つ小さな不思議があった。彼が撮ったはずの肖像画の写真がどこにもなかったのだ。



ウッドは屋敷に残る肖像画などを調べた際に、ある物をそこに紛れ込ませた。古い家に伝わる多くのものの中に一つくらい新たな物を加えても、家人には気づかれないものなのである。それはオーストラリアの青年の写真をもとに書いた絵だった。そこに書かれた呪いの詩、そしてその詳細を記したメモも彼によるまったくのでっち上げであった。つまりダーナウェイ家の呪いなど存在しなかったのだ。

ウッドは呪いを実現しようとした。ダーナウェイは7時に死なねばならなかった。しかしウッドはその14時間も前にダーナウェイを殺すことになってしまった。なぜならダーナウェイが肖像画を撮影して、その写真を学者に送るのはどうしても阻止せねばならなかったから。もしそんなことをされたら、呪いがデタラメであることがバレてしまうから。

そのためにウッドは7時までダーナウェイが生きていたように見せかける必要に迫られた。幸いなことにダーナウェイはしょっちゅうカメラをいじっている。そのときに頭を暗幕に突っ込んでいても誰も怪しまない。ウッドがダーナウェイに成り済ますのは容易だった。

ウッドにとってさらに幸運だったのは、スタジオと地下暗室の間には他の者は知らぬ隠し階段があったこと。これを使ってウッドはアリバイを手に入れた。

ウッドがそこまでして呪いに見せかけた殺人を行なったのは、アデレードに婚約者がいては都合が悪かったから。彼は彼女を愛していた。



秘密の抜け穴で解決を着けるのは興醒めだが、ブラウン神父が最後に言う「坊主の隠れ穴」(a priest's hole)は、たぶん元々は英国で文字通り坊主が隠れる必要性に駆られてのものだったが、後に遊びとしても作られるようになった古い英国の家に見られる伝統的なもの(※僕のうろ覚えのいいかげんな記憶によるものなので、間違ってるかも…)で、それでオチが着いているのだと思う。だが知識不足の僕にはその面白さが伝わらない…w


「あんたのその科学に関する迷信と、もう一つの魔術に関する迷信とのあいだには、何の違いもないようにわたしには思える」




「ギデオン・ワイズの亡霊」

ギデオン・ワイズ:富豪
ギャラップ:同
ヤコブ・P・スタイン:同
ポッター:ワイズの秘書
ネアーズ:ギャラップの顧問もしくは弁護士らしき人物
ジョン・エリアス:急進派
ジェーク・ハールケット:同
ヘンリー・ホーン:同, 詩人
ジェームズ・バーン:新聞記者



三人の富豪がほとんど同時刻に殺された。ワイズは彼の別荘の近くの崖の上から海に投げ込まれたらしく、そこに格闘の跡があり、彼の帽子が波間に浮かんでいた。ギャラップ自宅付近の茂みで絞殺されていた。スタインは自宅の庭に建設中だったローマ式の風呂にその死体が置かれていた。事件現場はそれぞれ遥か離れた場所だった。

革命陣営の中でも急進派に属する三人がその殺人の容疑者とされた。その中の一人、ホーンが告白した。自分がワイズを殺したのだと。彼と崖の上で格闘になり、その弾みで彼を海へと落としてしまったのだと。なぜホーンがそれを告白する気になったのかと言えば、ワイズの幽霊に遭遇したからだった。

その話を聞いた警察官や新聞記者たちはワイズの幽霊が出たという崖の上へと向かった。その中にはブラウン神父の顔も見える。現場に到着した一同は凍りついた。そこには紛れもなくワイズの姿があったからだ。

真っ先にワイズの幽霊に近寄って行ったのはブラウン神父だった。「自分の目で見るまでは信じられませんでした」と漏らすバーンに対し、神父は「わたしは見るまで信じていた」と応えた。ワイズは幽霊ではなかった。彼は生きていた。

ワイズの話によると、彼とホーンが格闘になり、彼が崖下へと落ちたのはまったくの事故であり、ホーンは彼を助けようと手を伸ばしさえしたというのである。残念ながらその手は届かなかったものの、ワイズは崖の途中に引っかかり、自力でなんとか這い上がってきたという次第。ワイズはホーンについては寛大な処置を求めた。



ブラウン神父の目には、ホーンの懺悔はあまりにも立派すぎるように映ったし、それを赦すワイズの態度もあまりにもできすぎていた。その場面はあまりにもロマンティックで作り物めいていたのだ。

では、その話によって彼らは何を得たか? それはワイズによって保証されたホーンのアリバイであり、ホーンによって保証されたワイズのアリバイだった。二人が協力すれば、富豪二人を同時刻に殺すのはそう難しいことではないのである。



今では定番トリックの、被害者イコール犯人と、他人のアリバイを証言することでの自分のアリバイ確保の組み合わせ。


「幽霊一般を信じるのと、ある特定の幽霊を信じるのとは、別のことです」