ブラウン神父シリーズの第3短編集。ストーリーテリングの妙。今やスタンダードとなったトリックの数々。[???]

J・ブラウン神父:神に仕える蝙蝠傘がトレードマークの小男
ヘルキュール・フランボウ:巨大な身の丈と不敵な腕力の持ち主, 驚くべき軽業師, 天才の閃きも持ち合わせる, 犯罪界の大立者として知られた人物

「ブラウン神父の復活」:殺されたブラウン神父が生き返る。
「天の矢」:高層階の室内に矢が刺さった死体。
「犬のお告げ」:密室殺人が行われたちょうどその頃、犬が悲しげな鳴き声を上げた。
「ムーン・クレサントの奇跡」:扉が閉ざされた高層階の部屋から消えた男が、離れた場所で首吊り死体に。
「金の十字架の呪い」:貴重な遺物を入手した教授は謎の人物に付け狙われ、牧師が姿を消す(自殺?)。
「翼ある剣」:雪の上の死体の周囲に足跡なし。
「ダーナウェイ家の呪い」:オーストラリアからやって来た相続人が、家に伝わる呪い通りに死ぬ。
「ギデオン・ワイズの亡霊」:三人の富豪が殺され、その一人が幽霊となって現れる。

※以下の反転表示部はネタバレ注意。




神の奇跡を信じるブラウン神父が物事を常識的に捉えるのに対し、神への信仰を持たぬはずの者が非常識な物の見方をして奇跡を信じようとするのを皮肉るような場面が目立つ。神父が米国に渡っての話もあり、米国人やその文化に対しても作者の舌鋒は向けられている。

ブラウン神父の相棒のフランボウはその名が一度触れられる程度で、姿を見せることはなくなったのが寂しい限り。





「ブラウン神父の復活」
ソール(ポール)・スネース:新聞記者
アルバレズ:ポルトガル国籍で様々な組織の指導者
メンドーザ:保守的な党派の指導者
エクシュタイン:フランクフルトの葡萄酒屋
ジョン・アダムズ・レース:電気技師
コールドロン博士:医師



ブラウン神父が襲撃され、その死が広く伝えられる。神父の顔には驚愕の表情が残っていた。

しかしその死を悼む集会の最中に、神父は復活した。



目覚めるなり神父は電信局へと向かった。

「当地にて奇跡云々のデマあり。まったく事実無根なり」

襲撃されたとき、神父は驚いた。それはその相手が神父を殴ったからではなく、殴らなかったから。棍棒を振りかざした男も、ナイフを構えたその相棒も、神父にかすり傷すら負わせなかった。しかし神父は意識を失った。それは神父が外出前に飲んだ葡萄酒に仕込まれた薬物のためである。

この計画は、奇跡をでっち上げ、そしてその後に奇跡はペテンであると示すことで、ブラウン神父と教会と神の信用の失墜を狙ったものだった。



陰謀の計画者たちは皆、不信心な者ばかりだったので、信仰に篤いブラウン神父の言動を読みきれなかったという話。作中でシャーロック・ホームズの名を出しているのも面白い。


「この世に生きる者なら誰だって、もし棺の中で目覚めると自分が聖列に加えられていて、生ける奇跡として崇められていたら、崇拝者と一緒に有頂天になって、空から下って来た光栄の冠を被らずにはいられないだろう」




「天の矢」
ピーター・ウェーン大尉:米国の飛行家
ヒッコリー・クレーク:ウェーンの叔父
ブランダー・マートン:クレークの共同経営者, コプトの杯の三番目の所有者
ジョン・ウィルトン・ホーダー:マートンの秘書
バーナード・ブレーク:マートンの弁護士
ハリス:マートンの用心棒
ノーマン・ドレージ:アメリカ市民
ダニエル・ドゥーム:脅迫者
タイトス・P・トラント:銅山王, コプトの杯の最初の所有者, 故人
ブライアン・ホーダー:富豪, コプトの杯の二番目の所有者, 故人



室内で殺されていたブランダー・マートン。彼は実業界の大物であり、コプトの杯の所有者でもあった。コプトの杯は曰く付きのもので、その最初の所有者はダニエル・ドゥームと名乗る人物から脅迫を受け、そして実際に殺された。次の所有者も同様であった。

マートンの死体には矢が刺さっていた。窓は開放されていたが、ここは塔のてっぺんにある部屋で、地上からこの窓に矢を放ち、室内の標的を正確に射抜くのは難しそうだった。



ブラウン神父はこともなげに言った。「短剣を矢のように放つことができるのと同様に、矢を短剣のように突き刺すこともできるのです」

矢は窓を抜けてマートンに刺さったのではなかった。彼の秘書ウィルトンが手に持った矢で刺し、まだ主人が生きているかのような顔で部屋を出たのだった。



凶器の使い方は一つだけではないという話。ポイントはその一点だけで、現実的にはこの状況で犯人がこのトリックを用いるメリットはあまりない。普通に考えれば真っ先に疑われるw


「私自身ちょっとばかり神秘主義について習ったことがあるからこそ、秘技伝授者には用がないと言うんです」




「犬のお告げ」
ドルース大佐:刃物で刺殺された
ジャネット・ドルース:大佐の娘
ドナルド・ドルース:ジャネットの兄
ハーバート・ドルース:大佐の甥
ハリー:ハーバートの弟
パトリック・フロイド:大佐の秘書
オーブリー・トレール:大佐の弁護士
ヴァランタイン博士:大佐の隣人
ファインズ:ドナルドの友人
ノックス:犬



浜辺のそばのあずまやでドルース大佐が刺殺された。そのあずまやの出入口は一つしかなく、彼の秘書フロイドはその出入口を含めて庭をすべて見渡せる場所にいた。そしてフロイドの姿は大佐の娘ジャネットの視界に入っており、そのジャネットは…要するに、大佐があずまやに入ってからその出入口に近づいた者はいなかったはずなのである。

これだけでもこの事件は神秘的なのだが、もう一つそこに神秘性を加えるのは、ちょうどその時間帯に浜辺を散歩していた連中のエピソードだった。

散歩していたのは大佐の甥ハーバートとハリーの兄弟、彼らの友人のファインズ、そして犬のノックスだった。ハリーはステッキを海に投げ入れ、それをノックスが咥えて来るという遊びを続けていたが、なぜかノックスはステッキを咥えずに海から上がると、悲しげな鳴き声を上げた。そしてその直後、あずまやのほうから悲鳴が上がった。大佐の死体を発見したジャネットの悲鳴だった。

彼らはあずまやに戻った。するとノックスは大佐の弁護士トレールに向かって吠え立てた。トレールは後ろ暗いところを見透かされたかのように怯え、逃げて行った。



殺害現場はあづまやだった。その壁は決して堅固なものではなく、板や枝を折り重ねて作られたそれはところどころに隙間があった。犯人はその壁の外側から、室内にいる大佐を仕込杖で素早く刺したのだった。

そして犯人は凶器を処分する必要に迫られた。そこは浜辺。最も簡単なのは海に投げ捨てることだが、その姿を目撃される危険性があった。そこでその行為が自然に見えるように、投げたステッキを犬に咥えさせる遊びに見えるように、凶器を海へと投げ捨てた。

ノックスが悲しげに鳴いたのは、投げ入れられた物が海に沈んでしまい、それを咥えて来ることができなかったから。ノックスがトレールに吠えかかったのは、単に彼が犬に怯えていたから。犬が苦手な者が犬に吠えかかられれば、そこから逃げ出すのも当然だった。

ハリーは自ら命を絶った。遺産を受け取れるかもしれないという、一か八かの賭けに敗れたことを悟ったからだった。



ごくごく当たり前のことに、人間が勝手に神秘性を見て取ってしまうという皮肉な話。一見怪奇に見える状況を合理的に解き明かす推理小説とは相性が良いパターン。

「Dogを逆さに綴ってGod」というブラウン神父の台詞が、もしやエラリー・クイーンに影響を与え、某作品の手掛かりの一つとなったのではw


「もしあんたがあの犬を全能なる神とせずにただの犬として扱っていたなら、あんたにもすぐわかったはずです」




「ムーン・クレサントの奇跡」
ウォレン・ウィンド:慈善事業家
フェンナー:ウィンドの秘書
ウィルソン:ウィンドの下男
サイラス・T・ヴァンダム:石油王
アート・アルボイン:呼吸法の信奉者
ヴェア教授:心理学者
コリンズ警部



その高層階の部屋の前には四人の男。その室内に独りきりでいた実業家のウィンドが姿を消した。部屋の窓は開いていたが、そこから出られるような足掛かりはなく、地上を見下ろしてもそこに彼の体があるわけでもない。後に彼は近所の公園で、首吊り死体となって発見された。

ウィンドが姿を消す少し前に、建物の外でブラウン神父は知人の男に出会っていた。その男はこう言った。「やつは聖者気取りでいるが、もし俺がやつのことをどんなふうに言っているか知ったら、やつは首吊り自殺せにゃならんだろう。俺はピストルを出して、それに鉄砲玉の代わりに呪いを込めたんだ」

その男は空砲を仕込んだピストルを建物の壁に向かって一発ぶっ放していた。空砲なのでもちろんその弾丸がウィンドの体を貫くはずもなく、仮に実弾だとしても高層階の部屋の窓を抜けて彼を撃ち殺せるはずがない。そしてそもそも彼は撃ち殺されたのではなく、どのようにか部屋を抜け出し、公園で首を括って死んでいたのだ。



扉の前にいた男たちのうち、神など信じていないという三人が奇跡を信じようと思い始めたとき、その中で唯一、神の信徒たるブラウン神父だけはそれを奇跡と認めず、ごく常識的に物事を考えていた。

もし部屋の外で妙な物音が聞こえれば、部屋の主は窓の外を覗き込んで頭を出す。そのときその上の階にいる人物がロープを垂らせば、その先に作った輪に首を引っ掛けることも可能だった。そしてそれを引き上げ、公園に死体を運べば出来上がりである。



適材適所を見抜く名人だった被害者に対するブラウン神父の批判は、時を超えた現代の経済的適材適所を強いる社会に対する風刺のようでもある。


「嘘をつくことは、宗教に仕えることにはなるかもしれぬが、神に仕えることには断じてなりませぬ」




「金の十字架の呪い」
スミール教授:考古学の大家
ダイアナ・ウェールズ:旅行家
ポール・T・タラント:金持ちでろくでなし
レナード・スミス:二流の詩人, 一流の新聞記者
ジョン・ウォルターズ:サセックスの牧師, 考古学者
ブーン:デーリー・ワイヤ新聞の記者



ビザンチン帝国の遺物らしき金の十字架を手に入れて以来、スミール教授は何者かに付け狙われていた。その十字架に偏執的な執着を持つ者らしい。そんなとき、サセックスの墓地で香料を施した死体からもう一つ同型の十字架が発見された。

現地に到着した教授とブラウン神父らは、ちょうどそこを調べてきたばかりのウォルターズ牧師から、その墓の主の恐ろしい呪いの逸話を聞いた。もっともその話をした当人にはそれをさほど気にする様子はなかった。

牧師と入れ違いに墓に入った一行は、石棺の中に眠る死体の胸に金の十字架が煌めくのを見た。教授がその十字架を手に取ろうとしたとき、突然に石棺の蓋が動いて教授の頭を直撃し、彼はその場に倒れた。

教授を近くの宿に運び込み、医師に診せると、重傷ではあるが幸いにも命に関わるほどではないとのことだった。ところがそこにもう一つのニュースが飛び込んできた。牧師が崖の上に僧衣を残し、海へと身を投げたというのだ。教授の身に降りかかった「呪い」のショックが、牧師に何らかの作用をもたらしたのであろうか。



石棺の中で眠っていた死体はビザンチン帝国の住人のものではなく、それは現代の牧師のものだった。金の十字架に魅せられた偏執狂が牧師を殺害して、その死体を石棺に入れた。そして石棺に罠を仕掛け、それがその中を調べようとした教授に一撃を加えた。

教授やブラウン神父たちが出会った牧師は、既に彼に成り済ましていた殺人者だった。そしてその人物は崖の上に牧師の着衣を残し、あたかも牧師が自殺したかのように偽装したのだった。



牧師の話におかしな点があることに気づき、そこから真相を見抜くブラウン神父はさすが(結果的にはちょっと遅すぎるがw)で、身近な話は遠い話よりも案外知られないという逆説も効いている。しかしプロットの要点がよくわからず、なんとも後味がすっきりしない。

教授に付き纏っていた謎の人物の正体は明かされない。そしてそれほどまでに偏執的な謎の人物が、なぜその十字架を死体の胸に残して去ったのかも不明。目的は教授の命を奪うことであって、十字架自体には興味がなかったのだろうか?


「偉大なグラッドストーンが死に際にアイルランド国粋党首パーネルの死霊に取り憑かれたという話なら、そんなこともあり得るのかと思う。だが、グラッドストーンがヴィクトリア女王に拝謁したとき、帽子も脱がずに女王の背中を馴れ馴れしく叩いて葉巻を差し出したという話となると、これは不可能な話ではないが、とても信じられない話です」




「翼ある剣」
ボイン博士:警察医
エールマー:金持ちの地主
フィリップ:その息子, 故人
スティーヴン:同, 故人
アーノルド:同
ジョン・ストレーク:養子



エールマーはその財産をすべて養子のジョン・ストレークに遺した。それに異を唱えたのが、エールマーの実子である三兄弟。その要求は裁判所によって認められ、財産はジョンの手からこぼれ落ち、三兄弟の手に渡った。憤懣やるかたないジョンは三兄弟の殺害を誓い、彼らに呪いの言葉を吐いた。

果たしてその呪いが効いたのか、三兄弟のうち、上の二人が死んだ。一人目は自殺、二人目は事故として処理されたが、そこに疑いがないでもなかった。三兄弟の生き残った最後の一人、アーノルドは怯え、奇矯な振る舞いが目立つようになり、雇人は皆、出て行ってしまい、なんと警察官にその代わりを務めるように求めていた。もちろんそんな要求は受け入れられなかったが、その話を聞いたブラウン神父が彼の家を訪れた。

ブラウン神父が面会したアーノルドは、なるほど落ち着きがなかった。彼は話しだした。長男フィリップのときには確信はなかった。しかし次男スティーヴンのときには、誰にも登れぬ塔の上に立つ怪人物の姿を見た。兄たちにも届いていたという脅迫状が自分にも送られてきた。そこには翼の生えた短剣のようなマークが記されていた。

アーノルドはちょっと中座した。そのときだった。ブラウン神父がいる部屋の扉の向こうから、銃声とアーノルドの叫び声が聞こえた。部屋に戻ってきたアーノルドが手にしたピストルの銃口にはまだ煙が立ち上っていた。ジョンを返り討ちにしたという。

ブラウン神父は部屋を出て、廊下の先にある扉の外を見た。そこには死体があった。その周囲には雪原が広がっており、足跡はなかった。真っ黒な帽子に大きな黒マント。その姿はまさに鳥のように舞い降りた吸血鬼のようであった。歩くには不適当な長すぎるマントもまた、彼が空中を飛んで来たことを示しているかのようだった。



ブラウン神父が最初に気になったのは、彼が面会している相手が、家具の場所などをきちんと把握していないかのように見えたことだった。彼にとっては自分の家のはずなのに、まるで初めて来た他人の家のようだ。

しかしブラウン神父の疑念を呼び覚ます重大なきっかけとなったのは、彼が最初に神父の前に現れたときに抜けて来た廊下の先には、外に通じる扉しかなかったことだった。つまり彼はブラウン神父がやって来たときに、廊下かその外で何かをしていたのだ。


ブラウン神父がやって来たとき、ちょうどジョンはアーノルドを殺害したところだった。訪問者が来たことに気づいたジョンは自分とアーノルドの着衣を素早く入れ替え、さも自分がこの家の主人である振りをしてブラウン神父と面会したのだった。雪原に足跡がないのも当然で、死体は室内からそこに置かれたのだ。マントが長すぎたのは、その本来の持ち主であるジョンは、死体となったアーノルドよりも背が高かったからである。



「雪の密室」のプロトタイプ。翼ある短剣の印や、それが書かれた紙に特に意味がないのが残念。


「ある人物を天才だと言うことは、その人物を弁護することではありません」




「ダーナウェイ家の呪い」
ダーナウェイ:オーストラリアからやって来た相続人
アデレード・ダーナウェイ:令嬢
ヴァイン:執事
バーネット博士:医師
ハリー・ペーン:風景画家
マーティン・ウッド:同



ダーナウェイ家にオーストラリアから相続人がやって来た。そのダーナウェイ青年はちょっとしたカネを持っていたので、没落する一方だったダーナウェイ家にとってはありがたい話である。ところでダーナウェイ家にはアデレードという令嬢がおり、ダーナウェイ青年と古い婚約があるのだが、両者ともにそれについてははっきりとした態度を示さなかった。

ダーナウェイがやって来る前に、画家のウッドは専門家として屋敷に招かれ、代々の肖像画を調べたりしたのだが、その一枚は確かに新たなダーナウェイによく似ていた。その額縁には「第7の相続人」についての不気味な詩が書かれていた。ウッドが見つけた本の間に挟まっていたメモによると、この肖像画の人物は計略を巡らした自殺を図り、以後7代ごとにその相続人に、それも7時に悲劇が訪れるというのである。たまたまオーストラリアからやって来た青年は、その「第7の相続人」であった。


ダーナウェイ青年は写真家だったので、ブラウン神父の勧めで屋敷にスタジオと暗室を作った。そして肖像画を撮影し、その写真をダーナウェイ家についての本を書いたこともある高名な考古学者に送ることにした。これはダーナウェイにとっては、ダーナウェイ家の呪われた宿命への挑戦であった。

しかし彼はそれに敗れたのだろうか。物音を聞きつけ、スタジオに駆けつけた一同が見たのは、肖像画を前にして死んでいるダーナウェイだった。それはちょうど7時のことだった。呪いの予言通りに彼が死んだことも不思議だったが、もう一つ小さな不思議があった。彼が撮ったはずの肖像画の写真がどこにもなかったのだ。



ウッドは屋敷に残る肖像画などを調べた際に、ある物をそこに紛れ込ませた。古い家に伝わる多くのものの中に一つくらい新たな物を加えても、家人には気づかれないものなのである。それはオーストラリアの青年の写真をもとに書いた絵だった。そこに書かれた呪いの詩、そしてその詳細を記したメモも彼によるまったくのでっち上げであった。つまりダーナウェイ家の呪いなど存在しなかったのだ。

ウッドは呪いを実現しようとした。ダーナウェイは7時に死なねばならなかった。しかしウッドはその14時間も前にダーナウェイを殺すことになってしまった。なぜならダーナウェイが肖像画を撮影して、その写真を学者に送るのはどうしても阻止せねばならなかったから。もしそんなことをされたら、呪いがデタラメであることがバレてしまうから。

そのためにウッドは7時までダーナウェイが生きていたように見せかける必要に迫られた。幸いなことにダーナウェイはしょっちゅうカメラをいじっている。そのときに頭を暗幕に突っ込んでいても誰も怪しまない。ウッドがダーナウェイに成り済ますのは容易だった。

ウッドにとってさらに幸運だったのは、スタジオと地下暗室の間には他の者は知らぬ隠し階段があったこと。これを使ってウッドはアリバイを手に入れた。

ウッドがそこまでして呪いに見せかけた殺人を行なったのは、アデレードに婚約者がいては都合が悪かったから。彼は彼女を愛していた。



秘密の抜け穴で解決を着けるのは興醒めだが、ブラウン神父が最後に言う「坊主の隠れ穴」(a priest's hole)は、たぶん元々は英国で文字通り坊主が隠れる必要性に駆られてのものだったが、後に遊びとしても作られるようになった古い英国の家に見られる伝統的なもの(※僕のうろ覚えのいいかげんな記憶によるものなので、間違ってるかも…)で、それでオチが着いているのだと思う。だが知識不足の僕にはその面白さが伝わらない…w


「あんたのその科学に関する迷信と、もう一つの魔術に関する迷信とのあいだには、何の違いもないようにわたしには思える」




「ギデオン・ワイズの亡霊」

ギデオン・ワイズ:富豪
ギャラップ:同
ヤコブ・P・スタイン:同
ポッター:ワイズの秘書
ネアーズ:ギャラップの顧問もしくは弁護士らしき人物
ジョン・エリアス:急進派
ジェーク・ハールケット:同
ヘンリー・ホーン:同, 詩人
ジェームズ・バーン:新聞記者



三人の富豪がほとんど同時刻に殺された。ワイズは彼の別荘の近くの崖の上から海に投げ込まれたらしく、そこに格闘の跡があり、彼の帽子が波間に浮かんでいた。ギャラップ自宅付近の茂みで絞殺されていた。スタインは自宅の庭に建設中だったローマ式の風呂にその死体が置かれていた。事件現場はそれぞれ遥か離れた場所だった。

革命陣営の中でも急進派に属する三人がその殺人の容疑者とされた。その中の一人、ホーンが告白した。自分がワイズを殺したのだと。彼と崖の上で格闘になり、その弾みで彼を海へと落としてしまったのだと。なぜホーンがそれを告白する気になったのかと言えば、ワイズの幽霊に遭遇したからだった。

その話を聞いた警察官や新聞記者たちはワイズの幽霊が出たという崖の上へと向かった。その中にはブラウン神父の顔も見える。現場に到着した一同は凍りついた。そこには紛れもなくワイズの姿があったからだ。

真っ先にワイズの幽霊に近寄って行ったのはブラウン神父だった。「自分の目で見るまでは信じられませんでした」と漏らすバーンに対し、神父は「わたしは見るまで信じていた」と応えた。ワイズは幽霊ではなかった。彼は生きていた。

ワイズの話によると、彼とホーンが格闘になり、彼が崖下へと落ちたのはまったくの事故であり、ホーンは彼を助けようと手を伸ばしさえしたというのである。残念ながらその手は届かなかったものの、ワイズは崖の途中に引っかかり、自力でなんとか這い上がってきたという次第。ワイズはホーンについては寛大な処置を求めた。



ブラウン神父の目には、ホーンの懺悔はあまりにも立派すぎるように映ったし、それを赦すワイズの態度もあまりにもできすぎていた。その場面はあまりにもロマンティックで作り物めいていたのだ。

では、その話によって彼らは何を得たか? それはワイズによって保証されたホーンのアリバイであり、ホーンによって保証されたワイズのアリバイだった。二人が協力すれば、富豪二人を同時刻に殺すのはそう難しいことではないのである。



今では定番トリックの、被害者イコール犯人と、他人のアリバイを証言することでの自分のアリバイ確保の組み合わせ。


「幽霊一般を信じるのと、ある特定の幽霊を信じるのとは、別のことです」