アンリ・バンコラン・シリーズの長編第2作。運転手が既に死んでいる暴走車。夜霧に浮かぶ謎の絞首台。密室にいつの間にやら置かれる贈り物。10年前の不審な決闘事件。[???]

アンリ・バンコラン:予審判事
ジョン・ランダーボーン卿:元ロンドン警視庁副総監
ネザム・エル・ムルク:エジプト人
マルセル・ジョイエ:ムルクの従者
グラフィン:ムルクの秘書
リチャード・スメイル:ムルクの運転手
ダニエル・ピルグリム:医師
コレット・ラヴェルヌ:ムルクの情婦
セルダン:ラヴェルヌの女中
ピエール・ド・ラヴァチュール:コレットをめぐる男
J・L・キーン:ラヴァチュールの友人
タルボット:警部
ブロンスン:タルボットの部下
ジョージ・ドーリングズ:ランダーボーン卿の友人
テディ:小人のボーイ
ヴィクター:ボーイ
ジェフ・マール:バンコランの友人
シャロン・グレイ:マールの愛人
トーマス:マールの従僕



二人の男が決闘した。一方だけが生き残り、そして監房で自ら首をくくった。それから10年ほどの歳月が過ぎた。


ジョージ・ドーリングズはコレット・ラヴェルヌという女と出会った。彼女はドーリングスに、彼のかつての戦友だというキーンという男について尋ねたが、彼には心当たりがなかった。そして彼はタクシーに乗り、彼女を家まで送り届けたのだが、夜霧の中に独り取り残され、そこがどこなのかもわからぬまま、街をさまようことになった。

そのとき、彼の頭上に矩形の黄色い光が差した。そしてそこに絞首台の影が映り、人影がその階段を上って行った。

それはほんのわずかの間の出来事だった。すぐにその影は消え、疲れ果てていた彼はそれを調べる気も起こらなかった。彼は再び街をさまよい始め、ようやく見知った場所に辿り着いた。


それから数日後、フランスの高名な予審判事アンリ・バンコランとその友人のジェフ・マール、そして元ロンドン警視庁副総監のジョン・ランダーボーン卿が観劇し、連れ立って帰宅する途中で暴走車両に遭遇した。マールはその車内をはっきりと見たのだが、そこには運転手が一人、しかも死んでいるのを見て取った。

しかし運転手が死んでいるはずの暴走車は、カーブをきちんと右へ左へと曲がって走り続けている。タクシーを拾って追いかけると、暴走車はバンコランたちの宿、<ブリムストン・クラブ>の前で停まった。すぐに追い付いたバンコランが暴走車のドアを開けると、運転手の体は道路へと崩れ落ちた。とっくに死んでいたことは明らかだった。


死んでいた運転手はリチャード・スメイル。そしてその主人はネザム・エル・ムルクという男だったが、彼は姿を消していた。彼は「ジャック・ケッチ」と名乗る人物から何らかの脅迫を受けていたらしく、その人物からの贈り物が届くたびに怯えていた。その贈り物の中の一つに、絞首台のミニチュア模型があった。


※以下すべて反転表示。ネタバレ注意。



名探偵アンリ・バンコランは短編あるいは中編ではほかにいくつかの作品に登場しているものの、長編ではこれが2作目。彼の相棒ジェフ・マールは、前作で知り合ったシャロン・グレイと恋仲になっている。しかし彼女の父親はそれを快く思っておらず、彼らは引き離されている。物語の最後では、バンコランの冷酷なイメージを決定づける場面が見られる。トリックを用いた大きな謎として、①夜霧に浮かぶ絞首台の影、②密室に届けられる贈り物、③死んでいる運転手が運転する暴走自動車、という三つがあるが、残念ながらどれも大したものではないw①は[4]でビックリして思わずもう一度読み返すほどに、ほとんどズバリのネタバレしてるのに、なぜか登場人物たちはそれにはまったく触れない。バンコランは既に気づいていたのだろうが、マールはその光景を無邪気に眺めてるのみw②は、よくもまあそれがバレないと犯人が期待できたものだと驚くしかない。そんなトリックで平静を装い続けた、その精神力は称賛に値するw バンコランには思うところがあり、意図的に徹底的な調査を避けている。それは前作と比べれば明らかで、その不自然さに読者は気づくべき。③は本来は単に車を遠くに運ぶというのが犯人の計画だった。ところが、それに使った共犯者がおバカさんだったために、車は街じゅうを暴走し、挙句の果てに元の場所に戻ってしまった。マールは暴走中の車内を見て、運転手が死んでいると断定している。つまり一目で死体とわかるような状態だったわけで、そんな運転手を座らせておく必要があるのだろうか。それにしても暴走中によくも死体が倒れずに済んだものだw



[1 首つり繩の影] <ブリムストン・クラブ>の休憩室にて。ランダーボーン卿、バンコラン、マールの会食。椅子に絞首台のミニチュア模型が置かれている。エル・ムルク宛に届いた物で、ボーイは本人から焼却してくれと頼まれていた。ドーリングズの奇妙な体験談が話題に上る。初めて出会ったばかりの女を送って行ったが、霧が濃く、女と別れた彼はそこがどこなのかわからなかった。さまよい歩くうちに矩形の黄色い光が差し、そこに大きな絞首台の影が映った。影はすぐに消えてしまい、さらにさまよううちにようやく見知った場所に辿り着いた。
[2 死体とのかくれんぼう] 解散し、自室へ向かうマール、エル・ムルクと会う。小さな木彫りの人形を持っており、それを持って来ただろうとマールを追及する。エル・ムルクは怯えた様子。マール、再びバンコランとランダーボーン卿と合流し、観劇。帰宅の途中で暴走車と遭遇。それはエル・ムルクの車。運転手が死んでいるのを見て取る。タクシーで追尾。暴走車は<ブリムストン・クラブ>の前で停車。ドアを開けると、やはりそこにはとっくに死体となっていた運転手(スメイル)。
[3 破滅(ルイネーション)の街] 停車した暴走車はきちんとエンジンを切られ、ハンド・ブレーキも掛けられている。スメイルは大柄な人物だが、運転席はやけに狭いシート位置となっている。暴走中の車の運転席の向こう側の景色までマールは見ているが、彼は車内にこのスメイル以外の人物を見ていない。スメイルは着衣の金色の房を持ち去られており、模造ダイヤの指輪も何者かが奪おうとした形跡あり。しかしプラチナのシガレット・ケースには手付かず。「エル・ムルクが今夜ルイネーション街の絞首台で首吊りになる」という電話が警察に掛かってきていた。ルイネーション街という場所がどこなのか不明。
[4 アラディンの家の女] <ブリムストン・クラブ>の一室の窓の中に絞首台の影が映る。それはエル・ムルクの部屋に置かれた模型が暖炉の炎に照らし出されたもの。ドーリングスが霧の夜に出会った女はコレット。エル・ムルクの知人。彼女はドーリングスの軍隊時代の知人という人物について尋ねてきたが、彼にはその名に心当たりがなかった。エル・ムルクの部屋にいつの間にか模型が出現したとき、彼の秘書グラフィンも同席していた。グラフィンもその模型に対しては怯えを示す。
[5 ミスター・ジャック・ケッチ] 謎の人物が不在のエル・ムルクを訪問しており、「ミスター・ジャック・ケッチ」と記された名刺を残している。「ジャック・ケッチ」は絞首刑吏の代名詞。マール、シャロンから電話があり、彼女の家へ。そこには怯えたコレットもいる。
[6 首をくくった男] コレットの話。「かつて彼女を巡り、三人の男が争った。エル・ムルク、ド・ラヴァチュール、キーン。キーンはペンネームで、本名はコレットも知らない。ド・ラヴァチュールとキーンが決闘し、ド・ラヴァチュールは死んだ。キーンは酩酊しており、その記憶がない。エル・ムルクはにやにや笑っていた。キーンは決闘の銃を貸してくれたのも、自ら立ち会うことを申し出たのもエル・ムルクだと言ったが、エル・ムルクはその一切を否定した」
[7 夜の訪問者] コレットはエル・ムルクのアリバイを証言した。キーンは監房で首を吊って死んだ。エル・ムルクとコレットがキーンを死に追いやったと考え、彼らの命を狙っている者がいる。エル・ムルクは脅迫を受け続けており、最近になってコレットにもそれが行われるようになった。キーンの十周忌に当たる11月17日に償わせるいう手紙も届いた。署名は「ジャック・ケッチ」。エル・ムルクは脅迫者がキーンの関係者と考え、コレットを使ってキーンの軍隊時代の同僚だったドーリングスからそれを探ろうとした。しかしドーリングスはペンネームのキーンを知らないので、それが誰を指しているのかわからない。今夜のコレットは独りになるのが怖いので、シャロンを自宅に引き留めていた。ノックがあり、外に出たが誰もいなかった。足元に名刺があったので拾おうとすると誰かに肩を叩かれた。その人物をコレットもシャロンも見ていない。名刺には「ジャック・ケッチ」と記されていた。コレットはキーンの素性を知る人物に心当たりがあるが、その名を明かさない。
[8 青い封印] ド・ラヴァチュールを撃ち殺したのはキーンではなく、エル・ムルクである疑いが濃厚。呑んだくれでロクに働いている様子のないグラフィンを、エル・ムルクが秘書として雇っているのは不審。
[9 「芸術としての殺人」] ジョイエによると、エル・ムルクはこう言っていた。「ジャック・ケッチを罠に掛けてやる。このクラブに、力を貸してくれる人を見つけた」 小包で郵送されて来たのは絞首台の模型、ガラス製の決闘用ピストル、骨壷など。部屋の中央のテーブルの上、常に所定の位置に忽然と出現したのは木彫りの小さな人形、長い綱の束、本など。テディ、何かを見たと怯えているが、それを明かさない。
[10 王者の中の王] スメイルの机を調べると、彼の免許証が入っており、さらに彼の死体から盗まれた所持品が返されていた。
[11 階段の灯] ピルグリムは、エル・ムルクは生存して身を隠しており、事件は彼が仕組んだものと推理。コレットが警察を騙った何者かによって連れ去られる。
[12 殺人者の歓喜] コレット宅を見張っていたブロンスン刑事は、正面の至近距離から撃ち殺されていた。死に顔には驚愕の表情が浮かんでいる。
[13 トルコ玉の腕輪] 霧の夜にドーリングスがコレットを送り届けたのは、彼女の家ではなく、<ブリムストン・クラブ>の近く。バンコランの推理。「ジャック・ケッチが狙っているのは、エル・ムルク、コレット、グラフィン。そしてグラフィンは決闘事件の真相を種にエル・ムルクを脅迫して、今の地位に就いているが、その種をジャック・ケッチに売り渡した」
[14 死者の手袋が招く] マール、テディが見たお化けについて訊くが、テディは一切を否定。しかし「下からじっと睨んでた」と口を滑らす。小人の彼が下から睨まれたということは、相手は階段の下から見上げてたのかとマールは追及するが、真相は不明のまま。
[15 処刑された男たちの街] エル・ムルクの計画は、車で出かけた振りをしてすぐに裏口から部屋に戻り、どこかに隠れてジャック・ケッチを待ち構え、その正体を掴もうというもの。ところがその協力者こそがジャック・ケッチ自身で、それを利用してエル・ムルクを拉致監禁した。
[16 ノブがまわると……] 怯えたグラフィンは決闘事件の真相や、ジャック・ケッチを手玉に取ろうとして逆に命を狙われる羽目になったことをマールに打ち明ける。
[17 「その人の名は――」] マール、ジャック・ケッチを追跡。
[18 手錠] ジャック・ケッチ、バンコランの罠に掛かる。
[19 ついに落とし戸落つ] 犯罪者が処刑される。