雨のあとに虹 その127
「翔ちゃんは特別な訓練を受けた人だと思っていたけどね。」
俊之が翔太に言った。春香が用意させたリムジンに中である。ここでも田中の運転は安全かつ迅速であった。
「今まで黙っていてすみません。」
翔太は恐縮して言った。
「起業家セミナーで講習を受けた人たちで翔ちゃんだけは違う存在だったからね。」
俊之は言った。俊之は翔太の正体には想像が及ばなかったのである。久美子と育子にひとみは先ほど目の前で行われた出来事に目を疑っていたがこれは現実である。俊之のおかげで久美子や育子だけではなくひとみまでもが白仁正樹本人が将来を約束してくれていた。白仁正樹と言う当主は想像も及ばないほど大きな人である。その正樹に求められた高村俊之と言う男も大きい人であった。春香が用意させた料理は落着いた雰囲気と味わい深さがあった。今日は事態が大きく動いた記念すべき日であったと言える。
「春香さんは私にスカート型のスーツをデザインしてくださるそうです。」
久美子が言うと
「私はパンピースにブレザーをデザインしてくださるそうです。」
育子が言った。
「私はハンドバッグにマフラーだそうです。」
ひとみは言った。
「みんなよかったね。」
俊之は言った。リムジンが大通りから横道に入ると
「私はここで失礼します。」
ひとみが言うとリムジンが静かに停車した。最初にひとみの部屋の近くに来ていた。ひとみがリムジンから降りると
「お疲れ様でした。」
俊之が言うと久美子も
「おやすみなさい。」
と言って育子は
「またお会いしましょう。」
と言った。ひとみも手を振りながら
「おやすみなさい。」
と言った。田中がひとみに会釈をするとリムジンは静かにスピードを上げて大通りに向かって走り出した。
細い静かな路地をリムジンがゆっくり走って育子の部屋の近くに来ていた。
「私はここで失礼します。」
育子が言うとリムジンが静かに止まった。
「お疲れ様でした。」
俊之が言うと育子は
「おやすみなさい。」
と言った。
「また会いましょう。」
久美子は言った。育子がリムジンを降りると
「部屋まで送って行きます。」
と言って翔太もリムジンを降りた。田中が育子に会釈をすると育子と翔太を降ろしたリムジンは静かにスピードを上げて俊之のマンションを目指した。
俊之のマンションの前でリムジンが静かに止まった。
「僕たちはここで失礼します。」
俊之が言うと田中は
「遅くまでお疲れ様でした。」
と言った。
「田中さんもお疲れ様でした。」
久美子が言うと俊之は
「寒いから風邪を引かないようにね。」
と言った。
「ありがとうございます。」
田中は俊之と久美子を交互に見て言った。ふたりがリムジンを降りると田中は会釈をした。俊之が会釈をして久美子が手を振るとリムジンは静かにスタートした。俊之はリムジンをじっと見ていた。久美子は俊之の目線を追っていた。田中が運転するリムジンはすぐに見えなくなり夜の街に消えて行った。
「疲れなかったかい?」
俊之が久美子に言った。
「少しだけ疲れたみたい。」
と久美子は言って俊之の身体に自分の身体を預けたのだった。
ふたりにとって何度目かの特別な夜が来た。久美子にとっては今まで知らなかった俊之の一面を見たひと時であり、俊之にとっては久美子をしっかり受け止めなければならないひと時であった。久美子は正直に反応していた。俊之はそんな久美子が愛しかった。久美子は俊之の大きさを知る事で自分が成長という変化を遂げた事を知った。ふたりは自分たちがしなければならない役割を果たす事で未来を変えられる事をあらためて知った。過去は不幸でも未来は不幸ではない事を知ったのである。
雨のあとに虹 その126
「高村さんを総武グループのトップとして迎え入れたいと思っている。」
正樹が言うと春香と翔太以外の人たちは目を見張っていた。
「僕は総武グループのトップですか?」
「聞いて欲しい。」
正樹は穏やかな声で言った。
「父の話を聞いてあげてね。」
春香も俊之に言った。
「解りました。」
と俊之は正樹の目を見て言った。
「私は近く会長職に退くつもりでる。」
正樹は言った。
「私は希望であるファッションデザイナーとし活躍したいの。」
春香は言った。
「婿の大介くんも画家であるために経営には向いていない。」
正樹は言った。
「大介さんはそれで異議はないのですか?」
俊之が言うと
「大介くんから高村さんを社長として迎え入れたいと提案があったのですよ。」
正樹は言った。
「父も私も役員として名前を連ねればいいと思うのよ。」
春香は言った。
「僕は友人の会社と顧問契約も結んでいる状態です。」
俊之が言うと正樹はすぐに悟っていった。
「矢島建設さんの事なら問題ないよ。」
正樹言った。
「問題ありませんか?」
俊之が言うと
「高村さんがうまく調整してくれたらそれでいいよ。」
正樹は言った。
「高村さんは毎日出勤する事はないからね。」
春香が言うと
「総武建設の仕事を矢島さんに出しても構わないよ」
正樹は言った。
「それに現在進んでいる三友商事さんとの提携話もお願いできるしね。」
春香は言った。
「高村さんにぜひとも総武を活性化してもらいたい。」
正樹は言った。
「本当に僕で良いのですか?」
俊之が言うと
「春香が見込んだ男だから間違いはないよ。」
正樹は言った。
「私からもお願いするわ。」
春香が言うと俊之の決心を決定付けていた。
「僕でよろしければ力を発揮してみたいと思います。」
俊之は言った。俊之の返事を聞いて正樹は俊之に歩み寄り自らの両手で俊之の両手を力強く握り締めて
「総武を高村さんに託すからよろしくお願いします。」
と言った。それを見て春香はホッと息をついていた。翔太は自分の仕事に一区切りがついた安堵感が押し寄せていた。育子は高村俊之と言う男の可能性をどこかで予感していて当然の結果と認めていた。久美子は俊之の男として大きさにあらためて気づいて驚いていた。俊之には他の男にはない光るものがある事を早くから気づいていた久美子であった。ひとみは頭が真っ白になっていた。誤解とは言え自分が憎み続けた男がさらに大きく飛躍しようとしているのだった。そんな静寂を破って春香が
「お腹がすかないですか?」
と言った。そこではじめて空腹を感じた翔太が
「お腹すきましたね。」
と言った。
「何か持って来させましょう。」
春香が言うと
「私もお腹が空いたよ。」
正樹は言った。
「高村さんは少し痩せたようだからしっかり食べさせないとね。」
春香が言った。周囲は緊張した空気が一気に和んでいたのだった。
雨のあとに虹 その125
「春香は私の本妻の子供ではなく2号さんと言っていわゆるお妾さんが産んだ子供だった。」
正樹が言うと春香は
「だから私は白仁姓でなく母方の姓である向島を名乗っていたの。」
と言った。
「総武の構後継者は正利と言う長男が任せるつもりだった。」
正樹が言うと
「生きていれば44歳ね。」
春香が言った。
「交通事故に合ってね。」
正樹は言った。
「飲酒運転の車と正面衝突で即死でしたね。」
春香は言った。
「春香には幼い頃から不憫で寂しい思いをさせた。」
正樹は感慨深げに言った。
「そんな事はないわよ。」
春香は優しく言った。
「学校の成績が良かった春香はアメリカのプレミアム大学に進み卒業後はロンドンのリチャード大学でデザイン勉強をさせていた。」
正樹は言うと
「やっと父とのわだかまりがなくなってきた頃だったわね。」
春香は言った。
「罪滅ぼしに春香には何でも好きな事をさせてあげたかった。」
正樹が言うと
「自由にさせていただいたわよ。」
春香は言った。
「春香の母親が癌で亡くなる時に私を許すように言ったそうだよ。」
正樹が言うと
「おかあさんは決して不幸ではなかったと言ったわ。」
春香が言った。
「私は春香を総武の後継者に出来ないが一生好きな事をさせてあげようと思った。」
正樹は遠くを見るように言った。
「ある日リチャード大学に正利さんが交通事故で亡くなったと連絡が入りました。」
春香は言った。
「私は春香に正利の代わりに総武の後継者になるように言った。」
正樹が言うと
「私には難しい話だった。」
春香が言った。
「その時に高村さんにいろいろお世話になったと聞いた。」
正樹が言うと
「三友商事の社員から店長である高村さんを紹介されました。」
春香が言った。
「ところが高村さんが親切にしてくださったのを逆手に取った輩が誤解を生む写真を撮ったと聞いた。」
正樹はここで少し怒りの表情を出した。
「その写真は石倉さんがお持ちのものです。」
春香が言うと
「この写真ですか?」
ひとみはバッグから写真を出した。
「高村さんは悪い事が出来る人ではないわ。」
春香が言うと
「私も高村さんに会ってよく解ったよ。」
正樹が言った。
「そのあとは先日に笹川さんが説明させていただいた通りです。」
春香は言った。
「高村さんのアドバイスで春香は総武の後継者になる決心をして10年だけ好きな事させてほしいと言った。」
正樹が言うと
「その10年は時間稼ぎだったのかもしれない。」
春香は言った。
「1年ほどして帰国した春香は総武の仕事をしたが高村さんが三友商事を辞められあとに再びロンドンに渡った。」
正樹は言った。
「リチャード大学の講師として3年契約をしたのよ。」
春香はひとみの目を見て言った。
「その間に大介くんとも出会って結婚もしている。」
正樹は少し嬉しそうに言った。
「その私はロンドンに研修に来ていた笹川さんと出会いました。」
春香が言うと
「翔ちゃんと春香さんがロンドンで出会っていたのですね。」
俊之が言うと
「笹川さんは警視庁の特殊部隊SITの優秀な隊員でした。」
春香が言うと
「僕はそれほどでもないですよ。」
翔太は言った。
「それで神出鬼没だったわけですね。」
俊之は言った。
「春香は自分が総武のあとを継ぐより高村さんに頼んだらどうかと言ってね。」
正樹が言うと
「世襲するより優秀な人材に任せた方が企業は伸びると思ったのよ。」
春香は言った。
「笹川さんを総武で雇って高村さんの力になるように段取りをしたのも春香だよ。」
正樹は言った。
「おかしいと思ったよ。」
俊之は言った。
「おかしかったですか?」
翔太が言うと
「翔ちゃんが企業家セミナーに来るタイプではなったからね。」
俊之は言った。
「あれは高村さんに近づく切掛けが欲しかっただけですよ。」
翔太は言った。
「入江麗子さんの件も解明は進んできたようですね。」
春香が言うと
「高村さんは充分に禊をしたと私は思うよ。」
正樹は言った。
「これからが本当の勝負よね?」
春香が言った。
「私が今日お会いした最大の理由だけどね。」
正樹はしっかりと俊之の目を見て言った。