もうひとつの物語・12月の雪
クリスマスソングが流れて街中のどこを歩いてもクリスマス一色である。私は太陽が見え隠れする天気に冬の気配を感じて街を歩く女性の姿にクリスマスが近いのを感じていたが今日がそのクリスマスである。寒いと言うよりは冷たいという表現があうような気温に私は歩く速度を速める時もあった。私はいつもように駅ビルのエスカレーターに乗るとあたり前のように珈琲ショップの入口に立っていた。
「いらっしゃいませ。」
店長さんがいつものように言ってくれたが私は周囲を見回して
「混んでいるみたいだから本屋さんを見てから来るよ。」
私が言うと
「ここが空きますよ。」
20代前半の青年が私に声をかけてくれた。
「急がないからあとで来ますよ。」
私が言うと
「僕は帰ろうと思っていたからあとにどうぞ。」
青年は言うと珈琲カップを下げて微笑んでいた。
「かえってすまないね。」
私が言うと
「混んでいる時にはお互い様ですよ。」
青年は言った。
「礼儀正しい青年ですね。」
私は店長さんに言うと
「お客さんが全員礼儀正しいと嬉しいですけれどね。」
店長さんは言うと青年が席を譲ってくれた席の隣を見て言った。青年が席を譲ってくれた席の隣に30代前半に見える男女が座って隣の席に荷物を置いて4分の席を取っていた。
「様子を見て注意したらどうですか?」
私は店長さんに言った。
珈琲とケーキを前に珍しく混雑した店内を見た私は黙って珈琲やケーキを口に持っていった。平日にも関わらず街中が混雑しているのは有休をとった人が多いからだろうかと考えてあらためてイブの効力の大きさに驚いたりもしたのであった。
「ちょっと隣を良いですか?」
私より少し年下の婦人が4人分席を取っている男女が荷物を置いている片方の席を指差して行った。返事がない男女を無視して婦人が座ると男女とも顔を見合わせて帰る支度を始めていて店長さんは黙ってこちらを見ていた。男女はそのまま帰ろうとしていたが
「待ちなさない。」
私は我慢が出来ずに言葉を口にしていた。女性は黙っていて
「僕たちの事ですか?」
男が不思議そうな表情で言った。
「この店はセルフサービスなのだからきちんとカップを戻しなさい。」
私は言った。
「僕がしなくても店員さんがやってくれますよ。」
男が反抗的になって言ったが
「それが礼儀と言うものだよ。」
私は言った。
「その人たちには何を言っても無駄よ。」
婦人が私に言ったが
「ふたりで4人分の席を長時間占有するのも無礼なら後片付けが出来ないのも無礼だよ。」
私は言った。店長さんが来てカップを下げようとしたが
「その人にさせたらどうですか?」
婦人も言った。男は仕方がないと言いたげにカップを下げていた。
「あなたもはっきりと言いますね。」
婦人が言うと
「僕はマナーがなっていない人が嫌いでしてね。」
私は言った。
「あの男女は30代前半くらいですね。」
婦人は私の目を見て言った。
「年齢から見ればいい年をしたおじさんおばさんあるが中身は子供のようですね。」
私はいけないとは思いながらも皮肉をこめていったのである。
「あのような人がモンスターペアレンツになるのでしょうね。」
婦人が言うと
「それだけでなく子供は間違いなく犯罪に手を染めますよ。」
私は言った。
「親が良い事と悪い事の基準を教えていないし教えられないようですね。」
婦人は言った。
「面白い事があったみたいですね。」
若い女店員さんが隣に来て言った。
「姿が見えなかったね。」
私が言うと
「今まで休憩時間でした。」
若い女性店員さんは言った。
「今日は休みかと思ったよ。」
私が言うと
「マナーが悪いお客さんに注意をしてくれたそうですね?」
若い女性店員さんが言うと
「あのふたりには何を言っても理解が出来ないと思うけれどね。」
私は言った。
「どうしてそう思われるのですか?」
若い女性店員さんが言うと
「理解できる人なら最初からあのような自分本位な行動はとらないよ。」
私が言うと
「それは言えていますね。」
若い女性店員さんは言った。
もうひとつの物語・11月の霜
秋が深くなって朝と夜が寒い季節になっていた。最近になって私は日が傾くのが早くなって冬に向けて季節が加速しているような錯覚を覚えていたのである。私は改札口を出て駅ビルのエスカレーターに乗ると呼吸を落ち着けていた。このわずかな時間が気持ちを切り替えさせてくれるのである。エスカレーターを降りていつものように入口に立つと
「いらっしゃいませ。」
店長さんが笑顔で言った。
「いつものようにブレンドとケーキをお願いします。」
私は言った。
「はい。」
すぐに若い女性店員さんが言って手際よく必要な動作をしたのである。このわずかな時間の積み重ねが時にはドラマになる事があるから不思議である。
「お待たせ致しました。」
店長さんが言うと私はすぐに会計をすませていた。夕方が近くなり店内は空いている時間帯であり私は空いている席に座って周囲を見回していた。
「しばらくお見えになりませんでしたね。」
店長さんが私の横に立って言った。
「ここ2週間くらいは不規則な状態だったので来られなかったよ。」
私は言った。
「前月は私も忙しかったのですよ。」
店長さんが微笑みながら言った。
「僕も今月は少し暇になるけれど来月は忙しくなりそうだよ。」
私が言うと
「クリスマスがありますからね。」
店長さんは言った。
「もうクリスマスが近いなんて時間が経つのが早いね。」
私は思い出したように言った。
「先日まで暑かったような気がしますよね?」
店長さんが言うと
「あれから1年経ったのを思い出して今日はどうしてもここに来たかったよ。」
私は先ほどから言おうと思っていた事を言った。
「彼女の事ですか?」
店長さんが言うと
「ちょうど1年前の今日だったね。」
私は言った。
「あの時は新装開店で店内は今のようにサービスが行き届いていませんでした。」
店長さんが言うと
「僕はあの時にどうして怒ったのだろうね?」
私は思った事を正直に言った。
「あなたのご指摘は間違っていませんよ。」
店長さんが言うと
「僕も事情は見て解ったよ。」
私は言った。
「どのような事情でもいけないものはいけないですからね。」
店長さんは言った。
「もう少し違う言い方もあったのだと反省していますよ。」
私は言った。不思議な事であるが意外に言葉が浮かばなかったのである。
「それがあったから彼女のあなたと親しくなれたのだと思います。」
店長さんは言った。その言葉には重みがあり私を納得させてくれた。
「異教徒の国イであるンドネシアは日本と比べてどうだろうね?」
私が言うと
「そんなに変わらないと思いますよ。」
店長さんは言った。
「そうだろうか?」
私が言うと
「人間の本質はどこの国でもどんな人種でも変わらないはずです。」
店長さんは言った。
「奥が深い言葉ですね。」
私は微笑みながら言った。
1年という月日は人を成長させてくれる事がある。時には衰退するかもしれないが衰退という成長もあるように思えてきた。この1年間という時間で私は彼女にもこの店にも成長させてもらった事に感謝したい気持ちになっていた。
「ゆっくりしてください。」
店長さんは言ってからカウンターに戻って行った。これから冬を迎える日本と赤道直下のインドネシアでは距離だけでなく季節の隔たりもあるはずである。そんな事を考えていると私は人の気配を感じて私は顔を上げて見た。
「今日は静かにひとりで飲んでいたいと顔に書いてありますよ。」
若い女性店員さんが微笑んで言った。
「そんな事はないよ。」
私が言うと
「そういう気分の時もありますよね。」
若い店員さんは大人の表情で言った。
「今日は大人の表情言うね。」
私が言うと
「私もインドネシアに行ってみようかな?」
若い女性店員さんは言った。
「君がインドネシアに行くのかい?」
私が言うと
「どこか外国に行くと人間は成長すると言いますからね。」
若い店員さんは言った。
「どうしてインドネシアに行くの?」
私が言うと
「私も彼女のように良い女性になりたいです。」
若い店員さんは言った。
「そういうものかな?」
私は言ったあとの言葉が出なかった。
私が席を立って歩き出すと
「お下げします。」
若い女性店長さんは言って私からトレイを受取った。
「ご馳走様。」
私は言うと出口へ行った。
「また来てくださいよ。」
若い店員さんが言った言葉がインドネシアにいる彼女の言葉と重なって私の耳に入ってきた。
「また来きますよ。」
私が言うと微笑んだ顔まで彼女に重なって見えたのである。外は少しずつ寒くなってきていて冬が近づいてきていた。
もうひとつの物語・10月の星
季節はずれの台風が発生していたが運よく途中で消えていた。雨が続いて草や葉っぱなどの誇りを流して木漏れ日が綺麗に見えていた。都会の雑踏にも自然を受け入れる余裕があるように秋という季節はどこか楽しくどこか寂しい空気が漂っていた。私は午後のわずかな時間を過ごすために駅ビルのエスカレーターに乗っていた。いつものようにいつもの時間にその店に入った。
「いらっしゃいませ。」
店長さんがいつもの笑顔で言ってくれるとその瞬間から何かが始まるのである。店長さんには大人の女性の落着きが窺えるのである。店長さんと視線を合わせて
「ブレンド珈琲をひとつね。」
私は言った。すでに何かが始まっていた。こお店の空間には独特の時間が流れて独特の空気が漂うのがすぐに解った。
「かしこまりました。」
若い店員さんが言って少しの時間が流れると私はすでに自分のペースを失っていたのであった。
席に座って珈琲を口に持っていくとドラマはスリリングな場面を用意してくれていた。珈琲飲むという単純な行為によってすべてが始まってすべてが盛り上がってすべてが終わるのだとしたらそれも楽しいかもしれないと私は思った。
「外の天気はどうですか?」
いつの間にか店長さんが横に来て話しかけてくれた。
「雲ひとつない快晴だよ。」
私が言うと
「今年は冬が寒くて夏が暑かったですね。」
店長さんは遠くを見るような目で言った。
「そうだね。」
私は言った。
「秋が来て少し寂しくなりましたね。」
店長さんが言うと
「春は過ごしやすかったからトータルすると同じだよ。」
私は微笑んで言った。
「秋はどうでしょうね?」
店長さんが言うので
「僕にとっては何かが始まってその分だけ何かが終わる季節かな?」
私は言った。
「何かが始まって何かが終わる季節ですか?」
店長さんが口の中で呟いていた。
「自分で出来る事は限られているからね。」
私は言った。
「何かをするためには何かを終わらせなければいけないということですか?」
店長さんが言うと
「そういうこともあるよね?」
私が言うと店内はまとまってお客さんが入って来るとすぐに混んできていた。
「ちょっと失礼します。」
店長さんは言うとカウンターへ戻って行った。
「店長と何を話していたのですか?」
若い女性店員さんは珈琲を飲む私を覗き込むようにして言った。
「いつもの世間話だよ。」
私は言うと
「世間話って便利な言葉ですね。」
若い女性店員さんは言うと微笑んでいた。その微笑を見て思い出しながら
「旅行の写真を見たよ。」
私は言った。
「よく撮れていたでしょ?」
若い女性店員さんが言った。
「とてもアングルが良いね。」
私は言った。
「夏は情熱を持って過ごさないといけないですね。」
若い女性店員さんが言うと
「情熱は冬でも消えないと思うよ。」
私は言った。
「そうおっしゃると思いました。」
若い女性店員さんは言った。
私が席を立つとドラマも終わりに近づいていくのである。カウンターの前にカップを戻して出口を見ると
「ありがとうございます。」
店長さんが視線を合わせて言ってくれた。
「ご馳走さま。」
私は静かに言った。
「最近は日が沈むのが早いですね。」
若い女性店長さんが言うと
「もう少しすると星が見えるかな?」
私は言った。
「すぐに見えますよ。」
若い女性店員さんが言うと
「見てみるよ。」
私は言うとその店を後にしたのであった。
エスカレーターを下って人混みとすれ違うと秋の空気がたくさん満ちているのがよく解った。外は暮れなずみ昼と夜が交代をしようとしていた。沈み行く太陽の反対側には欠けた月が見えていた。そして空に珍しく一番星が輝いていたのであった。