もうひとつの物語・11月の霜
秋が深くなって朝と夜が寒い季節になっていた。最近になって私は日が傾くのが早くなって冬に向けて季節が加速しているような錯覚を覚えていたのである。私は改札口を出て駅ビルのエスカレーターに乗ると呼吸を落ち着けていた。このわずかな時間が気持ちを切り替えさせてくれるのである。エスカレーターを降りていつものように入口に立つと
「いらっしゃいませ。」
店長さんが笑顔で言った。
「いつものようにブレンドとケーキをお願いします。」
私は言った。
「はい。」
すぐに若い女性店員さんが言って手際よく必要な動作をしたのである。このわずかな時間の積み重ねが時にはドラマになる事があるから不思議である。
「お待たせ致しました。」
店長さんが言うと私はすぐに会計をすませていた。夕方が近くなり店内は空いている時間帯であり私は空いている席に座って周囲を見回していた。
「しばらくお見えになりませんでしたね。」
店長さんが私の横に立って言った。
「ここ2週間くらいは不規則な状態だったので来られなかったよ。」
私は言った。
「前月は私も忙しかったのですよ。」
店長さんが微笑みながら言った。
「僕も今月は少し暇になるけれど来月は忙しくなりそうだよ。」
私が言うと
「クリスマスがありますからね。」
店長さんは言った。
「もうクリスマスが近いなんて時間が経つのが早いね。」
私は思い出したように言った。
「先日まで暑かったような気がしますよね?」
店長さんが言うと
「あれから1年経ったのを思い出して今日はどうしてもここに来たかったよ。」
私は先ほどから言おうと思っていた事を言った。
「彼女の事ですか?」
店長さんが言うと
「ちょうど1年前の今日だったね。」
私は言った。
「あの時は新装開店で店内は今のようにサービスが行き届いていませんでした。」
店長さんが言うと
「僕はあの時にどうして怒ったのだろうね?」
私は思った事を正直に言った。
「あなたのご指摘は間違っていませんよ。」
店長さんが言うと
「僕も事情は見て解ったよ。」
私は言った。
「どのような事情でもいけないものはいけないですからね。」
店長さんは言った。
「もう少し違う言い方もあったのだと反省していますよ。」
私は言った。不思議な事であるが意外に言葉が浮かばなかったのである。
「それがあったから彼女のあなたと親しくなれたのだと思います。」
店長さんは言った。その言葉には重みがあり私を納得させてくれた。
「異教徒の国イであるンドネシアは日本と比べてどうだろうね?」
私が言うと
「そんなに変わらないと思いますよ。」
店長さんは言った。
「そうだろうか?」
私が言うと
「人間の本質はどこの国でもどんな人種でも変わらないはずです。」
店長さんは言った。
「奥が深い言葉ですね。」
私は微笑みながら言った。
1年という月日は人を成長させてくれる事がある。時には衰退するかもしれないが衰退という成長もあるように思えてきた。この1年間という時間で私は彼女にもこの店にも成長させてもらった事に感謝したい気持ちになっていた。
「ゆっくりしてください。」
店長さんは言ってからカウンターに戻って行った。これから冬を迎える日本と赤道直下のインドネシアでは距離だけでなく季節の隔たりもあるはずである。そんな事を考えていると私は人の気配を感じて私は顔を上げて見た。
「今日は静かにひとりで飲んでいたいと顔に書いてありますよ。」
若い女性店員さんが微笑んで言った。
「そんな事はないよ。」
私が言うと
「そういう気分の時もありますよね。」
若い店員さんは大人の表情で言った。
「今日は大人の表情言うね。」
私が言うと
「私もインドネシアに行ってみようかな?」
若い女性店員さんは言った。
「君がインドネシアに行くのかい?」
私が言うと
「どこか外国に行くと人間は成長すると言いますからね。」
若い店員さんは言った。
「どうしてインドネシアに行くの?」
私が言うと
「私も彼女のように良い女性になりたいです。」
若い店員さんは言った。
「そういうものかな?」
私は言ったあとの言葉が出なかった。
私が席を立って歩き出すと
「お下げします。」
若い女性店長さんは言って私からトレイを受取った。
「ご馳走様。」
私は言うと出口へ行った。
「また来てくださいよ。」
若い店員さんが言った言葉がインドネシアにいる彼女の言葉と重なって私の耳に入ってきた。
「また来きますよ。」
私が言うと微笑んだ顔まで彼女に重なって見えたのである。外は少しずつ寒くなってきていて冬が近づいてきていた。