シヴァの10人の妻たち
まだまだ続いてますドゥルガーチャリサーの歌詞です。
今回はいよいよ10人のヒンディズムの母たちの登場です。
Durga Chalisa
Ksheer sindhu men karat vilasa,(シーラセ ンドゥメー カラトビ ラーサー )
Daya Sindhu, deeje man asa.(ダヤシー ンドゥヒー ジャエマナ アーサー)
ヴィシュヌ神とミルクの海に住んでいる
おぉ、女神よ!
どうかわたくしの乾いた欲望をうめてください
Hingalaja men tumhin Bhavani,(ヒンガラージュメー トムヒ バハーニー)
Mahima amit na jet bakhani.(マヒマ アミトゥナ ジャートゥバ カーニー)
おぉ、バヴァニよ!
名のあるヒンガラジャ(Hingalaja)の女神はあなたを除いて他にはいない
表現できないほどにあなたの輝きは無限です
Matangi Dhoomavati Mata,(マータン ギートゥー マーバティ マーター )
Bhuvneshwari bagala sukhdata.(ブアネー シュワリ バグ ラースカ ラーター)
あなたはすべてに幸福をもたらす
マタンギ(Matangi)、ドゥーマヴァティ(Dhoomavati Mata)、
ブヴァネシュワリ(Bhuvaneshwari)、バガラムキー(Bagalamukhi Devi)
Shree Bhairav lara jog tarani,(シュリーベー ラウター ラージャグ ターリニー)
Chhinna Bhala bhav dukh nivarani.(チェンナプハ アラパブ ドッカニ バーリニ)
世界を救うのはあなたです
悲しみを拭ってくれるシュリ・バイラヴィ(Shree Bhairavi)、タラ(Taradevi)、チンナマスタ(Chinnamasta Devi)
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10人の女神のことをMahavidya(マハヴィッドヤ)と呼ぶ。
Maha = 偉大な
Vidya = 知恵
10のそれぞれ異なったパーソナリティ。
次回では、10人の女神たちをそれぞれクローズアップしてみてみましょう。
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お知らせです
☆
昨日11月20日、無事に日本の役所にて婚姻届を提出することができました。
一緒に氏の変更届も提出しました。
インドの神々から、やっとお許しが出たのだと、どこか誇らしくもあります。
アガラワラ 英苗として、
これからの一生、
精一杯、パティジィと愛のある家庭を育むことに専念したいと思います。
いつも見守り頂きありがとうございます。
報告までに。
インドの精神 ~神の歌~
『バガヴァッド・ギーター』
いわゆるこれは、インド精神を教えてくれる
『聖書』
のようなもの。
バガヴァッド = 崇高なる神や偉人
ギーター = 歌
〝無常な人生の中で、自らに課せられた過酷な運命に耐え、
激しい情熱を意志をもって自己の義務を遂行すること。
この世に生まれたからには、
自分に定められた行為に専念すること、
これこそ『ギーター』の強調することである。〟
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いよいよ戦いが始まった。
勇士アルジュナは戦うべき敵軍を見渡した。
そこにいたのは大勢の親族や友人たちや、師と仰ぐ人々だった。
それを見てアルジュナは悲しみに心乱れ、座り込んでしまいます。
「大事な人たちの命を奪ってまでも勝利を収めたいとは思わない!」
確かに私自身、そのような状況になればとてつもなく動揺すると思います。
戦う意味などあるのかと思わざるを得ない状況ではないですか!?
そしてここでバガヴァッドであるクリシュナが微笑して彼を諭します -
〝あなたは嘆くべきでない人々に嘆く。
賢者は死者についても生者についても嘆かぬものだ。〟
簡単に言うと、、、
最初の頃に出てきてましたヒンドゥー教の〝四住期〟の話と同じです。
私たちの体と魂は別物である。
悟りをひらかない限りは常にこの魂は別の体を得てこの世界に舞い降りては、
このアルジュナの状況のように寒暑や苦楽と共に生きることとなる。
そしてそれらを耐えなければならない。
この生と死(輪廻転生)から抜け出すには、
陰と陽を同一視できる精神を養うしかない。
生も死も同じとみなす、ということです。
肉体は有限、
魂は不滅である。
生まれることもなければ、死ぬこともない。
存在したこともなければ、また存在しなくなることもない。
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ついでに・・・
「魂」という言葉で言う方が一般的に伝わりやすいと思って、あえて「魂」。
でも、実際は「アートマン(我)」と表現を使われています。
仏教の教えもこれを受け継いだみたいです。
ただ仏教では、〝我〟を否定して⇒「無我」になっています。
色んな教えがあるので、これだけでないと思いますが、詳しくはわかりません。
生まれ変わったら・・・
今回二回目です。(一回目のストーリー )
すいません!
すっかりお先に読み進めてしまっていますが、
あれからどうなったか、書き記していきたいと思います。
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南ジャングルで次々と産み落とされた猿たち。
まずは、稲妻よりも美しく輝くバーリ。
(バーリはあのインドラ神の生まれ変わり。)
続いて弟のスグリーバ。
(スグリーバは太陽神の生まれ変わり)
続いてハヌマーン(ハニュマーン)、
(ハヌマーンは風と嵐の神、元の名はババーナ)。
彼は鉄よりも意志が固く、機敏で利口。
そして最後に、知恵の神から生まれたジャンバーン。
彼は猿と熊との半獣。
これらの立派な猿以外にも、人間により近い猿たちが次から次へとこの世界に舞い降りてきた。
大きさは違えど、ライオンのように誇り高く、豹のようにすばしっこい。
ランカの悪魔ラーバナに気づかれず、こうして猿たちは教練を積んでたくましい軍隊を作っていった。
(ハヌマーン↓彼のハートにいるお二人はそのうち誰かわかります♪)
一方で・・・
コラサ国(北インド)にある都、アジョージャ。
ダサラタ王の3人のお妃が子供を産んだ。
一番上の王子をラーマといい、
彼こそがヴィシュヌ神の生まれ変わりであった。
ラーマの母君は心正しいカウサルヤー妃。
二番目の王子、バーラタの母は悪賢いカイケイー妃、
そして双子のラクシマナとサトルウグナの母は心優しいスウミトラ妃であった。
さてここで・・・
なぜラーマはダサラタ王の元に生まれたのか?
それは国民からも愛されるダサラタ王の気高い立派な心にあった。
だがしかし!
ダサラタ王にはひとつのたたりがあった・・・。
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ちょっとまあ、この辺りまでで。
どうやってお話を進めていくといいか悩みますね。。。
話の内容としては、
要するに第一話で神々が天界で考えた作戦が、早速この人間界で実際に起こっているわけですね。
お猿たちはジャングルで、
王子たちは宮殿でそれぞれに誕生してます。
名前はややこしいので、とりあえずはそれぞれ4匹&4人ですね!
彼らが再び会うことになるのは、もう少し先です。
彼らの元々の目的をお忘れなく!
ラーバナという恐ろしい悪魔を倒すためにヴィシュヌが人間界に生まれてきたのです。
そして気づいたのが、ヴィシュヌ自身が出て来るんじゃないんですね。
てっきり、ヴィシュヌとラーマのやりとりがあるかと思ってました・・・(-。-;)
こちらがそのラーマ↓
中央がそうです。
兄弟が4人ですよ。
全員が男の子です。
こんなに跡継ぎが生まれるなんて!
やはり国王の人柄もあって恩恵を受けているんでしょうかね。
ですが、この国王、、、
3人の妃がいると!?
ここはやはり聞き捨てならないですね。
やはりどの国もその昔は一夫多妻制ってあったんでしょうか?
しかし、この3人の妻ということもたたりの起こった原因のようです!!
さて、人間に生まれ変わってしまったヴィシュヌ神なんですが・・・
いくら元々心安らかな神であっても、この世界には人間として生まれてきたわけですから、
感情の起伏も大いにあったようですよ。
結構わがままっ子だったみたいで、
「おいら月が欲しい!月を掴みたい!」
などと駄々っ子っぷりを発揮していたそうですからね(^_^;)
私たちが生きている世界にも、生まれ変わりというものがあるかもしれません。
前世の記憶なんて少しも残ってなんかいません。
だけど、私は、昔の感情が残っていることもあると信じてます。
説明できない想いというか、、、
安心感?というか、、、。
だからきっと出会えたらわかるんです。
あぁ、どこか懐かしい、この感じ・・・♪って。
だからこの先ラーマも大きくなるにつれて、
元々は誇り高き心の持ち主であったことが徐々に現れてくるんでしょうかね・・・♪
ラーマの物語、つづきはまた今度。
(こんなんで大丈夫ですか?ちょっと長すぎますかね??やっぱりこういう説明は難しいですね。。)
f^_^;



