わたしとこどもの「英語のある暮らし方」

わたしとこどもの「英語のある暮らし方」

『英語がすぐそばにある毎日』をすべてのこどもたちへ』
「ハナハウス」主宰 たかはしゆうこのブログ
(吉祥寺、西荻窪)

先日、ハナハウスの一番小さい人たちの集まるクラスで

お母様たちがお話をされていました。

 

子供達はまだ1歳。

育児は始まったばかりです。

 

未来はどんな希望にも満ちている、

そういう年齢です。

 

お一人の方が

「いろんな経験をさせてあげたいですね」

とお話されていました。

 

事務仕事をしながら片方の耳でお母様たちのお話を聴いていたのですが

あまりにも深いテーマだったので

思わず会話にお邪魔してしまいました。

 

「いろいろな経験」って何でしょう。

 

子供は、人間は、

どんな経験、体験が必要なのでしょう。

 

世の中で一番人気と言えば、自然体験、異文化体験といったあたりでしょうか。

 

それ以外にも例えば


異年齢と遊ぶ経験、

辛いことを乗り越える体験、

不便を感じる体験、

・・・

 

便利すぎる現代の育児においては

これまで語られて来なかったような様々な体験や経験を

あえて意識して子供に与えないといけない、そんな大変な時代です。

 

私も娘が生まれてから今まで、

理想に向かって猛進してきました。

自分でできうる限りのことをした、と思います。

 

けれど、すごく意識して頑張ったことでも

思い描いたような世界には

到底たどり着けていなくて

 

逆に、全くできずに終わってしまったことも

たくさんあります。(それはこれからのお楽しみ)

 

例えば我が家の場合、子供と公園にいく時間的余裕をいただけたのは起業して6~7年が経ったころ、次女が幼稚園の年長になった頃です。ですから長女は幼児期の公園遊び、自然体験というものがごっそり人生から抜け落ちています。

 

可哀想なことをしたな、と思いますが、

私一人にできることは限りがあります。

 

可愛い我が子には、

未来に繋がる色々な経験をさせてあげたい。

それは全ての母親にとっての願いです。

 

ですが全てを満足いくまで与えることなど

誰もできない。それが現実でしょう。

 

けれど、どんな体験を与えるにしても

どんな体験を与えられないとしても

 

それがなければ意味をなさず

それがあれば埋めていける

 

そういう「経験」というものがあるな、と

最近改めて思うものがあります。

 

それは、「良質な対話」です。

 

子供は体で経験をし、

それを言語がする中で思考が形成され

思考が人間を創っていく。

 

どんな経験であろうと、

最終的にそこに良質な対話がなければ

せっかくの経験も十分な意味を為すものへと昇華しない。

 

逆に経験をさせてあげられないことがあっても

それを埋められるような良質の対話の機会があれば

そこを埋めていける。

 

良質の対話

 

これが最近の私のテーマです。

 

 

ハナハウスで日々を過ごしていると

 

子供たちが

Balletや Drama、DanceにProgramming...

様々な有意義な学びを、英語を通して自然と行なっていて

 

思い描いていた世界が実現されつつあること、

英語が子供達の日常の中にあるコミュニティを創ってこられたこと、

とても嬉しく、誇らしく思います。

 

日本語で訳されることないそうした活動の中では

子供が先生のレクチャーを問題なく理解できるようになるには

4〜5年がかかります。

 

それはとても忍耐のいることで、

長い目で見守ってくださる保護者の方には

いつも感服するばかりです。

 

ですが、想いとしては、

「理解できる」だけではなく

英語をもっと自由に使えるところまで子供達を導いて行きたい。

 

それには、実は相当な労力、毎日の地道な努力が必要です。

しかし忙しい日々の中でそこまでやることを全員に求めることはできない。

それは私の中で10年を通してずっとある葛藤です。

 

そういう自分も、英語を日常の中で「勉強する」時間を持つのは

どんどん、どんどん難しくなって来ています。

実際に毎日の時間割を書き出しても、

「絶対」を入れていくと残された時間は文字通りありません。

 

でも、そう思ってはいけない。

それでもできることを探して、やり続けなければいけない。

 

そう自分を奮い立たせられるのは、ハナハウスのスタッフからの刺激です。

フルタイムで働きながら毎日2時間英語を学び続けているスタッフ、

イギリスからのリモートワークで、現地で子供を育てているスタッフ、

皆の頑張りを日々目にすることで、

私も自分のできることを、細くてもやり続けなければと奮い立たせます。

 

現在イギリスにいるスタッフから先日届いたメール。

忘れないようにブログに転記しておこうと思います。

 

彼女たちでさえ、毎日日本語を1時間勉強しているんだ、

日本にいる私たちは言い訳もできません。

 

-------<メール一部抜粋>------

 

日本人補習校も宿題の嵐。

あきは毎週漢字5個

いぶきは毎週感じ7、8個

毎週100点目指して毎日練習

そのほか、意味調べ、音読、プリント

 

一日最低30-60分日本語を学ぶ時間

 

それでやっと日本の公立でギリギリ付いてけるレベル

 

時間を掛けなきゃできるようにはならない

まさに、英語は音楽と同じ

 

やらなくても生きていける

教養としてあるだけで世界が広がる

そのためには地道に努力しないと結果は出てこない

 

イギリスの現地校に通っても

低学年は習得も早いけど帰国したら忘れるのも早い

高学年で入った子たちは結局、日本にいる子もりは発音がいいけど、それまでの英語学習がないと、学校で授業についていけず結局英語も中途半端なまま終わる

帰国してからもレベルの高いところで磨き続けなければ意味がない

 

こちらに来て英語習得の奥深さを実感しているよ

-----

 

 

昨日、ハナハウスのある商店街を歩いていたら

 

1歳後半くらいの男の子がパパと歩いていて、

 

歩いきながら "car" のサインをしていました。

 

その子はパパの後ろを歩いていて

二人とも前を向いていたので

パパは気がつかず

その子もパパに話しかけているわけでもなく

 

きっとその子は車が好きで、

通りを走る車を見つけて

誰に話しかけるともなく

ひとりでサインしていたのでしょうね

 

ハナハウスの赤ちゃんたちがサインをする姿は

日常的に見ているのだけれど

 

街を歩く見知らぬ子がサインをしている姿を見るのは初めてで

その子の気持ちに触れたような気がして

すごく嬉しくなりました

 

もし、世界中の小さな人たちがサインをしたら

どれだけ楽しいのだろう

 

想像するだけで、楽しくて

ふふふと笑ってしまいました