やさしい嘘 出会い/8
秋人は木目の美しいローソファに座って深く息を吸った。
目の前にはベージュ色の髪と深緑の瞳が印象的な老齢の男性がいて、ニッコリと微笑んでいる。
異国の人の仕草はあまり日本人には馴染みがないもの。と言われる物だけれど、この客人には外見以外にはあまり違和感を感じなかった。
小柄ながら背筋をシャンと伸ばしスーツを品良く着こなした姿は、どこか紳士的なのだ。
秋人の第一印象としては、優しそうで包容力のありそうなお爺ちゃん紳士といったところだった。
「改めまして紹介させていただきます。息子の長谷川秋人・流人です。」
幸太の紹介を受けて、二人は軽く会釈する。
客人は目尻の皺をいっそう深くさせながら、はじめましてと返してくれた。
「アビエル・マクベインと言います。仕事の関係でよく日本には来ているのですが今回は小さな友人も一緒だったので、どうしても信用している風月さんにお世話になりたかったんですよ。」
流暢な日本語を話すと幸太に教えられてはいたものの、ここまで違和感がないとは思ってなかった。
「本当に日本語がお上手なんですね。」
つい、そんな言葉が出てしまう。
そんな反応が嬉しかったのか、マクベイン氏の深緑の瞳が輝いた。
「実は前回の来日は二年も前で、国際電話をしてもビジネスの話ばかりですから日常会話に自信が無かったのです。来る前にたっぷりと練習してきて正解でした。」
練習など必要なさそうだというのに、やはり長期滞在となると不安に思うものなのだろうか。
「風月さんで長期滞在の予約をとれた時には本当に助かりました。急な話だったものですから、半分諦めていたんのですよ。」
社交辞令だと分かっていても、風月のことを嬉しそうに話すマクベイン氏に好感を持たずにはいられなかった。
マクベイン氏は緑茶を啜り、これはおいしいですね目を細めた。
実際、この風月である程度の長期滞在となると、半年から一年以上前でないと確かな返事はできなのだ。
マクベイン氏が予約できたのは、先代の限られた顧客のみが通されるこの離れの存在と、数日前まで長期滞在の予定で宿泊していた顧客からのキャンセルが理由だった。
先代の顧客帳簿にマクベイン氏の名前を見つけたときは、幸太も少し驚いてしまった。
「元々小さな友人のお願いでバカンスで日本に来る予定はしていたんですけど、私の仕事の都合がつかないせいで予定を早めての来日なんです。友人の名前はダン・フォレスター。彼はまだ小さく、日本には目的をもって来ています。秋人さんと流人さんには、その手助けをしていただけたらと思っています。」
秋人とはマクベイン氏の言葉が少し不思議に思った。
幸太の話では遊び相手を探しているとの事だったのだが、手助けという言い回しがなんだか引っかかってしまう。
「あの、失礼ですけど、その目的って?」
思わず秋人が口を挟んでしまった。
するとマクベイン氏は瞳の色を曇らせ、肩を落としてしまった。
「それが、私には話してくれないのです。色々と見て回りたいから付いて来て欲しいと言われた時は観光かと思ったのですが、知りたいことがあるんだと言っていて。それ以上は話してはくれないのです。」
あ、そうか。そうだ(観光)だ。秋人はふと思った。
日本に来ている時点で旅行なのだから、遊びに行くなら観光に行くとか言う方が正しい。
幸太が観光と言わずに旅行と言ったのは何か知っていたという事なのだろうか。
そうだとしたら、やっぱり父親は確信犯だ。
「彼のお願いを叶えてあげたいけれど、彼はとても人見知りだからと悩んでいたら、長谷川さんに大学生の秋人さんのことを教えていただいたのです。それに流人さんのことも。本人に話をしてみたら、会ってみたいというものですから、お二人に来てくれるようにお願いしたんです。」
秋人と流人はチラっと幸太の顔を見た。
相変わらずニコニコと頷いている幸太が目に入って、少し呆れてしまう。
結局のところ二人は幸太に何も聞かされていなかったような状態なのだ。
だが一度幸太に了承してしまっている二人は、この話を断るのはどうやら無理そうだと思い始めた。
できるならば断りたい。
秋人は面倒なことがあまり得意ではない。
子供は慣れているし、どちらかと言えば好きだ。
けど厄介だと思うのは、人見知りする子ということだった。
簡単な話だった。自信が無いのだ。今までそおいう子供と接したことがない。
そんな風に考える必要はないのかもしれないが、案外子供というのは大人より接するのが難しいと思う。
悩み顔の秋人の姿など目に入ってもいないのか、幸太は笑顔で答えた。
「私の息子たちも力になりたいと言ってくれたので大丈夫ですよ。ただ、そうですね心配なのは、息子たちを気に入ってくれるかということですか。」
秋人はアハハと乾いた笑いで聞き流そうと試みたが、当然無駄だ。
急に引き戸が開いた。
目をやると、アッシュがかった色素の薄いクリーム色の髪に鮮やかな青い瞳の男の子が入ってきた。
背は流人と同じくらいだろうか。
その男の子は秋人たちの目の前にパタパタと走ってきて、かろうじて聞きとれる声で口早に言った。
「あの…、お願いします。」
ペコっと頭を下げて、すぐにマクベイン氏の座るソファの後ろに隠れてしまった。
「あ。今の日本語…。」
秋人は思わず違うところに感心してしまった。
するとマクベイン氏は少々驚いた様子で男の子を見て、秋人に振り返って言った。
「はい、ダンは日本語を話せます。とは言っても、聞いたのは初めてです。いや、…驚きました。彼が初対面で自分から話しかけるのは、…本当に珍しい。」
ソファの後ろで隠れる男の子の顔がほんのり赤みを帯びていくのが見てとれた。
やさしい嘘 出会い/7
一時間が経とうとしていた時、ようやく幸太は戻ってきた。
「おかえり。」
「もう一時間くらい経つけど、お客さん大丈夫なの?」
特に急ぐ様子もない幸太を見て、二人とも少し心配になったようだ。
「うん。予定通りだから、何も心配いらないよ。」
「ふーん。ならいいんだけど、面倒なことはごめんだから。」
親の経営する旅館とはいえ、従業員が働く中で何もせず待たされ一時間。
居辛さを感じはじめているのだから、幸太にしっかりしてもらわなければ…。
「じゃあ挨拶行こうか。」
そう幸太が言うと、流人は急に不安そうな顔をしていた。
「うわっ。いざとなったら緊張するね。」
秋人は笑いながら流人の頭をグシャッとなでた。
やさしい嘘 出会い/6
二人は仲居たちに事務所に通され、とりあえず幸太を待つことにした。
時間を持て余していた二人に、仲居は気を遣ってお茶とチョコレートを出してきた。
「あ、すみません気を遣わせちゃって。ありがとうございます。」
「ありがとーございます。」
そう言う二人に、ニッコリと微笑みながら若い仲居は仕事に戻った。
流人はチョコレートをつまみながら退屈そうに頬杖を突いていた。
秋人に至っては、さすがに暇だなと欠伸をしながら半目状態になっていた。
「事務所っていつ来ても何にもないよね…。チョコがあっただけましだけど。」
秋人は、んー…と適当な返事を返していた。
「なんか…いつもと風月雰囲気ちがうなぁ。」
秋人は小さい頃から見慣れた風月とはまた別の空間に来ているようだった。
部屋の内装や家具は、老朽化のために少しずつ変えられてきた。
そして今では純和風を保つ母屋を残して、別棟すべてがそれぞれ違った様式を楽しめるように改装されていた。
だけど、そういう類の違和感ではなくて、雰囲気そのものが何か違うような気がしたのだ。
「そうかなぁ?民さんがいないから静かなだけじゃないのっ。」
流人はまだまだ民の愛情を忘れる事が出来ないようだった。
「あぁ、それでかもな。あの人色んな意味ですごかったから。流人…、お前まだ根に持ってんの?」
ハハッと無責任に笑う秋人を見て、流人は不機嫌そうに言った。
「うるさいっ。」
それでも笑うのをやめない秋人にキレたのか、流人は益々眉間にしわを寄せた。
「俺なんて!父さんの着替えを届けに来る度に、オタマジャクシとカエルがうようよいる池を掃除させられたんだよっ。」
「クククッ…あー苦しいっ!ハハハッ…ま、まぁまぁ。そう怒るなよ…ククッ。」
どんどん不機嫌になる流人とは反対に、秋人は笑いを堪えられなかった。
民は流人へ難癖をつけては無理難題を言いつけていた。
そのことに流人が怒ったり反抗するのを見ては楽しみ、仕事のストレスを流人に文句を言うことで解消する。
そう、民はとんでもない悪趣味の持ち主だったのだ。
「あーおもしろっ…ククッ。あれはね~、一種の病気だね!」
「…そんなの秋人は他人事だから言えるんだよっ。自分は気に入られてたもんね。」
秋人はそれを聞いて、とんでもないという顔をした。
「えっ、まさか気づいてなかったんだ?あれはね本気の愛情表現だよ。かなり屈折してるけどね~…クククッ。」
むしろ俺は反応が普通すぎてつまらんって言われたくらいだからと、秋人は人の悪い顔でニヤリと笑った。
「………え!?あ、ありえないよ!」
「まあ、民さんは本当に変わってるし、子供が好きじゃないのも本当だからね。それだけかまう流人はお気に入りってこと。」
まったく有り難くないことを聞いて、なんだか信じられない気持半分、疲労感半分で流人は深いため息をついた。
「てか………真冬に海パンで池掃除させた人に、愛情なんて感じたくない。」
