今回の物理サークルより、ちょっと気になったレポートを、ぼくの感想も含めて、紹介します。
今回紹介したいのは、飯田さんのレポート「予知夢・虫の知らせを確率で考える」。
口頭での発表で、写真に取れる画像はなかったので、サークル例会報告では割愛しました。
でも、内容は印象に残ったので、例会報告の関連記事として今回、紹介しておきます。
このテーマはぼくも扱ってきたものなので、非常に興味深く聞きました。
冒頭のイラストはぼくの自作プリント「不思議に挑戦」に「予知夢」の例として描いたものです。新しく描き起こしてもよかったのですが、今までWeb用にイラスト化していなかったので、前に描いたものを活かしました。
さて、飯田さんのレポートを見ていきましょう。
予知夢
まず、ブルーバックス『超常現象をなぜ信じるのか』(*1)から、予知夢の可能性を確立計算する例の紹介。ここではそれをざっと要約して紹介します。
【質問】友人の夢を見たその日に、その友人が亡くなる確率はどのくらいか。また、このような偶然の体験は、日本中で1年で何回くらい起きるか。
【解析】以下の計算は、ノーベル賞物理学者ルイス・アルバレス(*2)が考えた方法だそうです。
1)私の夢の中に出てくる可能性のある人を100人(少なめな試算)として、このうち半数が50年後までに亡くなっていると仮定する。
2)今後50年間に、特定の友人Aさんが亡くなる確率は、1/2。
3)Aさんが特定の日、例えば明日、亡くなる可能性は、50年分の日数は50×365日だから、1/2×1/(50×365)=1/36500。
4)私がAさんの夢を見る回数を50年間に1度と仮定する。(かなり少なめな試算)
5)すると、明日、私がAさんの夢を見る確率は、1/(50×365)=1/18250。
6)まったく偶然に、私がAさんの夢を見た翌日にAさんが亡くなる確率は、
1/36500×1/18250=1/666125000。(約6.7億分の1の確率。少なめな試算)
この数値だけ見ると、天文学的に小さな確率なので、もし本当に起こったとすると、それは偶然ではなく、「予知夢」という特別な現象なのだと判断できる。
でも、これは「私」が「明日(特定の1日)」に「友人Aが亡くなる」という現象に限って計算した結果なので、一般にいわれる「夢で見たあと友人が亡くなった」という現象が起こる確率には当たらない。
そこで、これを「日本全体」で「1年間」で「自分の友人の誰かの夢を見た翌日、その友人が亡くなる」という現象の件数を計算し直してみる。
7)「私の100人いる友人の誰か」を私が夢に見た翌日に、その友人が亡くなる確率は、
1/666125000×100=1/6661250。(670万分の1の確率。少なめな試算)
8)日本で予知夢体験を報告できる可能性のある人数を80000000(8千万)人とすると、「日本全体」で「友人の夢を見た翌日」に「その友人が亡くなる」という体験をする人の数は、
1/6661250×80000000=12。(12人。少なめな試算)
9)1年間で「日本全体」で「友人の夢を見た翌日」に「その友人が亡くなる」という体験をする人の数は、
12×365=4380。(4380人。少なめな試算)
8)なお、今後50年間のどこかで「私」が「友人の誰かの夢を見た翌日」に「その友人が亡くなる」確率も求めておく。50年分の日数は50×365日だから、7)の結果より、
1/6661250×(50×365)=1/365。(365分の1。少なめな試算)
***【ひろじのつぶやき】***
「予知夢」体験はごくごくプライベートな個人の体験です。ぼくも経験があります。
しかし、それを自分や特定の誰かに限って確率計算することは、意味がないことが、上の計算でわかりますね。
もっと単純な偶然の計算、例えばサイコロで考えると、もっと理解しやすいでしょう。
例えば、サイコロ2つを降って、1のゾロ目が出る確率は1/36で、なかなか出にくい目ですね。
でも、360人の人が同時に同じサイコロ振りをしたら、1のゾロ目が出る件数は、1/36×360=10。つまり、10人くらいの人は1のゾロ目を出すという勘定になります。
特定の人で考える限り、どんな現象も確率は低いのです。
なお、この試算はあくまでも『超常現象をなぜ信じるのか』に紹介されたものなので、前提条件など、確率計算の条件を変えれば、いくらでも違う試算ができます。
「今後50年間」という前提はあまり現実的ではないので、せいぜい20年間程度にすべきでしょうね。というのは、あとに出てくる対象者の総数「8000万人」は夢を説明できる年齢の人の人数なので、おそらく小学生高学年(ひょっとすると中学生)くらいから、高齢者までを含んでいる数でしょう。
高齢者にとって「今後50年」というのは非現実的です。
夢を見る側も、見られる側も、そんなに長くは生きていられません。
10年か20年くらいの期間を用いて試算するのが妥当だと思われます。
もちろん、元の本では「今後50年間に知人が亡くなる確率を1/2と見積もる」方法をとっているので、これは50年間で知人のうち高齢者はほとんど全員が亡くなること、20代の知人ならかなりの数が亡くなっていないだろうことを考えたうえでの、ざっくりとした全体の平均確率という意味合いがあるのかもしれません。
さらにいえば、特定の知人の夢を見る回数を「50年に1度」と試算しているのも非現実的です。知人が夢に出てくるのはよくあることなので、もう少し現実的な数を用いるべきでしょう。知人との人間関係にもよりますが、親しい知人だったら、頻繁に夢に登場します。100人知人がいれば、そのうち何人かは親しい知人に当たるでしょう。会社の同僚だったり、学校の同窓生だったり、近所の人だったり。これらの人だったら、夢に登場する回数がいくらなんでも「50年に1度」はないでしょう。
ということで、別の試算を、自分で条件を決めてやってみる、ということも必要でしょうね。
じつは例会中、ぼくは自分で別の視点から似たような試算を試みるのに夢中になっていました。
その結果は、この本の試算の倍程度の数、7000人くらいでした。
その紹介は、ここでは、割愛しておきます。
*** *** ***
さて、飯田さんのレポートに戻りましょう。
ひのえうま
【質問】ひのえうまの迷信はいつ、なぜ、広まったのか。
【解析】以下は、仮説実験授業の創始者である板倉氏から聞いた話をもとにして、飯田さんが解析したものです。
1)昭和41年(丙午)の出生率
この年の前後の年に比べ、この年は出生率が25%も減少している。
2)明治39年(丙午)の出生率
この年の前後の年に比べ、この年は出生率が10%減少している。
3)「ひのえうまの女は気が強く、夫を殺す」という迷信は、日本独自のもの。中国にはない。
4)「ひのえうま」の迷信の発祥は江戸時代。町人文化から始まり、浄瑠璃「八百屋お七」で江戸を中心に広まる。
5)明治39年(丙午)の出生率減少は、関東近辺で20%、他はもっと少なく、全国を合わせると10%の減少になっている。つまり、「ひのえうま」迷信は、関東から広まった迷信である。
6)では、次の丙午である昭和41年に、関東ローカルの迷信だった「ひのえうま」迷信が全国的に広まったのはなぜか。
7)「ひのえうま」迷信を広めたのは、全国の過程に広まった雑誌(週刊誌)である。
***【ひろじのつぶやき】***
こういう「迷信」については、一般に「科学の発達していない時代には迷信がはびこり、科学の発展した時代に迷信が消えていく」というような価値観で語られることが多いと思います。
が、今回の飯田さんの紹介した「ひのえうま」迷信のように、むしろ昔より今の方が迷信が広まっている事例は、かなりあるのです。
例えば、「仏滅は縁起が悪いので結婚式など祝い事は行わないほうがよい」という民間の迷信は、明治時代から昭和20年代にかけて、天皇制の強化と神道の統一政策により、いったん消滅しており、終戦後、再び急激に広まったものです。
江戸時代でさえ「仏滅などの迷信は世迷い言なので信じないように」というようなお触れが何度も出されています。
「ひのえうま」迷信と同じで、戦後の昭和時代に一気に広まった迷信といえるでしょう。
「仏滅」「友引」といった「六曜」がカレンダーに記載されるようになったのは、終戦後からです。言論の自由が謳歌され、それまでカレンダーへの記入が禁止されていた「六曜」の記載が自由になったことで、一度絶えていた民間の迷信が、戦後の民主化とともに広まっていったのです。
どうような迷信に「血液型性格判断」があります。
こちらの起源はかなりはっきりしており、やはり戦後まもない頃にベストセラーになった、ある人の書いた血液型性格判断の本によって、新しい迷信として昭和時代に日本だけに広まったものです。
これらの迷信を日本全国に広める媒体となったのが、いわゆる週刊誌やテレビですね。
インターネットが普及し、テレビの影響力の薄まった令和の時代には考えられないことですが、「一億総白痴」と揶揄された戦後の昭和時代には、週刊誌やテレビでゴシップに一喜一憂するのがトレンドでした。
この時代に「ひのえうま」「仏滅」「血液型診断」などの迷信が日本中に広まったのは、時代の必然だったのかもしれませんね。
*** *** ***
飯田さんのレポートは「科学的に考えるとはどういうことか」「どうして人はだまされやすいのか」など、科学的な認識論に関する興味深い内容です。
その全部は紹介できませんでしたが、また、機会があれば、関連した記事を書いていきたいと思っています。
では、今回はこのへんで。
(*1)『超常現象をなぜ信じるのか』菊池聡著(ブルーバックス)
(*2)ルイス・アルバレスは、水素泡箱を使った研究でノーベル賞を受賞している。しかし、地質学者の息子との共同研究で、恐竜絶滅隕石衝突説を発表したことの方が有名。ちなみにアルバレスがノーベル賞を受賞したのは、川端康成がノーベル賞を取った年のこと。
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