原爆とハイゼンベルグ、シラード | ひろじの物理ブログ ミオくんとなんでも科学探究隊

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さり「こんにちわ、ですです!」

ひろじ「あれ? さりちゃんたち、めずらしいね。とっぴたちといっしょじゃないの?」

しもん「今日は、キッズ科探隊だけで来ました。学校の自由研究で、原爆のこと調べたいと思って。ほら、福島の原発事故の報道、今も続いていますよね。ぼくたち、その頃はまだちっちゃかったから、よくわかんなくて。原発のこともそうだけど、原子爆弾のことも知りたくなって」

れん「とても重要なことのような気がして・・・」

かのん「ここにくれば、ミオくんも来るでしょ? わかりやすく教えてくれるかな〜って思って」

ミオくん「そう気安く呼ばれちゃ、困るんだけど・・・ま、とっぴたちよりはましだから、いっか」

 

ひろじ「うーん・・・そうだなあ、じゃあ、昔、別のところで書いた、原爆についてちょっと違った視点から書いた文章がある。それをネタにして、いろいろ意見交換をしてもらおうか」

さり「それ、おもしろそう! ぜひぜひ、やりたいです!」

ひろじ「これはね、昔他のSNSで書いた【学問と知性】ってタイトルの文章だよ。(*)原爆のとハイゼンベルグの話を書いたものだ。大人向けだからちょっと難しいかもしれないけど、読んでみて。ちょっと、激しい文章だけど」

 

(*)一部、読みやすいように、文章を修正してあります。

 

 

***   ***   ***

 

【学問と知性】

 物事を客観的に冷静に判断する能力は社会人としての基本だと思う。

 ところが実際の社会ではそれができない人が多く、困惑することが多い。迷惑千万なのだが、そういう人に限ってモラルを口にするので呆れてしまう。 


 こういうとき、ぼくはもう少し「科学的に」モノを見て欲しいと思う。とはいえ、実は科学的判断と知性とは必ずしも一致しないので、一律にモノを語ることは本当に難しいと思う。 

 現代で科学的知性の代表といえばアインシュタイン。当時物理学で二番目にすごいといわれていたのがドイツのハイゼンベルクである。

 

 量子力学の不確定性原理と確率解釈を導入した若き天才ハイゼンベルグは、20世紀の物理学を作った科学者のなかでは筆頭的存在。

 

 かのアインシュタインはハイゼンベルグが1925年に提唱した「確率解釈」に最後まで抵抗し、「神は賽子を振らない」とまでいった。

 

 アインシュタインは、量子力学の発展に、逆説的な意味で大きな貢献をしている。

 コペンハーゲンに集まった若い科学者たちとアインシュタインの激烈な論争により、量子力学は瞬く間に磨き上げられたからだ。

 

 量子力学の解釈に関する論争は、アインシュタインとボーアを中心としてコペンハーゲンに集まった若い科学者との間で、熾烈な議論となった。その議論により、量子力学がより深い理解に達したのは、いうまでもない。

 

 この論争、最後はアインシュタインが論争に負けたことを認めた。

 

 アインシュタインはボーアたちの標準的な量子力学による理論を用い、【量子力学のパラドックス】を次々に指摘した。それはコペンハーゲンに集ったボーアたちを悩ませつつ、量子力学をより深い理解へと導いたともいえる。

 

 アインシュタインはハイゼンベルグの確率解釈を「神はサイコロ遊びをしない」と批判した。

 まだ見つかっていない、より深い、未知の理論があって、見かけ上、確率解釈が正しいように見えるだけにすぎないのだと、生涯言い続けた。

 ハイゼンベルグの確率解釈は、量子力学の完成への大きな一歩だった。

 ところが、これほどの業績を残したハイゼンベルクであるが、人間性については大いに疑問符が残る。

 

 ハイゼンベルクはある時、関係者の中傷によって失脚しそうになった。

 ハイゼンベルクの母親と、あのヒットラーの右腕ヒムラーの母親はご近所付き合いがあり、母親の機転で、政治的な力により失脚を免れた。

 

 ヒムラーがハイゼンベルクに宛てた手紙には、ハイゼンベルクについての中傷に関する誤解を解く手はずを整えたという内容の追伸として、アインシュタインなどのユダヤ系の科学者の業績をことさら強調しないようにとの忠告が書かれている。 


 窮地を免れたハイゼンベルクは愛国的物理学者として、原爆製造計画に邁進することになった。

 

 なにせ、この分野では、アインシュタインにも勝る理論家である。

 

 アメリカのマンハッタン計画がドイツの原爆製造を恐れたレオ・シラードらによって画策されたのは根拠のないことではない。事実、当時原爆成功にもっとも近づいていたのは、ハイゼンベルグのいるドイツだったからだ。 


 原爆製造ではドイツが先頭を走っていた。

 イギリスはその可能性を知っていた(マイトナーとともに片田舎で核分裂の理論計算をしたフリッシュの進言による)が、具体的な動きはなかった。

 アメリカはアインシュタインの再度に亘る手紙(もちろん、シラードの手による手紙で、アインシュタインを説得して署名させた手紙なのだが)にも関わらず、無能な当事者により進言は無視されていた。

 

 担当者が有能な者に変更になったことで、それがようやく現実となり、イギリスの協力もあってマンハッタン計画が始まったのである。

 

 後は史実の通り。

 アメリカの原爆研究が、あっという間にドイツを追い抜いたわけだが、そこには工学と理学の軋轢(あつれき)の典型的な例がある。 


 ドイツでは理論物理学者ハイゼンベルクがすべての陣頭指揮を執っていたため、原爆に使用するウランの形状は理論計算のしやすい平板形だった。

 理論屋のハイゼンベルクはあくまでも理論計算に忠実にものを作ろうとしたわけである。

 

 一方、工学者のウィグナー(ハンガリー出身)が原爆製造計算の中心となったアメリカでは、発生した中性子をウランの中心部に集めるのにもっとも効率のよい形として球形や卵形が選ばれた。 


 実際の製造段階では様々な工学技術のノウハウが必要になる。

 

 ドイツでは技術者たちはハイゼンベルクの指示に技術的な問題があることを知りつつも、偉大なる物理学者に逆らえなかったらしい。

 ハイゼンベルクの名声が、かえってドイツの原爆製造にブレーキをかけたわけである。 

 それにしても、ハイゼンベルクは何を考えて原爆計画に没頭したのだろう。 
 戦後、ハイゼンベルクは自らが中心となることで、原爆製造計画に(ヒットラーの目を盗んで)ブレーキをかけたと言い訳しているが、それが嘘であることは明白だ。

 

 ハイゼンベルクの言動は連合軍のスパイによって盗聴されており、彼が愛国者として原爆製造を進めていたことは否定できない事実とわかっている。 


 原爆製造のウラニウム加工過程(当然、放射能症に冒され、健康を著しく害する)には強制収容所の女性が用いられた。(まったく、ひどい話だ!)

 

 ハイゼンベルクは「民主主義では十分なエネルギーを作り出すことはできない」といったと伝えられている。

 なんという言動だろう。 

 ハイゼンベルグの人間性を端的に表す言葉だ。

 知性とは何か。 


 現実の世界や現実の人間と繋がらない限り、どんな優れた知性もクソのようなものだ。


 ドイツの支配下に入った国の科学者たち(戦争が始まる前、彼らは世界会議に出る科学者としてまったく同等だったが、ドイツの支配により関係が変化した)は、乗り込んできたハイゼンベルクが支配者然として「ドイツにすべてを支配してほしい」と豪語するのを聞いて、唖然としたという。 

 人生の無知、いや、無恥である。 


【参考文献】

『E=mc^2』ボダニス著ハヤカワ書房

『あの時世界は・・』NHK出版会
 

***   ***   ***

 

 

神はサイコロ遊びをしない

 

かのん「うわあ、なに、これ! ハイゼンベルグって、アニメのマッドサイエンティストみたいだよ!」

ひろじ「そうだね。彼の量子力学に関する理論的な業績は唯一無二のものだけど、その人間性はここに書いたとおりだよ」

れん「わたし、科学者はもっと公平でいてほしいと思う・・・これはひどいわ」

さり「わたしも。ハイゼンベルグさん、ひどいです」

しもん「<神はサイコロ遊びをしない>というのは、どういう意味です?」

ミオ「ハイゼンベルグの確率解釈は、量子力学の基本となった考え方で、ミクロな世界の物理現象は、確率的な予測しかできないという理論なんだ。それまでの古典物理学では、過去の情報がわかれば未来はどうなるか全部予測できる、という立場だったんだけど、それが原理的に不可能なんだという理論。アインシュタインはそんなバカな、と異論を唱えたのさ」

かのん「ええと、確率というと、宝くじみたいな感じ?」

ミオ「素粒子や原子のようなミクロな物質は、そのふるまいが最初からさまざまな可能性を重ね合わせた数学的な状態にあって、観測をすると、そのうち可能性の高い状態が見られる、という考え方。サイコロを振るまではどの目がでる確率も6分の1だけど、実際に振ってみると、そのどれかの目が出る、というのに近いかな。つまり、現象を観測する前はその目が出る確率と出ない確率の重ね合わせ状態だけど、観測することでそのどちらかに変わる、という発想だ。だから、アインシュタインは<神はサイコロ遊びをしない>といったんだ」

 

 

エヴェレットの多世界解釈

 

さり「じゃあ、振ってみるまでは、どうなるかわからないってことですか?」

ミオ「そう。だから、シュレーディンガーもハイゼベルグの確率解釈には疑問を持って、確率的に起こる放射性崩壊現象によって飛び出してくる放射線を、ネコを殺す装置のスイッチにしたモデルを考えた。放射線がでてくるかどうかは、放射線が出ない確率と放射線が出る確率を重ね合わせた状態になっているなら、その装置によって死ぬか生きるかが決まるネコも、死なないでいる状態と死ぬ状態の重ね合わせになっているはずだって。確率解釈によれば、ネコを見ることで、初めてネコが生きているか死んでいるかが決まるってことになる。でも、マクロな存在であるネコが、そんな確率的な状態にあるなんて考えられない。これが<シュレーディンガーのネコ>と呼ばれるパラドックスだよ」

さり「わたしたちが見るか見ないかで、結果が変わるってことです?」

ミオ「ざっくりいえば、そういう理論だね」

れん「なんだか、すっきりしないわ」

ミオ「その理論が腑に落ちない人はいっぱいいた。その一人、エヴェレットは、確率解釈に変えて、多世界解釈という理論を立てた。ネコが死なないでいる世界とネコが死ぬ世界の両方が、世界として存在していて、観測した途端に、そのどちらかの世界に移行する、という理論だ。これなら、死なない状態と死ぬ状態の重ね合わせ状態を考えなくてもよくなる」

しもん「その多世界というのは、SFによく出てくるパラレルワールドってことですか」

ミオ「うん、そう」

れん「科学の世界にそんな夢みたいなこと、持ち込んでいいんですか?」

ひろじ「ぼくが大学の頃お世話になった、量子力学の世界的権威の一人、高林武彦先生は、その著書の中で、多世界解釈について『物理学に神秘主義を持ち込むものであって、もう一度再解釈をするのでない限り、筆者には受け入れられない』とおっしゃられているよ」(*)

 

(*)『量子力学 観測と解釈問題』高林武彦著(海鳴社)

 

 

ひろじ「でも、今流行りの量子暗号とか量子コンピューターなんかの量子情報学では、このエヴェレットの多世界解釈が計算に使われている。解釈はともかく、それを使うととりあえずうまくいくというのは、今までも物理の歴史であったことだからね。そこになんらかの真実が隠されているのかもしれない。高林先生の<もう一度再解釈をする>という言葉に、すごく意味があるような気がするよ」

しもん「それって、<量子もつれ>っていうやつですか?」

ミオ「そう。もともとは、アインシュタインが量子力学の確率解釈に対して、パラドックス的に反論した考え方の一つだ。複数の素粒子が量子の重ね合わせ状態になったあと、それらがどんなに離れていても、片方の状態が確定した瞬間に、もう片方の状態が決まる。これを量子もつれという。つまり、アインシュタインの相対性理論の<光速を超えるものはない>に当てはまらないことが起こるっていうパラドックスだ」

しもん「あー、そうか」

ミオ「でも、この量子もつれ現象は、いくつかの工夫をこらした実験で、実際に起きていることが確かめられている。この現象を利用する技術が、量子暗号であり、量子コンピューターだよ」

かのん「エヴェレットさんのSF的な理論が認められたっていうこと?」

ミオ「さっきひろじさんのいった<再解釈>が重要かな。多世界解釈で計算している科学者の中で、エヴェレットがいった<多世界>をそのまま信じている人は少ないからね」

 

れん「原爆は結局、アインシュタインが作ったって聞いたことがあるんですけど」

ミオ「それはちがうね。アインシュタイが発見したのは物理現象の根幹理論で、原爆とは関係がない。それどころか、当時の実験では、核反応を起こすには、それ以上のエネルギーを費やさないといけなかったから、核兵器は現実的ではない、というのがアインシュタインたち、理論物理学者の常識だった」

れん「じゃあ、どうしてアインシュタインが原爆を作ったっていわれているのかしら」

ミオ「アメリカに亡命したレオ・シラードが、ハイゼンベルグのいるドイツが原爆の製造に成功したら、世界がナチスに征服されると恐れたのが、事の発端だよ。シラードもアインシュタインも、ヒトラーナチスのユダヤ人迫害を逃れて、亡命した人だからね。アインシュタインなんか、ヒトラーから賞金首にされていたくらいだ」

かのん「うわあ〜、ヒトラー、コワイ!」

ミオ「原爆を実現する<連鎖反応>のアイディアを見つけたのが、シラードだよ。連鎖反応によって、最初投入したエネルギーをトリガーにして、原子核内の質量が連鎖的にエネルギーに変わっていくシステムが実現できた。それで、理論的にも原子爆弾を作ることができるようになったんだ。これは、コロンブスの卵的な発想だから、いつ、だれが気づいても不思議じゃなかった。でも、シラードはハイゼンベルグより早くそれに気づき、ドイツよりアメリカが早く原爆を持てるようにしたんだ」

しもん「ぼく、その科学者の名前は、ぜんぜん聞いたことがなかったです」

ミオ「一般にはあまり知られていない物理学者だからね。理論物理学の歴史では、ハイゼンベルグの名は残っても、シラードの名は残っていない」

 

 

アインシュタインの署名

 

ひろじ「シラードはアメリカに原爆の恐ろしさを伝え、ドイツよりも先に原爆を作らせようと画策したけど、まったく取り合ってもらえなかったというよ。そもそも、原子爆弾なんていう概念が、理解できなかっただろうし、当時の軍関係者はそんなものは必要ないと考えていたみたいだ」

しもん「そうなんですか」

ひろじ「そこで、シラードは、皆既日食測定で一躍世界的な著名人になったアインシュタインの名前を借りることにした。大統領あてに原子爆弾の必要性を解いた文面を用意して、アインシュタインを説得して、署名してもらったんだ。アインシュタインもシラードもユダヤ人で、ヒットラーのナチスから、命からがら亡命している。そのドイツが原子爆弾を持ったらどうなるか、その恐怖は、アインシュタインをも動かしたんだろうね」

れん「そういえば、わたし、こんな話を聞いたことがあるわ。原爆製造に関わった科学者の書いた文章が、学校の国語の教科書に使われるって決まった時、強い抗議があって、実現しなかったって」

ひろじ「それは、ファインマンのことだよ。ファインマンはシラードたちが実現したマンハッタン計画に参加して、原爆製造の一端を担ってる。当時、アメリカの優秀な物理学者はみんな駆り出されていたからね。ファインマンの本はユーモアがあって、物理学の本質がわかるものだから、ぜひ国語の教科書に採用してほしかったけど、原爆を製造した一員だというのが、大きなネックになったようだ。科学と社会の、不幸な関係の産物だと思う」

かのん「でも、実際に原爆を作ったのは、その人たちだったんでしょ?」

ひろじ「シラードたちはヒットラーナチスが原爆を持つことをおそれて活動してきたんだ。だから、ヒットラーが自殺して、ドイツが降伏したとき、アメリカ軍が作った原爆を日本に使用すると聞いて、それを阻止するために奔走したそうだよ。残念ながら、原爆を手に入れたアメリカ軍は、シラードたちの上訴は無視した。原爆を作ろうと奮闘したときには、無視したくせにね。やむを得ない状況があったにせよ、この話は、科学と軍の関係の危険さを象徴する逸話になった」

れん「関わった科学者にも、深い傷を残したのね」

ひろじ「人によるだろうけどね。アインシュタイは、その後、平和宣言の中心人物になるなど、科学の軍利用には徹底して反対する立場を取った。もともと政治には関わらず、イスラエル建国の初代大統領を打診されても、断ったくらいの人だから。<原爆をアインシュタイが作った>というのは、誤解も甚だしい言いがかりみたいなものだよ」

 

 

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