物理ネコ教室024仕事2 | ひろじの物理ブログ ミオくんとなんでも科学探究隊

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 仕事という物理量は日常で意識するものとは異なりますから、「慣れる」ことが理解の早道になります。簡単な例をいくつか見て、慣れていきましょう。

 

 では、次の例題で、仕事の正負の判断ができるかどうか、試してみましょう。

 

【例題】次の力のする仕事の正負を判断しなさい。

1)リンゴを持ったまま手を下げる時、手の力がする仕事

2)斜面を物体が滑り下りる時、物体が斜面から受ける垂直抗力がする仕事

3)スライディングするとき、選手が地面から受ける動摩擦力がする仕事

4)いやがる犬を斜めに引きずっていくとき、犬が受けるひもの力がする仕事

 1)~4)の仕事の正負ゼロを判断してみてください。うまく、できるでしょうか。(*1)

 

【答】

1)負の仕事

 図に手の力の矢印を描けば、力と移動が逆向きであることがわかります。力と移動が逆向きなので、負の仕事ですね。

2)ゼロの仕事(仕事をしない)

 垂直抗力は移動方向と垂直ですので、仕事をしません。

3)負の仕事

 すべっている人が地面から受ける動摩擦力は運動方向と逆向きになります。力と移動が逆向きなので、負の仕事。

4)正の仕事

 図のように、犬がひもから引かれている力と犬の移動方向は斜めですが、力の移動方向への成分をとれば(移動の力方向への成分をとってもよい)、力と移動は同じ向きですから、正の仕事になります。

 

 では、仕事量を実際に計算してみましょう。

 

【例題】次の図のそれぞれの力がする仕事量W1~W7を求めなさい。

 本当はそれぞれの力の大きさは、力のつりあいや運動方程式を解くなどして求めるのですが、ここでは仕事量の計算の練習なので、力の大きさが書いてあります。移動sとの位置関係に気をつけて、仕事量を計算してみましょう。

 

【答】

W1=45(J)  W2=0(J)  W3=0(J)  W4=-15(J)  W5=50(J)  W6=0(J)  W7=-15(J)

 

 力と距離をかけるだけの計算ですが、力と移動の位置関係で正負ゼロを判断しないといけないので、慣れるまではよく間違えます。

 

 この中で、W5は、前回説明したとおり、力の成分を使う方法と、移動距離(正しくは変位)の成分を使う方法と、2通りの計算方法で計算できますね。どちらでも計算できるようにしておきましょう。次の例題のように、両方できないと困ってしまうケースもあるからです。(*2)

 

【例題】次の①~④で、重力がする仕事はそれぞれいくらですか。重力加速度の大きさは9.8(m/s^2)とします。(^2は2乗の意味)

 

 ①②は簡単です。

①仕事の定義通り、W=F・x=5.0×9.8×2.0=98(J)

②2通りの計算方法があり、どちらでもよいですね。

 W=F’・x=(5.0×9.8×0.5)×(4.0)=98(J)

 W=F・x’=(5.0×9.8)×(2.0)=98(J)

 

 ところが、③④はちょっと困ります。力の成分を使う方法W=F’・xが使えないからです。

 ・・・というのは、曲面を滑る間に、移動方向と重力の方向がなす角がどんどん変わっていくので、力の成分F’がつぎつぎに変わってしまうからです。(将来、数学で積分を習って、その計算ができるようになっても、高校生にとってはかなり難しい計算になります)

 この場合は、【仕事】=【力】×【力の向きの移動距離】、つまり、W=F・x’を用いるしかありません。

 図を見れば明白なように、③も④も力の向きの移動距離x’は同じ2.0mです。したがって、③も④も、仕事Wの値は同じです。

 W=F・x’=(5.0×9.8)×(2.0)=98(J)

 

 さて、仕事量に少し慣れてきましたので、もう少し、複雑なケースも扱えるようにしましょう。

 

 今まで扱った例は、すべて、物体が移動する間、力の大きさは一定でした。でも、実際の場面では、力の大きさが変化することがあります。こういう場合は、どうやって仕事量を求めたらいいのでしょうか。

 

 以前、速度のグラフから、変位を求める方法を学びましたね。(物理ネコ教室002物体の運動)

 

 あのときと同様、グラフの性質を利用しましょう。詳しい証明はここでは省きますが、グラフの面積を計算することで、力が変化する時のW=F・xに相当する計算(積分計算)の代わりをさせることができます。せっかくの便利な性質ですから、ここでも利用することにしましょう。

 まず、力が一定のときの仕事の計算と、グラフの面積との関係を確認しておきましょう。

 

【力Fが一定のとき】

(例)一定の力5.0(N)で物体を力の向きに3.0(m)運んだ時の仕事は、計算ではW=F・x=5.0×3.0=15(J)。これをグラフで調べてみると・・・

 グラフの面積は縦5.0(N)×横3.0(m)=15(J)となっていて、まさに面積が仕事Wに相当することがわかります。

 

 そこで、力Fが変化する時も、このグラフの性質を利用すれば、難しい仕事の計算が楽々できるようになります。

 

【力Fが変化するとき】

 この図のように、力Fと移動xのグラフを描いて、斜線部の面積を数えれば、仕事量が計算できます。便利ですね。(高校の学習では、グラフの面積計算が簡単にできるようなものしか登場しないので、安心してください)

 

 さて、ここまで、仕事について、基本的な内容を学んできました。仕事の原理が最初に見つかり、そこから力×移動距離という物理量が存在することがわかってきたのでしたね。

 

 みなさんの中には、次のような疑問を持った人がいるのではないでしょうか。

 

 「仕事の原理から、どんな機械を使っても仕事量で得することができないのに、なぜわれわれの世界は機械で満ちあふれているのだろう」

 

 そうですね。仕事量で得することはできないのに、なぜ機械を使うのでしょうか。

 

 「人間の力では運べない重いものを機械を使うと動かすことができるから」というのも、答の一つですが、それだけではありません。もっと、重要なポイントがあります。

 

 それは、作業の効率です。

 

 機械を使うと、同じ仕事が短時間でできるのです。つまり、仕事の能率が上がるんですね。人間だけでやると何日もかかる仕事が、機械を使うことで数時間でできてしまう。だから、いたるところで機械が使われているんですね。

 

 仕事の能率は、日本語では縮めて【仕事率】と呼ばれます。物理の用語は日本語に訳す時にうまく訳されていないものが結構あるのですが、これは良い訳語ですね。ところが、英語で学習すると、日本人にとってはやっかいなことになります。

 

 英語では、仕事率はpowerと書きます。

 

 英語の「power」は日本ではよく「力」と訳されますから、いろいろと誤解が生じる原因になっています。物理用語のpowerは仕事の能率を示す言葉なので、「このクレーンはパワーがある」というのは、「このクレーンは力が強い」という意味ではなく、「このクレーンは仕事の能率が優れている」(つまり、短時間にたくさんの仕事ができる)という意味になります。気をつけてください。

 

 仕事率の定義と単位をまとめておきます。

 

 

 仕事率の記号はpowerの頭文字Pを用います。仕事W(J)を時間t(s)で割るので、仕事率Pの単位は(J/s)となります。これを、蒸気機関を改良した研究者ワットの名からとった単位(wワット)で表します。仕事の記号がWで、仕事率の単位がw。混乱しますね。英語の文字が26文字しかないので、こういう混乱はしょっちゅう起こります。そのため、教科書などの出版物では、物理量は斜体字(イタリック体)、単位記号はゴチック体で書かれていて、一目で区別がつくようになっています。手書きで書くときは、混乱を防ぐために、単位には( )をつけるとよいでしょう。

 

 最後にちょっとだけ、おまけ。仕事率の式を変形すると、物体の速度をvとして、次のようになります。

 

 

 このP=F・vという式は、高校の物理の学習ではたまに顔を出す程度ですから、忘れてしまってもかまわないのですが、自動車などの製造では重要な式になります。

 

 Pがエンジンのパワー(仕事率)、Fは自動車の駆動力(地面をける力)、vは自動車の速度ですから、パワーと駆動力が決まると、自動車の速度(最高速度)が決まりますね。

 

 これで仕事に関する基本的な内容は終わります。

 

 最後に、仕事の原理を実際にどのように使うかという例題を見ておきましょう。仕事の原理を用いると、複雑すぎな機械でも、移動距離を調べることで、力が重力の何分の1ですむか、簡単に求めることができます。

 

【例題】図のような坂道の場合、物体を押す力が重力の何分の1となるか調べなさい。摩擦は無視できるものとします。

 この装置で必要な力Fと移動距離xは、次の図の通りになります。

 距離が5ℓで、持ち上げる距離ℓの5倍になっているので、力が5分の1で済むことがわかります。

 仕事の原理W=F・x=mghより、F・5ℓ=mgℓ。よって、F=(1/5)mg。

 

【例題】図のようなジャッキを用いる場合、力が重力の何分の1になるか調べなさい。摩擦は無視できるものとします。

 ジャッキは取っ手を回転させることでネジがせりあがり、重いものを持ち上げることのできる機械です。図のジャッキでは、半径50cmの取っ手を1回転させると、ネジが1回転し、ネジ山の距離(ピッチ)1mmだけ上昇するようになっています。

 両手で持つので、それぞれの力Fが同じ仕事F・xをしますから、仕事の総量は2(F・x)です。

 1回転により取っ手を持つ手が移動する距離は2πrですから、仕事Wは2(F・2πr)ですね。

 仕事の原理より、W=2(F・2πr)=mgh。よって、F=(h/4πr)mg。

 h=1/1000(m)、r=0.5(m)を入れ、π=3.14として計算すると、F=(1/6280)mgとなります。

 

 なお、三角形の紙をくるくると巻いていくとネジの形になりますが、じつはネジは坂道をコンパクトな装置化した機械です。だから、いま見た二つの例題は、じつは同じ坂道の問題だったんですね。(*3)

 

 次回は、いよいよ、仕事の相棒、エネルギーが登場します。

 

***   ***   ***   ***

 

【物理コーチのためのメモ】

 

【補注】

(*1)仕事の正負を判断する簡単な問題ですが、ノーヒントで生徒にやってもらうと、かなりの生徒が間違えます。習ったばかりの力と位置関係による正負の判断をうまく用いることができず、生徒独自の謎の理論に従って、じつにさまざまなタイプの間違いをするのです。こうしたかんたんな問題こそ、授業中に生徒自身の手でやってもらう時間を作り、生徒の認識がどういう状況にあるかを把握することが大切でしょう。

(*2)仕事の計算では、力を分解する方法と、変位を分解する方法との2種類が用いられます。生徒にとっては、力を分解する方が圧倒的にわかりやすいので、ほうっておくと、どの生徒もそちらの計算方法しかとりません。しかし、例題の③④のように、変位を分解する方法によらないと計算が困難になる場合があるので、2種類の計算方法に習熟するよう配慮する必要があります。同じ状況が、力のモーメントの計算でも現れます。受験問題を練習し始めた3年生でも、力のモーメントの問題の答に書いてある数式の意味がわからないと、よく質問しにきます。腕を分解して計算する方法があることを、すっかり忘れているんですね。

(*3)ネジが斜面を装置化したものであるという指摘は、ガリレオが「レ・メカニケ(機械論)の中で行っています。中央公論社「世界の名著ガリレオ」に収録されている非常に優れた翻訳「レ・メカニケ」(豊田利幸訳)をご覧ください。

 

【今回の内容について】

 今回は演習問題が主です。仕事やエネルギーのような新しい概念が登場するときには、数式を用いて詳しい説明を延々とするより、それを簡単な例で使ってみて、慣れていく方が、学習効果は高いのです。

 

 われわれは日常的な自分の体験により、物理現象を理解します。ですから、体験の少ない物理概念については、疑似的な体験を積み重ねることにより慣れていく方法をとることで、生徒の心理的なバリアを低くすることができます。

 

 例えば、エネルギーと仕事の関係も、ニュートンの運動方程式を変形することで、比較的簡単に導くことができますが、それを生徒に見せたからといって、すぐにエネルギーや仕事の概念がわかるようになるわけではありません。

 

 理論的な背景は大切ですが、生徒の学ぶ意欲を大切にするなら、「仕事やエネルギーって意外に簡単だな」と思ってもらうことが、重要な要素になります。

 

 誰もが自然科学に強い興味を持って授業を受けているわけではないので、そういった生徒たちにもやる気のでる授業の進め方も必要です。

 

 数式に頼りすぎず、物理的な現象に慣れ親しむことで、より身近に物理の学習に臨めるようにすることが大切ではないでしょうか。

 

 じつは、対象が理系の生徒であっても、必要以上に数式を用いず、物理的な概念形成に重点を置いた方が、理解度は高くなります。

 

 数式は物理学の言葉だけれど、物理そのものではない、というところでしょうか。

 

 ぼくの授業では、時間ごとのめりはりはありますが、だいたい授業の半分くらいは、生徒が考える時間となるようにしています。

 

 物理脳(というより、自然科学脳)を鍛えるためには、自分の頭を使う時間をたっぷりとる必要があります。4月当初の生徒たちのうろたえぶりをみると、中学校までの授業でそうした訓練が足りないことがよくわかります。(しばらくすると、大半の生徒は慣れてきて、頭の使い方を覚えてくれますが)

 

 物理ができるようになる最短の近道は、頭が良くなること。

 

 頭が良くなるためには、良くなるための訓練を受けること。

 

 スポーツと同じですね。

 

 

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