昨日は『水無月』作りました!
東京ではあまり作ってる(売ってる)お店見かけませんねぇ。
ウチも、予約注文がないと手が回らず作れなかった年もあります。
でもこういう季節の伝統行事は大切にしないと、、、それが和菓子屋の使命でもあるわけですから、頑張らなくちゃですね(^▽^;)
京都あたりでは6月になるとどこの和菓子屋さんにもこのお菓子が並びます。30日に一日限定で販売する老舗も多いようです。
6月30日は1年の半分が終わるということで晦日といいます。(12月31日は大晦日ですね) この日、1年の半分を過ごした疲れを癒し、これから訪れる夏の盛りの暑さを健康に過ごせるようにと祈りをこめて“水無月”を頂きます。
旧暦6月1日は、氷室(ひむろ)の節句といって、王朝時代の宮中では、氷室の氷を食べるならわしがありました。
この宮中でのならわしが、京都の町衆にも広がり、小豆を散らした外郎を三角形に切ったものが食されるようになりました。
うらやましかったんでしょうねぇ~、冷蔵庫のない時代、夏に氷なんて!でもお砂糖も貴重だったその時代はそのお菓子でさえ、食べられたのは町衆と言えども一握りのお金持ちでしょう。
白い外郎(ういろう)は氷、三角形は氷室の形をあらわし、小豆は氷室に敷かれている藁屑などを表わしています。また小豆の赤い色は、魔除けの意味もあり、厄祓いの願いも込めています。
ウチの水無月は、北海道産の小麦粉、上用粉、本葛粉、を蒸し上げた外郎に、北海道産大納言小豆の甘納豆をたっぷり散らします。
さっぱりとした甘さともっちりとした食感が人気です。
30日は抹茶入りのも作ろうかな。
冷やすとおいしいけど、冷やしすぎると硬くなるのでご注意!
蒸し直せばまた柔らかくなります(^-^)b
6月25日、日本時間では26日。
「今年もまたこの日が・・・」って思うのも、もう5回目。
時の経つのはなんて早いの?!って、早朝のテレビを見てまた実感!
珍しく朝テレビをつけたのは、マイケルキッズダンサーのお友達が出演してたから。
Oha4! NewsLive イマを輝くヒト 現代人発見
http://www.ntv.co.jp/oha4/gendaijin/7606.html
ワタシが勝手にお友達だと思い込んでるあさひくん、、、
同い年の息子も5才の頃はなりきりマイケルで、
一緒にわちゃわちゃ踊ってたりしたこともあるわけですが、
今や雲の上のヒト!
世界から絶賛!とニュースにまでなってるんですもの。
「9歳の日本人少年、ホログラム・マイケル完コピで世界中から絶賛」
http://www.barks.jp/news/?id=1000104192
5月18日ラスベガスで行われたビルボード・ミュージック・アワード2014で現れた、衝撃のホログラムマイケルの映像をを観た時、
ウチの息子は
「世界で一番優しいマイケルだから、神様がみんなの為に一瞬生き返らせてくれたんじゃない?」
なんてかわいいこと言ってました![]()
それを1週間の猛練習で完コピしたあさひくん、ママは徹夜で衣装作り、パパは音源作りと一家総出で作り上げたそう。本当に素晴らしい☆
きっと近い将来、昔同じステージでわちゃわちゃ踊ったこと、自慢になる日が来るに違いないわ![]()
世界中の子ども達の幸せを願い続けたMichaelの想いが、こうして子ども達に届き、
沢山のMichaelキッズたちが彼の遺志を受け継いでいってくれてることが何よりうれしい![]()
大人もがんばらないとー![]()
昨日、マイケルの姉のラトーヤさんは表明文の中で
「・・・マイケルが今日ここにいたら、彼は私たちに彼の人生を祝うように言うでしょう。彼の死を悲しむのではなく。マイケルは愛と平和がすべてでした。私の弟を称えるために今日、誰かのために親切にしてください。そして、彼が私たちみんなに残してくれた美しい音楽で、爆発して、ダンスしてください。私はこの日を彼の音楽を聞いて、昔の家の写真を見て、彼のビデオやコンサートを見て、彼の人生をお祝いしたいと思います。マイケル、あなたを一生愛しています。もし、あなたが今日ここにいたのなら、あなたはこう言うでしょう、『僕はもっと愛しているよ!』」
とコメントしたそう。
ワタシも昨日はケルTにエプロンして、Michael流しながら(和菓子屋ですがナニか?)、お仕事してました![]()
そして、5年前に聞いて(読んで)、あらためてMichaelの偉大な人生を知り、ジブンの心を入れ替えたこの文章(追悼式でのアル・シャープトン師の演説)を、1人でも多くの人に読んで頂きたくて長文ですが転載しちゃいます。
(動画もあるはずですが、ちとまだみる勇気がありません)
世界中の人々が、今日、心を一つにして、人を愛することの何たるかを我々に教えてくれた。
一人の男性の生涯を心に刻もうと、たくさんの人々がここに集まっています。
私たちの感情が抑えきれないほとにまで高ぶっているのを、不思議に思っておられる方はマイケルが歩んだ人生という旅路を、またマイケルが我々にとってどのような存在であったかを理解する必要があります。
今日、ここにジャクソン・ファミリーとして集まったみなさん、
いまここにご列席のジャクソン一家、ご両親と9人の子供たちは、
インディアナ州ゲーリーの労働者階級から現在の地位まで上りつめました。
彼らにあったのは、夢だけでした。
彼らの夢が現実のものとなるなんて、一体、当時の誰が信じたでしょうか。
しかし、彼らは信じ続けたのです。
マイケルは決して夢を捨てませんでした。
私が初めてマイケルに会ったのは、1970年頃のイリノイ州シカゴのブラック・エキスポでした。
いままでジャクソン一家を支え続けてきたジェシー・ジャクソン師もいました。
かわいい子供だったその日から、いまこのときまで、マイケルが夢をあきらめることはありませんでした。
その夢こそが、世界中の文化を変えていったのです。
マイケルが活動を始めたときは、いまとはまったく違う時代でした。
しかし、マイケルが前に進み続けたことで、
また、自らの限界を定めなかったことで、
他人に限界を決めさせなかったことで、彼は全世界を切り開いていったのです。
片手に手袋をはめ、ズボンを上げるというスタイルで
音楽界においては彼は人種の壁を打ち壊していきました。
そしていまでは、我々の映像が流され、雑誌の表紙を飾るようになりました。
マイケル・ジャクソンが、黒人、白人、アジア人、ラテンアメリカ人を一つにつないだのです。
マイケル・ジャクソンが「ウィ・アー・ザ・ワールド」を世に送り出し、「ライブ・エイド」よりもずっと前に飢えに苦しむ人に手を差し伸べたのです。
マイケル・ジャクソンが前進し続けたことで
人種の違いや差別に悩む人々の中に安心感が生まれ、
マイケルの音楽とつながっていったのです。
そしてその安心感によって、日本、ガーナ、フランス、アイオワ、ペンシルバニアの子供たちが心置きなくお互いに接することが可能になったのです。
そして、テレビでオプラ・ウィンフリーを目にしても、
タイガー・ウッズがゴルフをする姿を見ても、違和感を感じることがなくなったのです。
当時10代の若者だったマイケルのファンたちも、いまでは40代になり、
なんの引け目も感じることなく、アメリカ合衆国の大統領選挙において
黒人候補に票を投じることができたのです。
それは、マイケルがいたからこそです。
彼のおかげで互いに愛することができたのです。
彼のおかげで互いに手を取り合うことを学んだのです。
世の中にはあら探しをしたがる人がいます。
しかし世界中のみなさん、私たちはマイケルのメッセージを支持しようではありませんか。
くだらないことに固執するのではなく、マイケルが伝えようとしていた愛のメッセージです。
険しい山を登っていれば膝を怪我することもあるでしょう。擦り傷がつくこともあるでしょう。
しかし、注目すべきは傷ではなく。マイケルが歩んだ道のりに焦点を当ててほしいのです。
マイケルは、批判に打ち勝ち頂点に上りつめました。
歌をもって冷笑する人を制し、
ダンスをもって疑う人を制し、
パフォーマンスをもって悲観する人を制したのです。
打ちのめされても立ち上がり、のけ者にされても決して屈しませんでした。
マイケルは決して立ち止まらなかった。
マイケルは決してあきらめなかった。つねに前に進み続けたのです。
私は母親のジャクソン夫人と父親のジョー・ジャクソン氏、
そして、兄弟姉妹の方々に申し上げたい。
我々に夢や希望、そして愛を教えてくれたマイケルを与えてくださったことを感謝いたします。
私たちはあたな方に感謝を申し上げたいのです。
マイケルの夢は、あなた方の夢でもあったのですから。
ご遺族のみなさんはいま、悲しみの淵におられることでしょう。
アメリカ合衆国大統領やネルソン・マンデラ氏からの手紙が、
いくらか慰めになったとお察ししますが、
マイケルはあたなの子であり、兄弟であり、いとこです。
いかなるものをもってしても、あなた方の心に空いた穴を埋めることはできないでしょう。
しかし、人々が示す愛を通じて、
マイケルの人生がいかに意義深いものであったかを知っていただきたいのです。
3人のお子さんたちにも知っておいてほしいことがあります。
お父さんにおかしいことなど何一つありませんでした。
お父さんがよくしようと立ち向かった社会のほうがおかしかったのです。
しかしお父さんはそれに立ち向かったのです。
それでも彼は立ち向かったのです。我々のために立ち向かってくれたのです。
今日、マイケルにさよならを言いに来た方もいらっしゃると思いますが、
私はありがとうを言いに来ました。
ありがとう、あなたは決して立ち止まらなかった。
ありがとう、あなたは決してあきらめなかった。
ありがとう、あなたは決してくじけなかった。
ありがとう、あなたは壁を打ち壊してくれた。
ありがとう、あなたは境界を取り払ってくれた。
ありがとう、あなたは希望を与えてくれた。
ありがとう、マイケル
ありがとう、マイケル
ありがとう、マイケル
アル・シャープトン師
追悼式
演説全文
All over the world today people are gathered in love viduals to celebrate the life of a man that taught the world how to love.
People may be wondering why there's such an emotional outburst. But you would have to understand the journey of Michael to understand what he meant to all of us. For these that sit here as the Jackson family - a mother and father with nine children that rose from a working class family in Gary, Indiana - they had nothing but a dream.
No one believed in those days that this kind of dream could come true, but they kept on believing and Michael never let the world turn him around from his dreams. I first met Michael around the 1970 Black Expo, Chicago, Illinois. Rev. Jesse Jackson, who stood by this family till now, and from that day as a cute kid to this moment, he never gave up dreaming. It was that dream that changed culture all over the world. When Michael started, it was a different world. But because Michael kept going, because he didn't accept limitations, because he refused to let people decide his boundaries, he opened up the whole world.
In the music world, he put on one glove, pulled his pants up and broke down the color curtain where now our videos are shown and magazines put us on the cover. It was Michael Jackson that brought Blacks and Whites and Asians and Latinos together. It was Michael Jackson that made us sing, "We are the World" and feed the hungry long before Live Aid.
Because Michael Jackson kept going, he created a comfort level where people that felt they were separate became interconnected with his music. And it was that comfort level that kids from Japan and Ghana and France and Iowa and Pennsylvania got comfortable enough with each other until later it wasn’t strange to us to watch Oprah on television. It wasn't strange to watch Tiger Woods golf. Those young kids grew up from being teenage, comfortable fans of Michael to being 40 years old and being comfortable to vote for a person of color to be the President of the United States of America.
Michael did that. Michael made us love each other. Michael taught us to stand with each other. There are those that like to dig around mess. But millions around the world, we're going to uphold his message. It's not about mess, but it's about his love message. As you climb up steep mountains, sometimes you scar your knee; sometimes you break your skin. But don't focus on the scars, focus on the journey. Michael beat 'em, Michael rose to the top. He out-sang his cynics, he out-danced his doubters; he out-performed the pessimists. Every time he got knocked down, he got back up. Every time you counted him out, he came back in. Michael never stopped. Michael never stopped. Michael never stopped.
I want to say to Mrs. Jackson and Joe Jackson, his sisters and brothers: We thank you for giving us someone that taught us love; someone who taught us hope. We want to thank you because we know it was your dream too.
We know that your heart is broken. I know you have some comfort from the letter from the President of the United States and Nelson Mandela. But this was your child. This was your brother. This was your brother. This was your cousin. Nothing will fill your hearts' lost. But I hope the love that people are showing will make you know he didn't live in vain. I want his three children to know: Wasn't nothing strange about your Daddy. It was strange what your Daddy had to deal with. But he dealt with it...He dealt with it anyway. He dealt with it for us.
So, some came today, Mrs. Jackson, to say goodbye to Michael. I came to say, thank you. Thank you because you never stopped, thank you because you never gave up, thank you because you never gave out, thank you because you tore down our divisions. Thank you because you eradicated barriers. Thank you because you gave us hope. Thank you Michael. Thank you Michael. Thank you Michael!
そして、午後の和菓子講座のテーマも「錦玉羹 で“紫陽花”と“金魚鉢”」
このサムライブルーの錦玉羹もおすそわけ![]()
元々用意していたレシピの赤ワインで色付けしたのと合わせて、
天然の色だけとは思えない彩やかな紫陽花たち
が咲きそろいました![]()
こちらは、梅酒入りの錦玉羹に、浮かべたのは甘納豆と杏の金魚♪
干しあんずの杏露酒漬けを薄く切って金魚型で抜きました。
普通は羊羹や練り切りで作るのですが、
"家庭で気軽に簡単に作れる本格和菓子"がこの講座のテーマですから~![]()
そういえば、今日着ていたお気に入りのサロンもブルーだw![]()
サムライジャパン!今日は勝ってくれぇ~~
ギリシャ戦、残念でしたね~~。
気を取り直して、コロンビア戦こそはがんばって欲しいです!
今日は月金限定「黒豆大福の日」!
にはちょっと見えませんね^^;
黒豆を五角形にするのが難しかった(>_<)
切ると皮がむけちゃうし、、、
ワタシも残念(T_T)
でもサッカー好きのお友達がもらってくれたー。ありがとうー!(^◇^;)
昨日はもう疲れ切って何もしたくないモードだったけど、とりあえず冷蔵庫にあったもので、また一品ディナー(ディナーとは言えない...T ^ T)
塩麹まぜまぜしといた豚ひき肉と残り野菜あれこれ炒めて、ちょっとピリっとさせたくて、イカキムチ少し入れたらコクも出た♪
めんどくさいから片栗粉入れて丼にしちゃった(^_^;)
あとはインスタントの無添加もずくスープ。
日本vsギリシャ戦観るから早起きする!と張り切ってる息子のために、昨日は早くご飯食べさせたかったのに、結局仕事終わったのは8時過ぎ( ;´Д`)
食べ終わったらもう9時過ぎだよ!
公園でサッカー![]()
空手![]()
お米といで、風呂掃除して入浴
宿題終了
と百点満点
だった息子よ、待たせてごめんよ~![]()
もうすぐはじまるねー!
今朝は特別テレビつけながら、J-waveで生中継聴くよ~~!!
Wカビラもたのしみ♪
がんばれニッポン\(^o^)/









