寝袋ぶらぶら西日本 -8ページ目

寝袋ぶらぶら西日本

旅・絵描き・ラジオ・JAZZ・酒・古本
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しばらく進むと門前仲町。
日暮れまで時間は、まだあるので、不動堂に寄るが、
その時は、好きな法楽太鼓は鳴っていなかった。

 


ホテルに着き、早めの夕食へ。
昼は小諸そばだったが、立ち食いそば好きの私、
今度は富士そばにトライ。
そばは何食でも飽きることはない。

 


ホテルに戻って一杯飲むものを買うため、
コンビニに寄って棚を眺めていると、
なんと、関西では当時まだ売られていない「未来のレモンサワー」を発見!
少々値が張るが、思い切って2種買ってみた。
テイスト感は、値段の割には、もうひとつの印象だ。
浮いてくる輪切りレモンから採取した種を複数個、持ち帰ることにした。
これらが発芽するか試してみよう。

宿泊地は東陽町に取ってあるので、相生橋を渡ると、
以前、路線バスから眺めて、ユニークなフォルムが気になっていた天文台がある
東京海洋大学が横に見えた。

 


ためらわず天文台と記念資料館を見学し、明治丸の外観を撮影した。

 

 

好天のもと、青い空を背景にした大きな船の綺麗な写真が撮れた。

 

さすがに神社だけは、ほとんど変化なしである。
住吉神社の鰹塚は、ドラマ終盤の結婚式のシーンに映ったままである。
ちなみに住吉神社という名前も、いかにも大阪的である。

 

 

ロケ地の要所を探して、町を2度3度ぐるぐると回り、
満足して佃・月島をあとにすることにした。

東京駅を降り、上京の際には必ず寄る神保町に向かい定例行動を終える。
そして銀座に向かい、ギャラリーなど見物しつつ進む。
これぐらいであれば、ほぼ大丈夫なのだが、
銀座から少し外れると、相変わらず縦横はっきりしている都大路に慣れ切った関西人には、
時折カーブの入るルートに惑わされる。

いったん築地を目指し、
いつも、その壮大さとアジアンテイストに感心する築地本願寺を眺め
勝鬨橋を渡れば月島だ。

確か月島小学校もドラマに映っていたよな、と思いつつも、
さすがに半世紀前、
町並みは、すっかり変わり、公園の遊具も当時と異なるので、
どこが、杉田かおる演じるチー坊が遊んでいた公園か、全然分からない。

ドラマの随所には、番地・号名の札が映っていて、
それらの記憶をもとに訪ねてみたが、今では様変わりした住宅。
カメラ撮影も控えておいた。

 

1980年代前だろうか、フィルムからビデオに切り替わったタイミングで
テレビドラマが面白くなくなり見れなくなった。
とりわけホームドラマが、そう。
撮影セットの照明のテカテカした感じが、
作り物感やウソ感を一層際立って見えてしまうのだ。

なので、好きなのはフィルム時代のドラマ。
1970年前後の、人情系の、人物設定が豊かな、
取って付けたお色気展開が少ないドラマが、なおよろしい。

『パパと呼ばないで』は放映当時は見ていなかった。
歌番組の裏だったので、
家族がチャンネルを歌番組にしていたのかもしれない。
石立鉄男がなくなって、しばらく経つが、
面白いドラマによく出ていた役者だったことは今もよく覚えている。

『パパと呼ばないで』の全回をまとめて見る機会があり、ふと感じたこと。
ドラマのロケ地が、ぼくの育った環境(大阪北西部)と似ていることである。
東京と大阪と、文化的には全く正反対ではあるが、
時代的な近接は、さることながら、
河(隅田川・神崎川)や前が海(東京湾・大阪湾)という環境。

そして、いささか無理やりな、こじつけであるが、
ロケ地である佃が、
摂津からの移民の町であることにも因るのではと考えている。
さらなるこじつけになるが、
ドラマの家族が住んでいる家の主(演者は大阪志郎)が被る野球帽は、
生粋の江戸っ子でありながら阪神タイガースのTH帽だ。

なんだか妙な懐かしさとドラマの面白さに引き込まれ、
先日、ロケ地である佃と月島を旅してみることにした。

 

旅先で写真を撮ってきたのだが、

ファイル移動をさせているうちに、

PCなのかUSBメモリなのか、在り処が分からなくなってしまった。

旅記録は早めにUPさせるのが賢い、ということだろう。

なので以下、全部テキストで、ご容赦を。

写真が見つかれば、後日に埋め込むことにする。

 

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新横浜の駅前のラーメン博物館と
横浜スタジアムに行ったことがあるだけで、
まるで知らない横浜エリア。

先日、横浜に行く機会があり、用務の前に1日足して、
常々、小洒落ていると聞く、この街を散策してみることにした。

この旅に連れて行ったのはダホンK3。
14インチの折りたたみ自転車である。
しょせん都市部だ、適当に走れば着くだろうと、
新横浜から横浜に向かうルートをろくに調べず、
適当に走り出したところ坂の連続で、
早々に体力を無駄に消費する。

なんとか新横浜付近の小高い丘から離れ、
スマホと先日フリマで入手した古い地図データを載せたGPSナビを頼りに
横浜を目指す。

1時間ほどかけて、横浜駅周辺に辿り着くが、
ここから関内方面への進路が分からず、
ヨドバシや高島屋周辺を3周ぐらいループしてしまう。
関西圏の人間にとっては、”太平洋は南”という先入観も足かせになった。

途中、信号待ちの国道でママチャリに乗ったオッちゃんに
”それ(K3のこと)性能良いの?”と話かけられ、私から
・ママチャリより速い
・軽い
・新幹線に持ち込めるぐらいコンパクト
・でも値段が高い
ことを力説し、信号が青に変わった瞬間、
イキって、スタート猛ダッシュをかました。

で、なんとか関内付近に到着。宿泊地を確認する。

この日はベイスターズが日本シリーズを快勝した数日後であったが、
街には、あまり浮かれ感がなく、
あの在阪球団との品格の違いを実感した。

メインのランチタイムが過ぎて、やっと腹ごしらえ。
私にとって、関東のファストフードは、そば。
蒸されていない麺で味わえる立ち食いそばは、関西では存在しない。
事前に調べて、神奈川には相州そばという店があるようで、
幸い、関内エリアだった。

14時頃のランチとなったが、店には女性を含め、
ちょっとした入店待ちの客の列。
が、さすが立ち食い、回転率が高く、
さほど待つことなくオーダーが通せ、
満足のうえ次の目的地、神奈川近代文学館を目指す。

が、またしても迷走。
南へ鴨川が流れるのに慣れている人間にとって、
今度は”海は北”という、
地軸があたかも逆転した状況におかれるからである。

そして、またもや坂道が現れるが、
迷いつつ、港の見える丘公園展望台に到着。
バラの花など咲いていて、ハイソサエティな雰囲気だ。
神戸とは、ちょっと違う港町の雰囲気を感じる。

なんとか目指して来た神奈川近代文学館に辿り着き、
受付で駐輪場を尋ねると、少し離れた場所にあるという。
思案したあげく、
たたんで受付で預かってもらうことで了解してもらった。
偉いぞ、K3(というか、学芸員さんだろ)。

文学館で開催されていた企画展は安部公房。
私が大学時代に好んで読んでいた作家だ。
40年前の月日を思い出しつつ、展示を眺める。
民生用のワープロで執筆した作家の先駆者だろう。
仕事の合間には、ユニークなオブジェを作られたり、
多才な能力を発揮された作家だ。
カメラ、写真撮影にも詳しかったはずだ。

文学館のあとは、外国人墓地の横を通り、
他国の地で眠る異人さんたちに思いをはせていると
横浜地方気象台のレトロな雰囲気の建物に出会った。
入館料は求められないので、サラリと入って見学した。

陽も落ちかけ、
翌日の用務があるパシフィコ横浜を下見したあとは、
赤レンガ倉庫などを見物。

アンパンマンこどもミュージアムで
ここ限定のシャツを見つけ、秀逸なデザインに感心したが、
家族に合うサイズがなく、残念ながら入手ができなかった。

ホテルに戻り、オプションで付けていた夕食と生ビールをいただくが、
それぞれボリュームが足りず、追加の買出しへ。
横浜まで来て、ドラッグストアの見切り弁当と
ドンキの缶ビールを買った。

横浜といえば中華料理だろが、という声も想像できるが、
自論では、中華は京都に限る。
上品な味付けと盛り付けの京都の中華を食していると、
他のエリアの中華には目が向かなくなるのである。

年末休暇のミッションその1、

フィルムカメラコレクションの整理。

作業の中、さらに必要となる収納ボックスの数の目途が立ったので、

ポチっとオーダー。

納品まで、カメラ整理は中断。

 

ついでにラジオも整理。

小型ラジオは、そこそこ整理できているので、

収納しているボックスの隙間に放り込んでいた

ポケットラジオだけを取り出し、

これらを整理することに。

 

まずは取り出し、

 

 

百均のプラボックスに立体パズルのように、はめ込み、

 

 

はい完了。

 

広い場所がないもので、

飲みながらのデザインワークや、

 

 

銭勘定も線路の中。

アルコール類も安物というのが御時勢だ。

 

四六時中、考えていたわけではないが、
プラレールのポイントが自動で切り替わって、
全ルートを走るレールの組み方ってあるのだろうか、
と思案していた。

で、その意図はなく、たまたま組んだ∞状のレール。
電車を走らせてみると、それができた!

 

 

ポイント部分を電車が通過する度に、

 

 

自動で、

 

 

ポイントの、

 

 

組み合わせが変わってくれる。

 

 

ただし、この組み方の難点は、

弧レールと直線レールの長さと凸凹合わせのため、

特殊な調整パーツを多く必要とすることである。

ぼくの場合、コレクションに不足はなかったが。

 

以前、ニコンのダハタイプの双眼鏡のことを書いた。
https://ameblo.jp/halfsize/entry-12863956002.html?frm=theme

その後、またニコンの別製品を入手。
飛びつくほどの値段ではなかったが、
そこそこの掘り出し物プライスだったので、
思い切って購入。

 

 

早速、眺めてみると、なんと視界のクリアなこと。
そして、前の双眼鏡が双眼鏡10x25だったが、
5ミリの口径差が、これほど広い視野の違いをもたらすことに驚いた。

 

たまたまであるが、試し見をしていた際、

200メートルほど先にタンポポの種が飛んでいるのを見分けることができた。

大きな綿ゴミだったのか、ぼくの目が良いだけか…(笑)

ともあれ、数十メートル先ぐらいなら、

それにピントは合わないはずである。


写真ではサイズ感の違いが上手く出なかったが、
9x30の方が少し大きく、480グラムほどの重さは、
革ふうのコーティングの外観と相まって
ちょっとした高級感を醸し出してくれる。

 

 

比較して両者を広げたところと、

 

 

閉じたところ。

また旅に出る際、連れ出す機会が楽しみになった一台である。