いつか…ユデタマゴ -24ページ目


月曜日のバルテュスナイト☆、今更の続きを・・・  f(^^;

 

 ~ * ~ * ~ * ~

「バルテュス」
本名 バルタザール・クロソフスキー・ド・ローラ (1908-2001)

ポーランド人の美術史家であった父と画家の母のもとパリに生まれ、芸術的な環境で育ちました

僅か11才の時に、母の恋人のリルケ(←コレも凄い) に才能を見いだされ絵本の出版をしています
2度の世界大戦の緊張と不安の中で傑作を生み出すも、パリを離れ田舎に居を構えます
自然に目覚めたバルテュスはこの頃から風景画を多く描くようになりました

ローマのアカデミー・ド・フランスの館長に就任し日本美術展の作品選びのために初来日した際、ご案内役をした節子さんと出逢い、後に結婚します
以降、作品に日本美術の影響が現れるようになりました……

 ~ * ~ * ~ * ~


等々を予習し、企画室での自由鑑賞タイムです!
午前中に来て気ままに観るのとは違い、閉館時間が有るのでキモチ焦りつつ廻りました

無料の音声案内も借りず引っ掛かった作品のみ凝視しよっと…


のつもりが、初っぱなから躓いちゃったー




■第1章    初期



《ミツ》バルテュスによる40枚の絵  1921年  本

リルケの助力で出版された最初の作品となる絵本が全ページ有りました
色々と、ん?な事もあるけどじんわり来るタッチで、一筆箋 (写真)を買っちゃった、えへ



また、生涯手本とし敬愛し続けたピエロ・デッラ・フランチェスカの「聖十字架物語」に基づく絵が有りましたが…フムフム



■第2章     バルテュスの神秘 


「嵐が丘」(エミリー・ブロンテ)のための14枚の挿し絵が有りましたが、鉛筆とペンで描かれた線が神経質な印象です




《キャシーの化粧》1933年 油彩

本人は否定しているそうですが「嵐が丘」の挿し絵と殆んど同じです
違いはキャシーが裸に近いこととヒースクリフがキャシーを見ていないこと…
キャシーは苦しい恋のお相手であり、ヒースクリフはバルテュス自身だそうです



《鏡の中のアリス》1933年 油彩

片胸をはだけ左足を椅子にかけて性器を見せながら、髪を櫛でとかしています
兄の友人の妻がモデルだそうですが、官能的な体つきと白目を向いたような眼が対照的です

チラシに称賛と誤解だらけの…という紹介文がありますが、確かに誤解されるよねという代表作

というか画廊で開いた初めての個展で、話題作りを狙いあえてスキャンダラスな作品も発表したそうです



《夢見るテレーズ》1938年  油彩

ポスター、チラシに載っている作品です
初めて少女をモデルにした作品で、以降この隣人の娘を9点描きました
こちらにスカートの中を見せるポーズは、無防備さと、もう大人よという背伸びした気持ちを少女の中に見たゆえかと思いました



《美しい日々》1944-46年  油彩

ゆったりとした一人用のソファに座る少女は、右胸をのぞかせ右足をズズズーっと伸ばして手鏡を見てます
左からの光線と右斜めに伸びた足、その先の白い靴、ゴウゴウと燃える奥の暖炉の四角い構えなどで、全体を幾何学的な印象にしています
少女の、自分への問いかけのような表情が良いですね




《決して来ない時》1949年  油彩

こちらも少女、そして猫です
ガウンをまとって無理な体勢で椅子に腰掛け、背もたれに掴まっている猫を撫でている少女の足は斜めに真っ直ぐ伸びています
「美しい日々」同様、少女の足と奥の窓枠の四角が幾何学的です
大きな窓からの光がのけ反った顎に当たっているさまが意味有りげに見えました
これはポストカードを買いました




《猫と裸婦》1949-50年  油彩

「決して来ない時」と似た構図です
モデルも同じですが、うねるような体の動きが窓からの光でより強調され、肉感的な身体つきが浮かび上がっています



■第3章    シャシーー田舎の日々


1953年、パリを離れブルゴーニュ地方シャシーの城館に移り住んだバルテュスは、絵画のマティエール(絵肌)の研究をします
カゼインとテンペラを混ぜてフレスコ画のような、漆喰のような質感を追求し、色彩も明るくしていきます



《樹のある大きな風景(シャシーの農家の中庭)》1960年 油彩

シャシーでの最後の風景画で、城館の3階の窓からの眺めです
遠景に冬の光が当たる田畑、前景には光によって幾何学的造形を見せる中庭となってます
印刷物では感じ取れない肉厚な田畑の質感がとても素敵です


この時代も少女は描いてますし、説明では最も多作な時期となってますが、展示自体は8点でした



■第4章    ローマとロシニエール


1961年にアカデミー・ド・フランスの館長になった関係から来日をしますが、夫人との出逢いや日本文化からの影響は、バルテュス後半生の大いなる転機となりました




《朱色の机と日本の女》1967-76年 カゼイン・テンペラ

節子夫人がモデルの不思議な絵です
この作品も、伸ばした足や壁の模様、ついたての直線で、幾何学的な印象を与えています
構図や陰影のない人物表現は日本画の影響があるということです



《読書をするカティア》1968-76年  カゼイン・テンペラ

ゆったりとした椅子の少女は片足を立て、本を持っていますが視線が斜めになっています
30年前に描いた「夢見るテレーズ」と似た構図ですが、壁は研究の成果が出てフレスコ画を越して壁画のようです
この作品も光の用い方が素晴らしい……白く伸びた脚が前方から当たる光で艶かしく感じます、少女なのに…




途中、沢山の私物でほぼ生前と同じにしたアトリエや、展示最後には資料、愛用品の展示が有りました



思っていたよりも早めに観終えましたが、ショップに着いたら5~6人しか居なかった…ハハハ



今回初めてバルテュスの作品を時系列で観ましたが、自分の内面をぶつけた線から作風が変化していく様子がわかりました
大変有意義なバルテュスナイト☆、ありがとうございました!



注:会場内の画像は主催者の許可を得て撮影したものです



【バルテュス展】

会期:2014年4月19日(土) ~ 6月22日(日)
会場:東京都美術館
休館日:月曜日、5月7日(水) 
※ただし4月28日(月)、5月5日(月・祝)は開室
開室時間:9:30~17:30 (入室は閉室の30分前まで)
夜間開室:毎週金曜日は9:30~20:00 (入室は閉室の30分前まで





連勝って、難しいもんですね


F【3ー2】L

仕舞うつもりだったブーツを履き
冬に着ていたババシャツを装着し
熱々の紅茶をポットに用意して西武ドームへ
珍しく三塁側で観戦してきました

寒かったですねー、試合もね

終盤の追い上げはワクワクしたけど、4回裏の貰ったノーアウト三塁を得点に結び付けられなかったのが尾を引いたんだと思いますわん

ただ!
中村選手の超特大な第1号を見られたのは良かったな~~
打ってからレフスタに着弾する間に、指差しつつあれこれと喋ったりしたくらいに滞空時間が長かった…





お連れ様の観戦目的は実はコレアップ
L‘s何とか(笑)で500円!
パンケーキの上にホイップとベリーソース、&アイスクリームという甘々な感じですけが、美味しかった!
球場グルメにしては安いと思います ^_^

ワタシの目的が日ハムベンチということは決して有りません汗




今、駅などにちょっと刺激的な案内が有りますねーー  コレはチラシの方ですが↓↓


昨晩は、東京都美術館で催された【バルテュス展】の特別観賞会、 『バルテュスナイト☆』に参加してきました


参加特典として
 
①節子・クロソフスカ・ド・ローラさん (故バルテュス夫人)にお会いできる!
②学芸員の方によるレクチャーを受けられる
③展示室内の撮影が出来る
④オリジナルグッズが戴ける


私は①に萌えに燃えまして(笑)、 ダメ元で申し込んだら抽選に当たったのです!
ブログやSNS などで鑑賞記事を書いてくれる方という条件があったので、遅筆ながら頑張ります!遅筆はバルテュスも同じらしいし!(違)





ナイト☆・・・というくらいですから、夜です
普段は休館日の月曜日、しかも夜の美術館…貴重だ…





受付後プレスリリース用の冊子をいただき、右上のステッカーを体のどこかにペタッキラキラ
参加者は50名ほどでしょうか…
注意事項 (主に撮影について) 等聞いたあと、バルテュスそして今回のバルテュス展について、学芸員さんからのお話タイムです


◆日本でのバルテュスの展覧会は過去2回開催されたが、今回は没後初の回顧展である
規模も大きく、時系列で紹介している作品は、油彩約50素描約50点ほどということ
◆伝統の、また、古典美術の継承者とも言われるが、美術学校でアカデミックな絵を学んだわけではない
独学で、ドラクロアやクールベ、ピエロ・デッラ・フランチェスカなどの絵を模写していた
◆日本美術や中国の山水画なども取り入れて作品を制作した
◆バルテュスを語るうえで欠かせない「少女」のモチーフについて、その執着と表現方法は色々な憶測を呼び誤解を招いているのは自ら分かっていた
しかしバルテュスにとって、完璧な美の象徴・手付かずの神秘性・精神的肉体的双方の危うさの魅力…ということから、最高の美の理想だったため描き続けた
見るたびに変化していく様を絵に留めたいということから同じモデルで何作も描いた
◆11才の時に初めて描いた「ミツ」から始まり、「猫」も大切なモチーフそして自分の分身として生涯描き続けた


◆アトリエの再現展示について…
スイスのロシニエールのグランシャレに生前時のまま残されているアトリエを再現したが、壁や床などは別にして、家具小物類や製作途中の作品も殆んど全て運んで頂いた
これは夫人の節子さんの多大な御協力である
◆絵を描く=祈りの様なもの、と考えていたバルテュスはアトリエを聖域とし、親しい間柄でも容易には入れなかった
また創作に於いては自然光が不可欠で、そのためアトリエには大きな窓がある
絵の中にも光を巧みに表現しているし、鑑賞も出来れば自然光のもとでして欲しいと思っていた


◆光の表現ということについて…
初期からキラキラ光っている描き方ではなくマットな質感であったが、後年になると更に漆喰のような質感になった
山ほど模写したフランチェスカの作品ような、まるで壁画のように表現した
是非この質感を本物で体感してほしい


◆バルテュスの作品は日本に殆んど無いため、今回の展覧会を開くにあたり世界中の美術館からお借りした
また個人で所蔵されている作品も多く、人気もあるので所有者が流動しているが、 夫人がかなりの口添えをしてくださり、集めることが出来た



大体このような内容だったかな…
多分、きっと、恐らく…汗




次に、クリスチャン・ルブタン(セレブシューズのブランドです)が「バルテュス展」のためにデザインしたサンダル「ロシニエール」( 286,200円!)の紹介です


節子夫人が、生前バルテュスに贈った刺繍が施されたスリッパを再現したいと、友人のルブタンさんに相談して出来上がったそうです



そしていよいよ節子さんのご登場です!!



凛とされています~

正直申し上げまして(コホン)、バルテュスのことは殆んど知らないまま、ド・ローラ節子さんに憧れていたワタシ汗

お話など右から左で(コラ) 、バルテュスの手控え帖について、本当にインスピレーションで描いたものなのです…というフレーズを覚えているだけなのでした~ヒエェ



肝心の作品達については明日!!多分!

何か勉強臭くなってしまった…





 
GWが始まりましたね!関東はお天気も気温も行楽日和です
こんな日は屋外観戦したいなー…しかし西武の二軍は試合ないし、武さんは平塚だし…
というわけで (*^^*)

ヤフド嫌いだけど仕方無いね、テレビで応援ちう
それにしても……このままでは一歩進んで二歩下がる日々になってしまいます


 ~  *  ~  *  ~  *  ~

ダラダラ視つつスマホの写真を見ていたら、先日トーハクで撮ったのがいくつか有るので貼っちゃおWハート




キトラ古墳壁画のあと、常設の屏風と襖絵の展示室へ大急ぎで廻りました
尾形光琳の風神雷神が出ていると聞いていたのですねー
平成館で開催中の【特別展  栄西と建仁寺】の目玉が俵屋宗達筆の国宝「風神雷神図屏風」ということから、その関連出展でしょう


■尾形光琳「風神雷神図屏風」(重文) 江戸時代

宗達は本物を観たこと無いのですが、パンフの写真と比べると表情がよりコミカルだし、構図や纏いものなどに変わりはないのに全体的に華やかな印象をうけました



■ 海北友松「山水図屏風」安土桃山時代
       

                 (部分)
狩野派に始まり中国の画風を取り入れたのち、独自の描き方となったらしいです
水墨画においてもどこか幾何学的な線(部分参照)が良いな、と思います



■海北友松「琴棋書画図屏風」(重文) 江戸時代

このような、色彩豊かな作品も多いそうです




日本画・・・

ほんとに最近、意識し出したくらいなんですが、海北友松は好きだなーと感じます
あとは、菱田春草きらきら!!
この人だけは昔から好み…
こちらは秋に近代美で「菱田春草展」が有るので楽しみです


今回のこの室は撮影はOKだったのですが、フラッシュを使用する人が何人かいて驚きました
学芸員さんも居なかったので言おうかどうか躊躇してました…





好きな、浮世絵と衣裳の展示室でのお出迎え展示です

打ち掛け「鼠地唐織花文網目繋八橋胡蝶模様」
帯 「金華山織七宝繋に牡丹蝶模様」


帯は江戸時代、西陣では西洋のビロードを模して金華山織が製作されるようになりました
私の大好きな蝶模様、うっとりと眺めて退館しました











昨日ドームへ行く前に、上野の東博へハート
目的は飛鳥時代の壁画を観ること…

もう十何年も前でしょうか、明日香村の高松塚古墳の損傷が話題になったことや、キトラ古墳の保存方法が論議になってましたよね

キトラ古墳の方は明日香村に保存館的な建物が建てられ、移設保存、公開されるそうです


つまり明日香村を出るのは今回が最初で最後…


冬に、トーハクに来る!と知ってからとっても楽しみにしていたのです
初日から小一時間待ちだとか、入室してもブツを観るのに更に待つとか、そんなん聞いたって怯みませんよ!


看板後方、小さいですが、本館前に並ぶ人々…私も最後尾につきました

一坪以上あるツツジが見事でした
青楓も薫風にそよぎ、白壁に影を揺らしてましたので、待つ間に一句捻り出そうとノートを出す・・・



・・・出しただけ 汗



結局50分しっかり待って本館特別5室へ…
私にしては珍しく音声案内(300円)を借りました

「今を遡ること1300年前、国のまほろばと謳われた大和飛鳥の地に、丸い小さな古墳、つまりお墓が作られました」
二段式で小さな丘陵に掘る形、直径約14M高さ3Mという大きさです

まず最初に飛鳥の航空写真や古墳の所在地の地図があり、その先に四つの壁画の複製陶板の展示でした


キトラ古墳の石室壁画は、おそらく棺の真上にあった天文図と、東西南北の壁にそれぞれ四神 (青龍・朱雀・白虎・玄武) が1体と十二支の中から3体づつ描いてあります

この四神と十二支、そして天文図に描かれている日月は、古代の東アジアの宇宙観である「陰陽五行思想」に基づいて描かれたと考えられるそうです

「五行思想では、万物は五つの元素 (木・火・土・金・水) からなると考えられ、それぞれに色 (青・赤・黄・白・黒) や、方位 (東・南・中・西・北) が割り当てられています。
聖なる四神もその思想に基づいています (略)」~会場説明より~


東壁の《青龍》・・保存状態を考慮すると長時間の移動は困難ということで、複製陶版板のみの展示でした                                                      
春を司るという青龍の大部分は判別不能です
わずかに残る図像は、大きく口を開け長い舌を出している図は、高松塚古墳の青龍と似ているとのこと…
下に描かれた虎の図、姿は青い服を着た人間でした
方位に対応した服の色は中国でも例を見ないそうです

南壁の《朱雀》・・南方守護、赤、夏、という朱雀 の図像は、石室を塞ぐ南の壁に描かれているということから、他とは違い明るい屋外で描かれたと考えられるとか
伸びやかな線と明るい色はそんなことも関係しているのかもしれません

西壁《白虎》・・縦横せいぜい1Mの窮屈な石室の中で描かれたとは思えないほど、細かい描写でした
国内外の他の白虎の殆どは顔が左(南)を向いているのに、キトラの白虎は右(北)を向いていることがとても珍しいそうです
あと、後脚と絡まって尾が真上に上がる描き方は7世紀後半から8世紀半ばの唐の流行を取り入れたらしい…そんな記録も有るんですねー

北壁《玄武》・・これは亀と蛇が絡み合ってます
高松塚古墳の玄武は削られているので、貴重だそうです


天文図《日月(星)》・・内軌、赤軌、外軌を表す3つの円と黄道、金箔片およそ350で示した星々、それを赤い線で結んだ62の星座が描されてます


さて、表現方法ですが、壁画は乾いた漆喰の上に描かれてます
下絵を置き、尖ったもので筋をつけたうえで顔料を使っての彩色と考えられています
青龍の下からは水銀が採取されたので水銀朱という顔料や、泥に覆われた胴体部分には銅が確認されたことから、緑青や群青を用いて緑などの顔料で描いたと見られているそうです



このようなことを実物を観る前に学習しましたが、まだまだお楽しみは先です



キトラ古墳から出土した副葬品の数々の展示や壁画を剥がすために特別に製作したダイヤモンドワイヤー・ソーという道具の展示が有りました
更には「キトラ古墳の保護ー30年のあゆみー」というスライドショーを見て、漸く壁画観覧の列に並びます


15分ほどで順番が来ましたが、ジックリゆっくり観るわけにはいかないのです
流れるように観ないとね、何たって大混雑・・・
トーハク中の学芸員さんに特別出勤してもらってる感じで、おまけにあった高松塚古墳の模写もスイスイ拝見しまして出口ありゃ?アッサリ↓↓


で、もう一回入場しましてん (笑)
一旦出れば、すぐに入っても良いシステムでした



南壁《朱雀》、赤色が鮮やかです
1300年前なんですよね、う~~ん…


誰がかいたのか…ということに、この朱雀の図像がヒントになってるそうです
同時代の奈良の薬師寺の本尊、薬師如来の台座に描かれている朱雀が良く似ていることから、キトラ古墳の図像も同じ画家の集団によるものではないか、と…

それは朝鮮出身の画家達で、当時聖徳太子の供養や薬師寺の造営といった国家プロジェクトに関わっていたとみられるそうです



最後に、キトラ古墳の「キトラ」という名前について…

調査開始にあたり、鎌倉時代に開けられたとみられる盗掘孔からファイバースコープを差し入れると、北の玄武と西の白虎がまず確認出来ました
はるか昔、土地の人たちが同じように南方から覗き、亀と虎が見えたと考えられます
いつか口伝えで、亀と虎、キとトラ…となり、そこをキトラと呼ぶようになったのではないでしょうか

・・・らしいです (笑)



説明だらけの文章というのに、最後まで読んでいただきありがとうございましたキラキラ