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愛をうたう

ショウジョウハイライト明香のアタマ



長い間、住んでいる場所や行動範囲や何やで

数えるほどしか行かなくなったファミレス。

ここ最近

マンションからすぐのところにファミレスがオープンして

事情もあって、夜に1人で行く機会が出来た。



21時を過ぎたあたりの店内は

色んな人達が思い思いに過ごしている。

遅めの夕食をとる人

若いカップルが笑いあったり

ビールを飲んでいる人もいる。


久しぶりの空気感。

明日までまだまだ距離があるような感覚。



17歳くらいからずっと夜をベースに行動していたし

それなりにマシな大人になろうとしていた頃からは

午前中には起きるようにはなったけれど

大阪に出て来てからも

バーやライブハウスなどがメインの生活時間帯は

変わらず夜型のままだった。



30歳前後で女は変わる。

健康云々の話ではなくて

生き物のメスとしてのリミットが見えてくると

身体はもちろん思考も変わる。

それはきっと本能レベルの感覚が作用するような気がする。


当たり前のことを当たり前にする事の凄味を

自分の生き方にも反映させるために、色々意識するようになった。


その頃から私は朝起きて夜寝るようになった。

当たり前の顔をして

日々の暮らしを紡いでいる。



生き方はそれぞれ。

自分が美しいと思う生き方で死ぬまで生きられたら素敵だと思う。




1つの年の差が大きく感じた10代のあの頃

バンドメンバーと練習が終わっていつもの中華屋で大盛りのラーメンを食べて

自転車を引いて

夜を惜しんでファミレスに向かう。

山盛りのポテトとドリンクバーで何時間も話す。

希望でも夢でもない何かもう少し曖昧なものを口にしながら

大事な時間を惜しげもなく使った。


それはとても美しい時間だった。




あれから20年近く経った今

ドリンクバーのカップと

ノートとペンを手にそんなことを思っている。





私は普段

ほとんど音楽を聴かない。



聴きたいものを聴きたい時に

聴きたいだけ聴く。



お酒もそう


飲みたい時に飲みたいものを

飲みたいだけ飲む。



求めてないものを過分に身体に入れると

必ず調子が悪くなる。





皆んな色んなことを思う。

皆んな色んなことを考える。

皆んな色んなことを言う。



どれを選ぶか

どれが気持ちいいか

どれが必要か

自分自身の感覚を研ぎ澄ましておかないと

要らないものも簡単に雪崩れ込んでくる。




便利なのかもしれない。

知りたいことが少々のお金を出せば身勝手に手に入る。

調べたいことのアンサーは選べないほど得ることができる。



でも本当は知っている。



人は欲しい答えを探す。

必要なものを見つけようとする。

見たくないものは見ない。


だとしたら



分からないことがあったら先生に聞くこと

迷うことがあったらお寺の住職に教えを請うこと

家の不具合を大工さんに相談すること

料理上手のあの家のおばさんに料理のコツを聞くこと


そんな風に解決できた昔のやり方が

人が生きるくらいの時間をすんなり過ごすための

最適の方法だったんじゃないかと思う。





何でも出来る人がいてもいい。

何でも知っている人がいてもいい。

でも

想像力や感覚が退化している現代の人間が

頭の中にたくさんの情報を詰め込んでやりくりするのは難しい。



だから

そういうことならあの人に聞いたらいい


それでいいと思う。




望まないなら

全てを知る必要も

全てを知ろうとする必要もない。





好きなものを好きな時に

好きなだけ。





私の身体をすり抜けて

引っ掛かって残ったものを愛でながら

今夜は、コーヒーとほんの少しのブルース。











そんな日々が随分当たり前になった頃

病院の検査に引っかかったとカミジさんは言った。

別に深刻そうに言った訳じゃないけれど

何となく私たちには分かった。

きっと今まで通りの暮らしじゃなくなって行くんだなと思った。


入院したり、退院したり

病院が変わったりして

カミジさんは

笑ったり落ち込んだり、少しわがままを言ったりしながら生活していた。


サカエちゃんも私も病院の近所に住んでいたので

カミジさんが欲しいと言ったものを届けたり

なんだかんだよく会いに行った。


病気になって娘さんが会いに来てくれたようで

また会えるようになったと言って嬉しそうに話していた。



◻︎◼︎◻︎



春の手前

前に3人で近くの川にお花見に行ったことを思い出して

お店が終わったあと


今年もまたお花見行こうね


とカミジさんにメールをした。



次の日の朝、カミジさんの携帯電話から電話がかかってきて

電話口は娘さんでカミジさんが亡くなったことを伝えられた。





お葬式の日

サカエちゃんと私は受付をしていた。

中からお経が始まった後もそこに座っていて

何となく2人ともぼーっとしていた。

とても天気が良くて受付に向かって外から陽の光が射し込んで目の前がキラキラしていた。




なんや、みんなようけ集まってなんか楽しそうやなー。




とか言いながら入口からカミジさんが入って来そうで

それをサカエちゃんに言った。

そうやねーって言いながら2人で泣いた。


その時私はハンカチを持っていなくて

サカエちゃんのハンカチを2人で使った。

私は洗濯して返すねって言って持って帰った。



◻︎◼︎◻︎




それから程なく色んなことが起きてお店を閉めた。

またしばらくの時間が経って

いくつかのライブハウスで働いたりしながら

自分で歌を作って歌うようになった。

ギターも弾いている。



もっと一生懸命練習して、もっと一緒に歌いに行きたかったな

と思う。

ギターも、教えてもらいたかったな

って今だから思う。

私の歌聞いたらなんて言うかな。

今の私見たらなんて言うかな。

話したいこといっぱいあるのになと思う。



会えなくなった人たちは

最後に1番大事なことを教えてくれる。

私の中でとても強い指針になる。


でもまた暮らしの中でうっかり忘れたりして。

その度に何かがそっと大切なことを教えてくれる。








今日はとても良い天気で

外から陽の光が射し込んで目の前がキラキラしている。


その中で洗濯物をたたんでいる。