洗い終わった洗濯物の中に1枚のハンカチ。
薄手のバンダナのような黒色に赤い模様で
私が10年ちょっと前に友人から借りてそのまま持っているもの。
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私が大阪に来てしばらくして
縁あって都島でお店をやることになった。
その当時、20代半ばだった私が基本1人でお店に立つことを心配して
その時の恋人が後輩のボクサーたちを用心棒がわりに手伝わせると言い出して
心遣いはありがたかったけれど
柄の悪い男の子たちが日替わりでやって来ては、しかめっ面でいるもんで
あっという間にボクサーのいるやばそうな店という評判がたった。
猛獣使い気分で何とかやりくりして何とか楽しくやっていたある日
コンビニにお客さんのタバコを買いに行った後輩の1人が
見知らぬ年配の男性を連れて店に帰ってきた。
いらっしゃいませ
生ビールあるの?じゃそれで。
後輩の知り合いですか?と聞くと
いやコンビニの前で声をかけられて面白そうやから一緒に来たと言う。
おっちゃん、おもろい店あるから飲みに来いや。
アイスやるから。
そう言われてついて来た50歳過ぎのおじさん。
飄々としていて少年みたいに笑う白髪混じりのおじさん。
新地でガットギターを弾いて暮らしているカミジさんという人だった。
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歌を歌う人になる
と言って金沢出た私だったけれど
恋人の家に住み、そこから繋がるツテでアルバイトをする日々の中
歌うことに関しては特に何か現実的にするでもなく
大阪の少ないツテの一つの音楽サークルで歌ったりするくらいだった。
そんな日々の延長上で始めたお店だったから
歌を歌う人になるという私の意気込みは
どうして大阪に出て来たのかという問いに対する、少し夢のある返事になっていただけだった。
そんな私に
お前、うた歌うんならギター弾くから歌うか?
と言って
まるでアイス食うかみたいなノリでカミジさんは誘ってくれた。
カミジさんはラテンミュージックを基本に新地のクラブで毎日ギター演奏をやっていて
リクエスト用に歌謡曲やらも色々レパートリーがある。
この曲知っとるか?
と、楽譜を渡されてそれを練習した。
ポルトガル語やスペイン語の曲も何曲か練習した。
私の店が休みの日に、バーや音楽祭で歌ったり
昼間の単発の営業に一緒に連れて行ってもらったりした。
恋人も変わって、店の近くで1人で暮らして
後輩のボクサーたちもただの友達になって、お店も馴染んできて
時折カミジさんと一緒に歌いに行く。
暮らしの中に歌があって、私は何だかいい気分だった。
お店の常連さんで私よりいくつか年上のサカエちゃんという女の子がいて
私はその子と気が合って、よく一緒に遊んだりしていた。
サカエちゃんはカミジさんとも仲が良かったので、自転車に乗って出かけたり、立ち飲みに行ったり、よく3人でも遊んだ。
カミジさんには別れた奥さんと暮らしている私と年の同じ頃の娘さんがいて
私とサカエちゃんを娘みたいに思ってくれていたところがあったような気がする。
でもカミジさんは人を年齢や職業で全く区別しない人で
同じ目線で対等に付き合うので喧嘩になったことも何度かあったし
3人で泣きながら明け方まで話をしたこともあった。