愛をうたう -8ページ目

愛をうたう

ショウジョウハイライト明香のアタマ




私は普段

ほとんど音楽を聴かない。



聴きたいものを聴きたい時に

聴きたいだけ聴く。



お酒もそう


飲みたい時に飲みたいものを

飲みたいだけ飲む。



求めてないものを過分に身体に入れると

必ず調子が悪くなる。





皆んな色んなことを思う。

皆んな色んなことを考える。

皆んな色んなことを言う。



どれを選ぶか

どれが気持ちいいか

どれが必要か

自分自身の感覚を研ぎ澄ましておかないと

要らないものも簡単に雪崩れ込んでくる。




便利なのかもしれない。

知りたいことが少々のお金を出せば身勝手に手に入る。

調べたいことのアンサーは選べないほど得ることができる。



でも本当は知っている。



人は欲しい答えを探す。

必要なものを見つけようとする。

見たくないものは見ない。


だとしたら



分からないことがあったら先生に聞くこと

迷うことがあったらお寺の住職に教えを請うこと

家の不具合を大工さんに相談すること

料理上手のあの家のおばさんに料理のコツを聞くこと


そんな風に解決できた昔のやり方が

人が生きるくらいの時間をすんなり過ごすための

最適の方法だったんじゃないかと思う。





何でも出来る人がいてもいい。

何でも知っている人がいてもいい。

でも

想像力や感覚が退化している現代の人間が

頭の中にたくさんの情報を詰め込んでやりくりするのは難しい。



だから

そういうことならあの人に聞いたらいい


それでいいと思う。




望まないなら

全てを知る必要も

全てを知ろうとする必要もない。





好きなものを好きな時に

好きなだけ。





私の身体をすり抜けて

引っ掛かって残ったものを愛でながら

今夜は、コーヒーとほんの少しのブルース。











そんな日々が随分当たり前になった頃

病院の検査に引っかかったとカミジさんは言った。

別に深刻そうに言った訳じゃないけれど

何となく私たちには分かった。

きっと今まで通りの暮らしじゃなくなって行くんだなと思った。


入院したり、退院したり

病院が変わったりして

カミジさんは

笑ったり落ち込んだり、少しわがままを言ったりしながら生活していた。


サカエちゃんも私も病院の近所に住んでいたので

カミジさんが欲しいと言ったものを届けたり

なんだかんだよく会いに行った。


病気になって娘さんが会いに来てくれたようで

また会えるようになったと言って嬉しそうに話していた。



◻︎◼︎◻︎



春の手前

前に3人で近くの川にお花見に行ったことを思い出して

お店が終わったあと


今年もまたお花見行こうね


とカミジさんにメールをした。



次の日の朝、カミジさんの携帯電話から電話がかかってきて

電話口は娘さんでカミジさんが亡くなったことを伝えられた。





お葬式の日

サカエちゃんと私は受付をしていた。

中からお経が始まった後もそこに座っていて

何となく2人ともぼーっとしていた。

とても天気が良くて受付に向かって外から陽の光が射し込んで目の前がキラキラしていた。




なんや、みんなようけ集まってなんか楽しそうやなー。




とか言いながら入口からカミジさんが入って来そうで

それをサカエちゃんに言った。

そうやねーって言いながら2人で泣いた。


その時私はハンカチを持っていなくて

サカエちゃんのハンカチを2人で使った。

私は洗濯して返すねって言って持って帰った。



◻︎◼︎◻︎




それから程なく色んなことが起きてお店を閉めた。

またしばらくの時間が経って

いくつかのライブハウスで働いたりしながら

自分で歌を作って歌うようになった。

ギターも弾いている。



もっと一生懸命練習して、もっと一緒に歌いに行きたかったな

と思う。

ギターも、教えてもらいたかったな

って今だから思う。

私の歌聞いたらなんて言うかな。

今の私見たらなんて言うかな。

話したいこといっぱいあるのになと思う。



会えなくなった人たちは

最後に1番大事なことを教えてくれる。

私の中でとても強い指針になる。


でもまた暮らしの中でうっかり忘れたりして。

その度に何かがそっと大切なことを教えてくれる。








今日はとても良い天気で

外から陽の光が射し込んで目の前がキラキラしている。


その中で洗濯物をたたんでいる。











洗い終わった洗濯物の中に1枚のハンカチ。

薄手のバンダナのような黒色に赤い模様で

私が10年ちょっと前に友人から借りてそのまま持っているもの。



◻︎◼︎◻︎



私が大阪に来てしばらくして

縁あって都島でお店をやることになった。

その当時、20代半ばだった私が基本1人でお店に立つことを心配して

その時の恋人が後輩のボクサーたちを用心棒がわりに手伝わせると言い出して

心遣いはありがたかったけれど

柄の悪い男の子たちが日替わりでやって来ては、しかめっ面でいるもんで

あっという間にボクサーのいるやばそうな店という評判がたった。

猛獣使い気分で何とかやりくりして何とか楽しくやっていたある日

コンビニにお客さんのタバコを買いに行った後輩の1人が

見知らぬ年配の男性を連れて店に帰ってきた。



いらっしゃいませ


生ビールあるの?じゃそれで。



後輩の知り合いですか?と聞くと

いやコンビニの前で声をかけられて面白そうやから一緒に来たと言う。



おっちゃん、おもろい店あるから飲みに来いや。

アイスやるから。



そう言われてついて来た50歳過ぎのおじさん。

飄々としていて少年みたいに笑う白髪混じりのおじさん。

新地でガットギターを弾いて暮らしているカミジさんという人だった。


◻︎◼︎◻︎


歌を歌う人になる


と言って金沢出た私だったけれど

恋人の家に住み、そこから繋がるツテでアルバイトをする日々の中

歌うことに関しては特に何か現実的にするでもなく

大阪の少ないツテの一つの音楽サークルで歌ったりするくらいだった。

そんな日々の延長上で始めたお店だったから

歌を歌う人になるという私の意気込みは

どうして大阪に出て来たのかという問いに対する、少し夢のある返事になっていただけだった。


そんな私に

お前、うた歌うんならギター弾くから歌うか?

と言って

まるでアイス食うかみたいなノリでカミジさんは誘ってくれた。


カミジさんはラテンミュージックを基本に新地のクラブで毎日ギター演奏をやっていて

リクエスト用に歌謡曲やらも色々レパートリーがある。


この曲知っとるか?


と、楽譜を渡されてそれを練習した。

ポルトガル語やスペイン語の曲も何曲か練習した。

私の店が休みの日に、バーや音楽祭で歌ったり

昼間の単発の営業に一緒に連れて行ってもらったりした。



恋人も変わって、店の近くで1人で暮らして

後輩のボクサーたちもただの友達になって、お店も馴染んできて

時折カミジさんと一緒に歌いに行く。

暮らしの中に歌があって、私は何だかいい気分だった。




お店の常連さんで私よりいくつか年上のサカエちゃんという女の子がいて

私はその子と気が合って、よく一緒に遊んだりしていた。

サカエちゃんはカミジさんとも仲が良かったので、自転車に乗って出かけたり、立ち飲みに行ったり、よく3人でも遊んだ。


カミジさんには別れた奥さんと暮らしている私と年の同じ頃の娘さんがいて

私とサカエちゃんを娘みたいに思ってくれていたところがあったような気がする。

でもカミジさんは人を年齢や職業で全く区別しない人で

同じ目線で対等に付き合うので喧嘩になったことも何度かあったし

3人で泣きながら明け方まで話をしたこともあった。