昨年の4月から暮らしている家のあたりは
天気予報で山間部扱いの場所で
街中よりも雪が多い。
膝までの長靴でも中に雪が入ってくるくらいひと晩で積もる。
ここ2年ほどはあまり降らなかったようだが今年は割としっかり降った。
山は冷えるので気温も低く
水道管が破裂したり
玄関が雪で埋まったり
困ったことも色々あったけれど
山が白く染まる様は本当に息を呑むほど素晴らしく
冬の間、外に突っ立って何度も山を眺めた。
3月20日
1年以上ぶりに人前で歌をうたった。
お寺の檀家さんが集まるお彼岸の法要で
いつもならその後に食事会があるところ
時勢の影響でそれは難しいので
代わりに何か楽しめるようにとのことでお話をいただいた。
長年暮らした大阪を離れ
京都北部の山奥に引っ越してから初めてのライブ。
ハラタケ工房さんで作ってもらった新しいギターで初めてのライブ。
きっとわたしのライブ史上
最もハイジェネレーションの皆さんの前で1時間ほど歌をうたった。
終わった後
わざわざ声をかけにきてくださったり
楽しかったとの言葉をいただいたり
嬉しかったと同時に
やっぱりわたしはうたうのが好きなんだなと感じて
久しぶりに体の奥から呼吸をしたような気がした。
わたしは可能性の塊であると同時に
わたしはとても無力だ
祈りとも願いともつかないものを頼りにやり過ごす時間もある
そして
わたしには
いくつかの触れる宝物と
いくつもの触れない宝物がある
それを慈しむように
それに守られているように過ごす毎日がある。
冬が終わり
山が緩みだすと
桜色がぽつりぽつりと山を染めて
柔らかい黄緑色が山を覆った。
だんだん緑が濃くなり
今はその合間から
藤の花の紫が山肌に色づいている。
自然は
肯定も否定もしない
ただそこにあるだけ
多彩な山を見ているとそんなふうに思う。
小さな頃に山を描くときは山の形を引いたあとに
濃い緑で塗り潰していたように思う。
今の家と大きく変わらないような場所で育って
毎日山を見ていたにもかかわらず
わたしの描く山は1色か2色で塗りつぶされていた。
見えていなかったんだなと思う。
そこにあって当たり前のものをしっかり見ていなかったんだなとおもう。
みんな元気でいて欲しい。
好きなことをして
笑って暮らしていてね。
昨日
小さいひとと言い合い?になって
お風呂に浸かりながら
お互い号泣という事態に。
私も少し気分的に波の途中だったのも相まって。
理由は
湯船に浸かる際に自分で座ってと言ったところ
出来ないと言われたこと。
出来るよ。
と言ったら
出来ない。
と
お湯も低くしてあるし前も出来てたから大丈夫。
出来ない!
そんなやりとり
なんてことないどうでもいいこと。
でもなんやろうその日1日の色々なことも積み重なったり
最近の自分の思うことがあったりで。
やらないうちから出来ないって言うのはやめよう。
やってみてから出来ないって言おう。
そんなことを言いながらなんかポロポロ涙が出てきて。
私は普段から結構先回りで手伝ってしまうところがあって
それが良くないなと思っているので
意識的に手を出さないようにしていて。
手伝ってと言われても、やってと言われても
1度やってみて出来なかったら手伝うよ。
と言うようにしている。
大人になるにつれて
やる前から分かったような感じになったり
どうせこれはこうだとか
だからこそやってみてからという意識を強く持つようにしている。
小さいひとは私じゃない。
でも私は小さいひとと過ごす時間の中で
小さい頃の自分のわだかまりを溶かしているような気がする。
して欲しかったこと
言って欲しかった言葉
やりたかったこと。
だから時々小さい頃の自分を見てしまう。
小さいひとに私は愛を教えてもらった。
愛することの
容易さも
難しさも
無償も完璧もあったりなかったりすることも。
小さいひとが私を人にしてくれて
私はこの先も
私の中のその存在感が愛だということを
感じたり忘れたり思い出したり
当たり前に思ったりしながら生きてゆくのだ。
今日お昼ご飯を2人で食べながら
小さいひとが
お母さんは自分のこと好き?
と尋ねてきたので
うん。あなたが来てくれて本当に好きになれたよ。
と答えた。
それを受けて
わたしもだよ。
お母さんがいつも大事って言ってくれるから
わたしももっと自分を好きって思えるんだよ。
と言っていた。
9月で4年。
くだらないことが多すぎて
大事なことが意外にあって
これからも私は私の正しさをやりくりして一緒に暮らす。
そんな奇跡のような毎日の中で
それでも歌いたい理由はなんだろう。
それを知りたくて歌っているような。
くだらない毎日は
奇跡のように過ぎてゆく。

