愛をうたう -3ページ目

愛をうたう

ショウジョウハイライト明香のアタマ






特に何も深く考えずに予感を信じて

会いに行こうと思い、連絡して予定を合わせたら

それがタンクさんの誕生日の前日。

滞在中はアトリエに泊めてもらい

かとくんと3人で美味しいもの食べに行ったり、なぜかカラオケ行ったり、たくさんいろんなこと話して

夜はあらたるとで過ごして、また色んな面白い人たちに出会ったり。

お誕生日をお祝いに来たお客さんたちが持参したケーキを何個も食べたり。

菊ちゃんの肉体はもうそこにはないけど

わたしの携帯電話には菊ちゃんの写真はずっとあるし

帰ってきたなー!って感じの2日間を過ごした。


今回のあらたるとで

佐渡島にライブをしに行く計画が持ち上がった。

常連のミュージシャンが

佐渡島に家があり、ライブハウスもあるから、タンクさんもかとくんもみんなで行こうと。


大人になると

自分以外の部分でも色んなことがあって

どうしても身軽さは減るけれど

大変に見えることを簡単にやってのけるような

気持ちは持ち続けたいと思う。




今、名古屋でタンクさんの個展をやっている。

最初は絵が1枚も無い会場にだれかが来て演奏をする。

その音を聞いてタンクさんが絵を描く。

それがどんどん壁に並んで、最終日にはたくさんの絵が並ぶ。

個展に行けないのは残念だけど

わたしには約束がある。

タンクさんとの、かとくんとの、名古屋で久しぶりに会った友人たちとの

今暮らしている場所でも色んな人との約束がある。



わたしは好きな人たちと約束をして生きていきたい。

その約束を道標に

手がかりにして

日々を過ごしていきたい。





10月、3連休あたまの2日間

名古屋、今池の大好きな人たちに会いにいってきた。

いつぶりかなと思い遡ってみたところ

2019年10月5日に歌いに行ったのが最後だった。



今池という街に

あらたると

というカフェ&バーがある。

お客さんが扉を開けると

店主が「おかえり」と声をかけるお店。


名古屋はもちろん、全国からいろんなミュージシャンやアーティストがやってきて

様々なライブ、絵の展示やアートイベントなどなど

とにかく面白い催しが開かれる場所。


そんなあらたるとに私が初めて足を踏み入れたのは

2013年、友人のライブを見に行った時。

大阪から乗り継ぎ、駅をおりて10分ほど歩くと

公園の前にふんわり明かりが灯る店があった。

その当時は菊ちゃんが店主だった。

彼女は絵描きで、しっかりしているんだかしてないんだかよく分からない人で、いつもニコニコしてて、

商売っ気がなくて、とてつもなく愛が溢れていた。

タルトを出すカフェをやろうとこのお店を出したと言っていた。


彼女は不思議で

周りの人たちがお手伝いしたい気分になる人。

店員さんと間違えるくらい働いていたお客さんが

現在の店主のタンクさん。

お店の主のような常連のひとりが、かとくん。

その3人に出会ってしまった。

あるたるとに集まる人たちはとても自然体で、フレンドリーでちょっと変で面白い人たちばかり。


駅前のビジネスホテルに泊まると伝えると、もったいないからキャンセルしな!

みんなでうちに泊まればいいよ!と言われキャンセルした後に

猫ちゃんがいることが分かって、猫アレルギーの私は、手慣れた様子で寝床を作ってくれた菊ちゃんと共にお店で寝ることになった。


ライブ後もお客さんたちもみんなで

たくさん話してたくさん飲んで楽しくて

タンクさんの家に友人たちも帰ったあと

菊ちゃんに歌ってと言われ店のギターを借りて歌ったり、一緒に片付けをしながらたくさん話して

空が白んでくる頃までいろんなことを語り合った。

翌朝、モーニングに行こうと迎えにきてくれたタンクさんに昨夜のことを話すと

菊ちゃんがそんな身の上まで話すなんて珍しい!と驚かれたくらい、私たちは一晩でぐっとお互いを知り合った。


その日から、何度か

遊びに行ったり、歌いにいったり。

娘が生まれて、なかなか名古屋に行けない時も

あらたるとの孫ができた!いつでも帰っておいで!

とみんなで喜んでくれた。


いろんなことがあって

あらたるとはタンクさんが引き継いだ。

菊ちゃんが店主だった頃からタンクさんはお店のマスコット的な感じだったので

私が初めて行った時から今もずっとあらたるとのまま。


ちなみにタンクさんもとても素敵な絵描きさん。

タンクさんは共感覚という特性を持っていて

音を聴くとその音ひとつひとつを色として感じる。

物知りで、色々はっきりと言うけど、気遣いの人で

楽しくて、食いしん坊で、愛で出来ている。


代がわりした後のあらたるとに歌いに行った時も

菊ちゃんとかとくんが会いに来てくれた。

あらたるとに行ったらかならず、3人が迎えてくれる。

また朝までみんなで楽しく過ごした。


その後わたしが舞鶴に引っ越したり

コロナもあり名古屋も長く行ってなかった。

ある日突然タンクさんから

"多分今いるところ、はるかちゃん家の近くじゃないかなー"って電話があった。

家から15分くらいのところに、手作りのうどんやラーメンが

珍しいレトロ自販機から出て来るドライブインがあって

友人とそこに立ち寄ることになったからと連絡をくれた。

朝だったので

こどもと一緒に会いに行って、うどん食べて

近況を聞いたり、お腹の中の第二子のことも報告したりして、またね!って別れた。


そこからさらに時は流れて先日の名古屋へたどり着く。





今日は

なんだか色々な感情が私の中にごちゃっと満ちて

会えない人のことを思い出したり

会いたい人のこと考えていたら

たまらなくなって

コンビニに駆け込み

マッチとたばこを買って

ずいぶん久しぶりに一本吸った。



最後に口にしたのは14、5年前

1度目の結婚をする前か、した後か、終わる前か。

はっきりは覚えてはないけれど

まぁずいぶん前。

大好きなおじさんが肺の病気になって手術をして退院したということを聞いて

大阪からサンダーバードで金沢へ

金沢からおじさんの住む能登へ向かった。

家に着いて、ちょっとだけ病気の話をして

あとは特になんてことない話をしあった。

ずいぶん痩せたおじさんから、たばこを辞めたことも聞いた。

日帰りだったから長居はしなかったけれど

私が来たことをとても喜んでくれて

私はまたねって言って金沢まで車を走らせた。


金沢駅

電車のホームへ向かうまでにあったゴミ箱に

持っていたタバコもずっと使っていたジッポも捨てた。

思いつきみたいに全部捨てたわたしは

願掛けもあって

その日を最後にたばこを吸うのをやめた。



それからひとりになったり

恋人が出来たり

また結婚したり

子どもを産んだり。

住む街が変わって

また子どもを産んだり。

身体のなかで私を養分に育ったり

身体で作られるもので育ったりするから

長い間、私の身体はわたしだけのものじゃなかった。


おじさんの身体はとっくに無くなったし

わたしはずっと死ぬまで歌をうたうから

たばこはもう必要なものではない。



でも今日は

なんだか無性に

わたしがわたしだけのものだった頃が懐かしくて

その頃のわたしに、あなたに

逢いたくて、たまらなくなった。



久しぶりに手にした、たばこのジャケは

昔見た海外のものよろしく

注意喚起のために色気の無い文字が並んでいて

好きだったデザインは上に押しやられ

ひっそりと張り付いていた。

思い出すこともなかったくせに

わたしの中にはいつもの手順がこっそり残っていたようで

上部のビニールを炙って赤いラインを残して

重なった紙は人じゃない方をあけて

反対側をとんとんと指でたたいて一本取り出す。

咥えて

マッチをすって

火をつけた。


吸い込んだ煙の匂いは懐かしく

久しぶりだからむせるかなと思ったけど

そんなことはなくて

ゆっくりと一本吸い終わった頃には

頭の中でごちゃごちゃしていたものたちは

それぞれ所定の位置に還っていた。




20歳になる2日前、片町でオープンしたバーの店名から始まって

25歳の時、都島区で始めたバーに引き継がれた店名

そして30歳

弾けないギターを抱えて歌い出したバンドの名前

今、ひとり歌う時のステージネームの中にもそれはある。



最も光が当たって明るく見える部分

見せ場

見どころ


お店の名前を考えていた時

ふと傍らにあったたばこに目がいき

綴りはちがうけど、単語の意味を知って運命を感じた。



まだまだ途中だけれど

わたし人生にはたくさんの見せ場があった。

たくさんの出逢いがあって

色んな時期にそれぞれ輝きのようなものがあって

これから先もきっとたくさんあるだろう。

望んだことも望まないことも全部

今のわたしを形作る大切なピース。




もしもわたしの身体が無くなる前に

思い返すことがあったなら

わたしはどの場面が1番輝いていたと思うんだろう。


光が当たっていた場面はたくさんあるから

暗い部分も、きっと全てが輝いて見える。

眩しくて目を細めながら

最後に一本ハイライトに火をつける。


もしわたしが最後まで吸えなかったら

火の始末だけは誰かお願い。