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ブームの火付け役

1989年に誕生したワゴン車が、日本におけるワゴン車の存在を大きく変えた。
1993年、フルモデルチェンジしたその車は、「スポーツワゴン」というカテゴリーを大きく確立し、ミドルサイズワゴンとしての世界最速記録を更新した。
スバル(富士重工)が開発した、レガシィツーリングワゴンである。

■馬 力…280ps/6500rpm
■トルク…34.5kgm/5000rpm
■ターボ…TwinTurbo
■倒立式ビルシュタイン製ショックアブソーバー

とても当時としてはワゴンの性能とは言えない程のスペックとなっている。走りを追求するスバルは、インプレッサという車種でWRC(世界ラリー選手権)に出場、常に上位に食い込む程の技術力を持っている。その技術屋のこだわりは、開発時点から一風変わっていた。
本来、セダン・ワゴンのラインナップが用意されている車種は、セダンの開発を先に掛かり、その後バランスを保ちながらワゴンタイプの開発に掛かるのが通常……だったようだ。しかし、このレガシィという車はセダンもありながら、まずはワゴンタイプの開発から入るというこだわり振り。
レガシィと言えばワゴン、と連想されるのも、この背景があってこそなのだ。

さて、このレガシィツーリングワゴンは車重が重く燃費が悪い事で有名だが、実際に乗ってみての感想はというと、実は想像程悪くはない。エアコン全開の夏場で約8.5km/Lという燃費。エアコンをかけていない時は9km/Lまで伸びてくれる。だが、高速を走ってもそれ以上にはならない。恐らくツインターボの仕業かと思われる。そして車重……これは想像以上に重い。スタートなんかは、気合いを入れないと軽自動車より出遅れる羽目に陥る事もある。かと言ってスタートダッシュを決めよう物なら、確かに加速は凄いものがあるが、みるみるガソリンが減っていく。それでも流石はツインターボパワー。一度タービンを回すと、とにかく伸びていく。下手にシフトアップや減速をして回転数を落とせばターボラグが発生してしまうが、高速道路での加速感は同クラスの比では無い。
ここからは個人的にイマイチな箇所。1~3速のギア比が近く、スタート時からスピードに乗るまではとても忙しい左手が気になる。3速と4速は違和感は無いが、4速と5速がまた近い。このギア比なら6速があっても不思議ではない、という感じ。重い車体をスムーズにスタートさせる為に、ローギアをクロース気味にしているのかも知れないが、その分トップスピードの限界が近い感じがする(もちろん、公道では何ら問題はない)。できるならファイナルギアだけを自分好みにセッティングすれば、それだけで見違えるようなフィット感が来るハズである。

個人的意見はさておき、レガシィが業界に及ぼした影響は多大である。一時流行ったホンダアコードワゴン。トヨタカルディナ……いずれもライバル車をレガシィと上げ、追い付く為に常に改良を加えている。初代・2代目と、同クラスワゴンでは常に最高速度をマークし、トップレベルで有り続けた車は、3代目・4代目で更にステップアップした。ただ、4代目のレガシィは3ナンバーとなり、購買層が若干変化した事から、スポーツ感よりも高級感を味わう車に近付いたイメージが、従来のレガシィファンとしては悲しい声も聞こえている。

スーパーカーへの憧れ

今から30年近く前、驚異的な「スーパーカーブーム」が訪れた。
ランチア・ストラトス、フェラーリが軒を並べる中に、当時主役を奪っていた車が「カウンタック」であった。当時、まだ青っぱなを垂らした子供だった私は、この車で「ガルウイング」という衝撃的なスタイルに惚れ込んだ。イメージカラーは当然赤。当時は社名と車名をくっつけて覚えていた為、「らんちゃすとらとす」「らんぼるぎーにかうんたっく」と言っていた覚えがある。

さて、話しを戻して「カウンタック」についての“うんちく”を……
ランボルギーニ社は、本来車メーカでは無かった。トラクター等を作る会社で、この会社が何故こんな伝説の名車を作り上げる事になったのか……事の発端は、ランボルギーニ社の社長の話になる。
ランボルギーニ社社長は無類のフェラーリ好きで、プライベートで1台所有していた。そのフェラーリが故障し、部品を取り寄せたところ、自社で製造しているトラクターと同じ商品が、かなりの高額であった事に驚き抗議(フェラーリに抗議するとは……)。しかし、軽くあしらわれて終了。怒り心頭に発した社長、フェラーリを越える車を作ると決意する。……とまぁ、こんな感じですかね。

ともあれ、スーパーカーが誕生した。
スーパーカーなんて言葉、最近では使われなくなったが、敢えてスーパーだと言う事を分かりやすく説明などしてみる。
■馬 力……455。現在の国産車の規制馬力が280だから約1.5倍。NA(ノンターボ)でこの出力は壮絶極まりない。
■排気量……5167cc。一升瓶3本近くある。普通の人なら酔う前に気を失う(?)
■気筒数……V型12。4バルブである。つまり48個のバルブが詰まっている。
■サイズ……全長4140mm、全幅2000mm、全高1070mm。
と言っても分かりにくいかも知れないので国産車と比較。
ここは分かりやすくスカイラインGT-R(R34)と比較してみよう。

全長はGT-Rより460mm短く、幅は215mm広い。高さにおいては30センチも低くなっている。
排気量は3000cc近く多く、当然馬力は1.5倍。これだけでも既にスーパーである上に、タイヤがほど遠く太い。駆動形式はMR(ミッドシップ・後輪駆動)である為、加重は後輪に掛かりホイルスピンをしにくい(操るのは困難)。……いや、あくまで想像なんですが……
今現在、国産の『走る車』と比較しても超越しているカウンタック。残念ながら、実物を見た事は無いが、幼い頃、初めて買って貰ったオモチャが「らんぼるぎーにかうんたっく」だった。

今も昔も、スーパー加減が変わってない辺りは、さすがと言う言葉しか無い。

ちなみに、当時のスーパーアイドルの歌にも「ランボルギーニ」の名前が出てる事を知ってる人は……間違いなく私と同年代。

スーパースターが愛した車

メルセデス・ベンツと言えば、誰もが知っている高級車メーカー。その長い歴史には当然名車も多い。
1886年1月29日、世界で初めて「原動機付き三輪車」を発明し、ドイツ政府に認可された瞬間からこのメーカーの歴史は始まった。つまり、自動車の歴史はメルセデスベンツの歴史と同じなのである。

1954年2月、ニューヨークの街でデビューした車がある。メルセデス・ベンツ、300SLだ。
それはシルバーのボディーに、ロングノーズ・ショートデッキが印象的な一台だった。そして、最もニューヨーカーを驚かせたのは、そのドアだった。
軽量化と剛性を目指し、新たに開発されたシャシーは、大きな欠点を抱えていた。その欠点とは、構造上どうしてもサイドシル(通常ならドアのある箇所)が高くなる事。ここにドアを設計しても、非常に乗り辛くなる……そこでメルセデスが考え出したのが、跳ね上げ式のドア。現在では当たり前のように車好きの間で呼ばれている「ガルウイング」が誕生したのも、この車からだった。
ガル(Gal)ウイング(Wing)とはカモメの翼という意味であり、丁度300SLの左右のドアを開け放った姿が、翼を広げたカモメのような姿になる為にこう呼ばれる事となった。

水冷直列6気筒・2996cc、215ps/4600rpm。完全なスポーツカーとしてのスペックを保持し、トランスミッションは4速MT。生産台数は三年間でわずか1,400台のみという稀少車。スタイリングに合わせ、その希少価値から現在も高い人気を保持しており、1,400台という極少数台数にも関わらず、日本には二人のスターが所有していた。
その二人もまた、昭和を代表するスーパースターであり、今尚高い人気を誇るカリスマである。

石原裕次郎、力道山。不動のスターは、持つ車もまたひと味違う。

走れ! 曲がれ! レガシィ!

本日、仕事帰りの信号待ち。隣で妙にエンジンを吹かしながらこちらを眺める車が1台。
シートを妙に倒したオートマチェイサー……、ドライバーのお兄さんは、私を見ながらニヤニヤ……。
おかしい…こんな車でも、絡まれるようないじり方はしてないし、なにしろ私は明らかにスーツ姿。

これは逃げなければ!本能的にそう察知した瞬間、相手に見えないようにそっと左折ウインカーオン!
信号が変わった瞬間に、オートマチェイサーは怪音を上げながら走る。そして私はタイヤを鳴らしながら一気に左折……その時、フロントタイヤに「ズリ」っという違和感。リアタイヤはグリップも良く、しっかり地面をキープしてるのに、フロントだけ微妙に流れた。
泡喰った私は慌ててアクセルペダルの踏み込みを止め、フロントがキープするまで耐える……。
何とか体勢を落ち着かせた私の額には、間違いなく脂汗。
あのチェイサーめ(逆恨み)

すっかり忘れていた事実。フロントタイヤの溝が無かった………(汗
車検まで後数ヶ月。何とかおとなしく走ろう……

悲鳴と歓喜のスポーツカー(2)

「マーティ、未来へ戻るぞ!」映画の中のワンシーンで話される言葉。記憶に残っている方も多い事でしょう。また、この劇中に登場する如何にもアメリカらしい空飛ぶスポーツカーも、一躍有名になりました。「デロリアンをタイムマシンに改造したの?」このセリフが一般公開で流れる頃、一人の男性の無罪が確定していました。

ジョン・Z・デロリアン。元GMの副社長が独立後、自らが自動車メーカーを設立。社名をDMCとし、スタートを切っていた。しかし新参者のDMCは資金も技術力も無く、その制作基盤は外部スタッフに委ねられていました。デロリアン氏の名前を冠にした車が世に出たのは1981年。この車の機械部分を手掛けたのが、以前紹介した「ロータス」であり、デザインをしたのはイタルデザインのジュージアロでした。当時の価格で25000ドル、初年度生産台数は約6,500台。売れ行きも好調、83年まで生産が続けられ、生産中止までは約8,500台のデロリアンが製造されました。
ボディーはステンレスパネル製、ドアはガルウイングを採用、トランスミッションは5速MTと3速AT、内装はグレーかブラックのステンレスパネル(後にユーザーによって赤に変更された物も多数)、生産終了時には、純金パネル製のデロリアンが数台製造されました。
この、何ともオリジナリティ溢れる車を見付け、より世界的人気を煽ったのが、冒頭に出てきた映画「BACK TO THE FUTURE」シリーズでした。映画制作当初は「冷蔵庫をタイムマシンに改造」というアイデアがあったそうですが、子供が真似をして閉じこめられる危険性があるとして却下。新たに目を付けたのが、この独特のガルウイングを持つデロリアンだったのです。

エンジンはV型6気筒・2849cc・最大トルク26.7kgm/4000rpm・最大出力200ps/5750rpm(S2のデータ)。間違いなくスポーツカーでした。
しかし、1983年以降は製造される事が無くなります。それはDMCが倒産という悲劇に合うから…。事の発端は、社長のジョン・Z・デロリアン氏の麻薬容疑。イギリスからの資金援助の打ち切り、工場閉鎖、そして倒産。デロリアン3年の歴史が幕を閉じたのでした。

……悲鳴だけで歓喜がない? このままでは暗い話しになってしまいます。
実は、「BACK TO THE FUTURE」第一作が封切りされ、デロリアンが世界的に有名になり、それにあやかったオモチャメーカーは「デロリアン」のプラモデルやラジコンなどを販売します。そんな頃、一人の男性の無罪が決定します。
デロリアンの人気復活と共に、その生みの親、ジョン・Z・デロリアンもまた無罪を勝ち取り復活。今、新たな車の構想を練っているという噂も……自らが夢見た、輝かしい未来を見据えて。

「さぁ、未来へ戻るぞ。デロリアンと共に」

悲鳴と歓喜のスポーツカー(1)

2000年。ある人気車種が製造中止決定となりました。それはメーカー側の経営不振と、燃費の悪さを敬遠されだしたご時世、そして余りにも洗練されすぎた性能の為、グレードアップ車種を出す事が困難極まりない…という理由からでした。
世界中のコアなファンは、その噂を聞きつけ落胆しました。そして、その数年後には遂に、大人気車種でもある「GT-R」も姿を消す事になります。
メーカーの名は「日産」。あのカルロス・ゴーン氏が社長となり、大規模な経営改革を行った事は記憶に新しい事だと思います。
世界が認める2台の製造中止は、ファンにとっては悲しい出来事でした。噂が先行されたものの、2000年にゴーン社長自らが発表した瞬間に、それは単なる噂では無くなりました。その後、それらの名前を出す事は無く日産は経営を見事立て直したのでした……。

日産の経営が劇的な回復を見せる2001年。あるコンセプトカーが発表されます。ファンは、その車に大歓声を上げ、大きなニュースとなりました。この開発には、熱狂的なファンからの声が大きな原動力になりました。このファンの声が経営陣に届き、『これ程お客様から作ってくれと懇願され、愛されている車をなくしてはいけない』という事になったようです。
そして、デトロイトでの発表の場に姿を現した車は、今までのどの車にも似ていない、洗練されたデザインとそして、脈々と受け継ぐ確かな遺伝子の存在感を誇示したニューZでした。

3000ccを越える大型エンジンを搭載し、量産可能なスーパーカー。その名の通り、あらゆる意味でスーパーカーでした。重い車体を感じさせない加速感と、不気味な程静かなエンジン。しっかりと路面をキープするグリップ感。残念ながらMTの試乗は許可されなかったものの、それでもそのポテンシャルは納得の領域でした。
GT-Rが市場から姿を消した後、そのポテンシャルの高さからGT選手権用のGTカーとしてサーキットに登場し、その実力を完全に認めさせた「フェアレディZ」。
そして2005年、東京モーターショウで姿を現した「GT-R」。
遂に日産が、「走りを楽しむ名車復活」へと動き出しました。

世界に誇るロータリー

1978年。この年の3月に日本が世界に誇る名車が誕生しました。
それはロータリーエンジンを、市販車で積んだ「サバンナ」と呼ばれる車……この車は、その後21年間、様々な名車と呼ばれる後継機を生み出す事になります。
ーーRX-7ーー 97年のRX-7タイプRS-Rの生産終了まで、実に多くのファンを魅了してきました。
そして、その進化は次世代の車に生まれ変わりました。
ーーRX-8ーー 先代RX-7と違い、4ドアとなったスポーツカーで、マツダならではの拘りがちりばめられた逸品です。
驚くのはその加速感。1速から4速まで、スムーズな回転の上がり具合。ノンターボとは言っても、2000ccを切る車で200psオーバーの馬力。ロータリーならではの技です。当然ターボラグも無く、低回転から高回転までムラ無く上がって行きます。
そしてその「乾いたエンジン音」も独特で、未だに世界で実用化させているメーカーがマツダのみという、至極特殊なエンジン音が響きます。
モデルは現在、5タイプのラインナップがあり、外観はほぼ同じですが、エンジンの性能が違います。また、5MTと6MT、ATがあり、その幅広い年齢層のファンを意識したラインナップは、まさしく「走る技術箱」。世界随一の職人を擁するマツダならではの拘りは、未だに消えない「ミッション中心のラインナップ」であり、あらゆる世代の為の、楽しむ車だという事だと感じます。

さて…実際に試乗して来た訳なんですが、ここからは個人的意見……確かに1速~4速は驚くべき加速感が味わえるのですが、これを5速・6速と上げると……物足りなさを感じます。これは普段私がターボ車(レガシィGT-B Limited)に乗ってるからなのかも知れませんが…と、思ったんですが、やはり何か違和感があります。その事を頭において再びスタートを切ると……ギア比が、1~4速のそれと違い、5速・6速だけ違和感が出ます。最高速を殺す為のメーカーの仕業でしょうか……ま、そこまで出すなんてスピード違反もいい所なので問題ないと言えば無いんでしょうが。

車への搭乗は、この手の車にしてはスムーズで、観音開きを採用したリアドアからの搭乗も楽に乗れます。開口部がこれだけ広いのに、車体自体の剛性は文句が無い程しっかりしています。街乗りでも高速でも安定して走行ができ、しっかりしたホールド感のシートで疲れも少なく、アクティブスポーツとしてはかなり良い感じの車だと感じたのが素直な感想です。ただ…5・6速と、Rギアさえ慣れれば…ですが。

エリーゼの……

車好きなら知っている、興味の薄い方には馴染みの無い車。そんな車が、静かに話題になっています。
ロータス・エリーゼ…その車の名前。何とも可愛いイメージの名前ですが、実はライトウエイト・スポーツカー。知ってる人は知っている……このロータスというメーカー、かつてF1に参戦していたメーカーであり、日本人初のF1パイロットでもある中嶋悟氏がデビューしたのもロータスから。あの伝説のドライバー、アイルトン・セナとも戦っていたメーカーです。

エリーゼという車は1995年にデビューし、2001年にマイナーチェンジを受けた、エンジンは4気筒の1800ccの排気量で最大馬力は160という……今の日本では、この程度では満足な印象は無いと思いますが、驚くのはその車体の軽さ。120psの車種で710kg。160psでも757kg。圧倒的な軽量化が盛り込まれ、空気抵抗を計算し尽くしたエアロダイナミクスは、高速走行での安定性が飛躍的に向上しています。最高速も軽く200km/hオーバーのセッティングはもちろん、まるで地面に座っているような低い視点が、否応なくスポーツドライビングとなっています。
そして、そのスタイルも車好きを誘惑するような低重心の流線型であり、搭載されるミッションも5速MTのみという、現代日本とは逆行した車体。基本的には4タイプの製造となっていますが、日本とオーストラリア向けに、限定車種の2タイプも追加されています。

この車で街を疾走すれば、間違いなく注目される事間違いありません。

今更ですが、カー・オブ・ザ・イヤー!

遂に来ましたね。マツダロードスター! “クルマを操る歓び”という原点に立ち返ったクルマ作りが評価された、となってますが……やっぱり操るだけの面白さがある車を求めてるのは誰も同じなんですね♪
マツダと言えば、アクセラ・アテンザ・RX-8と、最近は『走り』を意識した車が多いですね…地域性があるとは思いますが、そんなマツダの車が徐々に街に増えてきた感じすらします。
ロードスターといえば、私が高校生の頃に初めて登場した車種。ファミリアのエンジンをそのまま使って、パッケージングだけ変えたおもちゃ的な感覚でしか無かった車。しかし当時の私は、あのオープンカーにとてつもない感動を覚えました。
風を受けて走る。その風を感じてステアを操る……いや、当時高校生なのでナビシートに居たという事で…(汗
BGMに何故か「西城秀樹のヤングマン」が流れ、颯爽と河川敷のグランド脇を走る……
ただ、その車はその数日後……MTのRにしかシフトが入らなくなり、夜中の大通りをバックで激走しながら家に帰り着いたという話しを聞いた事が……

と、とにかくマツダのロードスター、走りの楽しみを味わえる車をありがとう!
そして、そんな車を選んだ選考委員会の皆様、ありがとう! ……ただの車好きのブログになりましたね(^^;

zymolという名の革命

当店のお客様の中で、「ザイモールワックス の使い方って、普通のワックスと同じですよね?」という声が聞かれます。結論から言うと、そんな事はありませんね。普通のワックスと同じ方法では、ザイモールワックス独特の効果なんか殆どありません。
これは普通のワックスではなく、天然植物性成分を多く含んだ……とりあえず、方法を書いてみます。

●まず大切なのは「天候」
 気温が高くなく、車体(ボンネット等)が灼けていない時。
●施行「順序」
 ・水洗い後、『水を拭き取らずに』ザイモールワックスを軽く・薄く塗布。
 ・ザイモールワックスが『乾かないウチに』拭き取る。
 ・週2回、約1ヶ月繰り返す。

ボンネットが熱く灼けた時に塗布すれば、ザイモールワックスが瞬時に乾き、硬化してしまいます。ザイモールワックスは、天然植物性成分を塗装面に吸収させ、色・光沢を深く仕上げるワックスです。乾いてしまえば、塗装面に十分吸収されません。当然、色や光沢だけではなく、従来のワックスのように保護効果もありますが、その効果は歴然としています。
海外の名だたるカーショウでの展示車への使用、一流メーカーでのディーラーでの使用実績 が、それを物語っています。

このザイモールワックスは、職人がこだわって成分配合したワックスで、高価な物になると10万を超える値が付く物もあります。しかし、それは時価数億とも云われるコンテスト優勝車両を磨き上げる為のこだわりの逸品。そのノウハウが、一般の車の為に調合されたザイモールワックスにも、余す所無く注ぎ込まれています。

これからの季節、ボディが灼ける日はあまりありません。ザイモールワックスの効果を試すには絶好の季節です。

zymolワックス……3,040円~
Hakuraiホームページよりご購入頂けます。