悲鳴と歓喜のスポーツカー(1) | CarLife

悲鳴と歓喜のスポーツカー(1)

2000年。ある人気車種が製造中止決定となりました。それはメーカー側の経営不振と、燃費の悪さを敬遠されだしたご時世、そして余りにも洗練されすぎた性能の為、グレードアップ車種を出す事が困難極まりない…という理由からでした。
世界中のコアなファンは、その噂を聞きつけ落胆しました。そして、その数年後には遂に、大人気車種でもある「GT-R」も姿を消す事になります。
メーカーの名は「日産」。あのカルロス・ゴーン氏が社長となり、大規模な経営改革を行った事は記憶に新しい事だと思います。
世界が認める2台の製造中止は、ファンにとっては悲しい出来事でした。噂が先行されたものの、2000年にゴーン社長自らが発表した瞬間に、それは単なる噂では無くなりました。その後、それらの名前を出す事は無く日産は経営を見事立て直したのでした……。

日産の経営が劇的な回復を見せる2001年。あるコンセプトカーが発表されます。ファンは、その車に大歓声を上げ、大きなニュースとなりました。この開発には、熱狂的なファンからの声が大きな原動力になりました。このファンの声が経営陣に届き、『これ程お客様から作ってくれと懇願され、愛されている車をなくしてはいけない』という事になったようです。
そして、デトロイトでの発表の場に姿を現した車は、今までのどの車にも似ていない、洗練されたデザインとそして、脈々と受け継ぐ確かな遺伝子の存在感を誇示したニューZでした。

3000ccを越える大型エンジンを搭載し、量産可能なスーパーカー。その名の通り、あらゆる意味でスーパーカーでした。重い車体を感じさせない加速感と、不気味な程静かなエンジン。しっかりと路面をキープするグリップ感。残念ながらMTの試乗は許可されなかったものの、それでもそのポテンシャルは納得の領域でした。
GT-Rが市場から姿を消した後、そのポテンシャルの高さからGT選手権用のGTカーとしてサーキットに登場し、その実力を完全に認めさせた「フェアレディZ」。
そして2005年、東京モーターショウで姿を現した「GT-R」。
遂に日産が、「走りを楽しむ名車復活」へと動き出しました。