相変わらず、英語に悩まされております。
こうなると神頼み、自宅の近所の天神さんは学問の神様とは言え、英語は守備範囲外だろうし・・・
で、参ってきました。
大阪は北浜駅の近く、幕末の蘭学(オランダ語学習)のメッカ、適塾に。
(神様じゃないってば!)
適塾は緒方洪庵が作った蘭学塾で、大村益次郎や橋本左内、福沢諭吉達、幕末の偉人を多数輩出した蘭学のメッカです。
適塾での勉強方法は、司馬遼太郎氏の「花神」(新潮社刊)や村石利夫氏の「大村益次郎の知的統率力」(徳間書店刊/絶版)に詳しく載っていますが、広間に畳一枚と書見代をあてがわれ、勉強するのも寝るのもその畳一枚のスペース。
最初は悪い場所(暗いとか)の畳から始まります。
蘭日辞典はヅーフ・ハルマが有名ですが、適塾にはこの辞典が通称ヅーフ部屋に一冊常備されていて、塾生はこれを皆で使用していたとのこと。
ヅーフ・ハルマは適塾に展示(ただし適塾で使用されていたものではない由)されていて、みなもと太郎氏の漫画「風雲児たち(風雲児たち幕末編かな?)」では、適塾に入門した福沢諭吉がその厚さに驚愕する場面がありましたが、確かに厚い!
文法書「ガランマチカ」で基礎を勉強した塾生は、月に六回行われる会読に出席します。
会読はあらかじめ決められた場所を訳出し、その訳し方や単語の使い方に対して他の塾生が問題を出し、それに答えられるか否かで勝負が付けられると言うもの。また、誰も訳出できないところを訳すことができれば、もっと高い評価がもらえます。
これで成績が良いと、良い場所の畳に移ることができ、何よりヅーフ・ハルマを長い時間使えるようになると言うルール。
そして、好成績が続くと次のクラスに進級するという仕組みです。
ですから、塾生は必死に、寝る間も惜しんで勉強に励んでいたのですが、現代の英語参考書のようなものもなく、ましてや辞書も満足に使えない状況で、塾生はどうやって自習していたのか甚だ疑問です。
大村益次郎も勉強していたと思われる塾生大部屋の畳に正座して、考え込むことしばし。
ひょっとすると私は根本的に間違っていたのではなかろうかと。
自分の英語の勉強と言えば、駿台予備学校で表三郎先生に「英語は構文で読む」と言われて、これは実践していました。
これは良いとして、あとは・・・分からない単語は辞書を引き、ただただ訳するだけ。
でも、思えば、これではただの訳出作業に過ぎません。
適塾の塾生は自由に辞書が使えませんでした。(順番待ちのうえ、短時間のみ)
だから、時間を有効に使おうとすれば、ああでもない、こうでもない、と考えることになります。
さんざん考えて、その考えを十分整理した後、辞書を引いて確認すれば、自分の考え方も確認できることに。
一方、私の勉強方法ではただの作業ですから、考え込むことも無ければ、反省することも無かったわけです。
先日、うちの会社の通訳の女性に勉強のコツを尋ねたら、「一冊1種類の参考書がぼろぼろになるまでやる」と答えてくれましたが、これもそうかもしれません。
確かに、くどいほど同じものを使えば、否応なしにその文例を深く考えることになりますし、暗記してしまえます。
う~ん、どっちにしてもじっくりやり直すしかないのか・・・