現役インターネット販売員しか知らされていない、極め効率的通信費用削減術 -11ページ目

現役インターネット販売員しか知らされていない、極め効率的通信費用削減術

副業を「サラリーマン」としての安定的な立場を活用して、世間体を無視して、口にしてはいけない本音を語り、水面下でお金をコツコツと稼ぐ 常識を破壊して正しいと思う事を自己責任の基で、試練を強行突破するブログ。

はみ出しサラリーマン太郎(以下太郎と表記)は、すぐに飽きる事でも「お金」に関する事は意欲がなくなる事はありませんでした。どうしたらお金に困らないくらい、多くのお金を手に入れる事ができるようなったのか?


 私が独立起業する事をネット業界で成功している、ある社長に相談した事がありました。



独立起業




太郎:「独立をするきっかけはどんな事があったのですか?」「失敗を恐れないように、するためのマインドセットはどのようにしたのですか?」


某社長:「私は独立する行動は2度ありました。1度目は23歳の頃。大型案件を受注する勇気が無くて、結局失敗しました。自信をつける為と、仕事の精度を上げる為に二度目の就職をしました。」


太郎:「これなら大丈夫と思った、感覚?何か直感で感じるものはあったのですか?」


某社長:「ありますよ。これは言葉では説明する事ができないですね。ただ、直感で感じるものです。




 某社長:「二度目サラリーマン時代に、5年間に800万円の貯金をしました。独身だったので、月20万円あれば、生活ができました。副業でその頃は20万円を稼げるようになってました。最悪30万円かかっても、10万円切り崩して生活しても、6年以上は生活できる計算になります。」








太郎:「なるほどですね。そうなるとかなり精神的には安定しますね。」


某社長:「そうなんですよ。2度目のサラリーマン時代で自信もついたし、資金面も十分でした。」


  
この会話をしたのが、太郎が社会人一年目の2012年8月でした。


【衆議院総選挙】


それから半年が経ちました。民主党から自民党へ政権交代が実現。自民公明連立政権の樹立。


選挙後から日経平均は急上昇しました。8000円台だったのが2013年には1万円の大台を突破しました。ユーロも97円だったが、一気に100円を超えてきました。




【日銀政策発表】


2013年4月、日銀黒田総裁による、量的質的金融緩和政策を発表!!


これにより、民間銀行による融資基準が緩くなりました。一部上場企業にしか貸付をしてくれませんでした。




しかし、これにより、金余りが発生して、無名の中小企業にも銀行融資をしてくれるようになりました。




【独立起業の到来】

先の某社長は、貯蓄を勧めてくれました。しかし、2013年のセミナーでは、銀行から融資を受ける事をアドバイスを受ける事ができました。




いきなりネットビジネスではなくて、ネットを利用した「物販」を勧められました。


必要経費で合法的に銀行からの借り入れ額を増やす事ができる事。借りたお金を用途制限がされないのが一番の特徴でした。







私は決めました。借金をしてお金を借りる決意ができました。借金王になります。


借金王のからくりと、どういう意味があるかは次回お話をさせて頂きます。
時間を制するものは、お金を制覇する。これはある日本人投資家兼ビジネスオーナーの言葉です。


はみ出しサラリーマン太郎(以下太郎と表記)は安定志向の親の基で育ちました。


お金の増やし方は、銀行預金しかしりませんでした。


投資」キッカケは、学生時代に友人の親が失業して、大学を退学せざるを得ない状況になったからです。


友人は当時大学3年生でした。その姿を見ていると、何もしてあげられらないのが悔しかったのが覚えています。








「お金があれば。。。」


太郎自身も幸い、両親の失業は無かったために、退学する事はありませんでした。しかし、いつどうなるかわからない、「従業員」のポジションには不安ありました。


どうしても保険を掛けておきたい気持ちがあります。このタイミングで何か会社から「退職宣告」


された場合の保険をどうするのか考えていました。ただ不安から抜け出したい、その思いで投資の世界を調べ始めました。



サイトで検索をしていたら、ある方にめぐり合う事ができました。


投資の世界は嘘や詐欺案件が多く出回っている中、正しくて、有益な情報を提供してくれました。



その中で、「長期積立(香港)」の案件を紹介してくれました。




年間利回りが9%~15%が平均的な利回り。




【毎月500USD積立☓25年間の『複利9%』の試算】(あくまでも、9%で運用した場合で試算)

1年目:US$6,000.00→US$6,540.00  
2年目:US$12,540.00→US$13,668.60
3年目:US$19,668.60→US$21,438.77
4年目:US$27,438.77→US$29,908.26
5年目:US$35,908.26→US$39,140.01
6年目:US$45,140.01→US$49,202.61
7年目:US$55,202.61→US$60,170.84
8年目:US$66,170.84→US$72,126.22
9年目:US$78,126.22→US$85,157.58
10年目:US$91,157.58→US$99,361.76
11年目:US$105,361.76→US$114,844.32
12年目:US$120,844.32→US$131,720.31
13年目:US$137,720.31→US$150,115.14
14年目:US$156,115.14→US$170,165.50
15年目:US$176,165.50→US$192,020.39
16年目:US$198,020.39→US$215,842.23
17年目:US$221,842.23→US$241,808.03
18年目:US$247,808.03→US$270,110.75
19年目:US$276,110.75→US$300,960.72
20年目:US$306,960.72→US$334,587.18
21年目:US$340,587.18→US$371,240.03
22年目:US$377,240.03→US$411,191.63
23年目:US$417,191.63→US$454,738.88
24年目:US$460,738.88→US$502,205.38
25年目:US$508,205.38→US$553,943.86



毎月US$500を25年間で積立総額US$150,000。25年間平均9%で複利運用されると、合計US$553,943.86まで、効率的に運用ができてしまいます。




これを知って、日本の銀行口座にお金を預けていても、全く意味が無い事知りました。


それよりも、長期でファンド会社を利用することで、時間を味方につけて、無理なくお金を働かせる事ができてしまいます。





たまたま、ある情報提供者から頂いた情報を基に、実際に香港に渡航してその情報を入れてきました。これは知らないと大変に損をする情報です。太郎君は24歳。まだ25年後は49歳。


働き盛りで、最悪、退職勧告をつきつけられても、もう、怖くはないですね。


大学の学費や生活費の仕送りは、香港のファンドの運用益で賄う事ができます。


将来の不安から、探求したこの「投資」でしたが、これは大きな収穫になりました。
はみ出しサラリーマン太郎(以下太郎と表記)は至って普通の家庭に生まれて育ちました。


東北の方田舎町でした。小学6年の時には、となり町のマクドナルドが潰れるくらい田舎でした。




収入も平均的な家庭でした。そんな両親の口癖


ビジネス



父親:「公務員になれ、退職金もあるし、なにより仕事が楽で給料がいい。そして安泰だ」


母親:「地道にお金を稼ぐのが一番だよ。定年まで働いて、貯金を作って、仕事を毎日コツコツとするのが一番、その間に年金も払って、退職後はゆっくりと過ごす」






太郎:「俺は仕事しないで遊んで生活したいんだけど?」


両親:「はぁ?お前は本当にバカか?」


太郎:「親父の会社の社長は普段何してるの?」
    会社にいるんだよね?社長業ってそもそも何?


   商品の販売は親父達がやっているんだよね?






 この当時は社長業がどれだけ大変なのかは、全く知りませんでした。ただ、利益を出せる仕組みを作る事で、お金持ちになれる事がわかりました。




 従業員として働く事のみを教えられてきましたが、どうしたら、社長になる事ができるのか?


会社の起業のやり方については全く、教えてもらう事はできませんでした。


学校の先生に「起業の仕方」を聞いても、会社に就職する道しか提案してもらえませんでした。




お金の具体的な稼ぎ方や方向性が見えてきた所で、そのやり方と分野を掘り下げていく決意をしました。
 
金融立国「香港」


アジアの国でトップは日本だと本気で思っていたら、実は中国の方が数段も上だったという事実を知った時愕然としました。




金融制度も、金融商品も日本よりもいいものばかりでした。


特に「香港」はアジア諸国の金融立国として、確率した地位がありました。


規制が厳しくないので、商品競争も活発でした。


年利も10%を超える金融商品がたくさん存在していました。




日本が不景気から抜け出せない中、金余りが起こって、バブルまっただ中の香港とには雲泥の差がありました。




【印象】


若者が元気


活気がある




これが現在の日本にいて、全く感じる事ができない事です。


【無気力】なんて存在しません。活き活きと、真夜中まで、BARでお酒を飲みながら、まるで80年代のバブル世代のような世界が広がっていました。

金


 バブルの再現ドラマの中に入ったような気分を感じることできました。成長の期待があるから、人も皆いきいきしています。街なかを走る車は高級車(ベンツやポルシェ等)が日本の数倍も走っています。タクシーの車体が旧式で目立つくらいです。






消費活動も活発で、高級ブランド品が集まるショッピングモールには、多くの香港人が、ためらいもなく、購入していきます。また街の至るところに、「金」を扱う店が多数存在します。











どの「金」ショップも人で溢れます。




国が違うだけで、疲れきった町並みなのか、活気がある街か、そこには「差」がありました。




私は、この「香港」という場所を知って、さらに投資に興味を持つようになりました。


投資を通して、身近にある【生命保険】に関しても、深堀りするようになりました。


知っているか、しらないかでこんなにも差が出てしまう怖さを知りました。


知っていて得すること、知らないで損することの落差があまりも激しいので、次回はその部分について掘り下げていきます。










「投資」に目覚めたのは、2011年6月でした。仕事以外の不労所得が欲しくて、お金が無い現在から、大富豪と呼ばれる人達まで登り詰める道を探していました。


当時興味があった、FX投資で月に1000万円を稼いでいる。六本木ヒルズ在住のとある方の紹介で、100億円不動産王の存在を知りました。



香港 風景






 その人の情報を、ネット上で検索していたら、推定資産は180億円を超えれていました。日給計算で1000万円でした。私が尊敬する、人格ともに素晴らしいFX投資家より資産がありました。




 さすがに、ここまでの大富豪レベルのお方は、簡単にテレビには出演されないのですね。




当然、そんな大富豪のお方は経営者でもあります。そのパートナー会社は何十社と存在します。




その中で、パートナーシップを組んでいる方を見つけてしまいました。


早速、その方のメルマガに登録して、かつ、その方のブログ記事をざっと読みました。


そして、その翌月に東京で勉強会を開く事を知り、参加する決意を固めました。


その中で、ネット業界の裏側を指摘をして、正しい情報発信をされている事を知りました。


この人なら信頼する事ができると確信しました。

東京 印象




定期的に不動産の売買の話や、金融商品の紹介を正確に迅速に届けてくれました。




この方の存在をキッカケに、将来の不安を解消する道を歩み始めました。








はみ出しサラリーマン太郎(以下太郎と表記)は正社員ではなく、契約社員として仕事をしてます。


元々は、大学卒業後一年間限定で、その間に海外留学をする予定でした。大学時代は「派遣社員」のイメージも悪いとしか思っていなかったので、確実に太郎もそのように感じていました。


しかし、「お金」を稼ぐのが目的でした。お金が稼げるのであれば、仕事はどれでも良かったのが本音でした・




「お金」をどのように稼ぐのか?






給料の裏側を知ってしまいました。「正社員=安泰」は嘘だという衝撃的事実かそこにはありました。





権限が少ない、「派遣(契約)社員が給料が高い」の衝撃的事実は驚きました・


現在の会社に契約社員として入社してから、10年後には年収500万円にも届かない現実をつきつけられました。名ばかりの安定。会社が守ってくれるという一方的な考え方がいかに甘かった事を痛感させられました。




仕事を始めるようになってからも、すぐに太郎自身で稼げるビジネスモデルの構築を同時並行で始めました。


まずは毎月の少ない金額を増やす為に。「投資」を始めてみました。


なけなしの「10万」を証券会社に移して、一番最初に始めたのが、「FX」でした。


※「FX」は外国為替取引で、各国の日々変動通貨価格に発生する差を利用した。通貨の売買です。


その土日以外、24時間取引市場が開いているので、仕事が終わったあとの夜でも、取引ができました。

毎日仕事が終われば、帰宅途中の電車の中でスマホとPCを使って、チャートを見る癖をつけました。



ビギナーズラック



最初は誰でも勝てるような、上昇相場でした。安い通貨を買っておいて3日後には価格が1円~2円上がりました。


取引する量は1万通貨~2通貨 1円の変動で1万円の利益になりました。




私の日給と殆どかわりません。1日8時間の労働で1万円の獲得に対して、かたや一方は、赤字が膨れないようにストッパーを掛けて置いて放置してました。次の日の朝は口座に一万円が入っている状況。


時間に余裕


時間は仕事量がとても少ないので、すごく、自由に使えました。副業構築に時間を割ける事は非常に意味がありました。これは正社員では得られないメリットです。
「なんで就職するの?」何で?何で?


大学生在学時、卒業までに内定をもらわないと一生が台無しになる位の脅しをさました。


「正社員」になる事が最高の道。さらに「公務員」なら更に良い。


これははみ出しサラリーマン太郎(以下太郎と表記)の両親と大学進学部の見解でした。




大学3年の1月、当時は焦っていました。その時までは、正社員にならなくてはならない。そう本気で考えていたからでした。


何も具体的な対策では完全に就職活動は失敗すると思った太郎は、以前就活セミナーでゲスト講演された、就活ゼミに問い合わせをした。








某就活ゼミ:「〇〇館です」


太郎:「あの就活の事で相談したいことがあるんですが・・・」


某就活ゼミ:「それでしたら、当社ホームページから無料相談会の予約をしてください」


      「当日、専任講師によるヒアリングと全体セミナーをやります」


太郎「わかりました。」







某就活ゼミ


一連の就活戦線の全体説明を受けた後の個別面談




講師:「個別で質問ある人は挙手で教えて」


太郎:「あの公務員と民間企業目指しています。どうやって戦略を立てていけばいいですか?」


講師:「公務員と民間は両立は無理だよね。そもそもタイプが違う。どっちかに絞るといいよ」




太郎:「もう一つあるのですが?」




講師:「どうぞ」


太郎:「海外留学も考えてますが、就職した後の方がいいですか?それとも就職して退職した後の方がいいですか?」




講師:「やりたいことがあるなら、絶対に最初にした方がいいよ!」「就職はバイトとは違う」
    「ただ、お金が欲しいなら、バイトでもいいよね? でもなんで就活なの?公務員なの?」


太郎:「なるほどですね。何となく見えてきました。何か大学を卒業したら、就職しなくてはいけないと言う固定概念がありました。でも現実はそうではないのですね」






講師:「君には就職する理由が見つかってないし、仮に今の状態でどんないい志望理由書を書いても、内定はできないよ」






その後、1週間考えました。その中で就職は違うと結論を出しました。


公務員試験を受けて、その結果次第で海外留学を考えようときめました。






講師の「何でそうするの?」「物事を考えるときは、その意味まで深堀りが大事だよ」


   「何で就活するの?そもそも就活って何?」






講師によって、至高の仕方を学びました。こんな大事で基本的なことを他では教えてもらった事はありません。目先の恐怖感から、何とかしないと。内定の為に翻弄していたのが凄く浅はかだったと反省しました。
「常識」って何? 普通って何?




これが、根本姿勢です。ただ、この思考の仕方を間違えて使用すると、単なる「キチガイ」にしかならないので気をつける必要があります。




 はみ出しサラリーマン太郎(以下太郎と表記)も完全に最初は勘違いをしていました。


「目的」は無し。単なる、他の人と違う行動を取る事を徹底していきました。そこに具体的な精神世界は存在しませんでした。








ただ、尖る武器が無く、形ばかり先行していました。




大学時代は、意味も無くツッパってみたり、人混みの中で奇声をあげてみたりしてみました。




やれば、やるほど、現実世界からは友人がどんどん減っていきました。



友人:「お前すごく面倒くさい!!!!」


太郎:「それってどういう意味?」


友人:「お前!本当に面倒くさいな!!!!」「お前は結局何をしたいの?」


太郎:「俺は俺の世界観を丸裸にしているだけだよ」




友人:「お前の精神世界はどうでもいいけど、興味のない俺らに見せて不快にさせるなよ」





完全に使い方と使う場所を間違えていました。自分の精神世界は「我慢」を全くしないで、思った事を徹底的にやる事をコンセプトにしていました。友人を含めて「我慢」する生活にストレスを感じていました。




それならば、太郎が持つ、精神世界は非常に意味があるものだと「勘違い」していました。




非常に残念で、イタイ大学生でした。その行動によって、友人の数は圧倒的に減りました。

しかし、本当に精神世界を共有できる友人だけが残り、その友人とは今でも交流があります。現実世界で繋がれたのは凄く幸運だっと感じています。


とある著名人の人は、1000人に一人の確率で自分と精神世界を共有できる人に出会えると言われています。、その中で建前や世間体を気にしながら、素を出さないようにするので、余計に出会いにくいのが現実でした。

太郎は素を隠さないで、全面で表現していました。

この時はまだ、現実世界ではなく、「ネット世界」で表現する事を全く理解していませんでした。
はみ出しサラリーマン太郎(以下太郎と表記)は、納得しない事は全く行動しないと決めていました。


この姿勢で何も支障が無かったわけではありません。むしろ、嫌でもはい受け入れた方が、楽でした。





【目標設定基軸】


・達成したいことは何か?


・達成に向けた最短ルートはどこか?


・自分ができない事は何か?


・達成に向けた障害物





 
太郎の目標は、「お金」を効率良く稼ぐ事でした。


その為には、「義務教育」「高等教育」の教わる処世術は全く効果がありませんでした。


その通りに、実行していていくと、どうしても最短ルートから外れてしまいます。


私は出世街道を歩むつもりもありませんでした。


言いたいことは、遠慮せず、思った事を全て相手に伝える事が基本姿勢でした。




学校教育でも評価ポイントである、【協調性】の評価は常に最下位でした。



いかに自分のやりたいことを追究するのか?


そこに力を全種中していました。できない事をできるようにする事も大事ですが、それを克服するよりも、できることを人一倍できるように、得意にさせて、苦手な部分は他人に補ってもらう思考をしていました。


全部自分できる完璧主義はありませんでした。


「できない」ではなく、「何ならできるのか?」「達成させる為にはどうしたらいいのか?」


「◯◯だからできない」と話す人が殆どでした。


受験する時も、「点数が足りないからいけない」


太郎は「どうすればできるのか?」

しかし、担任や両親は全く理解を示してくれませんでした。


担任「あなたの成績では〇〇大学は無理です!!(キッパリ)」




太郎:「そんなのは、テストの結果と受験生の順位からわかっているよね」
   「私が聞きたいのは、その上でどう打開するのか、どうやって突破するのか?」
   「具体的なアドバイスが欲しいんだよね?そのための進路相談だよね。それができないなら、進路相談とか時間の無駄だからやらなくてもいいよ!」


これが、学校とのやり取りでした。ほとんどの人が、自分の成績と各大学とのレベル差に諦めてしまう人が殆どでした。


クラスメイト:「私には無理だからさぁ。。」


こんな言葉が多く多様していました。


しかし、太郎自身は、どうしたらできるのか? それしか考えていませんでした。








担任や両親から「お前にはその学校は無理だ!」




太郎:「いや、絶対に出来る方法がある。そのやり方を見つけていないはずだ」


両親:「絶対無理だ現実見ろ!」


太郎:「見てるから、どうしたらいいのか考えているんだよ」


このやり取りがずっと続きました。


ただ、この姿勢が社会人になった時に大きく、会社から評価されるポイントになるとは気づいていませんでした。
はみ出しサラリーマン太郎(以下太郎と表記)はいつも、疑問に感じていました。それと同時に「お金」を多く稼ぐ行為に罪悪感を感じていました。






それは、小学校の頃から「お金」をたくさん稼ぐ事は悪だという意識を植え付ける機会がたくさんあったからです。だからと言って、「仕事」をしないのも駄目だと言われてきました。




太郎以外のクラスメイトは、素直に納得していましたが、太郎は全く理解できていせんでした。


太郎は至高のバランスと取る事を極端に苦手としていました。どっちかと言われれば、どちらかしかできません。











クラスメイト:「太郎は本当に極端だよね」「そして不器用だよね」


太郎:「そうかな?。。普通でしょ?」




クラスメイト:「いやいや、全然普通ではないよ」




太郎:「ただ、俺は納得した事しかやらないからね。先生や親たちが言っていることは無茶苦茶だからね」



    「稼ぐ事が駄目なら、年間1億、10億、100億円の売上と雇用を生み出している経営者は悪なのかって話なの?」




クラスメイト:「そこそこ、スケールがでかい。そこまで考えてないよ」




太郎:「何で考えていないの?、そこが大事じゃないの?」






クラスメイト:「だから、そんな難しい事は経営者とかに任せて、安定的な企業か公務員で毎月働いて、給料をもらう事が大事なんだよ」




太郎:「ごめん!言っている内容が理解できないよ!!」




クラスメイト「ほんと面倒くさい!!!!。そしたらやりたいようにやればいいんじゃない?」



公務員 






学生の時から常にこの姿勢でした。理屈と原理を徹底的に追究していきました。




次第に、クラスメイトの女子に嫌われていきました。




普通であれば、そのタイミングで諦める事ですが、太郎はやると決めた事は、徹底的にしついこいくらい、調べます。




これが、経営者体質に近づいている事に、この時は気づいてはいませんでした。