現役インターネット販売員しか知らされていない、極め効率的通信費用削減術 -12ページ目

現役インターネット販売員しか知らされていない、極め効率的通信費用削減術

副業を「サラリーマン」としての安定的な立場を活用して、世間体を無視して、口にしてはいけない本音を語り、水面下でお金をコツコツと稼ぐ 常識を破壊して正しいと思う事を自己責任の基で、試練を強行突破するブログ。

幼稚園→小学校→中学校→高校→大学と進学する度に、様々な選択を迫れる事が多くなっていきました。


それと同時に、多くの事を諦める事を強要をされるようになる。


その強要に負けて、担任の先生や両親の言われるままに、何も自己主張をしないで行動をしていくと、自分の理想とは程遠い生活なってしまいます。


スーパーマン


幼い、幼稚園や小学校の頃に、将来の夢は?と聞かれた事はあったかと思います。




その時にはみ出しサラリーマン太郎(以下太郎と表記)は常にこう答えていました。



太郎:「スーパーマン」、「ウルトラマン」と答えを覚えています。




何の疑いも無く、なるための方法を探っていたのに、次第にできない理由を探してしまいます。






【自己主張重要性】


「人生は一度きり」


これはどんな大富豪でも太郎のように「契約社員」であっても同じ1日24時間という時間を共有して、過ごしています。これは皆平等です。




もちろん、家の家計や育った環境は各々で異なると思います。太郎の家柄も決して裕福とは言い難い生活をしていました。




同じ時間を共有しているのに、こんなにも差が生まれてしまうのでしょうか?




これをどう捉えたかによって、人生は180度変わってしまます。



太郎も中学校までは、至って【絶対安定志向型】の性格でした。その中で極めつけは、






担任:「将来はどんな仕事をしたいの?」




太郎:「地方公務員です。」




こんな事を言っていました。クラスの女子からは完全に笑われていました。


(そんな彼女達は公務員の男性と結婚している人が多い)


そもそも、【地方公務員】と話していたのは、完全に両親の影響でした。


太郎自身が自分で考えて行動する事はありませんでした。この選択をしたのは、ただ、両親に影響されただした。もちろん、両親も太郎自身の事を考えてアドバイスしてくれたのですから、悪気はありませんでした。。




【太郎の理想と世間ズレ】




安定も好きでしたが、太郎はお金を稼げるだけ稼げる仕事をすることを考えていました。


しかし、利益追及は公務員はできません。太郎は月収100万、いずれは月収1000万を達成させたいという考えがありました。



とある時に、社会人の方と面談した時に、「とにかく稼ぎたい」事を話すと、一喝された





某社会人;「あなたは公務員には向かないし、あなたも、あなたに関わる人が不幸になるから絶対にやめた方がいい」


公務員



その衝撃の一言に絶句して、「公務員」と絶対安泰思考の道を取る決意をしました。.


このタイミングから、変な自制心から開放されました。


お金を稼ぐことの変な罪悪感が全く無くなりました。
大学時代にはみ出しサラリーマン太郎(以下太郎と表記)に多大な影響を与えた、大先輩であるミスターMが予言した通り、その言葉通り、徐々にではあったが、孤立をしていくようになった。




ミスターMの予言:「お前(太郎)がそのままの生き方していると、友達はいなくなるよ」


         「最後は誰からも相手にされなくなるよ」


孤独一人






なぜか、ミスターMから言われた事が、気になって、余計強気に出ていました。すると段々と友達がまた一人、また一人と、太郎から離れていきました。




あれから3ヶ月後に、太郎は大学で孤立する事になったのです。ミスターMの予言通りでした。


太郎がここで、素直になれば、まだ救われるのですが、そこで意味の全く無い悪あがきをしてしまいました。


またこれが更に太郎の友人関係は悪化していきました。




ミスターMに当てられたのが、悔しくて、どんどん悪あがきを繰り返していくと、4ヶ月後には友人から、大学の講義室に姿を見せても、太郎が入室すると、太郎から目を逸らすようになっていきました。




大学生の醍醐味である長期休暇は友人達と旅行に出かけたりするのが多いですが、太郎君は違いました。夏休み前の4ヶ月で友人達から嫌われる事を散々していたので、2ヶ月間は一人で過ごす事になりました。




夏休み2ヶ月間一人でした事




・一人、お台場ぶらり


・一人 新宿 映画


・一人 原付で箱根観光


・一人 東北(山形、仙台)観光



孤独





これら二ヶ月の間で一人でやった事です。大概の大学生はこられはグループで行動しますが、当時の太郎君にはそのグループは存在しませんでした。




ただ、ただ、孤独を超えるような楽しさを追及していきました。しかし、楽しみを感じても共有できる仲間がいませんでした。この中で強く実感した事は、仲間を持つ重要さを学びました。






しかし、興味もない事を相手の空気に合わせて無理して、合わせるのも好まない。相手の出方を見て自分の行動するのは絶対譲れませんでした。


その為に、もうその大学の友人とは無理して繋がる事は止めようと決意しました。自分の精神世界を共有できる者だけでコミュニティを作ろうとしました。ただ、この時は、どうしたら、いいのかわかりませんでした。


方法もノウハウもありませんでした。


しかし、「孤独」と言うある共通項をもとにして、太郎はある決意を固めました。




社会経済の中で、最も孤独を感じている部類の人がいます。


・従業員


・自営業者


・ビジネスオーナー(社長)


・投資家




この4つの中で、私の孤独さと同じ思いを感じながら、日々精進している方との出会いとミスターMの存在が、秘められた太郎の本心をむき出しにしました。




この時はまだ、人生の選択をする際の思考回路に多大な影響を与えるとは、予想していませんでした。




大学に入学してから、クラスメイトという存在がなくなりました。クラスという枠組みがなくなりました。






好きな人、価値観が合う人同士で友人形成がされていきました。高校まで我慢していた、世間体を捨てて、やりたい事をやっていきました。



はみ出し太郎は、大学に入学してからも、完全にはみ出し者扱いでした。


卒業式



しかし、それでも太郎は幸せでした。好きな事を好きなように表現できることが、10年ぶりに解禁されたからでした。


しかし、サークルの先輩が私の自由過ぎる生活に、心配をしてくれていました。大学が終わり、帰宅した後に自宅に家庭訪問に来ました。私の一人暮らし先は、大学から徒歩5分圏内にあります。




その大学の先輩名前はM氏。そのミスターMは、手にお菓子とジュースを持って自宅に来ました。






ミスターM;「お前は人生ってどう考えているの_」


太郎:「いや、別に、考えていないですけど、しいて言えば、金持ちになることです。」




ミスターM;「なるほどね。お前さぁ、そんな自由奔放だと、友達はいないだろ?」


太郎:「いますよ。ただ数は多くありませんけど。」


お金





ミスターM:「またまた、そんな見栄貼らなくてもいいよ!」




太郎:「Mさんあなたは何を言いたいんですか?」


ミスターM:「お前のその部分を直していかないと、取り返しがつかなくなるよ」







何気ないやり取りの中で、太郎は興奮していました。冷静になった時に、振り返って考えていました。


あの人は、やさぐれた、生意気な学生にそんな事をわざわざ口にしたのだろうか?




ミスターMと出会った事で、私の人生は大きな転換点を迎える事になるのでした。
人生は一度きり、そうであるならば、楽しい方を選択したい。これがはみ出しサラリーマン太郎(以下太郎と表記)の人生のモットーです。




太郎は今でこそ、堂々と、はみ出しとレッテルを世間からレッテル貼られる事に何にも感じなくなりました。


しかし、学生時代は、過敏に反応して、自分がしたい選択ができませんでした。




それは遡る事、中学生時代でした。小学生からの自己主張をしていたら、太郎の成績が悪い事を理由に、徐々に発言力が無くなっていきました。(ちなみに中学生時代の5教科の平均は50点でした)


定期テスト













成績がいい人は何を言っても許される環境でした。ほとんどの人は、クラスメイトから袋叩きにされるのが、自己主張を避けていました。




一番の問題は進路選択の時でした。


太郎には進学したい高校がありました。しかし、そこは定員85名で倍率10倍超えです。


大学入試ではなくて、高校入試でした。全国から集まるような高校でした。


太郎の成績は学年300人中250位でした。


当然合格できるような成績はありませんでした。


何とか方法は無いのか?合格するための道を探していると、


担任;「無理です」


と一言言い放たれてしまいました。


両親も完全に諦めモードに入っていました。




クラスメイトからは、これらをネタとして、取り上げられてしまいました。


もう、合格するための道を探しているのは、太郎本人しかいませんでした。




その孤独の状況の中で、奮い起こしたのが、友人ではありませんでした。


過去の偉人達でした。




「人の言うことは気にするな」「こうすれば、ああ言われるだろう・・・」


こんなくだらない感情のせいで、どれだけの人はやりたいこともできずに死んでいくのだろう」(ジョン・レノン)


チャレンジ 




「君には無理だよ」という人の言葉を聞いてはいけない。

もし、自分で何かを成し遂げたかったらできなかった時に、他人のせいにしないで自分のせいにしなさい。


多く人が、僕にも君にも「無理だよ」と言った。彼らは、君に成功して欲しくないんだ。


なぜなら、彼らは成功できなかったから。途中で諦めてしまったから。


だから、君にもその夢を諦めて欲しくないんだ。不幸なひとは、不幸な人を友達にしたいんだ。


決して諦めては駄目だ。自分の周りをエネルギーであふれしっかりした考えを、持っている人でかためなさい。


自分の周りを野心であふれる人でかためなさい。


近くに誰かに憧れる人に、アドバイスを求めなさい。
君の人生を、考える事ができるのは君だけだ。君の夢がなんであれ、それに向っていくんだ。


何故なら、君は幸せになるために生まれてきたんだ。(by マジックジョンソン)






「二人、三人に嫌われてもあと地球には60億人いるよ」(byがばいばあちゃん)




これらの言葉を落ち込んだ、太郎を励ましてくれました。成績が悪い太郎が、進学校に希望出すことは、周りからバカにされるリスクがありました。しかし、結局選択とその責任は誰が取るのか?


太郎本人でした。であれば、周りから横槍を入れらても、後悔するよりマシだと感じていました。


それで、はみ出し扱いされて、一緒にいると、クラスメイトから排除されることを恐れた友人数名は、太郎から一方的に距離を置かれるようになりました。


孤独一人




しかし10年経った今も、その選択には後悔してません。これが現在の社会人として堂々として、世間体を気にない、はみ出しサラリーマン太郎として毎日楽しく過ごしているのですから。

幼い頃から、「お金」に対して、とても興味がありました。小学校に入学してからも、その気持ちが落ちる事がありませんでした。この中でいつも抵抗勢力からの圧力ありました。





はみ出しサラリーマン太郎(以下太郎と表記)は担任の先生からいつも諭されました。


担任:「太郎君、お金は大事だけど、お金=幸せではないからね」


太郎;「そんな事はわかってるよ!」


担任;「大人のでもお金を沢山持ちすぎて、不幸になっている人もいるの?」


太郎;「はぁ。。。まぁ」


担任;「お金はほどほどにある普通の生活が一番なの」


太郎:「僕にとって、普通の生活は月100万円ほどの生活なんです。」






太郎の思い描く理想の生活



太郎がお金に強くこだわるのは、太郎自身が欲しいものや生活スタイルを維持するのには、多額のお金がかかるからでした。

太郎の好きなのものは3歳から好きだった、「車」でした。




特に、「BMW」の車に完全に魅了されてしました。

University





一番下のクラスでも430万円~2000万近くする車です。




太郎が欲しい車はオプションを合わせて890万円を超えていました。








それに乗って運転するのが夢なのに、実現するためには、月最低でも100万円は必要だったのです。


両親からも、普通の生活とは言わないと、何度も言われましたが、どうしてもやりたいことでした。






その一方で、テレビで特集される、日本人大富豪やセレブの生活に密着した番組を見ていては、「いいなぁ」と漏らす始末でした。




両親もお金持ちの生活には、多少の興味があったです。



ただ、大富豪や、社長になるためには、様々な障害を乗り越えてきていました。




両親は「絶対安定志向型」でした。社長の生活とは全く真逆の生活を歩んできました。




両親も心の奥底で羨む生活は、「絶対安定思考」では高収入の道に進む事は、残念ながら存在していませんでした。


社長のエピソードをネットや、実際にテレビに出演して、創業初期の頃を話は、それなりの努力と、労力を掛けていました。


精神を削られるような、悲惨な経験や修羅場を乗り越えてきていました。


それは大多数の人は嫌がります。


両親は私の事をその経験をあえて避ける為の選択をさせようとしていました。




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先っぽい性格であった、太郎は、大概の事は3ヶ月は持ちませんでした。

しかし、「お金」に関する追及は全く衰える事がありませんでした。


社長業としての仕事の内容や、会社の仕組み作りに関して、「サラリーマン」と「オーナー社長」

との収入の仕組み深堀りしていきました。



収入源の違い





きっかけは、ある投資家の方に個人コンサルを依頼した時でした。




普段何気なく、意識もしていませんでしが、学校の先生や両親が常に言っていた事は、4つの図式の中の左側だったことがわかりました。




労働収入の為に、好収入を得るには、労働時間を大幅に増やす必要ありました。




両親が一番安全だと、言われて場所が一番危険だと事実を叩きつけらた瞬間でした。




高収入の人は、全員右側にいる人ばかりでした。





事実を知ったら、やるかやらないか?




ほとんどの人はやらない選択をする中で、私は「やります」きっぱり一言付け加えました。




太郎ママ;「お前は本当の馬鹿か?」


太郎;「金持ちになれる方法を知ったら、あとは実践するだけでしょ?」




太郎ママ「こつこつど地道やるのが一番だよ」


太郎:「会社の創業も地道だよ」




この時も私の考えている事を理解してもらうことはありませんでした。




いつも後悔しない為の選択を選ぶ




太郎がいつも、選択するときにいつも考えている事があります。


それは、選択とその結果は全て自分が持つ必要があることです。


これは一度だけ、中学生の頃に、周りを意識したあまり、自分が考えているのと違う選択をした時でした。




これで、成功すれば、まだ救われるのですが、他人の意見を全部受けれて、失敗した事がありました。




その失敗の責任は、太郎自身が取る必要がありました。この時に、学びました。


責任は自分なら、周りから批判されようが、馬鹿にされても、正しいと思えば実行する。










それから、周りから大批判を浴びても、全く気にせず、無視して、堂々と自分の道を進ん行きました。


当然成功する事もありましたが、圧倒的に失敗する方が多くありました。ただ、後悔が全く無いのです。




この頃から、徹底していきした。そうすると、どんどん、クラスから浮いた存在となって行きます。






多数決で多い方が、世間一般と言われる中で、明らかに太郎の行動は、少数派でした。


ただ、これが、自分の限界を突破する為に最適な直道だとは知りませんでした。


サラリーマン太郎(以下太郎と表記)が小学生だった頃、お小遣いという制度はありませんでした。


代わりになるようなものありませんでした。


下校した後やることは、自動販売機の下を覗いて落ちている釣り銭を獲得することでした。そのお金を貯めて、おもちゃを買ってくれば、いつも疑われていました。


母親からの尋問が始まるのでした。







太郎ママ「お前(太郎の事)その玩具はどうやって買ったんだ?」


太郎「釣り銭を地道に集めたんだよ」


大体、やりとりが15分程続きました。


それも、毎回です。お小遣いがない、太郎がお金を持つ機会が無いのに、お金を手に入れる手段だったのです。




それだけでなく、無償で遠い遠い所まで、強制的にお使いに行かされた時に、日々不満を感じて居ました




何故報酬がないのか?




買ってもらえるのも、年に一回の誕生日だけ。




不満爆発した、太郎は太郎パパのボーナスが入っている札束の中から5万円分抜き取りました。






報酬を違法的に得た太郎は、満足していました。


どんどん気分は上々です。しばらくは、どんな遠い場所にお使いを行かされても、全く苦に感じませんでした。


しかし、ゲームやおもちゃを買うと、その購入資金の出処を追求が始まるので、お菓子等のその場でなくなるものでしか、買うことできませんした。




お菓子を買い食いしていく内に、どんどんと体が太りだしていきました。


体の変化に気づきはじめた、太郎ママは追及始めます。程なくしてから、ボーナスの残高と支給額が合わないとなり、詮索はじまり、物置に隠しておいた。お金が見つかりました。

太郎パパによる、お金にまつわる説教









太郎パパ「お金取ったよね?もうわかっているから嘘はこれ以上つかなくてもいい」


太郎「はい!ごめんなさい。」


太郎パパ「今回は怒るよりも、お前(太郎)に伝えておきたい事がある。」


    「5万円の価値ってどんなものかわかるか?




太郎「さぁ。。。」


太郎パパ「俺が一番最初にもらった、ボーナスが5万円だ」


太郎「へぇー」


太郎パパ「昔は食べるのも一苦労だし、給与も遅れることも多分にあった。」


    「お前が小遣いくれって言っている気持ちもわかる。それは出すようにするから」










それから1ッ月の、9月に私の誕生日にようやくお小遣い制が成り立つ事になりました。


小遣い制度を要求して4年かかりました。


やっとの事で達成しました。
はみ出しサラリーマン太郎(以下太郎と表記)は妄想する癖があります。


常に成功して大金を掴み、女の人を何んも抱え込む生き方に魅力を感じていました。



そんな事とは真逆で金もない、女もいない寂しい生活を続けていました。(現在もいませんが)




そんな事がこれからの生活に影響を与えるとは思いも寄りませんでした。




しかし、太郎が、街なかでカップルを見るたびに、嫉妬していました。


この後は、心の中で不安定になり、「食べる」事でストレスを解消する道を選択していました。








特にハンバーガーやポテトチップスばかり食べていました。






食べていく程、心はどんどん落ち着いていきました。




次第に、体重は増加していきました。75kgだった体重は1年毎に10kgづつ増えて、大学4年間で20kg増加させてしまいました。






体型はどんどんと不健康体になっていきました。






デブと言われるようになってから、鏡を見ること避けるようになり、さらに食べ続けるというサイクルに走りました。




肥満体型になればなるほど、人前に出るのがすごく億劫になっていきました。


電車に乗車する際には、女性の隣に座るのが、怖くなってしまいました。




肥満になってから、普通体型の時と同じように、電車の中で女性の隣に座ろうとすると様子が変わっていきました。


太れば太るほど、女性が嫌な顔をする確率が非常に高まりました。極めつけは、座った直後に、隣の女性が書けるように、別の席に移動しました。




さすがに、はみ出しでも、大きく落ち込みました。






綺麗な女性をみるたびに、どうやって付き合おうか、でも無理だと更に落ち込み、ひたすら食べる生活をして100kgも狙えるようになっていきました。

結局大学時代は美女とは付き合う事はありませんでした。
片田舎に生まれ、育った極普通の家庭でした。幸いにも4年制の私立大学にも通わせて頂きました。


本当に恵まれた環境だと感じています。


はみ出しサラリーマン太郎(以下太郎と表記)が常に言われた事は、「安定な仕事に就きなさい」と言われながら育ちました。







投資に目覚めたキッカケ


大学四年生の時に、「学生」としての後ろ盾を無くなった時に、どう生きていくのか?失敗が許されない状況で就職することに疲れていました。


生活の為に、嫌な仕事までやらないといけない事は避けた気持ちがありました。








大学4年間は奨学金が毎月10万円入ってきたので、安心していました。


卒業した後は仕事が無くなった瞬間にお金がなくなるという怖さがありました。




卒業までの8ヶ月までに、何とかできないのか?


真剣に考えていました。


たまたま目に止まったのが投資系の雑誌でした。








「FXで月10万円安定して稼ぐ」と言う記事に惹かれてしまいました。


実際にネット証券口座を開いて、実際に運用するようになりました。




しかし、記事の通りには全く稼ぐことはできませんでした。




それどころか、証券会社に入金した10万円が一瞬で無くなりました。


何とか、稼ぎたかった太郎は、FXでミリオネアまでなった、若手の投資家とコンサルしてもらう約束をメールで取り付けました。









このコンサルで、同時に不動産投資で100億円以上の資産を構築した凄腕の経営者兼投資家を紹介してもらいました。




同時に書籍も同時で紹介されました。


「金持ち父さん、貧乏父さん」著書 ロバート;キヨサキ










この考え方を伝えられた時に、太郎は完全に目の色が変わりました。




重要なのは、サラリーマンで安定している仕事ではないと悟った瞬間でした。

アメリカで引き起こされた、2007年サブプライム危機、2008年のリーマンショックで世界的大不況と言われた経済危機が発生した。


この頃から、派遣労働は危険という、イメージが植え付けれた。




正社員と比べて見ると、制度上は不利な事が多いように見える。




そんなサラリーマン太郎も「契約社員である」ただ、巷で言う契約社員とは意味合いが少し違う。その上待遇も正社員より好待遇である。





序章


2008年から、遠く離れた日本でも「製造業」を中心として、生産ラインの中止、減少させた。

一番被害を受けたのが、製造業に従事するサラリーマンや日雇い労働者であった。




ただ、この問題が深刻だったのは、失業した事でけなく、同時に住む家を無くした事でした。









仕事が無くなり、収入がなくなるのも大変なのに、住む家すら失くす。

時期は12月であった。季節は冬で気温も氷点下になる、寒いなかホームレスにならざるお得なかった事を、ニュースを見ながら、恐怖心を感じていました。


制度的欠点




住み込みで光熱費、家賃が雇用主負担


・短期間の限定雇用体系


・製造業従事かつ単純労働作業




以上の3点が全ての産業の中で、経済危機が発生した時に、被害をダイレクトに受ける事になる。






誰でもできる仕事に、高い人件費を掛けて、また正社員として、高待遇にするリスクを追いながらの経営をしないようになってしまったのです。


誰でもできる仕事は人件費を安くできる海外に生産ラインを移動させて、税金面でも優遇を受けて、さらに利益率を高くしようとしました。




2009年以降に派遣労働者に関する法規制が厳しくなりました。



特に、給与に関する事項は徹底的に守られるようになりました。


特定産業においては、高時給の仕事もあります。


太郎はこの特定産業に従事しています。








制度の徹底利用


モノはリアルにあるものではなくて、「通信」を選択することが非常に効率が良いです。


在庫を持つ必要がないので、会社としてもリスクが非常に少ないのが特徴です。




販売代理店にて、「契約」の取次をひたすら獲得する仕事です。


獲得契約数によって、クライアントからお金が発生する仕事です。




仕入れのお金も、保管する倉庫も必要ありません。




経営者の立場から見ても人件費を払っても、利益効率は非常に高い仕事になります。


契約社員は2009年以降から、賃金の支払い規定に関して厳しくなりました。特にみなし残業が認められなくなったので、普通残業では通常時給の125%を支払う義務が経営者にあります。


22時以降の深夜残業は通常自給の150%にもなります。






経営者は、そうなると、いかに少ない時間で無駄のないように、高い利益と取るようになります。


しかし、製造業と違って、販売系の仕事は、お客様の事情によって大きく左右されます。
定時で終わろうとしても、お客様が来れば、対応する必要があります。


そうなると、お客様対応が終わるまで、仕事を続けなければなりません。

それが長引く毎に、お金はどんどん増えて行きます。


利益率が取れない産業であれば、正社員と投入して、みなし残業代として基本給に組み込む企業もあります。しかし、「派遣社員」はそれができません。


それは基本給ではなく、「時給」の給与体系を採用しているからです。



産業別では、下手に正社員になるよりも、お金は稼げてしまいます。




そういう意味では「通信」業界は選択肢としては大いに有りです。







集団行動が苦手であった、サラリーマン太郎(以下太郎と表記)は自己主張するたびに、周囲と衝突していました。


義務教育の集団生活は非常に息苦しい思いをしていました。




相手に合わせるという気遣いや礼儀が無い状態でした。


その気遣いができないことすら、理解できない状態でした。人と話す時はフィーリングのみで話していました。


中学時代には小学生の名残から、衝突しても、自ら身を引くことはありませんでした。













口論になっても、非常に弱い為に、いつも負けていました。その対策として、「自己主張をしない」

と言うスタンスでした。これを高校に入ってからも継続しました。


高校に入学して、ひたすら、クラスメイトと教員陣に良く見せようとその一点集中していました。



これは高校でも成功しました。まず、他人と衝突することが無くなった事と、周りが気を遣うようになった事です。


今まで、思っている事を口にしていた中学校の時と比べて、物事が円滑に運ぶようになりました。

しかし、メリットばかりではありませんでした。




自己主張をしない=個性の欠如




自己主張をしなくなったので、クラスメイトは私を何を考えているのかが不明で取っ付きづらい性格に映ってしまってました。


最大の致命傷は、「影を消す」ことすらできてしまった事




高校の文化祭の時に出店をやろうとした時に、私が頭数から抜けていた事がありました。


学級委員が名前を思いつくまま羅列して行った時に、数が足りない、誰? 誰が足りないとなって、名簿を見て思い出す始末でした。



影が無いキャラだったので、人間としての魅力は殆どありませんでした。








自分がやりたいようにできない団体活動は太郎にとって、非常に苦痛の時間でした。


同じ高校生活なのに、楽しめない環境から、いつしか、やさぐれるようになりました。


同時に人とは極力関わらないようになっていきました。どんどん自分の殻に閉じこもるようになってから、次第と、コミニュケーション力が低下していきました。





衝突を嫌い、良く見せる事に注力していたら、人と関わる事ができなくなっていきました。




ただ、時間だけが流れていきました。


非常につまらない人間になっていきました。しかし、それが現在の打ち込む時の原動力になる基礎を作っている事だとはまだ気づいてはいませんでした。