「ええええっ! エネウスさまに、デタラメな安産祈願のまじないを教えろですってぇ~!?」

 コリドラス公爵邸に、素っ頓狂な声が響き渡った。

 グラミー司祭の診立てから、数日過ぎたある日の午後である。

 声の出所は来客用のティールーム……屋敷の貴婦人たちが、客を招いてのお茶会をするための部屋だった。置かれている調度のひとつひとつが贅沢そのもの。花の蔓のように優美にうねった足を持つティーテーブルには、焼きたての菓子をたっぷり盛った銀の皿と、精緻きわまる紋様の焼きつけられた、フレイルわたりの茶器が整えられている。

 この部屋に客人が招かれるのはじつに久しぶりだった。前当主が、フレイル王位継承権を血に宿す貴公子と結婚し、「グレイル、フレイル、両国の女王位の後先を煩わしくした」ことをはばかり、二十数年来、コリドラス公爵家が華やかな社交生活から、やや距離を置いているせいだ。

 久々の客人は……しかし、貴婦人のお茶会にふさわしい、優雅なお相手とは言いかねた。

 そもそも髪型が荒々しい。片やうねる金髪、片や真っ赤なまっすぐな髪を、わざとのようにざんばらにひとつに括っている。午後の招待にふさわしいクラバットも身に着けていない。ドレスコードにうるさい王妃の茶会などに出ようものなら、一気に不興をこうむりそうな身なりだ。

 が、この茶会の女主人である、コリドラス前公爵フォーレリィには、客人たちの風体はいっさい気にならないようだった。ツバメの……もちろん赤毛の客人はフレイルのツバメだ……素っ頓狂な大声にも動じず、フォーレリィはカップに茶を注ぎわけた。

「もちろん、効果のあるものを教えてもらえれば、それに越したことはありませんわ。ですけれど、息子にお教え願いたいまじないには、いくつか条件があるの。効力より、条件にかなったおまじないをお教えいただくのが優先というわけ。……さあ、どうぞ」

 部屋から侍女は下げられており、貴婦人自らが茶菓を客人に勧める。訝り顔で首をひねるばかりのツバメを尻目に

「わーい、いただきます!」

 金髪のレンカクが屈託無く美味しそうなお茶に口をつけた。うれしそうに言った。

「ううーんいい香り! ティ・タオタオですね!」

「フィナンシェにもタオタオの密漬けを刻みこんであるのよ。お懐かしいのではないかと思って」

「お気遣い、痛み入ります」

 レンカクはにっこりした。瑞々しく甘いタオタオは、フレイルの民にことのほか愛される果実だ。初夏の、破魔の味。にっこり顔のまま、レンカクは言った。

「つまり、かの貴婦人に、御子さまご誕生までいっさいご当家にはお出ましになれないことを、ご納得いただければいいわけですね。ご納得、というか、むしろ進んでお出ましを控えたいお気持ちになられるように、かの貴婦人を巻き込むカタチのおまじないを、エネウス様にお教え申し上げる。フレイル伝統のおまじないと称して……と、このような理解で、よろしゅうございましょうか、公爵閣下」

「だいたいそんなところですね」

「都合の良いまじないを存じております。エネウス様には、いつまでにご教授申し上げればよろしいですか」

「明日にもお願いしたいわ。わたくしの読みでは、明日の午後あたりには、あの子は秘密に耐え切れなくなるでしょうから」

「つかまつりました」

「……さすが。お話が早くて助かるわ、レンカク男爵。感謝します」

 フォーレリィはホッとしたように言い、自分のカップに口をつけた。レンカクも次なる茶菓子に取りかかる。ツバメは目を白黒させた。

「なにっ!? なんですか、いまの暗号は! おふたりだけでわかりあってないで、説明してくださいよおっ」

「げげっ。ツバメちゃんたら、いままでのやり取りで状況把握できなかったわけっ?」

 レンカクは激しく驚いた顔をした。

「卑しくも、キミ、フレイルの外交官でしょうが。……参るなあそんなに鈍くっちゃあ」

「やりとりもなにも! エネウス様にいい加減な安産祈願のおまじないを教えるっていうお話から、いったいどんな状況を把握しろって…………あああああっ」

 突然、ツバメは椅子から飛び上がらんばかりに叫んだ。

 目を輝かせて言った。

「わかった! マイヤシー様がご懐妊なさったんですね! うわあ、おめでとうございます、フォーレリィ様!」

「…………」

 フォーレリィは、無言で大きく目を見開いたあと

「ありがとう、ツバメさん」

 やわらかく微笑んで礼を言った。レンカクは天を仰いだ。

「申し訳ありません、フォーレリィ様。あとで噛み砕いて説明しておきます」

「ツバメさんを叱らないでいただけるとうれしいわ、男爵。思うところをそのまま言わないやりとりなんか、わからないほうが、人として幸せな気もするし」

「とはいえ……必要最小限は習得してもらわないと困りますしね。……はい、ええ、もちろん、叱りませんが」

 ツバメを庇うフォーレリィの言葉に、レンカクは頷いてみせた。まだ成り行きが一向にわからないらしい赤毛のツバメは、少ない言葉で的確にわかりあう上司と公爵を、落ち着かなく見回している。

※IE5.5以上推奨。それ以外のブラウザをご使用の場合は、横書き表記になってしまっているかもしれません。すみません。

※ミニストーリー部分のみ縦書きで組み込んでみました。ツール作成石山ディレクター。ありがとうございます~!


このつぎの《女神様にお願い》

 ……第3話・聖獣様にお願い  


いままでの《女神様にお願い》

 ……前置き

 ……第0話・遠い時代、遠い場所で

 ……第1話・グラミー先生にお願い

 ……第2話・王妃様にお願い  




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