「どういうことですの、エネウス。わたくしはあなたに、こちらのお部屋に飾る白いロサを摘んでくるようにとお願いしたはずですわ。なのになぜ、薄紅色のマルガレッテを摘んでくるのです」

 贅を凝らした衣裳で着飾った貴人たちが、日ごと夜ごと群れつどい、社交と楽しみごとに興ずる、その華やかさをして、吟遊詩人たちに『花の王宮』とも謳われる、グレイル王宮の、奥まった一室である。

 室の女主人たる、月光のごとく銀色に輝く髪を高々と結い上げた美しい貴婦人……グレイル王妃メルルーサは、細い眉を不興げにひそめた。

 国王フィルロードと王妃メルルーサが住まいとする奥宮左翼は、退屈嫌いの王妃のために、しょっちゅう調度を変えている。最新のしつらえは銀と紫を基調としたシックなもの。一重の花弁も愛らしい、薄紅色のマルガレッテは、たしかに似合わない。

 近衛隊士の礼服に身を包んだコリドラス・エネウスは、悄然と肩を落とした。腕に抱かれた花が揺れる。メルルーサはつけつけと言った。

「エネウス、あなた、このところ、失敗してばかりね。おとといの夜会でも、さくらんぼ酒を頼めば、熱燗を持ってくるし、ボンボンを頼めば、クサーヤの焼き物を持ってくるし、あげくの果てに、メヌエットでガボットのステップを踏んで、わたくしの足を踏みそうになるし、あなたらしくもない……いったいどうしてしまったの」

「申し訳ございません……」

 花を慕う蝶々のように、いつもは争って王妃のそば近くに侍る取り巻きの貴婦人たちは、第一のお気に入りの失態に苛だつ王妃を恐れてだろう、いまは遠巻きにようすをうかがっている。エネウスは弁解せず、ひたすら詫びるばかりだ。メルルーサは、ほっそりした白い手に、閉じたままの扇を打ちつけた。

「エネウス、もしかしてあなた、どこか体の具合がお悪いの」

「いえ……」

「なにか悩みがあるとか」

「そ、そのような、ことは……」

「ならばきっと、もうわたくしの相手をするのが嫌になってしまったのね」

「ま、まさかっ、いいえっ」

 エネウスは大慌てで顔を上げた。王妃のたそがれ色の瞳がエネウスを射抜く。エネウスはあたふたとうつむいた。

 王妃はしばし、無言だった。息詰まる静寂の中で、誰かが身じろいだ。衣擦れの音が耳障りに響く。王妃は口を開いた。

「……コリドラス・エネウス。あなた、わたくしに隠し事をしていますね」

「えっ」

 エネウスの背が、傍目にも大きく波打って震えた。野次馬たちがしたり顔で目配せをかわす。エネウスは曖昧に首を振った。

「……ま……まさか……私が王妃様に……隠しごとなど……」

「していないというのですか?」

「……は……はい……」

「顔をお上げなさい、コリドラス・エネウス」

 メルルーサはとても静かに言った。

「わたくしの目を見て、誓いなさい。いままで、わたくしに隠しごとなどなにひとつなく、これから先もなにひとつしないと。さあ」

「メ、メルルーサさま……」

 うつむいたままのエネウスの、肩が、震える。

 エネウスは、抱えたマルガレッテに、半ば顔を隠すようにして、どうにかこうにか顔を上げた。いつもは物怖じせず誰でもまっすぐ見つめる青い目が、王妃の深い紫色の瞳を見つけたとたん、せわしなく瞬く。幾度も口を開きかけ、唇をふるわせるだけでなにも言えず、また閉じる。大きく大きく息を吸い、吐き、ついにエネウスは震える声を無理矢理発した。

「わ……わわわわわわわわわわわわ、私には……メ……メルメルメルメルメルメルメルメルルルルルルルルルーサさまに……ッ、か、かかかかかかかかか隠しごとなど……な、な、ななななななななななにひと……つ……ッ」

「もう結構」

 王妃メルルーサはエネウスの発する怪言語を断ち切った。

 耳まで真っ赤になって、額に汗しているエネウスに、ゆっくりと歩み寄る。

 静まり返った部屋に、王妃の足音が、大きく響いた。王妃はむしろ優しい声で言った。

「コリドラス・エネウス。あなたに休暇を与えましょう」

「……え?」

「どこかで頭を冷やして、胸に留まっていることどもを、なにもかもわたくしに話してもいい気持ちになったら、戻っていらっしゃい」

「えええっ!」

 エネウスは飛び上がる。メルルーサは手にした扇を広げ、優雅に口元を隠した。

「主君に隠しごとをするような家臣は、わたくしのサロンには要りません。あなたには失望しました。……ヤマメ、エネウスをお廊下までお送りして」

 言い切るなり、王妃メルルーサはエネウスに背を向けた。様子見していた取り巻きの貴婦人たちは、エネウスに一瞥をくれながら王妃のまわりに群れ集う。紅で色彩られた貴婦人たちの唇には一様に、意地の悪い笑みが浮かんでいた。エネウスは卒倒せんばかりだ。

「メ、メルルーサ様……っ、どうか、どうかお許しを。お暇をくださるなどとはおっしゃらないでください。いますぐに新しいお花を摘んで参りますから、どうか……メルルーサ様!」

「エネウス様、どうぞお引き取りください」

 エネウスの見送りを命じられた年若い侍女が、申し訳そうな顔をしつつも、仕草で辞去を促す。エネウスがいつまでも居座れば、下命を果たせなかったと、この侍女にも咎めは及ぶだろう。気高く聡明な王妃メルルーサは、仕える者たちの仕事ぶりにも、いつも気配りを怠りないのだから。

 この侍女にまで迷惑をかけてはいけない。

 エネウスは生まれたての小鹿よりなおおぼつかない、ふらつく足取りで、かろうじて主君の部屋を出た。

「あの……エネウス様、元気をお出しください。王妃様のご勘気も、いずれきっと解けますわ」

 見送りに出た侍女の慰めもろくろく耳に入らず、エネウスは、あてどなく歩き出した。

 薄紅色のマルガレッテは、まだ、エネウスの腕にある。



「もしもし、そこのオニーサン、せっかく摘んだそのお花、花瓶に活けなきゃ、枯れちゃいますよー」

 ひどく明るく声をかけられたとき、エネウスには、声の主が誰かはもちろん、自分がいまどこにいるのか、なにをしている最中なのかも、わからなかった。

 水底に横たわっているように、なにもかもがくぐもって遠いばかりだ。

「うわ、オニーサンったらなんつーひどい顔。干からびきったダイコンみたいな。……あ、大根ってグレイルじゃ食べないからこのタトエはわかんないか。ダイコンって、カブのうーんと長くなったみたいなお野菜のことよ。フレイルじゃ良く食べるんだよね。煮てよし蒸してよし生でよし。焼き魚にゃ、ダイコンオロシは必需品よー! あっ、ダイコンオロシ食べたくなってきた」

「レンカクさまっ、ダイコンなんていまはどーでもいいでしょッ」

「やだなァ、ツバメちゃんたら怒っちゃってェ。楽しい会話には『こんせんさす』のすりあわせが肝心なのよォ」

「わけわかんないこと言うのは、いい加減にしてくださいよッ! もう!」

 ……誰かと誰かが、自分の、すぐ近くで、言い争いをしている……?

 なにも見ず、なにも聞かず、自分の内側に沈みこんでいたエネウスの、耳が、目が、急に働き始める。

 目前にハデハデしい色彩が並んでいることに突然に気づき、息を飲んだ。

 光放つようにまぶしい金色と、目に染みるほど鮮やかな赤色。

「あ、ダイコンに水気が戻った」

 金色のほう……うねる金髪を後ろで束ねた男が言った。端整な顔立ちに、まるいメガネが飄然とした表情を与え、身にまとうのはグレイルでは滅多に見かけない、四角い布をはぎ合わせたようなフレイル風の衣装。しゃがみこんでエネウスの顔を覗き込んでいる。見覚えがある顔だった。エネウスは目を丸くした。

「あ……なたは……フレイルの……レンカク男爵……?」

「あれ? アナタ、ワタクシメが誰だか知ってる?」

「レンカク様ッ、ちょっと、このダイコン、エネウス様ですよ、近衛団長の!」

「……ちょっとツバメちゃん、その言い方は失礼じゃない? いくら遠い親戚とはいえ、グレイル王室の近衛団長閣下のこと、ダイコン呼ばわりはナシなんじゃな~い?」

「アンタが先にダイコンって言い出したんでしょうがーッ!!!!」

 赤色のほう……鮮やかな赤毛をざんばらに括り、金髪の同じくフレイル風の装束に身を包んだ、もうひとりの男が吼えた。金髪の男より幾分年若いと見えるその男の顔にも、たしかに見覚えがある。エネウスは呼んだ。

「……ツバメさん……?」

 ……おかしい。自分の口が、ずいぶん動かしにくい。声を出したとたん、エネウスは気が付く。

 まるで、長いあいだ話さなかった人のようだ。

 なんでこんなに口が動かないんだろう。口だけではない、顔全体が、動かしにくい気がする。瞬きひとつするのも、まぶたが重たい感じ。赤毛のツバメが、ひどく気遣わしげに言った。

「大丈夫ですか、エネウス様。ずいぶん顔色が悪いけど、もしかして、ご気分がお悪いとか」

「……いや……いえ……」

「あっ、わかったァ、ツバメちゃん! なんでエネウス様からダイコンを連想したのかその理由! この制服、ダイコンみたいに真っ白いからそのせいだぁ~きっと~」

「アンタッ、ダイコンでいつまで引っ張る気ですかッッ!」

「キャーッ、ツバメちゃん、怖いッ!」

 ツバメが叫ぶ。レンカクは身をくねらせる。怪訝そうなエネウスの眼差しに気づいたらしい、ツバメは額に汗を浮かべながら笑みを取り繕った。

「すみません、エネウス様。うちの上司がいきなり失礼なことを申し上げて」

「え、いや」

 エネウスは曖昧に微笑んだ。ツバメは言いにくそうに「ところで」と言った。

「ところで、失礼ついでにお聞きしますけど、エネウス様はここでなにやってらっしゃるんですか? こんな遅い刻限に、しおれた花束なんか抱えて」

「遅い刻限? ……あっ」

 腕に抱いた花束が、萎れかけているのにふいに驚いて、エネウスは声を上げた。王妃の部屋に抱えていったときには、まだ瑞々しく、葉には露さえ置いていた愛らしいマルガレッテ。いつのまにこんなに無残に萎れていたのか。

 エネウスは、目を瞬いて周りを見た。息を飲んだ。

 気づけば、あたりが、しだいに薄暮に染まり始めている。春先とはいえ、まだ冷たい風に、さらされ続けた腕も足も冷えて、すっかり硬くなっていた。……風。そう、エネウスが座り込んでいたのは、風の吹き抜ける、回廊の片隅だったのだ。

 こんなところにしばらくじっとしていたなら、口も回りにくくなっていて当然だ。

 メルルーサの部屋から出されたのは、まだ日も高いころだった。

「大変だ、すぐに花瓶に活けかえなくちゃ」

 美しく咲いていた花を、間違えて手折ったのはエネウスの落ち度。花に罪はない。このまま枯らしては気の毒だ。あわてて立ち上がったエネウスは……立ち上がったとたん、猛烈な眩暈に襲われ、屈みこんだ。金髪のレンカクが「あらあらあら」と言った。

「立ちくらみとは。随分長いことここにしゃがみこんでたみたいね~」

「め、面目ない……」

「いや、面目ないってことはないけども。日が暮れるのにも気づかないほど、ずーっと沈みこんでた、なんて、タダゴトじゃないね。なんか深刻な悩みゴトでもあるんじゃなぁい?」

「い……い、いえ……」

 エネウスは首を振った。レンカクは「カッカッカッ」と笑った。

「エネウス様は真ッ正直だね。思ったこと、ぜぇ~んぶ顔に出ちゃう。悩みがあること、隠すこたァないじゃない。オトコノコは、みんな悩んで大きくなるモンよ」

「なにを言うんですか。私は、誰にも、なんにも、隠してなんかいません……」

「エネウス様の姉上、ご懐妊なさったんでしょ」

「……はい。……えええっ!?」

 あまりにも唐突に、あっさりとしたレンカクの言い切りっぷりに、うっかり素直に返事をしてしまい、エネウスは声を上げた。

「レンカク男爵、いま、なんておっしゃいましたっ」

「だから、エネウス様の姉上の、マイヤシー様は、ご懐妊なさったんでしょって」

「うわあああああっ、大きな声で言わないでくださいっ」

「……エネウス様のお声のほうが大きいですよ……」

 呆れ声でツバメが言う。「ああああ」。エネウスは萎れかけた花束に顔を埋めた。息も絶え絶えに言った。

「……誰からお聞きになりました。……その……か、懐妊のこと……」

「誰にも聞いてないよ。聞いてないけど、エネちゃんの顔見てたらわかっちゃった」

「エネ……『ちゃん』」

 言葉尻を捕らえて、ツバメが渋面を作る

「か、顔?」

 エネウスが、ひどく情けない声を出した。レンカクはしれっと頷いた。

「オレの見たところ、エネちゃん、アナタ、姉君のご懐妊を、まだ誰にもヒミツにしろってご家族から言われてるでしょう。誰にも……つまり、アナタの大切な、尊敬する、国王陛下や王后陛下にも、絶対言っちゃダメって言われてるでしょう。姉君の安産のためにヒミツを守らなきゃいけないって気持ちと、主君に隠しごとをする後ろめたさが渦巻いて、毎晩眠れてないでしょう。イキオイ、昼間もボーッとなっちゃって、メルルーサ様の命令を聞き取り間違えたり、思ったのと違うことしちゃったり、失敗が増えているでしょう」

「な、なぜそれを」

 現在の自分の状況を、微に入り細に渡って言いあてられて、エネウスが尋ねる。レンカクは「ふふん」……得意げに笑った。

「だから、顔見りゃわかるんだって。じつはワタシ、フレイルじゃあカリスマ身の上相談員って呼ばれてたのね? 顔を見た瞬間にどんな人のどんな悩みでもたちどころに言い当てちゃって、快刀乱麻な解決法を提示しちゃう。言わば悩み多きご婦人たちの救世主? みたいな?」

「……そうだったんですか……」

「えっ、納得しちゃうんだ」

 驚いたように呟いたツバメを、レンカクが睨みつける。ツバメは目で詫びた。レンカクは続けた。

「エネウス様の父上は、オーストン公爵家のお血筋のハブラーン様。コリドラスのおうちじゃ、ハブラーン様を思いやって、家ん中の祭式は、フレイル風にってことになってる。当然マイヤシー様の安産祈願と、姫君誕生祈願もフレイル風でってことになった。……フレイル式の誕生祭事じゃ、無事に赤ちゃんが生まれるまで、よそのおうちからお祝いの品をもらっちゃ、ダメなんだよね。だけど、お気に入りのエネちゃんのお姉さんに赤ちゃんが生まれるとなったら、きっとメルルーサ王妃様はお祝いの品を贈りたいとお考えになるだろう。モチロン、ほかの貴族のみなさんも。でも、祭事の成功のためには、お祝いを受けるわけにはいかない……。そこで、コリドラス家では考えた。赤ちゃんが無事生まれるまで、王宮にも、いっさいを秘密にしておこうって。誰も懐妊のことを知らなければ、王妃様やほかの貴族のみなさんの、せっかくのお祝いのお気持ちをお断りする、なんて失礼なこと、絶対に起こるはずないもんね。……そうでしょ、エネちゃん」

「……おっしゃる……とおりです……」

 レンカクの流れるような口舌に、エネウスはうな垂れた。

「フレイルにはギンガ教団がありますし、ごくごくフツーの民草や牛馬さえも各自秘術を使いこなすという秘法の本場です。オーストン家では、その祭式を用いたおかげで、三つ子の姫君を授かったともいいますし、誕生祈願はフレイル風にという父の意向には、私も賛成なんです……でも……」

「ええっ!? 牛馬が秘術を使う!? そ、そんなわけ……むぐっ、ぐぐぐぐぐっ」

「何度もハナシの腰を折るなんて、ダメなツバメちゃんね~。おハナシが終わるまで、イケナイお口はレンカクさんがお手手で塞いでおきましょうね。さ、エネちゃん、つづけて、つづけて~」

「は、はい……。それで……王宮で懐妊を秘密にしなきゃいけないことも……仕方無いと、私にも、わかってはいるんです。当家の都合のせいとはいえ、お優しいメルルーサ様は、懐妊した姉に、なにひとつお祝いをお贈りになれないことを、お気に病まれるに違いないから。でも……メルルーサ様に、隠し立てをつづけるのは、私には、やっぱり、苦しくて……。悩んだ挙句、失敗ばかりして、メルルーサ様に見放されてしまいました。お側に戻るためには、私の隠していることを、ご報告申し上げなければなりません! でもそうしたら、メルルーサ様がこんどはお祝いのことでお悩みに! ああ、私は……どうすればいいのかわからない!」

 泣かんばかりにエネウスは叫んだ。大きな手に口をから鼻まで覆われ、顔色を悪くしていたツバメから、レンカクは手を放す。ツバメは回廊の床に倒れこんだ。レンカクは含み笑った。

「コリドラス・エネウス様は、このオレが誰か、お忘れみたいねえ」

「……え?」

 エネウスの、大きな青い目が、揺れる。

 金髪のレンカクは声を張り上げた。

「ズバーリッッ!! フレイル一のカリスマ身の上相談員、このレンカクが、エネウス様の切ないお悩みを一気に解決する、快刀乱麻な解決方法をお授けして進ぜよう!!」

「私の悩みが……解決する……?」

 エネウスは鸚鵡がえした。




「も、もお……っ、レ、レンカク様は……お……俺ちゃんを……殺す気ですか……ッ!? 馬鹿力で……鼻から口から……っ、塞いでくれちゃって……もぉ……!」

 荒い息の下から、ツバメが文句を垂れる。

「ごめんごめんごめーん」

 反省のかけらも感じられない声で言って、レンカクは手にしたカップをツバメに差し出した。

「だってツバメちゃんたら、エネちゃんを正気に戻しそうなツッコミばっかり入れるんだもん。ちょっと黙っててもらいたかったのよ~。……はい、水、汲んできたよ」

 さきほどの回廊からもほど近い、王宮中庭の四阿である。

 昼間には貴婦人たちが華やかに集い、社交の舞台になっている四阿近辺には、日も落ちたいま時分には人影はない。大理石で作られた、飾り彫りも瀟洒なベンチに腰掛け、体をやすめていたツバメは、上司から受け取ったカップに口をつけた。

「ありがとうございます。……うぅ、マズ」

「ブルータル・モーレイは海っぺりだから、水がいまいちだよねェ」

 のんびりと言い、レンカクはツバメの隣に腰掛けた。ツバメは唸るように言った。

「レンカク様のヨタ、ホントに信じちゃいましたね、エネウス様……」

「まっ。ヨタとは人聞きが悪いっ。ワタクシの教えたおまじないは、超霊験あらたかなモノホン中のモノホンよォ~」

「なーにがモノホンですか。十三匹のお猫サマのヒゲを引っこ抜いて、妊婦さんの腹巻きに縫いつけりゃ、女の子お誕生祈願がパワーアップ、必ず女の子が生まれるなんておまじない、俺、見たことも聞いたこともありませんよ」

 聖天の大母神リデルが友として遇したと言われる猫は、聖なる獣としてどこでも大切にされている。しぜん、猫にまつわるまじないは、各国、各地方に数多く伝えられている。

「あー、ツバメちゃんはド田舎のマゴメル出身だからね。知らなくて当然ね。キンケイの『してぃぼ~い』のあいだじゃ、一世を風靡したおまじないなんだけどね」

「……たしかにウチの領地はド田舎だけど、俺はキンケイ育ちですッ! レンカク様こそドドドドドド田舎の出身のくせにッ」

「ま、ね。ワタシがエネウス様に教えたおまじないって、キンケイで一世風靡したヤツを、一部、あれんじ、しちゃってるんだけどね~」

 ツバメの憤りを華麗に無視して、レンカクはのんびりと言った。

「もともとのおまじないでは、猫のヒゲを集めるのは、誰でも、いいのよ。妊婦さんの家族の男じゃなきゃいけないなんつーお約束は、無し無し無し無しなっしんぐ! もちろん、おまじないを始めるにあたって、家族じゃないご婦人から、集め途中のヒゲをしまっとく用のハンカチを借りなきゃいけないなんてお約束も、なっしんぐね!」

 レンカクは猫のように伸びをした。

「いまごろエネちゃんは、麗しの王妃サマに、いままでの事情を説明しつつ、ハンカチをお借りしたいってお願いしてるのかねェ」

「でしょうねェ……」

 ツバメはため息をついた。

「たしかに、ハンカチを通して、ご自分も祭式に参加できるとなれば、祭事が終わるまで身内以外はお屋敷に入れない、お祝いも受け付けないっていう『フレイル式』を、メルルーサ様も納得なさるでしょうよ」

「そうそう。そんでメルルーサ様が納得なさるってことは、宮廷全体が納得するってことなんだよね」

 レンカクは口の端を吊り上げた。

「コリドラス家はグレイル王家ご連枝中家格第一の名門。王位継承権も王家に次ぐ。取り入りたい貴族はたくさんいるけど、ややこしい血筋から無理矢理お婿さんをもらっちゃったのを反省してるって表向きで、先代以来、宮廷と距離を置いてて、付け入る隙が無い。懐妊祝いって口実は、わけのわかんない貴族がコリドラス家に近づく理由として大いに利用できるからねぇ~、手は打っとくに越したことはないでしょ」

「はあ~。王位継承権なんてそんなにいいもんですかねぇ~」

 ツバメは耳の穴をほじりながら言った。レンカクは呆れ顔をした。

「ま。ツバメちゃんたら、自分もフレイル王家の血統のくせして、他人ごとみたいな口ぶりじゃなぁい?」

「他人ごとですよ。うちなんか傍系だモン。だいいち俺ちゃん、オトコノコだし」

「あら、そ」

 レンカクは肩をすくめた。

「とにかく、エネちゃんがおまじないに王妃サマを巻き込めれば、うざったい取り巻き志願者さんたちを寄せ付けないのはモチのロン、王妃サマ直々にマイヤシー様のお見舞いにお出ましになって、お腹の赤ちゃんの婚約を迫るって可能性も消える。さすがに王妃サマ直々のお願いは、コリドラス家といえども、ムゲに断れないからね、これにてバンバンザイってわけ」

「婚約を迫るって……お腹の赤ちゃんと、誰の? そんな、気が早すぎるでしょう。まだ、女の子か、男の子かもわかんないのに」

「オンナノコに決まってるよ。フレイルのおまじないは霊験あらたかなんだから」

 レンカクは楽しげに笑った。ツバメは嫌な顔をしたが、ふと、気づいたように言った。

「しかし……コリドラス前公爵様の読み、見事にあたりましたね。今日あたり、エネウス様がメルルーサ様に隠しごとすんのは、限界になるだろうってやつ」

「ママはなんでもお見通しだよねえ」

 レンカクはしみじみと言った。

※IE5.5以上推奨。それ以外のブラウザをご使用の場合は、横書き表記になってしまっているかもしれません。すみません。

※ミニストーリー部分のみ縦書きで組み込んでみました。ツール作成石山ディレクター。ありがとうございます~!




このつぎの《女神様にお願い》


 ……第1.5話・レンカク男爵にお願い



いままでの《女神様にお願い》

 ……前置き

 ……第0話・遠い時代、遠い場所で

 ……第1話・グラミー先生にお願い





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