「どんな仕事に就きたいか?」 「本屋!」 そんな時代がありました。
高度成長期、工業国へと移行していった時代、賃金と物価がスライドして
アップしていきました。食べるだけの生活から人々に余裕が生まれ、高学歴化
が進み、教養のステータスの一つとして、何もなかった家に本が求められたの
でしょうか?
”本が売れた時代” 各家庭には 百科事典 文学全集 が並び美術全集や名曲全集も
散見され「百科事典を30セット販売した書店様はハワイ旅行にご招待」そん
な出版社も業績を伸ばしました。
取次の週報には競争を煽るかのように、書店の販売ランキングが掲載されま
す。 (取次とは数多の出版社と数多の書店を束ねることで業界の雄でした)
ー 本は、元々、同じ時期に、同じ本を、同じ層をターゲットとすることで、
同業者と競わざるを得ないナーバスな事情があるのですー
(雑誌について) 月刊誌の定期購読も常態化していました。
一年生になると ”小学一年生" 学年別の”学習、科学”も学校で直販。
中学になると"中1コース、中1時代” 年間予約者には ”柏原芳恵やピンク
レディーのサイン万年筆の景品付き。
若い女性対象の芸能誌”平凡、明星” 結婚したら”主婦の友(他3誌)”
ー 大卒家庭も少ない時代、先生は教養のシンボル、よく勉強されましたー
学年別の”教育技術”、”国語教育、算数教育”など教科の専門分野誌、
法則化で一世を風靡した”授業研究”など。
”やればそれなりに応えの出た時代をすぎて” 知的なインテリアのツールであっ
ても読まれなかったせいもあるのでしょうか? クルマやSNS、刺激は多様
化し、豊かさと勤勉さは反比例するかのように全集物は見られなくなり、
先ほど紹介した雑誌も全部無くなりました。週間朝日も廃刊しましたね。
’23.10/23文科省発表の’22年21歳の読書調査 1ヶ月0冊が61%の結果
”歴史と宗教がわかる 池上彰、増田ユリヤ”より抜粋(文責はボク)
「2000年OECD(経済協力開発機構)がPISAという学力調査でトップクラス
の成績を収めていたのがフィンランド、ソ連崩壊後ロシアとの貿易が急減し
失業者が18%越え、生活保護を続けるか、教育を充実させて自立を促すか、
良き納税者を育てることのほうが国家財政にとってプラスとなる」
日本と比較してどうなのか ”甘えの構造 土居健郎”という名著もあります。
学習塾も無く、公立学校が殆ど、複式学級も多いそうです
本屋が無くなるもう一つの理由は 「日本人の読書離れ」
喫茶を併設しビジュアル系の本をメインとし地元の情報を提供し、
売れなくても書店の屋号を残す、存続可能なよくあるモデルの一つ。
ただ、ボクには読む本へのこだわりと、そうできない事情もありました。
(既報、詳述省略)
”足助物語” ここまでは頑張りました。当時、観光協会発行の”三州足助”が
ロングセラー、足助町誌を始め中心執筆者でもある郷土史家故S先生
の「これは面白い」と強く背中を押していただいて出版に踏み切った
のですが、他の人々への報道に比べ、行政もメディアも冷ややかでした。
「お前の立ち位置は其処ではない」運命が必然ならば(芥川)神様のお諭し
かとメンタルクリニックに通ったりしたあと、何とか心のバランスを取り
戻したとき、目の前にあったのがこの本でした。
”神との対話 ニール・ドナルド・ウォルシュ” 神のプレゼント(贈り物)は
プレゼント(今)人生はいつも今 人の一生は今の連続。(既報 詳述省略)
「今、目の前の人を大切にし、目の前のことに心を籠める」それだけ。
事業の目標、販売戦略、経営分析 そんな、生きがいとも語られることか
らの逃避、落ちこぼれ。でも気持ちはラクになり周囲に笑顔が増えました。
そのせいか、新たな多くのご縁に助けられ200年余続く白久商店は、父が
そうであったように世襲ではなく、新たな経営者が引き継いでくれました。
”YOU TUBE ブラ旅一万歩 足助物語7話” 昨年、東京で、アマゾンから
”足助物語” を¥1100.で買った人がいました。
「おもしろい本を見つけた、足助は君の郷里じゃなかったか?」
尋ねられた友達が、”ブラ旅一万歩”として、東京の名所を趣味で紹介して
いる足助出身のユーチューバー。 年間行事のファイナルとして足助八幡宮
の祭礼を撮り終え、観光地でもある足助の紹介が完成しました。

[足助物語PR] その西側の岸壁に、山岳宗教の祖と伝えられる役小角の像⑥が
あります。小さな行者様ですが、現在も信仰する人が多く、願掛けの幟が何本
も立ち、香華も耐えることなく手向けられています。厳冬の未明でさえ、小さ
くも神々しいロウソクの火が、暗さと寒さに抗するように、力強く眼に染み込
んできます。夜明けと共にその輝きも朧となり、いつの間にか朝の光と同化し
人々の祈りを携えて、日輪と共に天に還るのでしょう。凍てつく様な一条の炎
に、人々は熱い願いを今も託しているのです。 P.19
伊藤左千夫の”野菊の墓”の美しい描写、中原中也、茨木のり子、谷川俊太郎
諸氏の詩他も引用させていただきました。 (その3 おわり)