菅内閣は、コロナ対応を”後手、後手”と報道され、全責任を負わされて支持率が急降下。 退陣に至りました。

 

 ◎ Go To Travel  発表されるや各メディアが公表する結果は、どれも反対が60%以上。  大多数の行かない人が

    メディアに影響されるだけの結果でしょうか? 20年秋、ボクは2回旅をしています。友人たちも、その後、旅、 ライブ

    スポーツ観戦、映画鑑賞と、それなりの対策をして何人も参加しています。

    何れも主催者は、必死(必ず死ぬお書きますね)の対応をしており、みんな安心して参加していました。

    感染の元凶は、提供サイドではなく、受ける側(客)の在り方だという事が漸く分かってきたと思っています。

    Go Toをメディアはカタカナで ゴートー(強盗)トラブルと言っていると、揶揄してもみました。

    Go Togが中止されると、メディアは観光地や商店街の主催者側を取材し、その悲惨さを放映し対策の不備を又も流していました。

 ◎オリンピック、パラリンピック開催もメディアの多くは警鐘の大合唱、どうすれ開催できるか、そういうスタンスでの提案は

   ありませんでした。 No からではなく Yes But から報道を組み立てれば、日本人としての共感と連帯が生まれます。

   オリパラ在りきで出発できてからの報道では、勝者も弱者も含め、溢れた言葉は”感謝”、爽やかで視聴後まで余韻に浸ることが

   できました。

              施策の不足を暴き全体を否定する刺激的な報道で、視聴率UPや購読数を増やす、

「あな嬉し、となりの蔵が売れていく」(江戸時代の川柳) 他人の不幸に溜飲を下げたり、避難の対象を設定し不機嫌を煽り

分断を助長する。 こうしたメディア(全部ではない)のありかたは、オリパラの成果からも反省材料にはならなかったようです。  

 

 文豪ゲーテは人の最大の罪は”不機嫌”だと書き残したそうです。不機嫌はコロナと同じく伝染し、負の世論をつくるからです。

 幸福論のアランにこんな言葉があります。  「楽天主義は意思の所産だが、厭世主義は自己を放棄した状態である」

   座右の銘としていますが、アランは不機嫌をストレートに”伝染”とし、それを目論む人をエゴイストと言っていると

   僕は解釈しています。

 

       ところで”自助、共助、公助”と対比する、申し上げるまでもない、ケネディの就任演説の有名な一説を記します。

                   Ask not what your country can do for you: ask what you can do for your country.

       サミュエル スマイルズも           Heaven heips those who help themselves.

        アドラーは、  「人生の目標は公共体への貢献  自分が社会に役立っていると実感できる独特の幸福感・・・

       より多く得人から、より多く与える人になれ」と。(一歩踏み出す勇気)

                     与えるもののない人はいないそうです。  

               「優しい眼差しと笑顔」(無財の七施)  こちらも喜びが伝染していきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

”お探し物は図書室まで”今年の本屋大賞2位、「読む人の日常に温かく寄り添ってくれる」そんな感じの青山美智子さんの名作。

そこに紡がれた”縁”。 それぞれが積み重ねる日常が、自身も(当然他人も)気づかないなかで、それぞれの人生を選択していきます。

 

だから、ジョハリの窓の自分も他人も知らない 未知の窓。 そこに潜むキーワードも”縁”ではないかと、ボクは勝手に解釈しています。

 

4年前、それまで思いもしなかった野菜作りのワクワクチャレンジも、振り返れば必然という”縁”の賜でした。(前のブログ参照)

そこで「リタイアを控えた」と書いたボクでしたが、意外にもバリバリの現役です。

あの日のあの人との出会いがあったおかげで、仕事と従業員が一緒にやってきたのでした。

吾峠さんも集英社も”鬼滅の刃”がこんなにブレイクするとは予想されていなかったでしょうし、逆に人を殺めた人がいたとして、

まさか自分がそんな人生を送るなど,幼いころの当人は、予想だにしなかったでしょう。

   あの 未知の窓 の奥に隠された大切な要素の一つは”鏡の法則”。 野口嘉則さんの実話に基づいた感動的な本もあります。

   J、アレンのこの言葉も紹介します。 「私たちは心の中で考えたとおりの人間になります。私たちをとりまく環境は、真の私た

   ちを映し出す鏡にほかなりません」(原因と結果の法則)    

            未知の窓は、こうして、気づかれることもなく、いつも静かに開いているのでしょう。

 

農業の話をします。 今も動機も夢も温めています。週末だけの農作業ですが全集中。 35℃の炎天下でOS-1とともに数時間。

汗でベタベタになった身体に、時々吹き抜ける風は、生かされている喜びを運んでくれます。

やっていることは、生ごみ、米ぬかなどを、光合成細菌をはじめとする微生物群(EM)の力で堆肥化した肥料に、炭などを加えた

豊饒な土づくり。 太陽と水と風。大自然の恵みを力いっぱい享けたヘルシーで瑞々しい作物が収穫できたら、みんなに田舎で

暮らす意味もお示しすることができます。                                           ところで、

作物で4年間一貫して取り組んだのは、小玉スイカと、プリンスメロン。整枝、摘心、摘果など何もしないので作りすぎ、後半に

できた物の味は薄まりましたが、前半分で糖度計の示すスイカの数値は10~12、ビギナーとしては出来すぎでしょうか。

一方、昨年は,枝豆が肥料の与えすぎなのか、木は逞しく育ったにも拘わらずく実が膨らみませんでした。  

     失敗でも、負け惜しみでもなく、一つ教わったと捉えています。

     ”日本の植生”の著者 宮脇昭さんが、「条件が整いすぎるとその植物はうまく育たない」とか。人間も同じですね。

 

          以上がボクの微生物による土づくり農業のダイジェスト。 もう一つの柱が鳥獣対策です。

   イノシシ もカラス も My Friends、ヒト もまた同じ生態系に包まれた One of Them として共存できるのかな?という期待です。

           EM農業のバイブルの一冊が”愛と微生物のすべて”。 そこに、こんな記述が著わされてれています。

  "野生動物は電磁気に量子的に対応しており、このバランスを整流する” ことにより、ヒモで囲った内側に侵入させないというもの。

 そのワケを知りたくて、この本以外の量子力学の本を6冊読みました。  (畑の写真については、既掲載のブログにあります)

 波と粒子の二面性、コペンハーゲン解釈、ヨーロッパこまどりやアサギマダラは、なぜ、かくも長旅ができるのか、等々。

 その時のそれなりの理解はしましたが 説明といわれても戸惑うばかりです。  

 昨年、電柱から引くロープを他人の土地を経ることから止めました。その後のケアが雑だったのか、スイカもメロンも、カナリを

小動物に提供することとなってしまいました。 でも、立て直したせいか今年は無事、収穫も終え、いまのところ だいじょうぶ。

 

”縁”の話しに戻ります。  平成16年、景勝地・香嵐渓と、のちに国の重伝建に指定される古い町並みとを合わせ、足助町の

活性化の拠点を創りたいということで、蕎麦処として”塩の道づれ家”が誕生しました。2代続けて商工会長が社長を務めました。

施設が市の所有のため、使用契約を更新する時期となった一昨年、手続きを前にして社長が急逝されたため新たな申請者が必要で

、私(ボクとは言えない)が社長になりました。      そこに私がいたからです。 そして、あなたの人生も同じです。

                    尚、ホームページも開設していますので、ゼヒ ご覧ください。

 

        農業は第6次産業として展開できれば 夢は大きく膨らみます。”塩の道づれ家”には、その可能性があります。

            でも、ボクは未だ 農業もレストランも、一丁目一番地。  ですのでステキなコラボレーションのためにも、

         、皆様には、カスタマーに止まらず フレンドリーなご発言も併せて、お越しをお待ち申し上げます。

      支柱を立て、ヒモで結び、ペットボトルを吊るした畑は、近くにあります。いつでもご案内します。私が近くに居る限りは!

 

 

 

 

 

 

 

初めて 全国書店フェアコンテスト に応募しました。

弱小書店のボクが 恥も顧みず応募した動機は”すぐ死ぬんだから”(内館牧子さん)の本が背中を押してくれたから。

下の囲みは リストアップした48冊を紹介するA4の用紙を四つ折りにして、その一面に書いた表紙です。

     テーマは 「ひと夏の経験」 から 「いい日旅立ち」 へ 山口百恵さんの歌のタイトルからです。

                                    

その選書の一冊は 中村哲さんの”天 共に在り”  そして、中村さんが座右に置いた 内村鑑三の“後世への最大遺物”。

 

中村さんが凶弾に斃れてのち、アフガンは  カカムラッド(中村のおじさん)を 名誉市民とし、壁画を描き、絵本まで出版し

讃え続けました。そのアフガンがアメリカ軍の撤退と共に、あっという間に崩壊しました。

アフガニスタンで築かれた 見せかけの自由と平和は、アフガンの、アフガン人による、アフガン人の国として、

良くも悪しきも、体制を変え、起こるべくして樹立されました。             アフガニスタンの人びとは

なぜ、米軍が駐留して20年という長きのなかで、自国のための自国民による民主国家を築こうとしなかったのか?

  ペシャワール会が活動を再開するそうです。この崇高なボランティア活動も30年以上経つそうです。

なぜ、こちらも アフガンの人たちは できる限り自分たちの手で担おうとされないのでしょうか?

 

自国の 自由も平和 も与えられるものでも、存在するものでもなく、自立と信頼のもとに、築くもの。そして

築いた人々のものであることが如実となりました。

アメリカ軍の撤退は 敗北ではなく、20年の貢献を前提とすれば、当然のこととボクは思います。

 

永世中立国スイスは 多数の成年男子ガ 予備兵若しくは民兵 として有事に備えているそうです。

第二次大戦では了解なく自国の領空に侵入した飛行機に対し、連合国、枢軸国を問わず、そのため

多くの自国の飛行機に犠牲がでても、敢然と挑んだそうです。

 

今 我が国を想うとき、こんな数字に出会いました。 9条維持61%(’21 5/3 朝日)  前文と共に

平和憲法を掲げる 最も重要な条文だといわれます。たまたま読んだ”豆腐屋の四季”(’09 10/4初版)という本で

非武装中立という懐かしい言葉に出会いました。世界に平和憲法と戦力の不保持を宣言すれば日本の独立が

保たれるのであれば、誰一人として第9条を改訂しようと思う人はいないでしょう。

だが丸腰は、初めから、自国の独立を他国の判断に委ねることになります。

南シナ海を実効支配している覇権国家が隣国に存在します。同じ論理で 例えば漢委奴国王の金印をタテに

日本も我が国の属国だと迫ることだって あり得ます。

 

人間の歴史は争いの歴史でもあります。 何故繰り返すのか? それは”ヒト”の持つ”他者との比較”という

本質的な”性”の故ではないでしょうか? 比較が嫉妬を生じさせ 内に向かえばウツ。外に出れば憎むべき

敵をつくります。 それを克服するのが宗教のハズなのに、その心を学ばず形式(儀式)ばかりを踏襲し、

宗教をタテに争いを繰り返しています。

 

自国を守るための力をつける、それが抑止力となり、初めて 平和 について語り合える 同じテーブルに着くことが

できます。たとえ戦力に劣っても、その気概があれば戦力に勝る国軍を無力にしたことを、今回のタリバンは

証明しました。 朝日の調査による61%の人たちは、その自覚があって尚の9条維持でしょうか。

 

   経済も交易も、文化も芸術も、築かれた国家という基盤に立って 開花、結実していきます。

           であれば カカムラッドの人生の終焉も、祝福に包まれていたでしょう。

 

            ボクの母校 足助中学校の校訓は 奇しくも”自立”であります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ”アンデルセン(はだかの王さま) じゃなく ナンデヤネン の 【まさかの王さま】”

 

サンダルを履いて市役所へ行きます。 車はもちろんビーチ(B 1)へ止めます。

仕事柄、多く行くのは東庁舎。(保育課、教育委員会があります)

親切にしていただいている物品担当の方々の数年間のなかで、3人のお名前が脳裏にヒット

 

   ◎羽柴虎之輔さん  コロナ禍で皆さんマスク。 ならばゼッタイ、タイガーマスク!                           

     外出の多いおしごと。空席もしばしば(柴々) これはヤッパリ   【マー・キング】 

   ◎竹波良田遥さん  I'd like to take Harada haruka! そのままステキな英語に変換。

      この着想は、エジソンが電球を発明していらいの快挙!

      (エジソンは電球のフィラメントで日本の竹にたどり着きましたね)

   ◎櫻居真登香さん  まどからの二階(貝・貝)の女が、い(居)つも気(木)になる

 

東庁舎二階にはロビーもあります。2階なのに視界(4階)は良好。

でも北向きなのでクリアーな日没はのぞめない。陽が沈む(東澄む)とは言えないけれど、

      3人揃っていただいたので サン(3)セット でいかがでしょう?

 

ろ(ど)っかいいとこ(6階行っとこ)と再びエレベーター。苦しいダジャレに拘っていたので

思わず5階で降りました。これがホントの誤解です。やっかい(8階)なことですが7階までしか

ないのが救いです。

   教育委員会は事前に話してあり、とてもスムーズ。「今日行く、いいんかい?」

 帰りは駐車証明が必要です。 「駐車・・・」 昨日ワクチンを接種したばかり。

 思わず注射を意識して腕まくり。これをバカな王さまといいます。    【パー・キング】

   ※一階と3階が一回(1階)も無かったけれど、卓抜した英知もこれが限階 否 限界。

               しからば、これにて散会(3階)

 

 

 

 

 

 

今年の高校3年生は、一回限りの青春を懸けた集大成、そのゴールが突然無くなりました。

ボクの孫も、6年間バスケと共に過ごしてきましたが、大切なのは、実は、ゴールではなくプロセス。

練習のなかで培われる、信頼や絆、そして葛藤、家族のエール。その時、その時の積み重ねを、脳が記憶し体が覚えているもの、まさに、それが宝物。自分が、どう受けとめてきたかの積み重ねによって、人に違いが生じます。

     人生は長いようですが、これからも、その連続だけが人生。実にシンプル。

     ということは、人生の目標がみつからなくても大丈夫。見えてきます。

ウォルシュの”神との対話”では「神様からのプレゼント(贈り物)はプレゼント(今)-文責ボク」

小林正観も 「念とは今の心」と語っています。

    Bloom where God has planted you.(置かれた場所で咲きなさい―渡辺和子さん)

白駒妃登美さんの”人生に悩んだら「日本史」に聞こう”の豊臣秀吉欄もお勧めです。

存在するのはいつも”今”だけ。過去を振り返って悔やんでみたり、将来を慮って不安を感じるヒマがあったら、今、目の前の 人 を大切にし、目の前の 事 に集中しましょう。

”第2はこれである。自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ、これより大事ないましめは、ほかにない” -マルコによる福音書-     目の前の人は常に隣人です。

       因みに仕事とは  事に仕える   お金儲けではありません。

そういう状況になかったら何度でも”ありがとう”と言葉に出してみましょう。不平、不満、愚痴など、ネガティブな言葉を言わなくなります。試みる価値に溢れています。

”初めに言葉ありき。言葉は神とともにあり。言葉は神なりき。”-ヨハネによる福音書ー

”人の生を受くるは難く、限りある身の 今 命あるは有難し”-法句経- ありがとう のルーツ

とも言われ、ありがとうは、神様(造物主)に対する感謝の言葉でありました。

これは、マルコ伝  第1のいましめ  の仏教風アレンジのつもり。  真理はひとつ。 でないと愛を語るハズの宗教間で争いが絶えない ことになっています。

更に、激変する環境問題に直面する現在は、気持ちを向けるのは、対”ひと”だけでなく、

生態系の一員としての自覚が必要になってきました。原子の時代まで遡れば地上に存在するもの、すべてが仲間。  色即是空も併せ、お釈迦さまはご存じだったんですね。              

           このように仰っています。    一切衆生悉有仏性-涅槃経-

 渋沢栄一は算盤という日常を論語をモノサシとして輝きました。

 儒教も仏教もキリスト教も、人生を楽しく意義あるものとする理そのものでしょう。

 これらはボクのテーマでもあり続けています。

ボクの店では、そのような本も揃えるようにしています。

社会人のスタートは、家も土地も借金の担保というマイナスからでした。力不足で不安と苦悩の連続でしたが、様々なご縁で皆様に助けていただき、お陰様で、田舎の小さな店ですが、今はそれもなく、なんとか自立できています。

 

         ここまで読み続けて下さって、ありがとうございました。

    この”とき”もまた、あなたにとっても”とっても”「いい日旅立ち」でありますように。

プロローグ  半世紀も前に亡くなったボクの祖母には、不思議な力がありました。

  咽喉に刺さった魚の骨の除去、紙と縄を使った”ものもらい(目コジキ)”の平癒。

  多岐にわたるソロバン占い、失くしたものを見つけ出す呪文の言葉。

ではビジネスダイアリー、アラカルト  

  ① その日 小学校の職員室で胸に差したはずのボールペン紛失。

    一子相伝の覚えたはずの あの言葉が出てきません。

    「ヒツジが一匹、ヒツジが二匹・・・」 違う。「ワン、ツー、スリー」 これが最悪!

    「セブン、エイト、ナ・ナ・7」じゃなく 「ナ・なんと ナイン(無いん)だ」

    職員室の床は固い。オトシタラ オトシテモ いいハズ。

    3つからないのに 9 まで数えて 窮した。

    車に戻るとありました。 くるまにくるまで気づかない。なんカー おかしい。

   ② 市役所にガソリンを納品しました。災害時の発電機用です。

     父の代から本や文具の業者のボクに、こんな声がかかりました。

     「ナカネさん 今日は本職ですね アブラ売るの」

   ③ でもトークを期待されるとプレッシャーがかかり閃きも鈍ります。

     ニュートンが重力を発見したのは リンゴ が落ちたとき。

     アルキメデスが浮力をを発見したのは風呂の中、何れもリラックスした状態。

     弁解は未だあります。     その日は金曜日でした。

     「沈黙は 金 なり、寡黙は美徳、これ日本男児の本懐、だから火、木、金は何も・・」

     「でもロシアでなくて良かった、あの国は 言わん(イワン)のバカ ですから」

              これらは全てボクのロシア訛りで トル―ストーリー。  トルストイ とも。

      (今更ながらの蛇足です”イワンのバカ”はトルストイの作品でもあります)

 

エピローグ  やはり  ヒラメキ が鈍ったでしょうか? 華麗 な過去が霞んできます。

  華麗 が 加齢 に変わるとき、問題なのは カレイとヒラメ の区別がつかない。

       そのせいか、今、浮かぶのは コロナショックではなく、四十数年も前の

                     オイル(老いる)ショック!

 

 

 

 

 

 

    ◎ 結婚生活の成功の秘訣は、夫婦がお互いの目を見つめ合うことでなく、

        二人で同じ方向を見つめることである            (カーネギー夫人)

   ◎ 恋愛は美しき誤解であり、結婚は惨憺たる理解である  (オスカー・ワイルド)

 

     「読まれ人知らず」 それを承知で、ボクにとってもタブンみんなにとっても、

     当たり前すぎることをひたすら書いていきます。

     暑く寝苦しい夏の夜の物語。

 

 凄い嗅覚で白日のもとに晒された報道に、当事者の恥じらいは如何ばかりでしょうか。 

でも自己保存の本能とともに、種の保存の本能は神様から与えられた生物としてのことわり。 

 動物のオスによる熱心な求愛行動は、しばしばメディアに登場し、メスもそれをやがて受け入れます。本能がそれを必要とするからですね。

 

 ではヒトの最もエキサイティングなのは、いつでしょうか。求愛行動が適い、それが成就する他人同志のトキですね。 カーネギー夫人の言葉を借りれば「お互いの目を見つめる時」

 それは相手の関心を得るために互いに自分の長所をアピールするとき(オナラは我慢します)。お互いのいいところだけでお付き合いでき、相手のいいところだけを見ようとします。ドラマ仕立てで例えれば、着飾ったステージでの姿。結婚生活はそのために準備する

楽屋のようなもの(たしか中村メイコさん)

 

 その違いに気付かずに、スタートであるべき結婚をゴールと勘違いしてしまうことで、、種の保存の本能が持続する期間だけの関係になっていく。更には片方に本能的欲求があり、片方に相手に対しそれがなくなったとき、一夫一婦制のなかでその欲求をどのように解消すればいいのでしょうか。 離婚率30%がそれを裏付けているのでしょうか。

 オスカー・ワイルドの言葉が真に迫ってきます。

相手の欠点ばかりを探すようになります。かつて、良いところばかり捜したのも自分。今、欠点ばかり指摘するのも自分。決めているのは、いつも自分。

    隣の芝生が青く見え、 かつてのトキメキがあらぬカタチで蘇ったとしたら?

 

 国際的俳優の浮気、女性代議士の疑惑、あるタレントの奥さんの熟年不倫、高級官僚の

セクハラ、知事のスキャンダル。

 独身の元アイドルが暴露した妻子ある男性との関係は、愛と性を区別できる男の習性と、愛の先に性のある女との違いを感じます。

 敏感にセクハラと反応する一方で、ハルキストであることに悪びれず、妊娠と出産について誇らしげな大きなお腹を抱え、堂々と宣言できる女性の姿にも、男は戸惑いを抱くのではないでしょうか。

 すべては避け難い本質的なシチュエーションのなかでの綻び。だれにでも、そんな可能性が潜むことを知っておくべきでしょう、もちろんボクも。

 かつて、ボクを悩まし続けた3つの言葉。欲求と、異性に対するギモン。

               my プチ ”ヰタ・セクスアリス”

        ⦿ やは肌の あつき血汐にふれもみで さびしからずや道を説く君(みだれ髪)

    ⦿  吾が身はなりなりて なり合わざるところひとところありーイザナミー とイザナギの

      応対  (古事記)     

    ⦿ しかし、子が生まれるまでは彼女を知ることがなかった。そして、その子をイエスと

      名付けた。(マタイによる福音書)

 

さて 報道された解決方法は、否定する、目をつむる、糾弾する、別れる、辞職するだったりしましたが、それらは心に禍根を残します。

 気づいたときがいつでもスタートと思い直し「二人が同じ方向を見つめること」 男と女の関係から、人と人との関係を築いていく。(カーネギー夫人)

そして 「赦すこと」神対応ですがそれだけに、ゆるすことでラクになるのはいつもジブン。

 でも、アタマで分かっても心は収まりません。そんな自分を許すこと、自分に語りかけること。

「オマエはよくやってる、人間だから、神様じゃないからね」 他者との比較に捉われ易いボクの生きる悩みからの脱出手段でもありました。

 

 実は夫婦に限らず最も難しいのが、人と人でも、国と国でも、良いところだけでは過ごせない隣人関係でしょうか。

 

 ◎ 隣り合った人々が平和に暮らしているのは人間として「自然の状態ではない・・・いつも

   敵意に脅かされるのが自然の状態である。 (カント 永遠平和のために)

 

 ◎ ひとりの律法学者がイエスに質問した。「すべての戒めのなかでどれが第一ですか」

   (第一は神を愛することーいずれ)  「第二はこれである 自分を愛するようにあなた

   の隣人を愛せよ これより大事な戒めはほかにない」 (マルコによる福音書12章)

 

 隣人関係(ライバルも含む)がよくなれば、自分のなかでの不満、嫉妬が解消します。

 そして平和を叫ぶ者同志(正しい者同志)が争う矛盾もなくなり、その繋がりが世界に

 平和を齎すでしょう。 

    (不倫報道が跋扈した2018年8月に綴ったものに一部手をいれました)

 

 

拙者 かたじけなくも さる方から、黒と緑の市松模様の覆面を所望した次第。

      (アレ 大正時代を通り越してタイムスリップしたらしい)

時は春 日は朝(あした) 歯切れのよいブラウニングの詩のような気持ちのいい日。

令和3年3月(3が二つで これぞ 3がTWO)

今日は市内のこども園へ色鉛筆を配達して二日目。炭治郎マスクをつけて入園します。

「たんじろう!」 「ぼくもホラ!」 「わたし ねずこ」 予定どおり子供たちも喜んでくれます。

せんせい(子ども園なので敢えてひらがな)に挨拶します。

「記念品の色鉛筆をお届けにまいりました”かまどたんじろうの孫で

”かまとと 単なるジジイだろう”と申します。炭治郎じいちゃんの妹の ねずこばあちゃんの

若いころのポートレートも一緒です」  と言って スマホの保護フィルムの下に貼ってある

禰豆子のシールもお見せします。受け取りをいただくと

「お帰りの際,その角、交通事故多発地点なので 気をつけて!」と優しいせんせい。

「ありがとうございます  ”きをつけます、辻でぶつけたら無惨ですから" 」とボク。

            早くも 鬼舞辻無惨 はばらばら。

        鬼滅で決めつけた極めつきのパフォーマンス!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロナ禍の今春のスタートは、ボクのビジネスでも多大な影響がありました。

電子辞書がナイ、体育用品がナイ、保険備品もマスクもナイ。

価格競争に勝つためか、驚くほど身近な企業が生産の拠点を中国に移していました。

スーパーで、千葉県産の落花生と中国産を比べると、価格と品質でその差は歴然。

”中国は世界の工場”に納得させられ,まさに Made in China.

千葉県ならまだしも、これが秋葉原に及ぶと”Maid in China,です ご主人さま”となってしまいます。 冥土 in ウイグル なんて冗談では語れない。                             世界制覇を公言するかの中華思想、国境を接する日本は、まさに、中華そば。

香港、台湾を支持する立ち位置であっても、振る舞いには悩ましい人たちが多いですね。

 

         By the way!          先日、こんな電話がありました。

「マスクのお金が集まりました、支払いをするので集金に来てね」

        ボクはつぶやきました。 「集金PAY」 

                  気をつけたいのは 「密集、蜜近、密閉」

 

そのとき思い出した事があります。習近平さんの、前の前の 国家主席に 江沢民さん という人がいました。 ある日のことです。お母さんから、こんな電話注文がありました。

「高校生の娘が、この人の大ファンです、写真集が発売されたので1冊注文します」

ルックスならダンゼンその次の 胡錦濤さん ですね。それだって ”だから何よ?”

調べても分からないので、出版社を束ねる 取次 に電話依頼しました。

応対に出た声は若い女の子。 「かしこまりました、手配します」と、あっさり。 アレ?

ミスのテラーのミステリー。ボクは一貫して ”こうたくみん” と伝えています。

一週間後、待望の本が届きました。  ”倖田來未の写真集”  実は これは 実話。

 

なんと2時半に目覚めてしまった朝、眠れないままに思いが巡りました。

そして3人の国家主席と三蜜。 目覚めといい、3の数といい思い出すのはダンテの神曲。

こじつけで 大国、中国、小国、地獄、煉獄 もはや中毒。でもヤハリ。 噫!

”嗚呼、われダンテの奇才なく、バイロン、ハイネの熱なきも俳句番組に首ったけ 芭蕉の寂に嫉妬する”(圧巻節)    わかる人だけがわかる、JIJII世代の黄昏エピローグ。

     [引用 与謝野鉄幹 友を恋うる歌ー鉄幹節ー 俳句番組はプレバド 木曜夜7:00から]

 

 

 

 

今年の高校3年生は、一回限りの青春を懸けた集大成、そのゴールが突然無くなりました。

ボクの孫も、6年間バスケと共に過ごしてきましたが、大切なのは、実は、ゴールではなくプロセス。

練習のなかで培われる、信頼や絆、そして葛藤、家族のエール。その時、その時の積み重ねを、脳が記憶し体が覚えているもの、まさに、それが宝物。自分が、どう受けとめてきたかの積み重ねによって、人に違いが生じます。

     人生は長いようですが、これからも、その連続だけが人生。実にシンプル。

     ということは、人生の目標がみつからなくても大丈夫。見えてきます。

ウォルシュの”神との対話”では「神様からのプレゼント(贈り物)はプレゼント(今)-文責ボク」

小林正観も 「念とは今の心」と語っています。

    Bloom where God has planted you.(置かれた場所で咲きなさい―渡辺和子さん)

白駒妃登美さんの”人生に悩んだら「日本史」に聞こう”の豊臣秀吉欄もお勧めです。

存在するのはいつも”今”だけ。過去を振り返って悔やんでみたり、将来を慮って不安を感じるヒマがあったら、今、目の前の 人 を大切にし、目の前の 事 に集中しましょう。

”第2はこれである。自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ、これより大事ないましめは、ほかにない” -マルコによる福音書-     目の前の人は常に隣人です。

       因みに仕事とは  事に仕える   お金儲けではありません。

そういう状況になかったら何度でも”ありがとう”と言葉に出してみましょう。不平、不満、愚痴など、ネガティブな言葉を言わなくなります。試みる価値に溢れています。

”初めに言葉ありき。言葉は神とともにあり。言葉は神なりき。”-ヨハネによる福音書ー

”人の生を受くるは難く、限りある身の 今 命あるは有難し”-法句経- ありがとう のルーツ

とも言われ、ありがとうは、神様(造物主)に対する感謝の言葉でありました。

これは、マルコ伝  第1のいましめ  の仏教風アレンジのつもり。  真理はひとつ。           でないと愛を語るハズの宗教間で争いが絶えない ことになっています。

更に、激変する環境問題に直面する現在は、気持ちを向けるのは、対”ひと”だけでなく、

生態系の一員としての自覚が必要になってきました。原子の時代まで遡れば地上に存在するもの、すべてが仲間。  色即是空も併せ、お釈迦さまはご存じだったんですね。              

         このように仰っています。     一切衆生悉有仏性-涅槃経-

 渋沢栄一は算盤という日常を論語をモノサシとして輝きました。

 儒教も仏教もキリスト教も、人生を楽しく意義あるものとする理そのものでしょう。

 これらはボクのテーマでもあり続けています。

ボクの店では、そのような本も揃えるようにしています。

社会人のスタートは、家も土地も借金の担保というマイナスからでした。力不足で不安と苦悩の連続でしたが、様々なご縁で皆様に助けていただき、お陰様で、田舎の小さな店ですが、今はそれもなく、なんとか自立できています。

 

         ここまで読み続けて下さって、ありがとうございました。

    この”とき”もまた、あなたにとっても”とっても”「いい日旅立ち」でありますように。