そして 菅さんの仰った”自助 共助 公助 ”に思いを馳せる
10月7日 日本特派員協会で開かれた 二世信者小川さゆりさん(仮名)の記者会見中
教団から中止を求めるFAXが届きました。教団は精神疾患を理由に小川さんが虚偽
の可能性があると主張しました。ご承知のとおりですね。
・僕が指摘したいのは 英文で届いたFAXにご両親の署名があったということです。
教団の異常な実態が白日のもとに晒されて 尚 教団に縋りつく気の毒な人々。
他人と比較し 他人を羨み 自分は不遇だと決めつけ、その解決を他人に依存し
続けるる自分の心が自分を苦しめている と気づかなければ 第2、第3のカルト
教団の犠牲者(と言っていいのか)はアトを絶たないでしょう。
「だいじょうぶ!アナタだけではありません、僕もそのひとり」
そしてこんな美しい詩を紹介します。
”山のあなたの空遠く 幸(さいわい)住むと人の言いふ 噫 われひとと尋め行きて
涙さしぐみかへりきぬ 山のあなたになほ遠く「幸」住むと人のいふ”
カアル・ブッセ(上田敏 訳)
・たしか”クローズアップ現代”がこの特集を組んだときのことです。
韓国の幹部信者が、それなりにグローバルな展開をする教団にあって このよ
うな膨大な献金は日本人だけだと述べていました。
[先祖供養] この教会はこれを”先祖解怨”というそうです。感謝すべき祖先に対し
て”怨”いう おぞましい当て字が不安を煽ります。
現在 僕には子供も孫もいます。彼ら(娘もいます)から見れば僕は 先祖 にな
るべき立場にいます。その僕が子や孫に望むのは 多額の金品を自分たちの系
列に捧げ 自分たちに手を合わせてほしいなどと思ったことはありません。
僕のご先祖様も同じはずです。
望むのは 子供たちが それぞれ周りの人たちの中で 喜ばれ 幸せに暮らして
くれること。 そうすれば 僕は天国にいて
「見てください!ほら あれが 僕の子供や孫たち」と近くの魂(肉体は無いので)
に自慢できます。これがホントの先祖供養。及ばずながら努めています。
生きてゆくのが とても ラクになります。
そもそも先祖が何も語らないのをいいことに 苦しみの原因が あたかも そこ
から発しているように脅かし 供養と称し多額の金品を召し上げる それが正し
い宗教と言えるでしょうか。 ましてや、
地獄に堕ちると脅されて 自分が助かりたいために 家族を不幸に陥れる
これこそが地獄に堕ちる行為だと何故気付かないのででしょう。
人間は不完全な動物 他人事で片付けられないお話をします
国宝や世界遺産に指定されている 教会 モスク 神社 仏閣 訪れると
その荘厳さに心洗われますが 遡れば その建設時には数多の 汗や涙や
犠牲があったのではないでしょうか。今 旧統一教会は後世の世界遺産
を目指して 豪華な本部を建築中とか。
[自分の告白をします] 車社会前夜、漸く 白黒テレビ・冷蔵庫・洗濯機が三種の
神器と語られ始めたころ、人の移動は未だ公共交通機関に限られていました。
地方の町や村は そこだけでコミュニティが完結しましたから、自営業のプチ
成功者も多く、長男は あたりまえのように家業を継ぎました。
僕は長男、でも 両親の誠実に働く期待に応え得る自信はありませんでした。
・我が家は学校関係の商いが主流、同業者が4軒(今はウチだけ)ありました。
職員室へ営業に行くと鉢合わせもシバシバ、同等の物を 同じ時に 同じ場所
で売る!ガラスのハートは そこから逃げろと命じます。
・軽商用車の月賦(ローンというコトバは未だありません)が不渡りになった
こともありました。
・仕入れた商品の代金が払えず、商品を引き上げられたこともありました。
苦悩の日々を送り 救いを模索したのは旧統一教会の信者の方々と変わらない
でしょう。僕の心の遍歴を紹介しようと思います。
・モラロジー ・7つの習慣の研修 ・小林正観 ・木村藤子さん
・幸福の科学 ・非構成的エンカウンターの研修 ・天命庵
・メンタルクリニック ・樋原塾
常に支払いに追われ、将来ビジョン、販売戦略、売上目標など 立てる資質も
ヒマもなく、目の前のことだけに悩まされ続けていたのです。
でも それが幸いするから人生はおもしろい。
なにしろ余裕のない僕ができるのは眼の前のことに限られます。
様々な教えを請うなかで いただいたお言葉の貴重なひとつ。
「目の前の人を大切にして、目の前のことに集中する、それだけ」
それなら僕もできます。だれでもできます。
そして その深いワケを知るのです。
その瞬間・瞬間の積み重ねが1日、その積み重ねが1年、その積み重ねが
人の一生。人生は今しかない。お釈迦様は人の一生の長さを
”刹那”と 仰ったとか。
様々な目の前の人がいます。家族 従業員 仕入先 お客様 ライバル
目の前の人に囲まれている。 眼の前の人すべてが目の前の人でした。
”利益の追求 ”そんな呪縛から開放されました。
それから半世紀以上が過ぎました。多くの出会いが御縁となり、気が
つけばプチ総合商社、今も5人の従業員に支えられています。
「お金はな、喜ばれるように使うと友だちを連れて帰ってきてくれますのや」
そんな楽しいお話も覚えています。
=自 助 共 助 公 助=
自助、共助については 既に 具体的に述べたつもりですがまとめてみます。
◎”汝、自身を知れ(ソクラテス)”
"生まれ難き人の世に生をうけ 限りある身の 今 命あるは有り難し(法句経)”
すべての人は 大自然の(神様の)お慈悲のもとに 等しく選ばれて 命を戴いてい
る、あなたもその1人だと伝えることが宗教の役割であるべきでしょう。
目覚めたら その感謝から1日をスタートすると教わりました。 ー[自 助]ー
◎ "第2はこれである、自分を愛するように あなたの隣人を愛せよ(マルコ伝)”
"山川草木悉皆成仏(正法眼蔵)" ”一切衆生悉有仏性(涅槃経)”
人に限らず 山も川も 一切の衆生もすべては仲間。量子力学によって
科学的にも実証されようとしているらしい。
こうなると共助感は時空を超えて広がりますね。
環境問題のキーマインドでしょうか。
人の営みは常に今までの 自分の生き方の答えですから、人の違いは 等しく
与えられた時間の公平な結果です。”人の為と書いて偽り" 人の為に尽くす
ことが実は すべて自分に還るということになります。 ー[共 助]ー
◎”国家が諸君に何を為しうるかを問うのでは無く
諸君が国家に何を為しうるかを問え(J・F・ケネディ)”
「国家」という言葉を耳にすると 特にリベラル系の論客は「国家権力」と
結びつけます。でも ウクライナ、アフガン の現実を目の当たりにすれば
自由も 平等も 人権も 平和も 国家の安定なくして得られません。別の意味で
中国も又然り。「国家権力」と簡単に語れる国家に住んでいる 自覚と 感謝 と
責任はあるでしょうか?
”個人は国家を担う 国家の一部 として生まれてくるのだ(アリストテレス)”
”一日自分の仕事、勉強を怠れば、一日国家の進歩が遅れる(米国留学生時代の
秋山真之ー子どもの心に光を灯す日本の偉人の物語・白駒妃登美著 より)”
ー[公 助]ー
されば 安倍さん の死も報われるものとなります。
国葬に相応しいではありませんか。










