韓国ドラマを見ていると、中国からの使節には服従している永い歴史が窺われます。
中国には免疫、でも、35年間日本の植民地であったことが、海のむこうの倭の国の野蛮人に
征服されたと受け止めて、負の遺産としての歴史認識を超えてしまっているのでしょう。
語るべき立場でないかも知りませんが、それを屈辱という価値観で歴史教育にとりいれるのは如何なものでしょうか? 慰安婦の少女像を世界にバラまく韓国の人々の心の底には、いつまでも歪曲した歴史教育で刷り込まれた、日本に対する糾弾や憎悪があるのでしょう。
反日という言葉に潜む憎しみを政治の大道とするのは、だれよりも韓国の方々の為にならないのではないでしょうか。
同じ状況を日本に例えると、唯一の被爆国として、原爆のあと別れた家族を探す少女像とかあの「焼き場に立つ少年像」を、アメリカ大使館の前へ設置するようなものと言えるでしょう。
でも、それをしないのが日本人。これが韓国人との国民性の違いだと思われます。
増悪や嫉妬の気持ちから論理を組み立てると、必ず敵をつくり、求める平和と逆行します。
これは左翼思想の方々もにも共通します。
この手法はダレでも持っている他者との比較、そこから発する嫉妬と劣等感を煽り、責任を共通の他者に転嫁できるので、同じ思いを持つ者同士、傷を舐め合うことで一時的に自分はラクになり、それが一定の支持につながりますが、残念ながら幸せにはなれません。
話してみたら、意外にも周りの若者が知らないので、上田敏の名訳カール・ブッセの美しい
詩”山のあなた”を紹介します。
山のあなたの空遠く 「幸」住むと人のいふ。 噫、われひとゝ尋めゆきて、
涙さしぐみかへりきぬ。 山のあなたになほ遠く 「幸」住むと人のいふ。
メーテルリンクの”青い鳥”もそうですね。
難しいですが赦すこと、愛すること感謝すること、そちらを目指すこと、そこから出発しないと求める方向には到達できないことになりますが、さいわい日本民族には神話の時代より伝わる「ながた」「ながさき」(汝が為 汝が先・・大意)-秀真伝- という優しさのDNAがあり、時にそれが国際社会では「主張しないのは(謝罪の言葉も含めて)非を認めているからだ」と誤解されます。あの河野談話もその一例ではないでしょうか。
.でも、..これがアメリカ大使館の前へアクションを起こそうという発想すら持たない、素敵な国民性でもあり、マタイの福音書でイエスが語る「だれかが右の頬を打つなら左をも向けなさい」という言葉に頷ける人々にはご理解願える崇高な心情だと思うのです。
しかも韓国人にはクリスチャンが多いとききますが、それなら、マルコの福音書でイエスは
こう答えています。第一は神を愛すること、そして第二は「自分を愛するようにあなたの隣人を(日本人をという意味ではなく)愛せよ、これよりだいじな戒めはほかに無い」 これがお分りいただけるハズです。
言うまでもなく「原因と結果の法則」は量子論が語るミクロの世界はさておき、個人と国家を問わず三次元の地球を支配しています。私たちの一日一日はいつも今までの自分の証し。、現在の日本は今までの日本の答えであり韓国もまた然り。
だとしたら現状を窮状と捉え、それをすべて他人 (この場合日本) のせいにし戦闘的な口調で激しく罵り非難を繰り返す隣国の文政権と韓国の将来を憂慮します。
私たち日本人も奢ることなくこれを教訓として、本来の日本人に立ち還る必要があります。
それを教えてくれた文さんを心情的には赦してあげましょう。約束を無視し反日でしか支持率が上げられない無策ぶりは、お気の毒。何よりも自国民を偽るものではありませんか。 民族の統一への努力は素晴らしいですが、その手段として憎悪と嫉妬の紐で自分の首を絞め、その息苦しさを他人のせいにするのは、誰よりもご本人のためになりません。
愛知県美術館で行われた「表現の不自由展」が中止となりました。
明らかに「慰安婦像」を模した「平和の少女像」の展示も大きな原因のひとつです。
現実を見たら、これは平和を乱している像のハズですが、なんでも「平和」とつければ
正義というものではありません。「平和」という言葉に酔い、話題性を狙った制作者の安易な
プロパガンダ。
しかも、これは慰安婦像の単なるコピー。オリジナリティーなど皆無で、ならば、芸術とは呼べない代物です。慰安婦像であれば冒頭に述べたとおり、平和を語る資質を具えておらず更には、表現の不自由どころか、捏造された情報(残念ながら発端は、朝日など日本の左翼ですね)とともに世界を駆け巡っています。
表現の自由など、自由も平和も存在するものではなく、相手がいる中で築くもの。
そしてこの展示会の主催者の方々は、一連の自分勝手の言動がそれでも許される日本に感謝したことがあるでしょうか?
。これを綴ったのは8月18日。この日、映画「アルキメデスの大戦」を観て刺激をうけたのか、自分のタメになるかたちで、このモヤモヤを整理したかったからです。
”クリムト展”も見て、円楽さんの欠席された”笑点”を見た夜のことです。
あっ陛下の侮辱は論外です。お家がクリスチャンだそうです。なおさらキリスト教のことも
日本の歴史も全く勉強されていない、無知の暴露でしかないのではありませんか。
せっかく授かった命を、感謝の無い哀しい日々を送っていらっしゃるのでしょうか?
(その後、一部加筆・・並べ替えをしました)
実はボクも他者の動向がいつも気になり、羨やんだり妬んでしまう性格です。結局そのため
自分を苦しめ、そこから脱出するために、このような励ましに支えられてきたのです。