枚方コーリング -4ページ目

ステイゴールド   3の字固め

佐藤は浅田の緊張を楽しんでいた。


「浅田よ。大丈夫か?」


無言で頷く浅田。


佐藤は歯科のドアを開けると待合室が異常に狭いのに驚いた。受付の横が診察室への扉。中から歯を削る機械の嫌な音が聞こえてくる。途端に子どもが泣き出す声が聞こえてきて佐藤も含め二人は緊張した面持ちで診察室の扉に目をやった。


浅田は受付に向った。佐藤は狭い待ち合い室のソファーに座り周囲を見渡した。歯の健康についてのポスターや歯ブラシの宣伝ポスター。書棚には子ども雑誌と婦人雑誌と週刊誌。佐藤の興味を引くものは何一つなかった。


浅田が受付けを済ませて佐藤の横に腰掛けた。深く息を吸い込みゆっくり吐き出した。


「今日は一時間半近くかかるらしい…。治療中に退屈やったら外へ行っててもええぞ。」


「おう。」
短く答えた後に。


「今回は何色の歯を入れるんや?」と浅田を見ずに受付けのキレイなお姉さんを見ながら言った。


「白に決まっているやろ。」
と浅田もお姉さんの方を見ながら小さく突っ込んだ。


「今日でさよならやな。その黒い前歯とも。今日からお前の前歯は白くなるねんな。コレはよくよく考えるとスゴイことやな。」


「そうやな。今日でさよならや。」こうやって佐藤と話していると少し緊張も緩和してきたと浅田は思った。


「今日で最後や。なー浅田よ。その黒い前歯も今日で最後や。オレはその前歯をこの目に焼け付けたい。」


「おう。」
と浅田が適当に応えた瞬間



「イーってしろ!オレのほう見てイーって笑ってみろ!」


急に佐藤の犬目が浅田に近づいてきた。


「どういうこっちゃねん!」と慌てて浅田が身をのけぞらせた。



「せやから歯科検診の先生に見せるようにオレに向ってイーってせえいうとんねん。世界でたった一人やぞオレが!オレが最後にその歯を見るんやぞ!ほらイーってせえ!ほら!しっかりとオレに見せるんや!その最後の前歯を!イーってしてみい!ほら!」
と佐藤は浅田の両肩をつかみ揺さぶってきた。


浅田は勢いに負けて
「わかった!わかったがな! イーっ!」
と無理矢理に笑ってイーってしてみた。目線のやり場に困って上を向いているため白目を剥いているようだ。
イーっと横に広げられた巨大タラコの中に黒い前歯が唾液に濡れ不気味に光っていた。


「そうや。うん。そんでええねん。よう見せてみ。黒いわ。めっちゃ黒いわ。黒いわ。前歯めっちゃ黒いわ。」
白目を剥いてイーって笑う浅田の両肩を両手でつかみ、口の中を見つめながら佐藤は何度もそう言いながら頷いた。



急に診察室の扉が開き
「浅田様!どうぞー!」と声が聞えた瞬間、佐藤に両肩をつかまれ白目でイーしたまんまの浅田の身体がビクっと緊張した。


佐藤は浅田の両肩を放し、目を輝かせ、とても嬉しそうに言った。
「とうとう来たな!浅田よ!旅立ちの時や!」


妙に嬉しそうな佐藤の顔を見て、浅田はコイツを連れてきたのは正解だと思った。こころなしか緊張が和らいでいる。



「行ってくるよ。佐藤。」
浅田がいつになく爽やかに微笑みながら佐藤に言った。



「おう。行ってこい!浅田。」



浅田は立ちあがり颯爽と診察室へ向っていった。

佐藤は嬉しそうな顔で浅田の背中を見送った。

待合室に差し込む夕陽に照らされて、浅田の背中はやさしく黄金色に輝いているようだった。











ステイゴールド    その2

「んで、なんで手術すんねん。どこを手術すんねん。」


佐藤が急に成人誌を浅田兄の机の棚にしまいながら問いかけてきた。


予測外であったため浅田は戸惑った。まさか奴から聞いてくるとは…。

浅田は急に恥かしくなってきた。


佐藤が浅田のほうへ向き直って犬目の眼差しで凝視してきた。
「別にどこも悪そうには見えへんねんけどなー…」


浅田は迷いに迷ってオペをする局部ではなく、ぼかして伝えてみようと思ってこう言った。



「顔やねん。」



佐藤の犬目が大きく見開かれた。

白目も際立ったため浅田は半分に切り分けられた茹で卵を思い出した。


佐藤は口をあんぐりさせてしばし黙っていたが。堰を切って
「顔!顔!おまえはその顔をどうするつもりや!整形か?美容整形ってやつか?どうなんや?」


圧倒された浅田は「まっ そんなもんや」と答えてしまった後に失敗したと思った。

佐藤は余計に混乱して
「なんや!なんなんや!いったいどうするつもりや!耳を頭につけるのか?鼻の穴をもう一つ増やすのか?」


いったいどんな整形やねんと思いながら浅田は落ち着きを取り戻し、腹を決めて打ち明けた。



「ちゃうわ!歯や!このドス黒い前歯を白くすんねや!」


それを聞くと、佐藤の表情が急に冷めたものになった。


「なんや。そんなん手術せんでええやん。ポスカかなんかで塗ったらええやん。」


「ちゃうねん!そんなんではアカンねん!オレはこの歯を本当に白い歯にして生まれ変わるねん!」



浅田は佐藤にインプラントの説明をした。今のドス黒い前歯を抜歯して、その歯根の穴に新しい人工の歯を埋め込むための処置をする。それは手術に近く、麻酔をするとはいえたいへんな痛みを伴うものであると。それで歯医者に一人でいくのが心細いため佐藤についてきて欲しいというわけであった。
佐藤は意外にも事情を理解し、すんなりと歯医者付き添いを承諾した。おそらくただ単純に興味本位からだと浅田は思った。


今回の新前歯ゲット作戦においての医療費は保険外であった。浅田の母は新前歯の必要性はあまり感じておらず金を出す気はさらさら無かった。泣く泣く浅田は母に借金をしてこれからの小遣いから月賦で返済することとなっていた。それほど浅田は新前歯ゲットに懸けていたのであった。


そして運命の日。


自転車に乗った二人は、これから浅田のオペが行われる歯科に着き、その看板を見上げた。



小岩井歯科。



「大丈夫かコレ?歯医者だろ?牛乳屋みたいじゃねーか。歯科医が牛やったりして。うひゃひゃひゃひゃ」
佐藤がいやな声で笑った。

浅田の緊張は最高潮に達していた。額に変な汗を感じていた。





*ご愛読していただいている皆様、いつもありがとうございます。

枚方コーリングは来週は夏休みのため休刊となります。

次回は8月26日に「ステイゴールド  その3」で再開いたします。

浅田の黒前歯の運命はいかに!!!!

こんごともよろしくお願い申し上げます!


ステイゴールド  その1

「しっかしめんどくせーなー!なんで自殺とかすんのかな? んでまた、後追い自殺とか意味わかんねー!バッカじゃねーの!あー!バカだわやっぱ!自分から死ぬんなら生れてくんなよなー!死んだコイツらゆで卵にも追いつけねーぜ!」


放課後、浅田家の2階、浅田の部屋で浅田兄の成人誌の記事を読みながら佐藤がいつもの冷たくデカイ声でひとり言を言った。

こういう場合、浅田は反応せずにシカトするように決めていた。

佐藤は誰かに答えてほしくて言っているわけではない。例え何らかの反応があったとしても奴はもうすでにその話題に興味を無くしていることが多いからだ。


しかし、浅田はなぜ自殺した人とゆで卵を奴が比較しているのか気になってしかたがなかった。


「オレは半熟がいいぞー!パサパサの固めはもひとつだー!死んだお前は生卵―!」と変な節回しで唄っている。手にある成人誌はヌードグラビアのページで止まっている。


「オレは半熟―!君にボイルしてほしいぃぜー!ボイルボイルあっそれそれ!ボイルボイル!あっそれそれ!」
いよいよ意味がわからない。


浅田の部屋ではオフコースの切ない曲が流れていた。浅田は意外にロマンチストなのだ。


いたたまれなくなった浅田は口を尖らせながら佐藤に言った。

「おえーっ! オフコース聴きながらエロ本読むなよー!」


佐藤はグラビアから目を離さずに
「別に聴いてねーよ。」
と素っ気無く応えた。


浅田は佐藤に本日打ち明けることがあった。しかし、浅田は迷っていた。浅田は高校進学前から自身のヴィジュアルについて悩むことが多かった。髪型や服装、さりげない仕草など全てにおいて自分がいかにカッコ良くできるかを日々考え、悩み、時にコンプレックスに陥ることがあった。


中学時代に佐藤はそんな浅田を「なんや!しょーもな!おもんない奴っちゃ!」と一蹴し、とりあうことはなかった。ゆえに浅田はそんな佐藤にこの悩みを打ち明けることにひどく戸惑いがあった。しかし、こんな話はこんな佐藤にしか話せない現実もあった。



「佐藤… オレ オペすんねん… 」
締め付けられるような声で浅田が意を決して言った。

成人誌をめくる佐藤の手が止まった。

「なんやそれ」
と佐藤はグラビアから目を離さずにめんどくさとうに言った。


「そやねん オレ オペすんねん… 」



「せやから オペってなんやねん!」



「そやねん オレ、オペすんねん!」



「せやから オペってなんや!って聞いとんねん!おまえアホか!」
佐藤は犬目で浅田を睨み、キレ気味で声を大きくした。





「あ オペって手術のことやねん。オレ手術すんねん。」
浅田は慌てて言い換えた。



「どこを?どっか悪いのか?」
また佐藤の声はめんどくさそうに小さくなった。




「いや…別に悪くはないんやけど……」と浅田はうつむいた。夕方の日差しのせいで顔に影が射している。

沈黙が続いた。




突然佐藤が、ベランダ側の窓を椅子に座ったまま無造作に開けた。


窓の向こうは畑になっており、窓を開けた瞬間に肥料である糞尿の匂いが二人の鼻を襲った。
「ほら臭いー!あかんねんて!開けたらあかんねんて!くっさいねんてー!ほらやっぱくっさいねんてー!」
浅田が迷惑そうに窓を閉める。






黙って佐藤はまたグラビアに視線を落とした。
浅田の緊張がいっそう高まった。
まだ部屋の中に糞尿の匂いはほのかに残っていた。



「お前さ…来週の火曜日の放課後って暇か?」
浅田はまたもや意を決して佐藤に聞いてみた。


「おー 別に予定ないで」

「ちょと付き合ってくれへん?香里園やねんけど…。」浅田は嬉しそうに細い目を輝かせた。


「ええで。オレも小遣い貰ったら欲しいレコードがあってん。」
浅田はホッとした。とりあえず予定は押えた。


そして本題だ。しかし、どう切り出すか迷っていた。