ステイゴールド   3の字固め | 枚方コーリング

ステイゴールド   3の字固め

佐藤は浅田の緊張を楽しんでいた。


「浅田よ。大丈夫か?」


無言で頷く浅田。


佐藤は歯科のドアを開けると待合室が異常に狭いのに驚いた。受付の横が診察室への扉。中から歯を削る機械の嫌な音が聞こえてくる。途端に子どもが泣き出す声が聞こえてきて佐藤も含め二人は緊張した面持ちで診察室の扉に目をやった。


浅田は受付に向った。佐藤は狭い待ち合い室のソファーに座り周囲を見渡した。歯の健康についてのポスターや歯ブラシの宣伝ポスター。書棚には子ども雑誌と婦人雑誌と週刊誌。佐藤の興味を引くものは何一つなかった。


浅田が受付けを済ませて佐藤の横に腰掛けた。深く息を吸い込みゆっくり吐き出した。


「今日は一時間半近くかかるらしい…。治療中に退屈やったら外へ行っててもええぞ。」


「おう。」
短く答えた後に。


「今回は何色の歯を入れるんや?」と浅田を見ずに受付けのキレイなお姉さんを見ながら言った。


「白に決まっているやろ。」
と浅田もお姉さんの方を見ながら小さく突っ込んだ。


「今日でさよならやな。その黒い前歯とも。今日からお前の前歯は白くなるねんな。コレはよくよく考えるとスゴイことやな。」


「そうやな。今日でさよならや。」こうやって佐藤と話していると少し緊張も緩和してきたと浅田は思った。


「今日で最後や。なー浅田よ。その黒い前歯も今日で最後や。オレはその前歯をこの目に焼け付けたい。」


「おう。」
と浅田が適当に応えた瞬間



「イーってしろ!オレのほう見てイーって笑ってみろ!」


急に佐藤の犬目が浅田に近づいてきた。


「どういうこっちゃねん!」と慌てて浅田が身をのけぞらせた。



「せやから歯科検診の先生に見せるようにオレに向ってイーってせえいうとんねん。世界でたった一人やぞオレが!オレが最後にその歯を見るんやぞ!ほらイーってせえ!ほら!しっかりとオレに見せるんや!その最後の前歯を!イーってしてみい!ほら!」
と佐藤は浅田の両肩をつかみ揺さぶってきた。


浅田は勢いに負けて
「わかった!わかったがな! イーっ!」
と無理矢理に笑ってイーってしてみた。目線のやり場に困って上を向いているため白目を剥いているようだ。
イーっと横に広げられた巨大タラコの中に黒い前歯が唾液に濡れ不気味に光っていた。


「そうや。うん。そんでええねん。よう見せてみ。黒いわ。めっちゃ黒いわ。黒いわ。前歯めっちゃ黒いわ。」
白目を剥いてイーって笑う浅田の両肩を両手でつかみ、口の中を見つめながら佐藤は何度もそう言いながら頷いた。



急に診察室の扉が開き
「浅田様!どうぞー!」と声が聞えた瞬間、佐藤に両肩をつかまれ白目でイーしたまんまの浅田の身体がビクっと緊張した。


佐藤は浅田の両肩を放し、目を輝かせ、とても嬉しそうに言った。
「とうとう来たな!浅田よ!旅立ちの時や!」


妙に嬉しそうな佐藤の顔を見て、浅田はコイツを連れてきたのは正解だと思った。こころなしか緊張が和らいでいる。



「行ってくるよ。佐藤。」
浅田がいつになく爽やかに微笑みながら佐藤に言った。



「おう。行ってこい!浅田。」



浅田は立ちあがり颯爽と診察室へ向っていった。

佐藤は嬉しそうな顔で浅田の背中を見送った。

待合室に差し込む夕陽に照らされて、浅田の背中はやさしく黄金色に輝いているようだった。