11月5、6日 お袋の米寿の祝いで京都に12名で旅行に行ってきました。

 

 

名古屋、豊田、神戸、西宮、堺とそれぞれの場所からみんなが祖母の米寿のお祝いに京都に集まります。

13時に西本願寺に集合なので、我々は少し早めに京都入りして近くの「吟醸らーめん 久保田」で吟醸つけ麺 味噌をいただきます。

 

 

西本願寺で全員集合。阿弥陀堂、御影堂にお参りします。

 

 

参拝記念に12名で記念撮影。

 

 

ホテルに到着し、前から一度いただいてみたかった食べログ3.97 北区紫野の「嘯月」さんの和菓子を柳桜園のほうじ茶でいただきます。至福のひとときです♪

 

 

夕食に手の込んだ京料理を堪能。なかなか食の進まないお袋もおいしく口に合うのか完食です。

 

 

食後にホテルにお願いしてあったケーキでお祝いします。

 

 

部屋に戻り、TVゲームのボウリングをしたり、カードゲームでみんなで遅くまで楽しく過ごしました。

 

 

翌日はお袋が前から食べてみたいと言っていた今宮神社の炙り餅をみんなで食べに行きました。

 

 

何度か炙り餅をいただいたことはありますが、今までで一番の人出です。

ここでお開き。みんな遠い所から集まってくれてありがとう。

 

 

全国旅行支援のクーポン券が利用できるお店で少し遅いお昼をいただいて京都東インターから名古屋に帰ります。

 

 

お天気にも恵まれ、久しぶりに親戚一同が集まって楽しいひとときを過ごすことができほんとうに楽しい京都旅行でした♪。

 

 

 

あらすじ
かけがえのない人間関係を失い傷ついた者たちが、再び誰かと心を通わせることができるのかを問いかける短編集。コロナ禍のさなか、婚活アプリで出会った恋人との関係、30歳を前に早世した双子の妹の彼氏との交流を通して、人が人と別れることの哀しみを描く「真夜中のアボカド」。学校でいじめを受けている女子中学生と亡くなった母親の幽霊との奇妙な同居生活を描く「真珠星スピカ」、父の再婚相手との微妙な溝を埋められない小学生の寄る辺なさを描く「星の随に」など、人の心の揺らぎが輝きを放つ五編。 
(第167回 直木賞受賞)

ひと言
もう何も失いたくない。でもまた人と関わっていきたいと、星に願い込めたような5編からなる小説で、どの編も読みやすくとてもよかったです。読み終えて付箋が一つもないのに気づきました。もう一度読み直そうとも思ったのですが、無理に心に残ったフレーズを探し直すのも変な気がして…。でもとても素敵な5編の短編集でした。

 

あらすじ
「二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」心をざわつかせる、仕事+食べもの+恋愛小説。職場でそこそこうまくやっている二谷と、皆が守りたくなる存在で料理上手な芦川と、仕事ができてがんばり屋の押尾。ままならない微妙な人間関係を「食べること」を通して描く傑作。
(第167回 芥川賞受賞)


ひと言
芥川賞の候補作に選ばれた時点で図書館に予約を入れてやっと読むことができました。何と感想を述べればいいのかわからないというのが正直な感想です。自分と芥川賞や直木賞との相性が悪いことは昔から重々承知しているのですが、ついつい読んでしまいます。直木賞の「夜に星を放つ」も借りることができたのでそちらに期待!。

黙ってお茶をすすって、帰り際に、「だからお菓子を芦川さんの机に置いたの」と尋ねた。押尾さんは寒さの厳しいところにいる顔を継続している。「わたしたちは助け合う能力をなくしていってると思うんですよね。昔、多分持っていたものを、手放していっている。その方が生きやすいから。成長として。誰かと食べるごはんより、一人で食べるごはんがおいしいのも、そのひとつで。力強く生きていくために、みんなで食べるごはんがおいしいって感じる能力は、必要じゃない気がして」
(P144)
 

 

あらすじ
自信と誇りのもてる日本へ。「日本」という国のかたちが変わろうとしている。保守の姿、対米外交、アジア諸国との関係、社会保障の将来、教育の再生、真のナショナリズムのあり方…その指針を明示する必読の書。


ひと言
安倍元首相が凶弾に倒れられて早3カ月が経つ。9月にご逝去されたエリザベス女王の国葬をTVで観てその葬儀としてのすばらしさに思わず涙がこみ上げてきました。反対が過半数を占める安倍元首相の国葬は…。国葬の決定の仕方には確かに問題はあったとは思いますが、約9年にわたってこの国のために尽くされた故人に哀悼の気持ちを捧げたいと思います。心よりご冥福をお祈りいたします。この美しい国のためにご尽力いただきほんとうにありがとうございました。(合掌)

「靖国批判」はいつからはじまったか。国家を語るとき、よく出てくるのが靖国参拝問題であり、「A級戦犯」についての議論である。戦後六十年をむかえた二〇〇五年は、とくにはげしかった。靖国問題というと、いまでは中国との外交問題であるかのように思われているが、これはそもそもが国内における政教分離の問題であった。いわゆる「津地鎮祭訴訟」の最高裁判決(一九七七年)で、「社会の慣習にしたがった儀礼が目的ならば宗教的活動とみなさない」という合憲の判断が下されて以来、参拝自体は合憲と解釈されているといってよい。首相の靖国参拝をめぐって過去にいくっかの国賠訴訟が提起されているが、いずれも原告敗訴で終わっている。政府としては、八五年に藤波孝生官房長官の国会答弁で「戦没者の追悼を目的として、本殿または社頭で一礼する方式で参拝することは、憲法の規定に違反する疑いはない」という見解を示して以来、参拝は合憲という立場をくずしていない。中国とのあいだで靖国が外交問題化したのは、八五年八月十五日、中曾根首相の公式参拝がきっかけである。中曾根参拝の一週間前の八月七日、朝日新聞が次のような記事を載せた。「(靖国参拝問題を)中国は厳しい視線で凝視している」日本の世論がどちらのほうを向いているかについて、つねに関心をはらっている中国政府が、この報道に反応しないわけがなかった。参拝前日の八月十四日、中国外務省のスポ ークスマンは、はじめて公式に、首相の靖国神社の参拝に反対の意思を表明した。「(首相の靖国参拝は)アジア各国の人民の感情を傷つける」というわけである。「A級戦犯が合祀されているから」という話がでたのは、このときだ。「A級戦犯」といういい方自体ヽ正確ではないが、じつは、かれらの御霊が靖国神社に合祀されたのは、それより七年も前の一九七八年、福田内閣のときなのである。その後、大平正芳、鈴木善幸、中曾根康弘と、三代にわたって総理大臣が参拝しているのに、中国はクレームをつけることはなかった。一九七八年に結ばれた日中平和友好条約の一条と三条では、たがいに内政干渉はしない、とうたっている。一国の指導者が、その国のために殉じた人びとにたいして、尊崇の念を表するのは、どこの国でもおこなう行為である。また、その国の伝統や文化にのっとった祈り方があるのも、ごく自然なことであろう。
(第二章 自立する国家)


敗戦直後、GHQ(連合国軍総司令部)が靖国神社をどうするかを検討するとき、マッカーサー元帥の副官が、駐日バチカン公使代理だったブルーノ・ビッター神父に意見を求めた。すると、神父は、同僚たちと協議してこういったという。
「いかなる国民も、国家のために死んだ人びとにたいして、敬意を払う権利と義務がある。もし靖国神社を焼き払ったとすれば、その行為は、米軍の歴史にとって、不名誉きわまる汚点となって残るでしょう。歴史はそのような行為を理解しないに違いない」この言葉からは、信仰の自由と権利にたいする神父の強い意志が伝わってくる。神父の提言もあって、靖国神社は難を逃れた。靖国参拝をめぐる昨今の議論にたいし、アメリカのジョージタウン大学のケビン・ドーク教授は、次のような趣旨のことを述べている。「米国のアーリントンの国立墓地の一部には、奴隷制を擁護した南軍将兵が埋葬されている。小泉首相の靖国参拝反対の理屈にしたがえば、米国大統領が国立墓地に参拝することは、南軍将兵の霊を悼み、奴隷制を正当化することになってしまう。しかし、大統領も国民の大多数もそうは考えない。南軍将兵が不名誉な目的のための戦いで死んだとみなしながらも、彼らの霊は追悼に値すると考えるのだ。日本の政府や国民が不名誉なことをしたかもしれない人びとを含めて戦争犠牲者の先人に弔意を表することは自然であろう」
(第二章 自立する国家)

 

 

 

あらすじ
「大仏は眼が入って初めて仏となるのです。男たちが戦で彫り上げた国の形に、玉眼を入れるのは、女人であろうと私は思うのですよ」建久六年(1195年)。京の六条殿に仕える女房・周子は、宮中掌握の一手として、源頼朝と北条政子の娘・大姫を入内させるという命を受けて鎌倉へ入る。気鬱の病を抱え、繊細な心を持つ大姫と、大きな野望を抱き、それゆえ娘への強い圧力となる政子。二人のことを探る周子が辿り着いた、母子の間に横たわる悲しき過去とは。「鎌倉幕府最大の失策」と呼ばれる謎多き事件・大姫入内。その背後には、政治の実権をめぐる女たちの戦いと、わかり合えない母と娘の物語があった。


ひと言
直木賞候補作ということで直木賞の発表前に予約を入れていた本です。源頼朝と北条政子の娘・大姫の存在も知りませんでしたし、入内問題も知らなかったので勉強になりました。

慈円は、ははは、と声を立てて笑った。天台座主は、この国の仏教界の頂である。そして同時に関白九条兼実と興福寺別当信円の弟で、後鳥羽帝の中宮任子(たえこ)の叔父である。源平の戦で壊滅的な打撃を受けた寺社の復興と仏教の布教が慈円が帝から賜った役目であり、東大寺落慶法要はその中でも大きな意味を持っていた。無事に終えた慈円は上機嫌である。「鎌倉殿のご尽力がなければ、これほどまで壮麗な法要にはならなかったであろう」「恐れ入ります」源頼朝は低い声で一言だけ口にした。「帝もご臨席なさり、堂々としたご様子であった。誠にめでたい。これで国も安泰となろう。戦という刃もて彫られた仏の像に、あとは眼を入れるだけとなりましたなあ。さて、何方(どなた)が入眼を為すか……が気がかりでございます」「入眼でございますか」政子が問いかける。慈円は、ええ、と頷く。「仏は眼が入らねばただの木偶でございます。眼が入って初めて仏となるのです。男たちが戦で彫り上げた国の形に、玉眼を入れるのは、女人であろうと私は思うのですよ。言うなれば、女人入眼でございます」政子は、まあ、と感嘆の声を上げる。「女人が国造りの仕上げをするのでございますか」「さようでございます。太古よりこの国では、女帝によって国が形作られて参りました。そうそう、古の大仏開眼の折に聖武天皇の傍らにいらしたのは、後の女帝、孝謙天皇であらせられた。かの女人も正に国に入眼なさった御方。そして今も国の高きところには、中宮様をはじめ数多の女人がおられる……そうした御方が泰平の世をお造りになられることでございましょう。おお、御台様もその御一人でございましょうなあ」慈円と政子は顔を見合わせて笑い、その声は高らかに大仏殿の中に響いた。
(序)

「御所様に出逢うてから今日まで、思えば遠くまで参ったものよ」政子は謳うように呟いて目を細める。頼朝が急逝した後、嫡子頼家は比企一族の後見の元で二代将軍となった。しかし、比企と北条の主導権争いが激化し、遂には北条が比企一族を悉く滅ぼした。頼家の妻であった若狭局も例外ではなく、わずか六歳の頼家の長男一幡と共に北条の手によって討たれた。病に倒れていた頼家はその事実を知って激怒したが、政子は頼家を将軍位から降ろして伊豆の修善寺へ送ってしまう。そしてその地で北条の手勢によって暗殺された。まだ二十三歳であった。次いで三代目となった実朝は、乳人である政子の妹、阿波局によって育てられ、北条の力を背景に着々と地歩を固めた。後鳥羽院との親交もあり、歌や建築などの雅さを好んだ。これで鎌倉も平穏になるかと思われた矢先のこと。頼家の妾腹の遺児である甥、公暁によって襲撃され、二十八歳の若さで命を落とした。頼朝の二人の息子が若くして亡くなり、二人の娘も既に亡い。かくして政子が生んだ頼朝の子は皆、死に絶えた。今、この鎌倉を動かしているのは、尼将軍政子と、その弟である北条義時。そこに源氏の棟梁の姿はない。周子は改めて、政子を見上げる。子らを失って尚、凛として立つ姿には、悲哀よりも闘志が勝る。過たぬ政子は、母として強いのではない。妻として強いのではない。この人はただ、ありのままに強いのだ。「そなたと初めて会うたのは、大仏殿の落慶法要であったな。覚えているか」政子はふと思い出したように周子を振り返る。「はい……懐かしゅうございます」まだ鎌倉へ下るなどと思いもせず、晴れた空に散華が舞う様を見て浮かれていた。「その折に、天台座主の慈円上人が、女人入眼と申したのを覚えているか」「……はい」あの時、慈円は自らの姪である後鳥羽帝の中宮任子の出産を待ちわびていた。皇子が生まれ、自らと兄である九条兼実が、外戚として力を振るう日が来ると信じていたのだ。女人入眼とは、あの時の慈円にとって、帝の子を産み参らせる后のことであったろう。「正に此度の戦にて、この尼将軍が入眼を為したと思わぬか」政子は静かな笑みを浮かべる。周子は恭しく頭を下げる。「仰せの通りと存じます」慈円はまさか、尼将軍などという立場の者が現れ、あまつさえ治天の君を戦で破り、帝、上皇悉く断罪し、新たな帝の御位にまで手を伸ばすなど、露ほども思いはしなかったであろう。皮肉にもあの大仏殿での世辞が、真となってしまったに過ぎない。不敵に笑う政子こそが、この国の仕上げを成し遂げたのだ。
(終)


 

 

あらすじ

大晦日、実家に帰ると母がいなかった。息子の泉は、夜の公園でブランコに乗った母・百合子を見つける。それは母が息子を忘れていく日々の始まりだった。
認知症と診断され、徐々に息子を忘れていく母を介護しながら、泉は母との思い出を蘇らせていく。ふたりで生きてきた親子には、どうしても忘れることができない出来事があった。母の記憶が失われていくなかで、泉は思い出す。あのとき「一度、母を失った」ことを。泉は封印されていた過去に、手をのばす。現代において、失われていくもの、残り続けるものとは何か。すべてを忘れていく母が、思い出させてくれたこととは何か。


ひと言

映画の原作本ということで借りました。世の中で話題になっている認知症を取り上げた小説、映画ですが、すべてを忘れていく母が、思い出させてくれた半分の花火……。少し軽いような気がしました。映画の評判もあまりよくないようなので観るのは止めておきます。


「ここの方はみなさん認知症なんですか?」ダイニングテーブルを囲み、夕食になにを作るか語らいながらいんげんの筋を取っている入居者たちは、脳の病気を患っているようには見えなかった。窓際にある古いロッキンチェアに座った女性は、器用に針を動かしレースを編んでいる。
「みなさんそうです。意味や出来事の記憶はなくなっても、手続きの記憶は残っている。だから名前は忘れても、料理や手芸はできる。ここは手や足で触れるものや目に入るもののほとんどを木材や布など自然の素材で作るようにしています。冷たい情報がなるべく体に伝わらないように。窓やドアに鍵はかかっていませんが、逃げだす方はほとんどいません。ひとり歩きや暴力などは症状です。認知症そのものを治すことは難しくても、ストレス要因を減らすことで、症状を抑えることはできると私たちは考えています」
(9)

葛西百合子。一月一日生まれ。息子の名前は泉。甘い卵焼きとハヤシライスが好き。レコード会社で働いている。ヘルパーの二階堂さんは十時に来る。食パンを買わない。美久ちゃんのレッスンはもうない。泉の奥さんは香織さん。お花を切らさない。トイレは寝室の横。晩御飯はもう食べた。泉に迷惑をかけない。ちゃんとひとりで生きる。ベビー服をプレゼントする。電球と単三電池とハミガキ粉を買う。どうしてこうなってしまったのだろう。泉、ごめんなさい。
百合子が繋ぎとめようとしていた記憶の断片が、そこに溢れていた。

ここがトイレで、こちらがお風呂。なぎさホームで何度も反芻していた母の声。バックミラーのなかで小さくなっていく姿が脳裏に浮かふ。ホームの玄関先に立ち、心細そうな顔でこちらを見ている。
床に落ちたメモの上にぽたぽたと水滴が落ちた。悔しくて、情けなくて、鳴咽が漏れた。ごめん母さん。ずっとひとりで苦しんでいたんだね。気付かなくてごめんなさい。滴り落ちる涙を拭うことなく、震える手で一枚一枚メモを拾い集めた。
(10)

引っ越した日の夜、がらんどうの家の軒先でふたり並んですいかを食べていると、遠くの空に花火が打ち上がった。けれどもそれは、目の前にある背の高い団地に遮られ、上半分しか見ることができなかった。低いところにある花火にいたっては音だけしか聞こえず、時折高く上がるそれだけが団地の屋上の縁から半分だけ顔を出す。「きれいな花火…… 今まで見た中でいちばんきれい」半円の光を見ながら、百合子が目を細める。「半分しか見えないよ」泉はすいかにかぶりつきながら背を伸ばし、少しでも花火が見やすい場所を探す。「でも私にとってはいちばんきれい。今日あなたとふたりで、なにもないこの家から、半分しか見えない花火を見たってことが、とても嬉しいの」泉もそれを美しいと思った。潤んだ瞳で花火を見つめる母の横顔も。「いつも思うんだけどさ」「なに?」「花火ってなんか悲しいよね。終わったら忘れちゃうじゃん。どんな色だったとか、形だったとか」「そうかもね …… でも色や形は忘れても、誰と一緒に見て、どんな気持ちになったのかは思い出として残る」そうでしょ? 百合子が泉を見つめ、その手を握る。「うん……忘れないよ」今日のことは、覚えていると思う。泉は半分の花火を見ながら呟いた。「そうかしら?」百合子は泉の横顔を見つめて笑う。「あなたはきっと忘れるわ。みんないろいろなことを忘れていくのよ。だけどそれでいいと私は思う」ひとりぼっちの泉の前に、白、赤、黄色の花火が次々と打ち上がる。いずれもが上半分しか見ることができない。二十数年ぶりに眼前にあらわれた半分の花火を目の当たりにして、あの時の母との会話をはっきりと思い出した。「あなたはきっと忘れるわ」母の予言が、耳元で蘇る。母はずっと覚えていた。自分が忘れていたのだ。半分の花火は、こんなに近くにあった。それなのに母が最後に見たかった花火を、見せてあげることができなかった。悔いと悲しみがいっぺんに胸の奥からせりあがってきて、泉の体を震わせた。声を出すこともできず、膝をついてうずくまった。苦しくて、呻くことしかできない。打ち上がる半分の花火が、母との記憶を次々と蘇らせる。言葉の代わりに涙が溢れ出てきて、泉の頬を濡らした。母さん、ごめん。すっかり忘れてたんだ。
(15)

 

あらすじ

蒙古は上陸に失敗していた! 秀吉には奇想天外な戦略があった! 大和には活躍できない理由があった。日本史の3大ミステリーに、映画『アルキメデスの大戦』で戦艦の図面をすべて描いた船舶設計のプロが挑む。リアルな歴史が、「数字」から浮かび上がる。


ひと言

最近は少し新書に凝っていて、面白そうな新書だなぁと思って借りました。秀吉の「中国大返し」に船を使ったという筆者の推測に、なるほどなぁと感心。それでもあの超人的な大返しにはまだまだ多くの疑問が残ります。第3章の戦艦大和は無用の長物だったのか というタイトルの付け方にムッとしましたが、書かれていることには納得。それにしてもおもしろい切り口から歴史を見られる人だなぁと感心しました。

 


I人の兵士が背負う荷物の重さは、食料を除いても鎧、兜、武器などで20kgほどにもなります。もしもこれを船で運ぶことができれば、兵士たちは重荷から解放されて、船坂峠を越えるのも楽になり、行軍による消耗はかなり軽減されるはずです。全軍では荷物の量は食料を除いても20kg×2万で400tにもなりますが、関船が6~8隻あれば積める計算です。これくらいの数なら宇喜多忠家が水軍衆と連携して、備前片上に用意することは可能と思われます。
ここからは筆者の推測の域を出ませんが、もしも中国大返しが海路を利用したものであったとすれば、船に乗ったのは秀吉と、直属の騎馬隊や側近のみで、あとは兵士たちの防具や武器、弾薬などの輸送に使われたと考えるのが現実的ではないかと思われます。軽装になった兵士たちは、船坂峠を越えることはできたと思います。しかし、それでも通説のような高速行軍が可能になったかといえば、やはり多くの問題があり、そうとは言い切れない気がします。
(第2章 秀吉の大返しはなぜ成功したのか)

 

あらすじ

東京での過酷な仕事を辞め、故郷の新潟で深夜バスの運転手をしている利一。ある夜、彼が運転するバスに乗ってきたのは、十六年前に別れた妻だった。父親と同じく、東京での仕事を辞めて実家に戻ってきた長男の怜司。実現しそうな夢と、結婚の間で揺れる長女の彩菜。そして、再婚した夫の浮気と身体の不調に悩む元妻、美雪。突然の離婚で一度ばらばらになった家族は、今、それぞれが問題を抱えて故郷に集まってくる。全員がもう一度前に進むために、利一はどうすればいいのか。バスの乗客の人間模様を絡めながら、家族の再出発を描いた感動長篇。


ひと言
読み終えて、上のあらすじの言葉をネットに探しにいったとき、「ミッドナイト・バス」という映画が、原田 泰造(高宮 利一)、小西 真奈美(古井 志穂)etc…で2018年に公開されていたのを知りました。「四十九日のレシピ」は映画も小説もとてもよかったので、最近レンタルDVD屋さんに行ってないけど、今度DVDを借りて映画も観てみたいなぁと思うような素敵な作品でした。



「彩菜は……ほんとに君そっくりで。優しい顔をしているのに、言葉は辛辣で」美雪が戸惑ったような顔をした。「そのくせ寂しがり屋で、強がりを言ったそばからすぐに泣く。美雪が出ていったあと、近所の祭りに怜司と俺で手をつないで連れていったら、あの子の友達が前から来てさ。恥ずかしいから手を離せと言うから離したら、あとでわんわん泣かれた」どうして? とかすかな声がした。「危ないから離さない、人混みにまぎれるから、絶対に離さないよって、ひとこと言われたかったんだ。君とよく似た小さなあの子が泣いているのを見たら、君も一緒だったように思えた。手を離せというのは、離さないよと言われたい気持ちが混じっている気がして。それがわかっていたら……もっと違う局面が開けてたんじやないかと」
(第五章)

「あなたには、いい人がいる。若くてかわいい人が。あなたこそ、捨てる度胸はあるの」「別れた」来た道を引き返すと、軽い足音が追いかけてきた。「なんて言ったの?」「彼女とは別れた」「どうして? 私のせい?」後ろから軽く腕をつかんで、美雪が見上げた。その顔を見たら、「怖くなった」という言葉が口に出た。「好かれすぎて……。俺に何かあったら、この子はとことん尽くすだろうと思ったら怖くなった。俺の人生は畳む時期に入っていて、望まれても与えられないものがあるよ」「彼女が何か望んだの?」何も、と答えたら、志穂の震える声を思い出した。「俺の人生の隙間に置いてほしいって言ってた。なんで俺みたいなのにそこまで。隙間になんて置けない。誰かの人生のど真ん中で、子どもや孫に囲まれて幸せそうに笑ってるべき人なんだ」馬鹿ね、と美雪が腕から手を離した。「あの人が病気になったり困ってたりしたら、あなたのほうこそ何の躊躇もなくとことん尽くすでしょうに。好かれすぎた? 逆よ。好きすぎて、怖くなったのね」「なんだよ、それは」「置いていかれるのが怖くなったから、今度は自分が置いていったのよ」「俺はお前に置いていかれたのか」そうよ、と美雪が足元を見た。「私は家族を置いて逃げた、ひどい女よ」それから美雪は黙り込み、二人で宿の前へと戻った。
(第七章)

 

今日から近鉄パッセの地下のポップアップマルシェに出店している「21時にアイス」。北海道の飲んだ後の締めで食べられるという「締めパフェ」「夜パフェ」文化を広めたいということでできたお店です。大須にも18時から開店する行列のできるお店ということで話題にもなりました。今日も一日おつかれさまということで仕事帰りに立ち寄りました。栗モンブラン(650円)をいただきます。モンブランクリームとソフトクリームの相性もよく上に乗った栗の甘露煮とカップの底のコーンフレークもいいアクセントになっておいしいです。ごちそうさまでした♪。

 

21時にアイス 名古屋大須店

名古屋市中区大須3

 

 

 

あらすじ
暴言を吐く、支配したがる、けなして自信を失わせる、優しいようで水面下で工作している、一見目立たない人を含めて、あなたの周りにはとんでもない人が隠れているかもしれない。本書では、精神科医として「ターゲット」にされて、痛い目に遭った患者たちから聞いた、人を陥れる「攻撃欲の強い人」を事例で紹介。ターゲットの心をどんなふうに壊していくのか、その手法を取り上げて分析する。「攻撃欲の強い人」とはどんな人か。多くの場合、攻撃される側は、ターゲットが抵抗できないが、それは一体なぜなのか。何のためにそんなことをするのか。結果どんな影響を及ぼすのか。はたして、攻撃欲の強い人と、どう向き合い対処すべきか。本書で明らかにする。自分のために、人生を台無しにされないために――職場や家族に潜む「害になる人」の精神構造を知る!


ひと言
読んでいて「こういう人いるよね」と同調はするけど、ちょっと抽象的で具体性に欠けているように感じました。

大人になってから気づいたのですが、母は、実家の母、私の祖母から批判されることを恐れていたようです。祖母は、女の子は女の子らしくという古風な人だったので。母は、祖母の前で嫌な思いをしたくなかったからこそ、時代遅れの服を着せて、私に嫌な思いをさせたのです。花柄のワンピースなんて古くさい服、私は大嫌いだったのに。母は、祖母に何か言われて自分が困るのが嫌だったからこそ、私を困らせるようなことをしたのです」この女性が見ぬいているように、攻撃欲の強い人が他人の領域に無遠慮に入り込むのは、自分自身が混乱したり、当惑したりすることを避けたいためであることが多い。不安や葛藤を少しでも感じると、どうすればいいのか、わからなくなる、つまりストレス耐性が低いからこそ、このような厄介な情動を避けるために、自分より「弱い」人間の領域に侵入するわけである。こうしたストレス耐性の低さは、しばしば先に指摘した自己愛の傷つきやすさに由来する。
「弱い」相手は、自分自身の分身もしくは延長にすぎないと思っている場合もあれば、自分と同じだけの価値はないと思っている場合もあるようだが、いずれにせよ、その相手にも侵入されたくない領域があることに気づいていない。当然、尊重など論外であり、ズカズカと土足で入り込むのである。
(第4章 どうしてこんなことをするのか)