昨年の冬至の日、西国三十三所の3度目の満願を華厳寺で迎え、中先達の申請をお願いしていましたが、今日 西国三十三所札所会から認定の名札が届きました。
名札の中央には「中先達」の文字が……。もちろん先達に上下の区別があるわけではありませんが、やっぱり励みになります。これからは今まで以上に先達の自覚を持って、巡礼を始めようとされる方々の一助になれればと思います。(合掌)
番外の豊山・法起院 華頂山・元慶寺 東光山・花山院菩提寺 そしてお礼参りの定額山・善光寺の御朱印も納経帖にいただいてあります。
次の巡礼の旅が待ち遠しいです。
あらすじ
いつの世までも あなたを思う 母と子、そして家族を描く感動の物語、母の予定に付き合う約束で沖縄に里帰りしたリョウ。実の母は子供の頃に亡くなり、再婚してリョウを連れ沖縄に移り住んだ父ももういない。休暇は三日。家族の思い出の場所をめぐるうち、リョウは不思議な感覚にとらわれる。この三日が、恐らくタイムリミット。三日目が終わったら……終わったら、どうなる?
ひと言
久しぶりの有川 ひろさん。沖縄はもう4回訪れているのですが、斎場御嶽(セイファーウタキ)や残波岬などを懐かしく思い出しながら読みました。やっぱり有川さんの小説は、こういう観光小説が一番好きかな。2026年には再建される予定の首里城がまた見学できるようになったらまた沖縄を訪れてみたいと思いました。
結果として、おかあさんは、まだ一人だ。「最後の恋は、お父さんでいいかなって」父より揺り動かしてくれる人は、いなかったのだろう。「リョウちゃんが、気にして沖縄を出て行ったのは知ってるけど」図星を衝かれて、ぼくは押し黙った。ぼくは、父が亡くなってからまもなく、大学進学で沖縄を出ようと考えるようになった。
早くおかあさんから離れようと思ったのだ。それは、いろんな思い出や経験から導き出された答えだった。まず、父への「どうしてくれるんだ」。あんたのことを大好きなおかあさんを、どうやってぼくが一人で支えるんだ。―― ぼくには、無理だと思った。
そして、残波岬での父の慟哭を思い出した。リョウが覚えてたら、思い出しちゃうじゃないか―― お母さんが死んだってことを、思い出しちゃうじゃないか!おかあさんも、ぼくがいたら、思い出す。父を忘れることができない。まだまだ若いのに、きれいなのに、引く手数多(あまた)なのに、新しい誰かと巡り会って、新しい人生を踏み出すことができるのに。分骨のとき、祖母が呟いたことも少し。あの人も、若いのに供養を背負って、大変だねぇ。もし、新しい誰かと、新しい人生を踏み出すなら、父の供養は荷物だ。そして、同様に、ぼくも荷物だ。血が繋かっていればまだしも、ぼくたちは義理の親子だ。しかも、たった四年。荷物としては、大きすぎる。もし、おかあさんのことを好きになる人がいても、亡夫の墓つき・血の繋かっていない巨大なコブつきという条件には、二の足を踏むだろう。おかあさんは、父の供養は手放さない。だとすれば、せめて巨大なコブだけでも。そう思ったのだ。そして、沖縄を出てからは、ほとんど帰らなかった。年に一度、父の墓参りも、大学のときは部活、就職してからは仕事が忙しいと言い訳して、日帰りで東京にとんぼ返った。
(三日目)
「……沖のリーフの白波を、竜みたいだって言ったでしょう」困った、大きな子供だったけど、ぼくはやっぱり父のことが好きで、だから、ぼくの人格の基盤には、やっぱり父がいるのだろう。「リョウちやんのおかげで、わたしが見られなかった、子供の頃のカツさんが見られたの」焼けつくような後悔が襲った。ぼくはばかだ。ぼくはばかだ。ぼくはばかだ。ぼくにもお母さんを選ぶ権利がある。小賢しく父を言い負かそうとした浅知恵は、あの頃からひとつも変わっていない。小知恵を回して、おかあさんの新しい人生なんて気兼ねしている場合ではなかった。
おかあさんは、出会う前の父を見たかったのだから、ぼくはもっともっと、おかあさんのそばにいればよかったのだ。寂しさを我慢して、無理して沖縄に帰るのを慎んだりしなくてよかったのだ。あなたのために身を退きますなんて、昔の演歌のようなヒロイズムに浸って。大ばかものめ。もう、取り返しがつかない。
たった一度の奇跡を、ここで使ってよかったのかって後悔するかもよ。夢で逢ったぼくの言葉が蘇る。後悔するときが来たら、苦しむさ。言うは易く行うは難し。取り返しのつかない後悔というのは、一体何て苦いのか。苦くて、苦くて、涙が出る。おかあさんの姿が、涙で歪んだ。涙の向こうに、花が咲くような笑顔。「カツさんが大好き。リョウちゃんが大好き。二人とも愛してる」場に満ちた神聖な気配が、強まった。ますます強く、強く、強く、見えず感じない上昇気流を、三日目が、終わる。日付が変わるのを待たずに、ここで。「待ってくれ!」ぼくは思わず叫んだ。いくら沖縄が慈悲深くても、これ以上はきっと許さない。そう言われていたにも拘らず。まだ死ねない。おかあさんに、もっと出会う前の父を見せてやらなくては。今さら命が惜しいわけじゃない、でも、父がおかあさんに会った年まで生きさせてくれ。父が死んだ年になったらあっさり死ぬから。「俺は、おかあさんにまだ何もしてあげてない!」視界がにじんだ。すべてがぼやける。おかあさんの笑顔が遠く。おかあさんは笑ったまま、大丈夫よ。そう言った。
リョウちゃんは、おかあさんの一番の願いを、叶えてくれたじゃないの。
そんなものは、叶えた覚えが ―― 気持ちがじたばたあがいている内に、世界がふっと溶けてなくなった。
(三日目)
先日TVで観た「ロピア 名古屋みなと店」に行ってきました。試しにメガ盛りのお肉や冷凍食品を買い、お目当てのミルフィーユローラー(719円)を購入。一個あたり89円。肝心のお味はうーん、リピなしというお味で残念。ちなみにコストコのハイローラーはグラム売りになりましたが、21個で1800円ほどで一個あたり85円ほどで、当たり前ですがコストコの方が断然美味しいです。ただ21個は多いので8個入りのこのミルフィーユローラーが美味しければと思ったのですが、やっぱり頑張って岐阜羽島店に行くしかないのかなぁ……。
名古屋市港区砂美町1
昨年7月にイオン千種若宮大通店に愛知県下初の出店となったフランスの冷凍食品メーカー「ピカール(プティピカール)」。親父の墓参りの帰りに立ち寄ることができました。ピカールの一番人気のクロワッサン(8個)(948円)と4種類のマカロン(チョコレート、フランボワーズ、バニラ、ピスタチオ)(1298円)を購入。クロワッサンは袋から出した状態は小さめですが、180℃のオーブンで20分焼くとふっくらと大きく焼きあがり、サクサクのクロワッサンが楽しめます。
焼く手間がありますが、これで1つ120円以下のサクサク焼きたての美味しいクロワッサンが楽しめるのはグッド!。マカロンはまだいただいていませんがこちらも楽しみです。
親父が亡くなってちょうど10年目の命日、墓参りに帰った堺で念願の「銀シャリ屋 ゲコ亭」へ2人で行ってきました。以前にも訪れたことはあるのですが、ほとんど売り切れで食べることができませんでした。今回も選べるほどのおかずは残っていなかったのですが、まぐろありますかと尋ねると、ちょっと待ってねと別棟に聞きに行ってくれて、2つあるということなので評判のまぐろ、大根おろし、肉じゃが、焼き鯖、粕汁は売り切れで味噌汁、そして何と言っても「飯炊き仙人」と呼ばれるご主人が炊く評判の白御飯(飯炊き仙人さん息子さんにお店を譲って引退されたとのこと)をいただきます。値段はお高めになりましたが、さすが堺で10本の指に入る名店で、とてもおいしいです♪。
次は朝から並ぶくらいの気合で、炊き立ての白御飯をいただきたいです。やっと「ゲコ亭」(食べログ 3.70)でいただくことができました♪。ほんとうにごちそうさまでした♪。もちろんその後は向かいの「かん袋」(食べログ 3.74)の氷くるみ餅のシングルをいただいたことは言うまでもありません。
堺市堺区新在家町西1丁
先日、私の誕生日のお祝いに家族が集まったときにいただいたのがディーズ チーズ(旧 スイーツオブオレゴン)のチーズケーキ ピュア レギュラー(1944円)です。相変わらずのおいしさでレモン風味の酸味が効いていて、さっぱりしてとても食べやすいです。ごちそうさまでした♪。
名古屋市中村区名駅1 ジェイアール名古屋タカシマヤ B1F
あらすじ
親や学校、すべてにイライラした毎日を送る中2の百合。母親とケンカをして家を飛び出し、目をさますとそこは70年前、戦時中の日本だった。偶然通りかかった彰に助けられ、彼と過ごす日々の中、百合は彰の誠実さと優しさに惹かれていく。しかし、彼は特攻隊員で、ほどなく命を懸けて戦地に飛び立つ運命だった――。のちに百合は、期せずして彰の本当の想いを知る…。涙なくしては読めない、怒濤のラストは圧巻。
ひと言
今年の最初の一冊としてこの本に出会えたことはほんとうに幸せでした。昨年の11月この小説にも出てくる鹿児島の知覧特攻平和会館を訪れる機会に恵まれました。沖縄戦の特攻に出撃、戦死された順に飾られた1036名ものおびただしい遺影。最初の遺影の日付は1945年3月26日、まさに米軍が慶良間諸島に上陸し沖縄戦と呼ばれる戦いが始まったちょうどその日に、沖縄を守ろうと知覧から沖縄に向けて飛び立ったことになります。
特攻というと必ず「ただの無駄死に」という見方をする方がいます。確かに敵艦に体当たりできずに、撃ち落される特攻機の方がはるかに多く、敵艦に与えた物理的なダメージはほんの微々たるものであったかもしれません。しかし本土空襲で逃げ惑う家族や大切なかけがえのない人を守りたい、敵艦に体当たりしてでも守りたいという想いを胸に沖縄に向けて飛び立った特攻隊員の想いは、戦後 多くの日本人に、特攻隊員の想いを無にすることなくかけがえのない大切な人を、そしてこの日本という国を守らなければと、必死に頑張ったからこそ今の日本があるのだと思います。戦後の日本人に与えた精神的な心の支えは計り知れないものがあり、今もそしてこの先もずっと、この国の心ある人々にその心は生き続けていくと思います。その証拠に、もうすぐ80年にもなる今日でも、知覧特攻平和会館には日本国中から訪れる人が絶えません。
観たい映画があるとその原作本を先に読んでから映画を観るようにしていますが、久しぶりに映画館でこの映画も観てみたいと思いました。
今となっては唯々「ありがとうございました 安らかに眠ってください 過ちは繰返しませぬから……」と心に誓うだけです(合掌)。

だからあなたたちは、死ぬ必要なんてない。こんなにまっすぐで、こんなに純粋で、こんなに優しい人たちが、どうして死ななきゃいけないの?私は悔しくてたまらなかった。日本はどうせ敗けるんだ、と大声で叫んでしまいたかった。でも、そんなことを言ったところで、信じてもらえるわけがない。その代わりに私は、こう言った。「……特攻なんて、自分から死にに行くなんて、馬鹿だよ。そんなの、ただの自殺じゃん……。馬鹿だよ。特攻を命令した偉い人も、それに従ってる人たちも、 みんな馬鹿。やめればいいのに。逃げちゃえばいいのに」 震える声で言うと、彰がくすりと笑った。「……君は本当にまっすぐな子だな。思ったことが全部、顔にも口にも出る」 彰の言葉に、寺岡さんや石丸さんも頷いた。……。……。
私は悔しくて、なんとか思いとどまってほしくて、必死で反論する。「特攻なんて、体当たり攻撃なんて、ただの無駄死にだよ。みんなが命を捨てて敵艦に突撃しても、結局敗けるんだよ」すると彰は、「君は珍しいことを言うね」と答えた。「俺は、命を捨てるなんて思っていないよ。俺は、俺たちは、この命を最大限に生かして、日本を、国民を救うんだ。こんなにも栄誉なことがあるか?」「…………」私には分からない。ねえ、彰。どうしてそんなふうにまっすぐに、明るい未来を信じられるの。自分が死んだあとの未来を。自分が死んだら国が救えるなんて、どうして信じられるの。あなたたちが命を落としてまで勝利を手にして、本当に家族が幸せになれると思うの?そんなのおかしい。間違ってる。伝えたいことが、訴えたいことが、分かってほしいことが、心の中に溢れて、暴れ回っている。でも私は、それをこの人たちに納得させるための言葉を、どうしても思いつけなかった。私は手にしたお盆をぎゅうっと握りしめ、何も言わずに踵を返す。無性に悲しくて、悔しくて、どうしようもないくらい腹立たしかった。
(一章 初夏 汚れなき瞳)
板倉さんのまっすぐな目が、驚くほどの強さで彰を見上げた。「俺は、死ねないんだ。彼女のために。彼女には俺しかいないんです。俺が生きて帰らなければ彼女は、戦争のせいで不自由になった身体を抱えて、この苦しい世の中を、たったひとりで生きていかなければならなくなってしまう。だから、俺は、帰らなければ……帰らなければならないんです」板倉さんの決然とした表情に、私は胸を打たれた。誰かのために生きる、という強い覚悟。板倉さんは、『死にたくない』んじゃない。『生きたい』んだ。生きなきゃいけないんだ。愛する人のために。たとえ自分がどんなに責められても、罵倒されても、軽蔑されることになっても、愛する人のために生き抜くと、板倉さんは決めたんだ。それは、間違いなく、とても尊いことだと思った。私は彰の顔を見上げる。無表情だった彰の顔が、ふわりと緩んだ。そして、静かに呟く。「……行け、板倉」彰の言葉を、板倉さんは呆然とした表情で聞いていた。「え……佐久間さん……」「行け。お前は生きろ」彰は有無を言わさぬ強さで言い、板倉さんの背中を押した。まだ信じられないような表情で振り返る板倉さんに、彰がゆったりと微笑みかけた。「俺が、ふたり分の戦果をあげてやる。お前の分まで、俺はやる。だからお前は……守るべき者を守れ。お前は、生きて守れ」瞬間、板倉さんの目に涙が溢れた。板倉さんは彰に向き直り、深く項垂れて、「ありがとうございます、ありがとうございます……」と何度も言った。彰は微笑んだまま、「ほら、早く行け」と言った。それを見ながら私は、『生きて守れ』と言った彰の言葉を反芻していた。『お前は』生きて守れ。『俺は』、死んで、守るから。――彰の言葉の裏には、そんな含みがある気がした。それが、悲しくて、切なくて、たまらなかった。死んで守るなんて、問違ってるよ。ねえ、彰、気づいてよ……。死んじゃだめだよ。死なないでよ。
(二章 仲夏 星空の彼方)
ゆっくりと歩き出したとき、私の目が、一通の手紙の上にとまった。その手紙だけ、やけにきれいで真新しく見えた。まるで、封筒に入れたまま大事にしまい込んで、ずっと誰も読んでいなかったような――。不思議に思って、ふと顔を近づけた瞬間。「……っ!!」私は声にならない叫びをあげた。そこには、『百合へ』と書いてあった。彰の字で。うそ……これ、あのときの手紙?彰の出撃の日に、ツルさんの家で見つけた、あの手紙?ガラスケースにのせた手が、かたかたと細かく震えていた。まさか、ここに、あの手紙があるなんて。私は瞬きも忘れて、その手紙に吸い込まれるように上半身を屈めた。
『百合へこんな手紙を書いても、君を悲しませるだけかもしれないね。でも俺は、この気持ちがただ海の泡として消えていくのだけは耐えられなかった。だからここに、俺の素直な思いを記させてほしい。そして君に読んでもらえたら、俺はとても嬉しい。君のことを、もうひとりの妹のようなものだと言ったことがあったが、すまない、あれは嘘たった。俺は君のことを愛していた。君の素直でまっすぐで優しい魂を、心から愛していた。できることならば、戦争などのない時代に生まれていたのならば、君と一生を共に過ごしたかった。でも、それは叶わない夢だ。明日の十三時三十分、俺は飛び立つ。そして散る。俺は今、自分の墓場となる空を見上げながらこの手紙を書いている。百合の花が咲くあの丘、君と語らったあの丘で。君の花の香りがする。甘い香りに胸が一杯だ。この美しい花と同じように、君はとても純粋で、清らかで、まっすぐで、自分の気持ちに正直で、そんなところが俺は愛おしくてたまらなかった。なんだか空が無性にきれいだ。君と見た、あのときの星空と同じだ。無数の星が夜空一杯に光り輝いている。あの空に俺は散る。君のために。君という花が咲く、この世界のために。君の幸せだけを願っている。君の笑顔が輝きつづけることだけを。百合、会いたい。ついさっきまで会っていたのに、もう会いたい。こんなにも君が愛おしいのは、なぜなのだろう。百合、生きてくれ。こんな時代に生まれてしまったことで苦しんでいる君を見ているのはつらかった。だが、戦争は終わる。近いうちに必ず終わる。だから、なんとしてでもこの戦争を生き抜いてくれ。それだけを俺は今、願っている。さようなら』
「………っ、、う、……っ」途中からは、もうほとんど読めなかった。拭っても拭っても溢れ出す涙のせいで、視界がいびつに歪んで。顎の先から落ちた涙がガラスを濡らして。――彰。彰、会いたい……会いたい。膝の力が抜けて、立っていられなかった。よろりと床に崩れ落ちた私を、周りにいたクラスメイトたちが驚いたように見ている。それに構わず、私は嗚咽を洩らして泣いた。
(三章 盛夏 消えない想い)
「千代ちゃん、おはよう」鶴屋食堂の裏口から顔を覗かせると、かまどの前にいたツルさんがすぐにこちらに気づき、にこにこと声をかけてくれた。……。……。……。
新しい生活の中で、目まぐるしく変わっていく社会の中で、人々が過去を忘れていってしまうとしても、私は決して忘れないでいること。経験したことを、忘れてはいけないものを、大切に胸に抱き、語り継いでいくこと。
それが、私にできることの第一歩ではないかと思う。だから私は、あの百合への手紙を、絶対に守る。戦火に奪われ消えてしまった命と想いがあったことを、語り継いでいく。そして、石丸さん。あなたのことも、私は決して忘れない。いつかきっと、また会える日が来ると信じて。ここではないどこかで、今ではないいつか、あなたではない誰か、私ではない誰かになっているかもしれないけれど、それでもいい。きっと、あなたと、再会できる。そのときは、あなたのことが好きですと、ためらいなく言える世の中であってほしい。好きなものを、好きな人を、堂々と好きでいられる。いつか、そんな時代になりますように。……。……。
もうすぐ夏が終わる。そしてまた、夏が来る。何度も何度も、新しい夏を迎えて、そのたびに私は、彼らを思い出すだろう。あの夏に消えた、私の大切な人たちを。
(【書きおろし番外編】また夏が来る)
あらすじ
トットちゃんがユニークな教育のトモエ学園で、友達とのびのび成長していく自伝的物語。深い愛情で子どもたちの個性を伸ばしていった校長先生が、トットちゃんに言い続けた言葉「きみは、本当は、いい子なんだよ」は、今も黒柳徹子さんの宝物です。
ひと言
今年の最後の一冊は「窓ぎわのトットちゃん」です。単行本、文庫、絵本の国内の累計は800万部 世界じゅうで愛読されている大ベストセラーですが、恥ずかしながら今まで読んだことがなく、12月8日に映画化もされ話題になったこともあり今年最後の一冊にさせてもらいました。
もうすぐ2年にも及ぶウクライナ侵攻(侵略)、イスラム組織ハマスがイスラエルを襲撃、それを受けてイスラエル軍がガザ地区への攻撃を開始してもうすぐ3か月、ガザでの死者は2万人を超えています。国連(安保理)の無力さを嘆くだけで、無知で無力な我々日本(人)。
1933年生まれの黒柳さん、トットちゃんのお父さんが軍歌の演奏を断ったことや、焼夷弾でトモエの電車の校舎が焼けた等の記述はあるものの、戦争を感じさせることは少なく、子どもを信じ、子どもたちと共に生きていく小林(校長)先生のもと、のびのび成長していく子どもたちを描いた本だからこそ、こんなに人々に愛される一冊になったんだと思います。
来年は世界中の紛争がおさまり、世界中の人々が笑顔で暮らせるような一年になりますように!!!
キョロキョロしながら歩いてるトットちゃんが、「わあー!」といって足を止めたもの、それは、まっ黄色のヒヨコだった。小さくて、まんまるのヒヨコは小さい箱の中に、いっぱいいて、みんなピイピイ鳴いていた。「欲しい!」トットちゃんは、パパとママの手をひっぱった。「ねえ、これ買って?」ヒヨコは、トットちゃんのほうをむき、小さいしっぽをふるわせ、くちばしを上にむけて、もっと大きい声で鳴いた。「かわいい……。」トットちゃんはしゃがみこんだ。こんなに小さくてかわいいものって、前に見たことがない、と思った。「ねえ?」トットちゃんは、パパとママを見上げた。ところがびっくりしたことに、パパとママは、トットちゃんの手をひっぱって、歩き出そうとしたのだった。「ね、なにか買ってあげるっていったじゃないの。わたし、これ欲しい!」ママが小さい声でいった。「このヒヨコは、すぐ死ぬから、かわいそうなの。およしなさい。」「どうして?」トットちゃんは泣き声になった。……。……。
トットちゃんは、ひとりで泣きながら庭に穴を掘って、二羽を埋めた。そして、小さいお花をお供えした。ヒヨコのいなくなった箱は、ガランとして大きく見えた。箱の中のほうに、小さい黄色の羽が落ちてるのを見つけたとき、縁日でトットちゃんを見て鳴いてたときの姿を思い出し、トットちゃんは、歯をくいしばって泣いた。一生のお願いが、こんなに早く、なくなってしまった……。これがトットちゃんが人生で最初に味わった「別れ」というものだった。
(一生のお願い!)
そんなとき、パパにだれかから、話があった。それは、軍需工場という、兵器とか、そのほか戦争で使うものを作っているところに行って、軍歌をヴァイオリンで弾くと、帰りに、お砂糖とか、お米とか、ヨウカンなどが、もらえる、という、ふつうなら、耳よりの話だった。とくにそのころ、”優秀音楽家”ということで表彰されたパパは、ヴァイオリニストとして有名だったから、おみやげも、たくさんいただけるだろうと、話を持ってきた、その人は、いった。ママがパパに聞いた。「どうする? 行ってみる?」たしかに演奏会の数は、へっていた。だいいち出征していく人がふえてきて、オーケストラのメンバーもそろっていなかった。NHKの放送の仕事も、ほとんどが戦争のことになっていて、パパたちの音楽の仕事はすくなかった。だから、今では、こういう仕事も、ありがたい、はずだった。でも、パパは、ママの質問に時間をかけて、答えた。「……ぽくのヴァイオリンで、軍歌は、弾きたくない。」ママは、いった。「そうね。やめれば? 食べものだって、なんとか、なるわよ。」パパだって、トットちゃんが、ろくな食べものしかなくて、毎日、キャラメルの販売機に、むなしく、お金を入れてることは、知っていた。だから、ちょっと行って、軍歌を弾いて、おみやげをもらって帰れば、どんなに家の中が、たのしくなるか、そして、トットちゃんにも、食べものを、おなかいっぱい、食べさせてやれるだろうことは、わかっていた。でも、それ以上に、パパには、自分の音楽が大切だった。ママにも、それが、よくわかっていたので、「ちょっと行ってきてくだされば、いいのに……。」なんて、いわなかったのだった。パパは、トットちゃんに、悲しそうに、いった。「ごめんね、トット助!」
(ヴァイオリン)
「窓ぎわ」という題名にしたのは、これを書き始めたころ、「窓ぎわ族」という言葉が、流行しました。なんとなく疎外されている。もはや第一線ではない。そういう響きが、そこにありました。私はチンドン屋さんを待つために、いつも窓ぎわにいました。どことなく疎外感も、初めの学校では感じていました。そんなわけで、こういう題名にしたのです。
(あとがき)
今日のお昼は伊勢海老つけ麺が人気の「真心堂(しんしんどう)」へ。伊勢海老つけ麺 元味のミニかつおめしセット(1075円)をいただきます。お店の前の60分200円のコインパーキングに車を停めたのですが、入口の扉に貼られたお得情報でその旨を伝えると通常1つの味玉が3つも載って出てきました。石鍋でつけ汁もずっと熱々でグッド。食べ終わった後つけ汁にかつおめしを入れてくださいとのお店の人のアドバイス通りいただきましたがこれもとてもおいしいです。調べてみると「えびそば緋彩」のすぐ近くに瑞穂店もあり、こちらの方が勤務先から近いのでこちらにも行ってみようかな。ごちそうさまでした♪。
名古屋市中川区高畑1

















