あらすじ
いつの世までも あなたを思う 母と子、そして家族を描く感動の物語、母の予定に付き合う約束で沖縄に里帰りしたリョウ。実の母は子供の頃に亡くなり、再婚してリョウを連れ沖縄に移り住んだ父ももういない。休暇は三日。家族の思い出の場所をめぐるうち、リョウは不思議な感覚にとらわれる。この三日が、恐らくタイムリミット。三日目が終わったら……終わったら、どうなる?
ひと言
久しぶりの有川 ひろさん。沖縄はもう4回訪れているのですが、斎場御嶽(セイファーウタキ)や残波岬などを懐かしく思い出しながら読みました。やっぱり有川さんの小説は、こういう観光小説が一番好きかな。2026年には再建される予定の首里城がまた見学できるようになったらまた沖縄を訪れてみたいと思いました。
結果として、おかあさんは、まだ一人だ。「最後の恋は、お父さんでいいかなって」父より揺り動かしてくれる人は、いなかったのだろう。「リョウちゃんが、気にして沖縄を出て行ったのは知ってるけど」図星を衝かれて、ぼくは押し黙った。ぼくは、父が亡くなってからまもなく、大学進学で沖縄を出ようと考えるようになった。
早くおかあさんから離れようと思ったのだ。それは、いろんな思い出や経験から導き出された答えだった。まず、父への「どうしてくれるんだ」。あんたのことを大好きなおかあさんを、どうやってぼくが一人で支えるんだ。―― ぼくには、無理だと思った。
そして、残波岬での父の慟哭を思い出した。リョウが覚えてたら、思い出しちゃうじゃないか―― お母さんが死んだってことを、思い出しちゃうじゃないか!おかあさんも、ぼくがいたら、思い出す。父を忘れることができない。まだまだ若いのに、きれいなのに、引く手数多(あまた)なのに、新しい誰かと巡り会って、新しい人生を踏み出すことができるのに。分骨のとき、祖母が呟いたことも少し。あの人も、若いのに供養を背負って、大変だねぇ。もし、新しい誰かと、新しい人生を踏み出すなら、父の供養は荷物だ。そして、同様に、ぼくも荷物だ。血が繋かっていればまだしも、ぼくたちは義理の親子だ。しかも、たった四年。荷物としては、大きすぎる。もし、おかあさんのことを好きになる人がいても、亡夫の墓つき・血の繋かっていない巨大なコブつきという条件には、二の足を踏むだろう。おかあさんは、父の供養は手放さない。だとすれば、せめて巨大なコブだけでも。そう思ったのだ。そして、沖縄を出てからは、ほとんど帰らなかった。年に一度、父の墓参りも、大学のときは部活、就職してからは仕事が忙しいと言い訳して、日帰りで東京にとんぼ返った。
(三日目)
「……沖のリーフの白波を、竜みたいだって言ったでしょう」困った、大きな子供だったけど、ぼくはやっぱり父のことが好きで、だから、ぼくの人格の基盤には、やっぱり父がいるのだろう。「リョウちやんのおかげで、わたしが見られなかった、子供の頃のカツさんが見られたの」焼けつくような後悔が襲った。ぼくはばかだ。ぼくはばかだ。ぼくはばかだ。ぼくにもお母さんを選ぶ権利がある。小賢しく父を言い負かそうとした浅知恵は、あの頃からひとつも変わっていない。小知恵を回して、おかあさんの新しい人生なんて気兼ねしている場合ではなかった。
おかあさんは、出会う前の父を見たかったのだから、ぼくはもっともっと、おかあさんのそばにいればよかったのだ。寂しさを我慢して、無理して沖縄に帰るのを慎んだりしなくてよかったのだ。あなたのために身を退きますなんて、昔の演歌のようなヒロイズムに浸って。大ばかものめ。もう、取り返しがつかない。
たった一度の奇跡を、ここで使ってよかったのかって後悔するかもよ。夢で逢ったぼくの言葉が蘇る。後悔するときが来たら、苦しむさ。言うは易く行うは難し。取り返しのつかない後悔というのは、一体何て苦いのか。苦くて、苦くて、涙が出る。おかあさんの姿が、涙で歪んだ。涙の向こうに、花が咲くような笑顔。「カツさんが大好き。リョウちゃんが大好き。二人とも愛してる」場に満ちた神聖な気配が、強まった。ますます強く、強く、強く、見えず感じない上昇気流を、三日目が、終わる。日付が変わるのを待たずに、ここで。「待ってくれ!」ぼくは思わず叫んだ。いくら沖縄が慈悲深くても、これ以上はきっと許さない。そう言われていたにも拘らず。まだ死ねない。おかあさんに、もっと出会う前の父を見せてやらなくては。今さら命が惜しいわけじゃない、でも、父がおかあさんに会った年まで生きさせてくれ。父が死んだ年になったらあっさり死ぬから。「俺は、おかあさんにまだ何もしてあげてない!」視界がにじんだ。すべてがぼやける。おかあさんの笑顔が遠く。おかあさんは笑ったまま、大丈夫よ。そう言った。
リョウちゃんは、おかあさんの一番の願いを、叶えてくれたじゃないの。
そんなものは、叶えた覚えが ―― 気持ちがじたばたあがいている内に、世界がふっと溶けてなくなった。
(三日目)
