2015年03月07日 3人旅で月ヶ瀬 観梅 柳生の里 そして笠置寺を巡る旅で立ち寄らせていただきました。そのときのブログでは
盆梅を値切ってお値打ちにしてもらい、真福寺の自家製梅干し(300円)をお土産に買いました。お昼は神野山にある「 映山紅(えいざんこう)」で、山添村の特産「大和茶」を使った茶がゆ(760円)をいただきます。窓から広がる景色もよく 薪ストーブで暖められたきれいな店内 一期一会を感じる素敵なお店でした。と書いてありました。

 

 

この茶粥もおいしかったなぁ。おいしいからこのブログに残っているのだけれど……。ごちそうさまでした♪。

 

Cafeレストラン映山紅(えいざんこう)

奈良県山辺郡山添村大字伏拝

 

 

2014年03月01日 3人旅で岐阜県の加子母(かしも)と苗木城を巡る旅で立ち寄らせていただきました。そのときのブログでは
加子母大杉、乳子の池を見て、お昼に道の駅加子母でトマトカレー(800円)をいただきました。トマトの酸味が効いてすごくおいしかったです。今まで知らなかったのですが、加子母はトマトが有名で、ほとんどの定食にトマトジュースが付き、こんなおいしいトマトジュース飲んだことがないというぐらいおいしいです。迷わずお土産にビンのトマトジュース(無塩)とトマトカレーを買いました。と書いてありました。

ほんとうに美味しいトマトで感動したのを覚えています。この旅を機に加子母と云えばトマト、トマトと云えば加子母というイメージが自分の中にできました。ごちそうさまでした♪。
 

道の駅 加子母

岐阜県中津川市加子母

 

 

2014年07月14日 3人旅で佐和山城と竹生島そして大谷吉継のお墓を巡る旅で立ち寄らせていただきました。そのときのブログでは
夕飯は、いつも水を汲みに行っている泉神社湧水に近いイワナと山菜料理の「若いぶき」でイワナの刺身、塩焼き、甘露煮とイワナ飯や山菜の天ぷらをいただきました。イワナのフルコースとすごく柔らかくカリッと揚がった山菜の天ぷらに大満足です。と書いてありました。

 

 

こちらのお店はとてもおいしく、後日家族を連れて再び食べに行ったのを覚えています。イワナのフルコース久しぶりにまたいただきたいです。ごちそうさまでした♪。
 

若いぶき

滋賀県米原市伊吹

 

 

 

2014年07月14日 3人旅で佐和山城と竹生島そして大谷吉継のお墓を巡る旅で立ち寄らせていただきました。そのときのブログでは
お昼は夢京橋キャッスルロードのはずれの四番町スクエアの「あ桜」で1日限定10食の近江牛のサイコロステーキが入ったサービスランチをいただきました♪。とてもお値打ちでおいしかったです。と書いてありました。

近江牛、松阪牛、神戸牛という日本三大和牛の一つの近江牛がいただけて大満足したのを覚えています。ごちそうさまでした♪。

 

あ桜

滋賀県彦根市本町1丁目 ひこね食賓館四番町ダイニング

 

2014年11月29日 3人旅で賤ヶ岳 余呉湖 深坂古道 そして敦賀を巡った際に立ち寄らせていただきました。そのときのブログでは

電話予約を入れた与三郎寿司で鯖棒すし、焼き鯖すし、のどぐろ(アカムツ)、フグの握り、へしこ(鯖に塩を振って糠漬けにした郷土料理)などをいただきます。すべてむちゃくちゃおいしいのですが、のどぐろのおいしさは格別で、東の きんき 西の のどぐろ と言われるだけのことはあります。最後はへしこをお茶漬けにしてもらい、自家製のおいしい白菜のお漬物も出していただき大満足の夕食でした♪とてもおいしい魚をお値打ちにしていただきありがとうございました。ごちそうさまでした。と書いてありました。

このときいただいたのどぐろ(アカムツ)のおいしさは衝撃的でした。なかなかお高くて気軽にいただくことはできませんが、このお店でのどぐろをいただいたことがきっかけでのどぐろが大好きになりました。ほんとうに美味しかったです。ごちそうさまでした♪♪。
 

与三郎寿司

福井県敦賀市松島

 

2014年11月29日 3人旅で賤ヶ岳 余呉湖 深坂古道 そして敦賀を巡った際に立ち寄らせていただきました。そのときのブログでは
今日は雨なので、残念ながら賤ヶ岳のリフトはパスとなりました。余呉湖周辺の史跡を巡り、少し早いお昼を国道8号線 滋賀と福井の県境の「民芸茶屋 孫兵衛」で名物のとろろそば(900円)をいただきます。と書いてありました。

このブログを書くために調べると閉店となっていました。こんな美味しいお店も4年にも及ぶコロナ禍を乗り切れなかったと思うとほんとうに寂しいです。

 

民芸茶屋 孫兵衛

福井県敦賀市新道


2015年03月07日3人旅で月ヶ瀬 観梅 柳生の里 そして笠置寺の旅で立ち寄らせていただきました。そのときのブログでは

名阪国道の上野東ICで降りて まずは「桔梗屋織居」さんで、小豆憧風(あずきとうふ)(一人あたり252円)と釣月(ちょうげつ)(140円)を店内でいただきます。さすが18代 400年以上続く老舗だけあって、上質で上品な小豆のお菓子はとてもおいしかったです。と書いてありました。

この3人旅では、訪れたその土地で評判のお菓子をいただくことが多いですが、この「桔梗屋織居」も伊賀市に創業400年以上の老舗です。松尾芭蕉の生家にある釣月軒に因んで釣月と名付けられた、どら焼きより皮が少しサクッとしたお菓子がおいしかったです。ごちそうさまでした♪。

 

御菓子処 桔梗屋織居

三重県伊賀市上野東町

 

「丸デブ」を出て、そのまま商店街を東に歩き、前から行ってみたかった「ツバメヤ 柳ケ瀬本店」へ。以前は商店街の中にありましたが大通りに面した店舗になっていました。大名古屋ビルヂングのツバメヤのわらびもちは何度かいただいたことがあるのですが、今日は本店でしかいただけない もなかアイス(バニラ)(300円)をいただきます。

 

 

うん おいしい。さすが2店とも 食べログ 和菓子 甘味処 百名店に選ばれるだけのことはあります。帰ってこのブログを書いてる途中で気づいたのですが、名古屋(黄金(こがね)わらび)と柳ケ瀬(ツバメわらび)で売ってるわらび餅の味が違うの!?

 

 

今まで知らなかった!! 丸デブでお腹が膨れていて、わらび餅はいつでも名古屋で買えるからいいか、と買いませんでした 。ツバメわらび 買っときゃよかった……。

 

2016年02月23日 にもツバメヤの記事をアップしてあったので、それも以下に記載します。(このときのお店の住所は 日ノ出町1となっていました)

 

 

職場の人から、岐阜のお土産です と柳ケ瀬商店街の「ツバメヤ」さんの本わらび餅をいただきました♪。以前からずっと一度食べてみたいと思っていた評判のわらびもちです。
たっぷりの黄粉で覆われたぷるぷるの本わらび餅。甘みをつけていない上等な黄粉をたっぷり口に入れ、わらび餅を舌で押しつぶすように食べると口の中にほんのりと上品な甘みが広がり評判通りの一品でした。
ごちそうさまでした。
 

ツバメヤ 柳ヶ瀬本店

岐阜市神田町4

 

今日は約ひと月半ぶりに大垣へ2人で水汲みに行きました。その後長良川の左岸を走り岐阜の「丸デブ 総本店」へお昼を食べに行きました。明らかに出張などで岐阜を訪れたと思われるサラリーマンや観光客、地元の常連さんと思われる人々で、お昼時間を外したのに満員です。メニューは2つだけ 中華そば(600円)とワンタン(600円)をいただきます。

 


こんなに!というぐらい入った麺にこれ以上入れられないというぐらいのスープで、運んでくるテーブルはどこも溢れたスープでベトベトです。肝心のお味の方はうまい!というより、唯々なつかしい味です。ワンタンもこれでもか!というぐらい入っていてお腹いっぱいになります。昭和を通り越して大正にタイムスリップ(大正6年創業です)したようなお店でした。ごちそうさまでした♪。

 

丸デブ 総本店

岐阜市日ノ出町3

 

あらすじ

死んだはずの名投手とのプレーボール 戦争に断ち切られた青春 京都が生んだ、やさしい奇跡
女子全国高校駅伝――都大路にピンチランナーとして挑む、絶望的に方向音痴な女子高校生。
謎の草野球大会――借金のカタに、早朝の御所G(グラウンド)でたまひで杯に参加する羽目になった大学生。
京都で起きる、幻のような出会いが生んだドラマとは ―― 今度のマキメは、じんわり優しく、少し切ない青春の、愛しく、ほろ苦い味わいを綴る感動作2篇
(第170回 直木賞受賞作)


好きな作家である万城目 学さんが直木賞を受賞したというニュースを見て、すぐに図書館に予約を入れました。『鴨川ホルモー』(京都)、『鹿男あをによし』(奈良)、『プリンセス・トヨトミ』(大阪)、『偉大なる、しゅららぼん』(滋賀)と関西を舞台にした作品 どれもバカらしいけど、とてもおもしろく読ませてもらいました。このブログを書くにあたりネットで調べると『八月の御所グラウンド』は『ホルモー六景』以来16年ぶりとなる京都を舞台とした小説とありました。えっ!『ホルモー六景』読んでない。やっぱり万城目さんは京都を舞台にした小説が似合うと思います。借りて読まなくっちゃ。それと建勲神社から観る五山の送り火、一度見てみたいです。万城目さん直木賞受賞おめでとうございます。

地元のシャッターだらけの駅前商店街とは違う、前後にどこまでも店が続く眺めに、「すごいね!」と私が素直に感嘆の声を上げると、隣を歩く咲桜莉が、「そらそうよ、新京極よ。京極が新しくなっちゃってるんだから、もう無敵よ」とよくわからぬ理屈とともに、ズドンとアーケードが続く様を両手を広げて紹介した。私たちは上機嫌だった。
(十二月の都大路上下ル)

京都に来てわかったことがある。夏の殺人的な蒸し暑さと、冬の無慈悲な底冷えの寒さを交互に経験することで、京都の若者は、刀鍛冶が鉄を真っ赤になるまで熱し、それを冷水に浸すが如く、好むと好まざるとにかかわらず、奇妙な切れ味を持った人間刀身へと鍛錬されていく。
(十二月の都大路上下ル)

「朽木君は沢村栄治のことを知っていましたか?」野球界の偉人としての名前くらいだと正直に答えた。「沢村栄治は一九一七年に生まれました。小学生のときに野球を始め、甲子園での活躍で注目されたことで、日本最初のプロ野球チームである、大日本東京野球倶楽部の創設メンバー十九名のひとりに、わずか十七歳で抜擢されます。その後、東京巨人軍と名前を変えたチームで、沢村栄治はエースとして活躍しました。十九歳のとき、日本プロ野球史上初のノーヒット ・ノーランを記録します。二十歳のとき、日本プロ野球最初のMVPに選ばれました。しかし、二十一歳になる直前に一度目の軍の召集を受けます。それから二年余りの軍隊生活を経て、二十三歳でプロ野球に復帰。そのシーズンでは自身三度目のノーヒット・ノーランを達成しました。二十四歳で二度目の召集。二士五歳で帰国して半年後の試合が、彼にとって最後の登板になりました。二度目の召集により 、フィリピンへ向かう輸送船に乗りましたが 、一九四四年十二月二日、魚雷を受けて船は沈没。二十七歳でした」……。……。「沢村栄治がエースだった東京巨人軍って、読売シャイアンツ ―― 、要は今の巨人のことですよね?」「はい。彼の活躍を称え、沢村栄治の背番号14番は巨人の永久欠番です。日本プロ野球で最初の永久欠番になりました」……。……。「沢村栄治の出身地は三重県の宇治山田です。小学生のときに投手としての素質を見こまれ、小学校卒業後、京都の学校に進みました。そこに在学中、甲子園には三度、出場しています。最後の召集を受けたとき、彼は京都の伏見連隊に入営しました。どうでしょう。京都にゆかりがある人物と言えないでしょうか?」
(八月の御所グラウンド)

午後七時、俺は下宿を出発し、北大路通を一路西へ、大徳寺が見えたところで左折、しばらく進んだところに見える鳥居の前で自転車を降りた。先に到着していた水色のアロハシャツに短パン姿の多聞が「おう」と手を挙げる。大きな鳥居の横の石には「建勲神社」と刻まれていた。よっこらせ、と鳥居を潜った先から始まる石段を上り続けると、急に視界が開けた。低い建物が肩を寄せ合う街並みを「おお」と眺めていたら、「ほれ」と多聞が指差した。町を取り囲むように山の稜線がだらだらと連なり、山並みが一カ所盛り上がったところに、お目当ての大文字山がこんもりとそびえていた。薄曇りの空を背に「大」の字もくっきりとうかがえる。「よく、こんな場所を知ってたな」いかにも穴場の風情漂う場所であることに驚いていると、「店のお客さんに教えてもらった」と多聞が納得の理由を教えてくれた。
(八月の御所グラウンド)