あらすじ
広島の被爆少年少女の体験手記を集めた『原爆の子』(1951年初版、岩波文庫)は、投爆直後の貴重な証言集として、発売当時から国内外に衝撃を与え、現在も読み継がれる。1972年、執筆者らのグループ「きょう竹会」が発足し、以来50年にわたり、年に一度広島で集まり、被爆者の人生の苦悩を分かち合い、励まし合ってきた。本書では、同会の会長である著者が自らの被爆者人生を振り返りながら、仲間とともに「原爆の子」らがこの80年をどのように生き抜いたのか、伝える。


ひと言
図書館で青少年読書感想文全国コンクール の高等学校の部の課題図書という本の帯が目にとまり読んでみようと思いました。昨日8月6日は81回目の広島平和記念日でした。この本の中に出てくる沼田 鈴子さんに三十数年前 広島の平和記念公園で大変お世話になり、「何か困ったことがあったら連絡くださいね」と名刺までいただいたことがあります。第一章の人生が一変した八月六日は今まで読んだ体験談の中でもすごく心に残る生々しい記述でした。沼田鈴子さんの言葉「平和の原点は、相手の痛みのわかる心を持つ人間であること」を改めてかみしめています(合掌)。



前出の篠田さんは、長く人前で体験を語ることにためらっていましたが、七十代後半になり証言活動を始め、八十五歳で広島市の「被爆体験証言者」になりました。篠田さんの背中を押したのは、被爆語り部の沼田鈴子さんでした。沼田さんは被爆当時二十二歳でした。爆心地から 約一・三キロメートルの勤務先、広島逓信局(現・中区)にいました。建物の下敷きになり、左足を切断。婚約者も戦死し、戦後は生きる希望を見出せずにいましたが、新芽を出した被爆アオギリに勇気づけられ、生きることを決心したと語っています。沼田さんは、広島平和記念公園の被爆アオギリの下で修学旅行生たちに被爆体験を語り続けていました。篠田さんは沼田さんとのやりとりを次のように語っています。
知り合ったのは被爆から5年後、入学し直した安田女子高(中区)の2年生の時。家庭科教諭だった沼田さんの授業を受けた。お互いの趣味の編み物を通して親しくなり、たくさんの猫と暮らしていた沼田さんの自宅に招かれたこともあった。(中略)恩師をそばで支えていたある日、「篠田さんの被爆体験を聞かせてほしい」と市民団体から依頼を受けた。長く封印してきた記憶だ。迷っていると、沼田さんに言われた。「あなたが見たままを語りなさい。私のような経験をする人間を二度とつくってはいけない」。自分が知る被爆の実情を語ることが、二度と被爆者をつくらないことにつながるのだと、恩師の言葉を受け止めた。
(中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター 2024年11月25日付より抜粋)
(第四章 未来への「遺言」)

私たちは比治山にのぼって、山の防空ごうに入りました。その途中父は、方々の家の屋根や、植木などに燃えている火を、水そうの水をかけて消してゆきました。しかしそんなことでは、とうていかなうことではありません。またその途中で、いく人か死んでいるのを見かけました。そのたびごとに私は胸がつまって、とても見ていられませんでした。しかしだんだんと山をのぼっていくうちに、たくさんの死人がごろごろしていたので、どうしても見ないわけにはゆきませんでした。その中には、私の知っている人もだいぶいました。そのたびに私は、なみだが出てしかたがありませんでした。やっと山の防空ごうにたどりついたのですが、やはり父はおちつかないらしく、下の方へおりで行きました。まもなくバケツに水を入れそれにひしやくをつけてあがってきました。山にのぼる途中でもう息もたえだえになって。「水をくれ、水をくれ。」と叫んでいる人々に、役人が「水をやってはいけない」と言うのもかまわずに一口ずつ入れてやりながら、あがって来たのだそうです。「どうせ水をやっても、やらなくても死ぬ人なら、ほしがる水くらいのものはやってもいい」というのが父の考えでした。私もまた父の考えがもっともだと思いました。
山の途中のほら穴は、今から考えると、とても入ることのできるような穴ではありませんでした。けが人でいっぱいで、もう死んでいる人もたくさんいました。穴の中は真暗で、やけどや、きずの生々しいにおいで、息もつまりそうでした。頭の上ではぶんぶんとたくさんのアメリカの飛行機がとんでいます。そして今にもばくだんをおとしそうな気がして、一時もぐずぐずしてはいられません。しかしあとで分ったことですが、それらの飛行機はあの原爆を落した後の有様はどんなかと、ていさつに来たのだということです。その時のあのむごたらしい様子を空から見て、アメリカ人はどう思ったでしょう。いかにわれわれの敵であったとはいえ、なみだをのまずにはいられなかったと思います。
([付録1]「原爆の子」に収録された手記)

 

 

 

 

伏見できしめんを食べた後、栄のHAERA(ハエラ)に立ち寄りました。地下1階の「赤坂おぎ乃 和甘」は以前は大行列で整理券が必要でしたが、今日は並べば買えるというので10人ほどの列に並び、あずきマスカルポーネ(560円)あずき塩バター(560円)あずき生クリーム(560円)をいただきます。少し値が張りますが、焼きたてのふわふわの生どらやきはどれも甘さ控えめでとても美味しいです♪。やっぱり人気のマスカルポーネが一番好きかな。ごちそうさまでした♪

 

赤坂おぎ乃 和甘

名古屋市中区錦3 HAERA B1F

 

今日は伏見の「名代きしめんげんき庵」へお昼を食べに行きました。本日のランチ(きしめん(温)、ミニミックス天丼)(850円)をいただきます。めちゃくちゃ美味しいとは言いにくいですが、これで850円はとてもお値打ちでお腹いっぱいになりました。ごちそうさまでした。

 

名代きしめんげんき庵

名古屋市中区栄1

 

 

あらすじ
神々と古代人の躍動感が、生きた言葉でよみがえる!「古事記」全巻を完全現代語訳した、現代日本人必読の一冊。「信じられないほど読みやすい」「はじめてでも完読できた」「今までで最高の現代語訳」「何度も挫折していたけれど、本書は最後まで読めました!」との賞賛の声が続々!著者は、明治天皇の玄孫にあたる竹田恒泰。著者からの「より読みやすくして届けたい」の声から始まったプロジェクト。


ひと言
東野 圭吾さんの訃報にふれて、途中「容疑者Xの献身」を読むのが優先されましたが、どうにかこうにか読み終えることができました。以前にまんがで古事記を解説する本を読んだことがあって、伊邪那岐神と伊邪那美神、天照大御神と須佐之男命、倭建命のあたりはなんとなく覚えていたので少しは読みやすかったです。それにしても「そこまで言って委員会」の竹田 恒泰さんしか知らなかったので、この学者ぶりにびっくりでした。

さて、伊耶那岐神は最後に顔をおすすぎになりました。左の御目をお洗いになった時に成ったのが、天にましまして照りたもう神である、天照大御神(あまてらすおおみかみ)。右の御目をお洗いになった時に成ったのが、月の神である、月読命(つくよみのみこと)。御鼻 をお洗いになった時に成ったのが、嵐の神で、勇猛迅速に荒れすさぶる神である、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)です。          
(二 伊邪那岐神と伊邪那美神)

すると、須佐之男命は「自分の心が明るく清いから、たおやかな女の子が生まれたのです。だから私の勝ちだ」と仰って、勝ち誇ったように、天照大御神の田の畔を壊し、溝を埋め、しかも大嘗(おおにえ)(新嘗祭。神に新穀を供える神事)を行う神聖なる御殿に糞をまき散らして、高天原で大暴れしました。須佐之男命のひどい行いにもかかわらず、天照大御神はこれをお咎めにならず、次のように仰せになって弟をおかばいになりました。「糞をまいたというのは、酔って吐いたものでしょう。また田の畔を壊し、溝を埋めたのは、土地が惜しいと思ったからでしょう」しかし、弟の悪態はひどくなる一方でした。天照大御神が機織小屋で神の衣を織らせていると、須佐之男命はその小屋の屋根に穴をあけ、尻の方から皮を剥いだ馬を落とし入れました。その時、機織女はびっくりして、捘(ひ)(機の横糸を通す道具)で、陰上(ほと)(女性器)を突き剌して死にました。これには天照大御神も黙ってはいらっしゃいませんでした。天の石屋戸(いわやと)(高天原にある洞窟の入口を塞いでいる岩)をお開けになって、洞窟の中にお引き龍もりになったのです。すると、高天原は暗闇に包まれました。葦原中国(あしはらのなかつくに)もことごとく暗くなりました。昼が来ない夜だけの世界になり、万(よろず)の神の声が夏蝿(なつばえ)のように満ちあふれ、万の災いがことごとく起こるようになったのです。
(三 天照大御神と須佐之男命)

解説 欠史八代
『古事記』には、綏靖(すいぜい)天皇から開化天皇までの八代の天皇について、崩御の年齢、宮廷の場所、御陵の場所、妻と子どもの名前などを記しているだけで、具体的な御事績などは明らかにされていません。そのため、この八代の天皇は「欠史八代」と呼ばれることがあります。欠史八代は皇室の歴史を長く見せるために後世に創作されたという考え方があります。中でも孝安天皇と孝霊天皇は百歳以上まで生きたと書かれていることもあり、実在しなかったというのです。
(第二代 綏靖天皇)

倭建命の薨去
倭建命(やまとたけるのみこと)が尾津前(三重県桑名市多度町付近)の一本松の所へお着きになると、かつてそこで食事をなさった時にお忘れになった御刀(みはかし)が、なくならずにまだありました。……。……。その地よりお進みになり、三重の村(三重県四日市市采女(うねめ)町)に至った時、倭建命は次のように仰せになりました。「私の足は三重の勾餅(まがりもち)のように、腫れてねじ曲がってしまい、とても疲れた」そこで、その地を三重というのです。そこからさらにお進みになり、能煩野(のぼの)(三重県鈴鹿市と亀山市にまたがる地帯)に至ると、国を偲んで次のお歌をお詠みになりました。
倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠(やまごも)れる 倭しうるはし
大和は国の中でも最も優れた国である。畳み重ねたようにくっついた、国の周囲を廻る、青々とした垣根のような山々の内に籠っている。大和は美しい。
(第十二代 景行天皇)

解説 なぜ『古事記』は推古朝で終わっているのか
『古事記』の編纂を命ぜられたのは第四十代天武天皇で、当時は推古天皇の次の舒明天皇以降が「現代」と考えられていました。そもそも『古事記』という書名が「古い事を記した書物」というような意味があり、舒明天皇以降の現代については記述する意図が最初から無かったものと思われます。『古事記』が完成したのは第四十三代元明天皇の御世でした。元明天皇は推古天皇の兄弟の玄孫(やしゃご)に当たり、推古天皇の崩御から元明天皇の御即位まで七十九年の開きがあります。『古事記』が完成した元明天皇の時代では、推古天皇の時代はすでに古い時代に当たると考えて良いでしょう。だから全体として『古事記』という名称であっても矛盾はありません。また、武烈天皇からは、簡潔な記事しか見えなくなることはすでに指摘したとおりですが、これは『古事記』が神話を中心にまとめられたものだからです。しかも『古事記』の記事は全体を通じて簡潔さが重視されているようです。つまり『古事記』には、①古い事を、②神話を中心に、③簡潔にまとめる、という編纂方針があり、そのために、武烈天皇以降の記述が簡素なものとなり、全三巻という少ない紙面のなかで、第三十三代推古天皇までを記し、完結しているのです。
(第三十三代 推古天皇)

 

 

あらすじ 
天才数学者でありながら不遇な日々を送っていた高校教師の石神は、一人娘と暮らす隣人の靖子に秘かな想いを寄せていた。彼女たちが前夫を殺害したことを知った彼は、2人を救うため完全犯罪を企てる。だが皮肉にも、石神のかつての親友である物理学者の湯川学が、その謎に挑むことになる。ガリレオシリーズ初の長篇、直木賞受賞作。福山雅治主演で2008年に映画化され、堤真一、松雪泰子の熱演も話題になった。累計320万部突破!東野圭吾40周年企画「104冊1億部 全国民投票」で圧倒的第1位!


ひと言
ニュースで7月23日に東野圭吾さんがお亡くなりになっていたという報にふれたとき、「えっ、嘘だろ!!」と信じられませんでした。そして20年ぶりにもう一度読み直そうと、すぐに街の図書館にこの本の予約を入れ、その夜にプライム・ビデオでこの映画を観直しました。あのときのラストの驚きと感動は今でも色あせることはありませんが、結末がわかっている今読み返してもやっぱり感動の一冊でした。私が、そして多くの人々にとって東野 圭吾作品を読むきっかけになった一冊であり、100冊を超える東野 圭吾作品の中の最高傑作、No1作品だと思います。

 


俺より3つ歳上だけなのに…早すぎるよ圭吾さん!たくさんの感動作をほんとうにありがとう。20年ぶりにまたこの本と出会えてほんとうにほんとうによかった。ありがとう。ご冥福を心よりお祈りいたします(合掌)。

「でもこいつには興味があるわけか」石神は自分のノートを手にした。「証明済みだからな。証明されたことは知っておいて損はない」彼は石神の目を見て続けた。「四色問題は証明された。すべての地図は四色で塗り分けられる」「すべてじゃない」「そうだった。平面または球面上、という条件つきだったな」それは数学界において最も有名な問題のひとつだった。『平面または球面上のどんな地図も四色で塗り分けられるかどうか』というもので、一八七九年にA・ケーリーによって提出された。塗り分けられることを証明するか、それが不可能な地図を考案すればいいわけだが、解決されるまでに百年近くを要した。証明したのはイリノイ大学のケネス・アッペルとウォルフガング・ハーケンで、ふたりはコンュータを用い、あらゆる地図が約百五十の基本的な地図のバリエーションでしかないことを確かめ、それらすべてについて四色で塗り分けられることを証明したのだ。一九七六年のことだった。「俺はあれが完全な証明だとは思っていない」石神はいった。「そうなんだろうな。だからこそ、そうやって紙と鉛筆で解こうとしているわけだ」「あのやり方は人間が手作業で調べるには膨大すぎる。だからこそコンピュータを使ったんだろうが、おかげてその 証明が正しいのかどうかを完璧に判断する手段がない。確認にもコンピュータを使わなければなんてのは、本当の数学じゃない」「やっぱりエルデシュ信者だ」長髪の男はにっこり笑った。(6)

湯川は軽く首を振りながら、草薙と向き合って座った。「最後に石神と会った時、彼から数学の問題を出された。P≠NP問題というものだ。自分で考えて答えを出すのと、他人から聞いた答えが正しいかどうかを確かめるのとでは、どちらが簡単か――有名な難問だ」草薙は顔をしかめた。「それ、数学か。哲学的に聞こえるけどな」「いいか。石神は一つの答えを君たちに提示した。それが今回の出頭であり、供述内容だ。どこから見ても正しいとしか思えない答えを、頭脳をフル回転させて考案したんだ。それをそのままはいそうですかと受け入れることは、君たちの敗北を意味する。本来ならば、今度は君たちが、全力をあげて、彼の出した答えが正しいかどうかを確かめなければならない。君たちは挑まれているし、試されているんだ」「だからいろいろと裏づけを取っているじゃないか」「君たちのしていることは、彼の証明方法をなぞっているだけだ。君たちがすべきことは、ほかに答えがないかどうかを探ることなんだ。彼の提示した答え以外には考えられない――そこまで証明して初めて、その答えが唯一の解答だと断言できる」強い口調から、湯川の苛立ちを草薙は感じた。常に沈着冷静なこの物理学者が、そんな表情を見せることはめったにない。(17)

石神は相手の男を殺害した。顔を潰したのは、もちろん富樫慎二でないことを隠すためだ。しかしじつは指紋を焼く必要はなかった。レンタルルームには殺された男の指紋が残っているはずだから、そのままでも警察が死体の身元を富樫慎二と誤認しただろうからね。だけど顔を潰す以上、指紋も消しておかないと犯人の行動として一貫性がない。そこでやむをえず指紋を焼いたんだ。ところがそうなると、警察が身元の確認に手間取るおそれがある。だから自転車のほうに指紋を残したんだ。衣類を串途半端に燃え残したのも同様の理由からだ」「しかしそれなら自転車が新品である必要はないんじゃないか」「新品同様の自転車を盗んだのは、万一のことを考えたからだ」「万一のこと?」「石神にとって重要なことは、警察が犯行時刻を正確に割り出してくれることだった。結果的に解剖によって比較的正確に推定できたようだが、死体の発見が遅れるなどして、犯行時刻に幅をもたせられることを最も恐れたんだ。極端な場合、前日の夜、つまり九日の夜まで広げられたら、彼等にとって極めてまずいことになる。その夜は実際に花岡母娘が富樫を殺した日だから、彼女たちにアリバイはない。それを防ぐため、少なくとも自転車が盗まれたのは十日以後だという証拠がほしかった。そこであの自転車だ。丸一日以上放置されているおそれの少ない自転車、盗まれた場合に持ち主が盗難日を把握していそうな自転車、となると新品同様の自転車ということになる」「あの自転車にはいろいろな意味があったということか」草薙は自分の額を拳で叩いた。「発見された時、両輪がパンクさせられていたという話だったね。それも石神らしい配
慮だ。おそらく、誰かに乗り逃げされるのを防ぐためだろう。彼は花岡母娘のアリバイを生かすために細心の注意を払ったんだよ」「だけど彼女たちのアリバイはそれほど確実なものではなかったぞ。映画館にいたという決定的な証拠は、今も見つかっていない」「だけど、いなかった、という証拠も君たちは見つけられずにいるだろ?」湯川は草薙を指差した。「崩せそうで崩れないアリバイ。これこそが石神が仕掛けた罠だった。もし鉄壁のアリバイを用意していたなら、警察は何らかのトリックが使われた可能性を疑う。その過程で、もしかしたら被害者が富樫慎二ではないのではないか、という発想が出てくるかもしれない。石神はそれを恐れた。殺されたのは富樫慎二、怪しいのは花岡靖子、そういう構図を作り上げ、警察がその固定観念から離れられないようにしたんだ」草薙は唸った。湯川のいうとおりだった。死体の身元が富樫慎二らしいと判明した後、すぐに花岡靖子に疑いの目を向けた。彼女の主張するアリバイに、中途半端な点があったからだ。警察は彼女を疑い続けた。だが彼女を疑うということは、即ち、死体が富樫であることを疑わない、ということになる。恐ろしい男だ、と草薙は呟いた。同感だよ、と湯川もいった。「僕がこの恐るべきトリックに気づいたのには、君の話がヒントになっている」「俺の?」「石神が数学の試験問題を作る時のセオリーというのがあっただろ。思い込みによる盲点をつく、という話だ。幾何の問題に見せかけて、じつは関数の問題、というやつだ」「あれがどうかしたのか」「同じパターンなんだよ。アリバイトリックに見せかけて、じつは死体の身元を隠すという部分にトリックが仕掛けられていた」あっと草薙は声を漏らした。「あの後、君に石神の勤怠表を見せてもらったことを覚えているかい。あれによると、彼は三月十日の午前中、学校を休んでいた。事件とは関係がないと思って、君は重視していなかったようだが、あれを見て僕は気づいたんだ。石神が隠したい最も大きな出来事は、その前夜に起きたのだとね」                     
隠したい最も大きな出来事――それが花岡靖子による富樫慎二殺しというわけだ。(18)


それらの指示の最後に、次の文章が付け足してあった。『工藤邦明氏は誠実で信用できる人物だと思われます。彼と結ばれることは、貴女と美里さんが幸せになる確率を高めるでしょう。私のことはすべて忘れてください。決して罪悪感などを持ってはいけません。貴女が幸せにならなければ、私の行為はすべて無駄になるのですから。』読み返してみて、また涙が出た。これほど深い愛情に、これまで出会ったことがなかった。いやそもそも、この世に存在することさえ知らなかった。石神のあの無表情の下には、常人には底知れぬほどの愛情が潜んでいたのだ。(18)   


彼女たちとどうにかなろうという欲望は全くなかった。自分が手を出してはいけないものだと思ってきた。それと同時に彼は気づいた。数学も同じなのだ。崇高なるものには、関われるだけでも幸せなのだ。名声を得ようとすることは、尊厳を傷つけることになる。あの母娘を助けるのは、石神としては当然のことだった。彼女たちがいなければ、今の自分もないのだ。身代わりになるわけではない。これは恩返しだと考えていた。彼女たちは身に何の覚えもないだろう。それでいい。人は時に、健気に生きているだけで、誰かを救っていることがある。
富樫の死体を目にした時、石神の頭の中ではすでに一つのプログラムが出来上がっていた。死体を完璧に処分するのは困難だ。どれだけ巧妙にやっても、身元の判明する確率をゼロにはできない。また仮に運良く隠せたとしても、花岡母娘の心が安らぐことはない。いつか見つかるのではないかと怯えながら暮らすことになる。彼女たちにそんな苦しみを味わわせることは耐えられなかった。靖子たちに安らぎを与えるには方法は一つしかない。事件を、彼女だちと完全に切り離してしまえばいいのだ。一見繋かっていそうだが、決して交わらない直線上に移せばいい。(18)
 

 

今日は六番町の「玉家」へお昼を食べに行きました。いつもは敬老パスを利用して電車、バスで伺うのですが、ここ最近の暑さと公共交通機関では少し行きにくい場所にあるので車で伺います。カツ入りカレーきしめん(1250円)をいただきます。ねぎとかしわ、そしてとんかつとカレールウの組み合わせはもちろん美味しいのですが、レタスがまたとてもよくカレーに合い美味しいです。また食べたくなる美味しさでした。ごちそうさまでした♪♪

 

玉家

名古屋市熱田区一番2

 

連日40℃に迫る酷暑が続き、外食も億劫になりますが、今日は他の用事もあったので、大須で創業百年を超える老舗の「御幸亭 (みゆきてい)」へお昼を食べに行きました。Cランチ(味噌カツ)をいただくつもりでしたが、日曜はやっていないということなので海老フライ、ロースハム、味噌カツが盛られた本日のランチ(1450円)をいただきます。少し甘めの味噌だれがとても美味しいです。お店の中はビートルズと猫のパネル等でいっぱい。待合の壁には1966年の武道館コンサートの会場でしか販売されていないと思われる貴重なタオルが飾ってありました。貴重なお宝も観られて大満足です。ごちそうさまでした♪

 

御幸亭 (みゆきてい)

名古屋市中区大須3

 

美味しいおばんざいランチをいただいた後、本山まで歩き、娘から教えてもらった塩パンが美味しいと評判の「ピーグリーンベーカリー 名古屋本山店」へ。塩パン(150円)、塩あんバター(220円)テリヤキクロックムッシュ(550円)夏野菜のカレーパニーニ(450円)をいただきます。塩パンをリベイクしていただきましたが、後味がとてもよく評判通りの美味しさです♪。他のパンももちろん美味しいのですが、やっぱり塩パンの美味しさは特筆ものです。また伺わせてもらいます。ごちそうさまでした♪♪

 

ピーグリーンベーカリー 名古屋本山店

名古屋市千種区猫洞通4

 

今日はほんとうに久しぶり、2年ぶりに、私のグルメの師匠と末盛通2丁目にある「おばんざいとスイーツ やまざき」にお昼を食べに行きました。師匠が予約しておいてくれた10食限定の京おばんざいランチ(1680円)をいただきます。豚肉と夏野菜の甘酢餡かけ、とうもろこしの冷製茶碗蒸しなど季節を感じるおばんざい5品に十五穀ごはん、なめこの味噌汁が付き、どれもとても美味しいです♪♪

 

 

お店の名前がおばんざいとスイーツと謳っているだけあり、これも師匠おすすめの天ぷらどら焼き(350円)ともちっとどら焼き(300円)を半分に切ってもらってシェアしてアイスコーヒーと一緒にいただきます。

 

 

うんこれもとても美味しいです♪♪特に天ぷらどら焼きは、すぐ明日にも食べたくなるような美味しさです。2年ぶりの再会で積もる話と美味しい食事に大満足です。また近いうちのランチを約束をして名残惜しいですがお別れです。久しぶりに誘ってもらいありがとうございました。ごちそうさまでした♪

 

おばんざいとスイーツ やまざき

名古屋市千種区末盛通3

 

あらすじ
これ1冊で『源氏物語』全部を読んだ気になれる!著者曰く、『源氏物語』の世界をより知るにつれ、のめり込んで面白くなり、たくさんの方々に是が非でも伝えたくなってしまったい、衣装など時代設定もおろそかにはできなくなり、気がついたら構想から6年、制作の実作業に3年もかかってしまいました。それだけにこの書は必読です。一帖8コマ、全54帖。解説もまじえ、オールカラーかき下ろし。


ひと言
今まで源氏物語は何度か挑戦(もちろん現代語訳)して挫折。こういう一帖8コマ漫画は初めてでした。どうにか最後まで読み終えることができましたが、これで全54帖を読んだという気にはなりませんでした。ただ今までは辿り着くこともできなかった「橋姫」から始まる宇治十帖は、これが宇治十帖と呼ばれるものなのか…と少しは触れることができてとてもよかったです。