
あらすじ
大学病院で数々の難手術を成功させ、将来を嘱望されながらも、母を亡くし一人になった甥のために地域病院で働く内科医の雄町哲郎。ある日、哲郎の力量に惚れ込む大学准教授の花垣から、難しい症例が持ち込まれた。患者は82歳の老人。それは、かつて哲郎が激怒させた大学病院の絶対権力者・飛良泉寅彦教授の父親だった。
ひと言
2024年の本屋大賞第4位、第12回京都本大賞(もっと地元の人々に読んでほしいと思う小説を決める賞)受賞の「スピノザの診察室」の続編がこの「エピクロスの処方箋」です。先日、京都の枝垂れ桜を観に行った折、「スピノザの診察室」に出てくる「ゑびす屋加兵衛」の矢来餅をいただいたばかりでした。今回も作品の中に、死ぬまでに絶対食べておくべき長五郎餅、阿闍梨餅、矢来餅が登場します。「マチ(雄町 哲郎)の弱点なら、そこらにいる研修医でも知ってます。北野の長五郎餅です」という表現には笑みがこぼれます。長五郎餅かぁ。長い間食べてないなぁ。今度京都に行ったら是非立ち寄ろうと思いました。そして今回は大黒屋の御鎌餅が紹介されていて、その文章といい、これも必ず立ち寄りたいと思わせてくれるお店です。「スピノザの診察室」は映画化も決定とのことで、映画もすごく楽しみです。心が洗われるような素敵な本書に出会えてほんとうによかったです。ありがとう。


花垣は、持ち上げた蜜柑の一房を鑑定するように眺めながら、「困っている患者のために力を尽くす。そんな理想は、今の世の中じゃ空論なのかもしれん。医師免許を手にした以上は、ほどよく稼ぎながら、気楽に自分の人生を謳歌したいと、当たり前のように口にする若手もいる。これも時代の変化ってやつか?」「どうでしょうか。私は知性の問題じゃないかと思っているんですよ」「知性?」花垣が蜜柑から哲郎に視線を移した。
「人が、自分の権利ばかり口にするのは、自分ひとりで生きていけると思っているからです。でも人生はそんなに甘いものじゃない。生きていくことの哀しみを知っている人間は、理由などなくても、誰かの力になりたいと思うものですよ」つかの間哲郎の横顔を見ていた花垣は、やがてかすかに肩を揺らして笑った。「やっぱりお前は面白い男だよ」
(第一話 錦秋)
中将の静かな気迫に、南はほとんど憧れに近い目を向けている。「覚えておきなよ、茉莉ちゃん。人はね、一人で何もかもできるわけじゃないの。私か医師として全力で働けるのは、旦那が全面的に支えてくれてるから――。もし 旦那も 働きたいって言ってたら、私はこんな風には働けない。男も女も両方社会で活躍することこそ男女平等だって、よく言うけどさ。そんなの平等でもなんでもない。女まで男みたいな考え方をするようになっただけだと私は思ってる」「男みたいな考え方?」唐突な展開に南は困惑顔になる。中将はティーカップを片手にうなずく。「人にはね、いろんな役割があるの。私みたいに社会に出て必死で働くっていう役割もあれば、その人の帰ってくる場所をつくったり、子どもを見守ったりする役割もある。本当は両方とも同じくらい大事なのに、一方が 『活躍すること』で、もう一方が『活躍できないこと』っていう考え方そのものが、古い 男社会の価値観だって話よ。女が男のように振る舞えば、男女平等になるわけじゃない。大事なことは、それぞれの役割に敬意を払うってこと」
(第一話 錦秋)
「答えになるかはわかりませんが……」ぽつりと秋鹿が告げた。「僕は思うんですよ。確かに世の中には、治せない病気が山のようにある。けれども癒やせない哀しみはない」不思議な言葉に、哲郎はそっと傍らに目を向けた。「信念と言うほどのものではありませんが、これが僕なりの考え方でしてね。虚無も悲哀もそこら中に転がっていますが、歩く道のりさえ間違えなければ、人は暗い絶望の淵からでもきっと戻って来れると思っているんです」もちろん、と一瞬眉を寄せつつ、「戻って来れなかった人も僕はたくさん知っていますが、それでも帰り道はあったのだと信じています。もし世の中に名医というものが存在するのなら、その真っ暗な道の歩き方を知っている医師のことだと僕は思うんですよ」
(第一話 錦秋)
「普通、医療には選択肢というものがある。薬を飲むか飲まないか、手術を受けるか受けないか。患者やその家族には、進むか引くかの選択肢が与えられる。だけど胃瘻の場合は少し意味合いが違う。胃瘻を造るか造らないかの選択肢じゃない。胃瘻を造るか、このまま死ぬか。その二者択一だ。つまり家族にとって、胃瘻を造らないという選択は、看取る覚悟はあるかと問われることと同じなんだ。そのことを忘れてはいけない」哲郎は手を伸ばして、香山の白く濁った目を閉じるように添える。亡くなった人のまぶたは軽く押さえたくらいで閉じるものではないのだが、それでもやっと手に入れた眠りが妨げられないように、手を添えてやる。「香山さんは胃瘻を造らなければ七十九歳で亡くなっていた。きっと家族は、もう少しだけ生きていて欲しいと思ったんだろう。結果的にはひとりぼっちになってしまったが、ここまで来た人生を、可哀想だと他人が決めてしまうのは危険なことだ。我々にできるのは、お疲れ様と声をかけることくらいなんだよ」
(第二話 冬至考)
「先生に看取っていただいて、母も安心していると思います。どうぞお気をつけて」畳に手を突いた幸一郎は、「しばしお待ちを」と断って立ち上がった。奥座敷に消えたかと思うと小さな風呂敷包みを持って戻ってきた。「母から先生へのお礼の品です。お持ちください」遠慮しようとする哲郎の手に、幸一郎はしっかりと風呂敷包みを押しつけた。「格別高価なものではありません。大黒屋の御鎌餅です。ご存じですか?」哲郎は小さく首を振る。餅菓子であればずいぶん食べ歩いたが、これは初耳だ。「母がこの古い町で一番美味しいお菓子だと言っていました。お茶菓子には並々ならぬ造詣のある母が言うのですから、間違いはないでしょう。甘い物好きの先生に、ぜひ差し上げたいと言って、二日前に買ってくるようにと」「二日前……?」「賞味期限が三日しかないお菓子です。早めに買うては、悪くなって差し上げられない。いつ買うべきかとずいぶん頭を悩ましていたようですが、二日前、『そろそろ買うて来なさい』と」とんと胸を突かれるような心地がして、哲郎は息を詰めていた。視線を廻らせて、今は呼吸をやめた今川へと視線を移す。今さら感動して涙を流すような年齢ではない。けれども、胸の奥がかすかに震えるような感覚がある。
「死」とは誰にとっても恐ろしいものである。直視することに耐えられる人はけして多くない。普通に生きていてさえ、多くの人が自分のことで手一杯な苦しい世の中である。死が眼前に立ち塞がれば、自暴自棄になるのもなかば必然であるかもしれない。しかし今川の在り方は、大切なことを哲郎に教えてくれる。人は死と向き合った上で、それでも絶望とは距離をとり、なお他者に心を致し、思いを馳せることができるということである。
(第四話 初弘法)
「そんなことより」と飛良泉は、いくらか口調を和らげて続けた。「僕のほうこそ、ひとつ 教えてもらいたいことがあるんや」「なんでも聞いてください、教授。ちなみにマチの弱点なら、そこらにいる研修医でも知ってます。北野の長五郎餅です」「あほう」とうそぶいた教授のグラスにまた花垣は新たに注ぐ。
(第四話 初弘法)