
あらすじ
「君がいつもそばにいるから 毎日があたらしい」 遺影として飾られていたカリスマ的なミュージシャンの写真を、父と聞いて育った新(あらた)。 誰にも見えない存在として少女時代を生きてきたある日、耳にした音楽に救われ、恋に出会って新の母となった、くすか。 新が父の真実を知った時、二人の物語が、一つの歌に重なりはじめる――。
ひと言
本の中に出てくる断片的な歌詞に、これ、忌野清志郎なんだと思いました。ずっと忘れてしまっていたその名前。2009年にお亡くなりになってもう16年にもなるのか……。久しぶりに曲を聴いてみたい気分になりました。下に角田光代さんからのメッセージも載せさせてもらいました。
どんなにちっぽけな原因であれ、奈落の底に落とされた気分で、もうだめだと思いこみ、起き上がることすらおっくうなとき、あなたは何に救われてきましたか? …… 私の場合は音楽です。音楽がはじまり歌が流れる。どん底にいる私のところに光がさして、景色が見える。夜をうつくしいと思う。いっしょに笑っただれかをたいせつだと思う。冬の光が金色だと知る。歌われているすべて、私の体験ではないのに、この世界が生きるにあたいするうつくしい世界だということを、体感する。私は音楽にくわしいわけではありません。聴く音楽もかたよっているし、流行にも疎いです。それでも信じています。べての音楽には、それを必要とする人を救う力があると。音楽でなくても、私たちを救ってくれるものはあると思います。そうしたものと出会うということは、けっして生きやすいとはいえないこの世界に、私たちだけの居場所を作るようなことなのだと思います。自分がなぜここに生まれてきて、なぜ生きているのかわからない人たちが、あるとき、生きるにあたいする世界と出会う。これはそんな物語です。
小学校にあがると、みんなにはたいてい父親がいて、ぼくんちみたいなのは少ないと気づいた。入学式からして、おとうさんと呼ばれる男の人がたくさんいたし、おとうさん、という存在を意識するような機会も増えた。たとえば父についての作文を書くとか、父の日の話題とか、授業にいきなりおとうさん関係はたくさん出てきたし、友だち同士でも、おとうさん何してる人?何歳?なんで授業参観におとうさんがくるの?とか、話すことも増えた。
何か訊かれれば、ぼくはいつも、うちにはおとうさんはいない、死んだから、と答えていた。だからそれはだんだん周知のことになっていって、ぽくはそれについてとくになんとも思わなかった。かなしいとかさみしいとか、まったくなかった。だって、いたことがないんだから。。犬を飼ったこともないのに、犬がいなくて泣いてしまうことなんてないのとおんなじに。
(あらた少年の第一章)
子どもはぜったいに愛されるはずだと、そう信じているばかりか、はっきりと言える環境で育った時生かうらやましくもあり、誇らしくもあった。自分を疎(うと)んじるような人に、時生は今まで会ったことがないのだ。だからこそ時生は時生なのだ。けれどその時生の「名前案」に、くすかはほんの少し説得されもした。たしかに言われてみれば、自分の名前は変わっている。少なくとも、父と母は、子どもがほしくなかったわけではないのかもしれない。子どもが生まれるのを心待ちにして、二人で一生懸命、名前を考えたのかもしれない。そのようにして私は生まれてきたのかもしれない。そんなふうに思ったのは生まれてはじめてだった。でも、それならどうしてきた子を愛せなかったのだろう。今まで考えたこともなかったことを考えたものの、その疑問の答えなど求めていないことに同時に気づいた。どうでもいいように思えた。捨てばちなどうでもよさではない。少なくとも、生まれたときは、もしくは名づけてもらうまでは、自分は二人にとっていてほしくない存在ではなかった。真実かはわからないけれど、そう思えただけで、もうじゅうぶんだった。そしてくすかは気づく。ずっとずっとそう思いたかったことに。望まれて生まれてきたと、どうでもいい存在なんかではなかったと、ずっとずっと思いたかった。注目されず、言葉もかけてもらえず、心配してももらえず、ただひとりで日々をやり過ごすことはくすかにとってふつうのことだった。いや、ふつうのことだとずっと思おうとしていた。そう気づくと、すっと、本当にすっと、たましいが抜けたのかと心配になるくらい体が軽くなった。そのことに驚いて、くすかはその夜、時生が寝入ってから、ひとりで布団をかぶって声を殺して泣いた。
(くすかの第一章)