2026年04月08日 京都に枝垂れ桜を観に行った際に立ち寄りました。「ゑびす屋加兵衛」さんの矢来(やき)餅(2個 380円)です。こちらのお餅は 夏川 草介さんの小説「スピノザの診察室」の中に出てくるお餅で、阿闍梨餅、長五郎餅と並んで死ぬまでに絶対食べておくべきうまいもの として書かれています。外観と味は伊勢名物の「へんば餅」に近く美味しいです♪。これで小説に出てくる3つを制覇できましたが、京都にはまだまだ美味しいお餅があるので、これからも美味しいお餅を開拓したいです。ごちそうさまでした♪。

 

ゑびす屋加兵衛

京都市左京区下鴨松原町

 

今日はバスを3つ乗り継いで浄心の「名古屋飯店」へお昼を食べに行きました。こちらの店主 野間 隆成(たかちゃん)さんは、台湾まぜそばの「麺屋はなび」の新山 直人さんのもと今池飯店で修業し、独立して円頓寺にある「タカ飯店」をオープンし、このたび浄心に「名古屋飯店」をオープンさせました。みなさんよく知っているのか、大人気で結構な行列ができています。もちろんメニューは一択「町中華本気のオムライス」(1320円)をいただきます。メンマ、春雨サラダ、中華スープはセルフサービスでオムライスがくるまで、自分で盛って待ちます。お目当てのオムライスが到着。宮崎の「康卵」という玉子を贅沢に5個も使っているということでとてもコクのある玉子で美味しいです。それを高い調理技術を持つ たかちゃんがふわトロに調理するのですから、鬼に金棒、天下無敵のオムライスです。今まで食べたオムライスの中で1,2位を争うおいしさで、久しぶりに感動させてくれる逸品でした♪。それから書き残しておくことが一つ。10名ほどの店内で大盛を注文している方が2名ありましたが、途方もなく大盛で、2名とも食べ切るのに苦労されていました。よっぽどの大食いでない限りは、まず普通のオムライスを注文する方がいいと思います。なかなか行きにくい所にあるのですが、必ずまた伺わせてもらいます。ごちそうさまでした♪♪♪  

 

 

名古屋飯店

名古屋市西区上名古屋3

 

あらすじ
天羽カインは憤怒の炎に燃えていた。本を出せばベストセラー、映像化作品多数、本屋大賞にも輝いた。それなのに、直木賞が獲れない。文壇から正当に評価されない。私の、何が駄目なの?……何としてでも認めさせてやる。全身全霊を注ぎ込んで、絶対に。


ひと言
直木賞のことや本作りの裏側のこと担当編集者のことが知れてとても楽しく読ませてもらいました。奇しくも今日4月9日は2026年の本屋大賞の発表日。このPRIZEプライズは第3位でした。大賞の「イン・ザ・メガチャーチ」、第2位の「熟柿」と本屋大賞の上位3つを立て続けに、順位通りの順番で読んだことになります。自分としてはこの3作の中ではこの「PRIZE―プライズ―」が一番よかったかな。

とどのつまり、あまりにも売れない作家には、そもそも書いて下さいと声をかけるわけにいかなくなってゆく。本にしたところで会社として利益が見込めないのなら、雑誌に掲載する際の原稿料すら無駄と判断されるわけだ。もっと言えば、その原稿料にも大きな幅がある。駆け出しの新人と売れっ子作家とでは当然違ってくるし、掲載媒体によっても変わる。
仮に一人の中堅作家にエッセイを依頼するとして、文芸誌での原稿料が四百字詰め原稿用紙一枚につき五千円とするなら、新聞はその二倍から三倍、名のあるグラビア誌や週刊誌、専門誌などはさらにもう少し上だろうか。一流企業の宣伝を兼ねて依頼されるコラムなどはスポンサーが付くだけに破格だが、いかんせん不況の折から広告そのものがめっきり減っている。いずれにせよ、新聞やグラビア誌や企業から声のかかる作家そのものが限られているわけで、多くの作家は文芸誌の原稿料だけでは暮らしていけない。依頼が毎月途切れず続く保証はない上に、ひと月に書ける枚数にはおのずと限界があるからだ。作家に訊くと、書き溜めたものが無事に単行本化され、新刊発売日の翌月になって〈定価の十パーセント×初版部数十消費税〉から源泉徴収税を差し引いた金額が銀行口座に振り込まれているのを見た時、ようやくひと息つけるという。といっても本体価格二千円の本ならば印税は一冊につき二百円、つまり初版五千部スタートであれば収入は百万円。執筆に半年かかったとして年に二冊本が出ても二百万円ぽっきりだ。後から出るかどうかもわからない文庫を加えてみたところで、とうてい割の良い仕事とは言えまい。おまけにボーナスはない。福利厚生もない。出版社との雇用契約も何もない。そんな中、いったいどれだけの作家が、せめて初版一万部、と願ってやまないことだろう。
(3)

直本賞の発表は年に二度。上期は十二月から五月までに発表された単行本が選考対象となり、候補作は通常六月半ばに発表され、七月に選考会、翌八月に贈呈式が行われる。いっぽう下期は六月から十一月までに出た作品が対象とされ、選考会は翌年一月だ。
いま石田が読み進めているのはつまり、六月以降に書店に並んだ作品ばかりだった。ここから十二月の候補作発表に向けて五、六作品にまで絞り込んでゆかなくてはならない。天羽カインにはあの時の話の流れから少し説明したが、そもそも直木賞の選考というものがこうした下読み段階から始まってどのように進行してゆくか、現役の作家たちはほとんど知らないのではあるまいか。いや、おそらく同業他社の編集者たちでさえ詳しくは把握していないかもしれない。この八月の贈呈式が終わり、新しい帯にかけ替えられた受賞作品が書店の平台を埋めていた頃、早くも賞を管理する『日本文学振興会』から石田三成のもとに連絡があった。次回の直木三十五賞の予備選考委員を委嘱します、というものだった。同じように委嘱を受けた者が、今回は「オール讃物」から四名、出版部十名、文庫部六名。そこに振興会から二名が加わった合計二十三名で予備選考を進めてゆくことになったわけだ。まずは四〜五名ずつ五組の班に分かれ、それぞれが三冊の作品を読み、月の前半に開かれる班会議で議論して、月末の全体会議に残す作品を決める。良い作品があれば二冊残すこともあるし、一冊も残さないこともあるが、いずれにせよ各委員はすべての作品に○△×をつけ、○は1点、△はO・5点、×はO点と計算する。得点の低かった作品から順に議論してゆくのは本番の選考会と同じだ。月末にはそれらの結果を持ち寄った全体会議が開かれ、この時は二十三名の委員が一堂に会する。公平を期するため、司会を務めるのは委嘱された委員とは別の、日本文学振興会の事務局長だ。最初から全員による投票はせず、五つの班からあがってきた数作品について、一作ごとに一人ひとりの意見を聞いてゆく。委員はまず自らの評価を○△×で述べた上で、なぜその評価だったかという理由と、この先の段階まで残すべきかどうかの考えを述べる。この時、「右に残す」という言い方をする。手元の作品リストの中から後の最終候補作の候補として残していきたいものが書類右側の欄に加わってゆくためで、要するに見たままなのだが、たとえば「今の時点ではひとつの基準として右に残しましょう」とか、「ぜひ候補作にしたい出来だと思うので積極的に右に残したいです」 あるいは、「この作品はもうここまででいいと思います」などというふうに述べる。最終的に絞りこむ時点で数が足りなくなるのは避けたいから、どちらか判断に迷うものはとりあえず右に残してゆく。この班会議と全体会議とを、上期、下期、どちらも三回繰り返すと、だいたい十五作品くらいは「右に残る」ことになる。そうして翌月、十二月と六月のあたまに最終会議を開き、そこで全委員が投票し、直木賞候補作を決定して公表するというわけだ。
(7)

震える手を伸ばし、水を取って、ようやく一口飲んだ。グラスを戻す手がまた震えるのをじっと見られている。「さっき天羽さん、どうして警察へ行かなかったのかっておっしゃってましたけど……言えないんですよ。性的な被害にあった時って、誰にも言えないんです。それも、すぐになんて絶対に」カインが初めて身じろぎをする。「今回の一件もそうですけど、記事を見た人たちはネット上で、寄ってたかって女優の側を責めてますよね。抵抗しなかったくせにとか、打算があったんだろうとか、どうなるかわかってて二人きりになったほうが悪いとか。これがもし強盗事件だったら、被害者に向かってそんなこと言わないのに、性的なことになるとなんでだかみんなして女性を責める。でもね、傍から責めるまでもないんです。ああいう被害に遭うと、白分がいちばん自分のことを責めるんですよ。あの時どうして二人になんかなったんだろうって。殺されてでも抵抗すればよかったのに、なんでそうしなかったんだろうって。今になってもまだこうして、死ぬほど辛い思いを味わってるのは、あの時ちゃんと抵抗しなかった報いなんじゃないかって」「ちょっと待って千紘ちゃん、」「私は、そうでした」撃たれたようにカインが黙る。
「私は……私の場合は、知らない人じゃなく、高校二年の時ほんの二ヶ月くらいお付き合いしてた男子からの暴力で、だからよけいに周りの誰にも言えなかった。言っても痴話喧嘩だと思われたり、アレって初めての時はどうしても痛いもんね、男ばっかり気持ちよくて頭きちゃうよね、みたいに軽く扱われるのが我慢ならなくて、とうとういちばん仲の良かった友だちにさえ打ち明けられませんでした。だけど、十年も経ってても、いまだに夢に見るんですよ。あの時の彼に押さえつけられて、金縛りみたいになって、叫びたいのに声が出ない。最悪の夢です」
( 11)

佳代子は黙ってゲラに目を走らせた。この文も、その段落も、それぞれ想いを強くこめて綴った箇所ばかりだ。順繰りに追っていき、第一章の終盤にさしかかる。最後の二行にも線が引かれているのを目にしたとたん、カッと腹が煮えた。「何これ、なんで?」思わず口調がきつくなる。「よりによってなんでここなの? 要らない? これ」「あの、いえ、わかります。すごくエモーショナルな表現だし、読む者の胸にも迫ってきますし、かっこいいとも思います」「だったらどうしてよ!」「だから、です」白い顔をして、それでも一歩も退かずに千紘は言った。「あえてそこを削ることで、かえって感動が深まる気がするんです。言葉で説明するよりも、無限に想像させるというか……読み手を信じて投げかけるというか」とうてい納得できずに、佳代子はゲラを握りしめ、一章の終わりの部分を読み直した。とりわけ結びの二行は、書きつけた瞬間のことまで覚えている。我ながら天才ではないかと思えたほど気に入っている箇所たった。
梨絵の指先があたしの頬に触れる。

何度かためらい、口ごもった後で、彼女は言った。
「……大好きだよ、優。ずっと一緒にいよう」

すべてがここから始まるのだと、あの頃は二人ともが思っていた。

似てはいても違っていた。あれは、すべてが終わる始まりだったのだ。
これのどこがまずいと言うのだ。全体のプロローグにも相当するこの箇所で、主人公がかつて輝いていた〈あの頃〉を回想する大事な場面ではないか。苛々しながら、佳代子は千紘が線を引いた二行に指をあてて隠した。憮然としたまま、もう一度読み返す。
梨絵の指先があたしの頬に触れる。

何度かためらい、口ごもった後で、彼女は言った。

「……大好きだよ、優。ずっと一緒にいよう」

―― 三秒後。全身に鳥肌が立ち、毛根がぞわりと起きあがるのがわかった。なんということだ。最もお気に入りの二行をばっさり削り、このセリフで章を閉じたとたんにじわじわと滲み出る余韻たるや……。よけいなことを書かなくても、いやむしろ書かないことによって、読者にははっきりと伝わるのだ。この二人が 〈ずっと一緒に〉などいられないということが。もしや、ここに鍵が隠されているのだろうか。〈辛くて悲しい話を書くのに、作者が先に泣き出してどうするの〉「千紘ちゃん」「……はい」「もっと、教えて」「え」「言っとくけど私、あなたのこと絶対離さない。逃げられると思わないでよ」
(19)

直木賞の場合、選考する側は現役の実作者だからね。ストーリーが面白いとか共感できるなんてことよりも、小説としての面構え、文章の艶、テーマの現代性、あるいは人間というものがそのわからなさを含めて書けているか、説明の芸術ではなくイメージの芸術たりえているか……そういったあらゆることを総合的に見るわけです。その中でも、俺が最も重視してきたのは、 志の高さかもしれないな』『志……ですか』『そう。自分はどうしてもこれを書くんだ、という志。それさえこちらにビンビン伝わってくるなら、たとえ少々の欠点があったって思いきり推したくなっちゃうね。志こそは、小説の持つ最大のパンチ力だと思う。そういうパンチを浴びるから、候補作を読むとぐったり疲れる。でも、本気でパンチを打ってくる相手には手加減しません。俺も本気で打ち合う。それが礼儀です。正直、殴り合ってる時に、これが売れるか売れないかなんて考えたことないんだ。だから時には兵頭さんたちの仕事を邪魔してしまうかもしれない。それは申し訳ないと思うよ。ただ、俺たちも書店員の皆さんと同じで、小説が好きだから、好きで好きでたまらないから選考をやってこられた。おっしゃるように本が売れることももちろん大事。その一方で、実作者が志を感じてその健闘を称えるような、あるいはバトンを託すような文学賞も、俺はあっていいと思ってる。俺はね』
(22)

 

大学時代を京都で過ごし、この歳になっても毎年のように京都を訪れているのに、半木の道を訪れたことがなかったので、今年は京都の桜だよりを毎日のようにチェックして、4月8日 満開の半木の道の八重の紅枝垂桜を観に行ってきました。

 

 

 

地下鉄 北大路駅を降りて半木の道を北上するように歩きます。

 

 

京都の桜の見ごろの時期としてはもう遅いのですが、半木の道に咲き誇る可憐でとても美しい八重の紅枝垂れ桜が観られて、この時期にしてほんとうによかったなぁと思いました。

 

 

北山駅まで歩き、4系統のバスで次は上賀茂神社を目指します。

 

 

こちらも八重の紅枝垂れ桜の「斎王桜」はもう散り始めです。「御所桜」は葉桜になっていました。

 

 

こちらは5月12日の神迎えの神事(御阿礼)にこの桜の下を通るといわれる「みあれ桜」です。一般の人がこの下を通らないように縄が張ってありました。

 

 

帰りの4系統のバスの新葵橋で途中下車し、「ゑびす屋加兵衛」の矢来(やき)餅(2個 380円)を買い求めます。こちらのお餅は2024年に読んだ夏川 草介さんの「スピノサの診察室」という本の中に出てくるお餅で、阿闍梨餅、長五郎餅と並んで死ぬまでに絶対食べておくべきうまいものと書かれています。これでやっと3つとも制覇することができました♪

 

 

またバスを乗り継いで百万遍で降り、お昼に「進々堂 京大北門前」のカレーパンセット(1000円)をいただきます。他の進々堂のお店じゃなく、京都最古の喫茶店であるこのお店で。学生時代からずっと行きたいと思っていたお店に行けて、食べてみたいと思っていた看板メニューが食べられて大満足です♪。

 

 

201系統で百万遍から同志社前まで行き、御所の中を歩いて「近衛邸跡の枝垂れ桜」を観に行きます。ここの枝垂れ桜はあまり知られていないと思うのですが、枝垂れ桜の周りのベンチは外人だらけです。ようしっとるねぇ、外人さんは…

 

 

今度は地下鉄で東西線に乗り換え二条駅へ。駅の東側に非常に希少な品種である「一重白彼岸枝垂桜」があります。(現在、丸山公園にある有名な祇園しだれ桜も一重白彼岸枝垂桜です。第15代 藤右衛門さんが1947年に枯死した初代の一重白彼岸枝垂桜から種子を採取し1949年に見事に生き返らせた2代目の一重白彼岸枝垂桜が祇園しだれ桜です。「桜守」 第16代 佐野藤右衛門さんがこの素晴らしい桜を後世に伝えようと平成10年に二条駅前に植樹したのが3代目のこの一重白彼岸枝垂桜です)

 

 

このニュースを知って、いつかは会いに行きたい行きたいとずっと思ってもう20年以上の月日が経ちました。昨年の2025年の10月に桜を愛し、守り続け、後世に伝えようとした「桜守」「花咲か爺」第16代 佐野藤右衛門さんが97歳で永眠されました。半木の道と並んで今回の京都旅では絶対に立ち寄って「桜守」を偲ぼうと思っていた天下に誇る藤右衛門桜です。

 

 

丸山公園にある親の祇園しだれ桜に負けないぐらいのすばらしい枝振りです。今回は丸山公園の祇園しだれには会いに行きませんでしたが、次の機会には親子の満開の「藤右衛門桜」に会いに行きたいと思いました。

 

 

二条駅から18系統で東寺に向かう途中、大宮松原で下車し、これも長年行きたい行きたいと思っていた「まるき製パン所」へ。

ハムロール(230円)カツロール(280円)あんぱん(210円)を購入しまたバスに乗ります。

 

 

枝垂れ桜の最後の締めくくりは東寺の「不二桜」です。こちらも平成18年に東寺に寄贈移植され、弘法大師の「不二の教え」から名付けられた八重紅枝垂れ桜です。ネットの桜だよりでは東寺は満開のはずなのに……。「不二桜(ブルータス)、おまえもか」「遅かりし不二桜(由良之助)」。桜を眺めながら先ほど買ったパンを東寺のベンチに座っていただきます。

 

 

おみやげは今回も「志津屋」のカルネ(300円)と、次回の京都旅用の地下鉄・バスの一日券(1100円)を買って帰路につきます。

 

 

今回の京都旅もよく歩き(15311歩 12.4km)、地下鉄・バスも合わせて13回(@230として2990円)も乗り継いだ旅でした。今回は半木の道の桜の満開に合わせた日程でしたが、次回は親子の藤右衛門桜の満開に合わせた京都旅にしたいと思います。まだ来年のことなのに藤右衛門桜に会いに行けると思うと心が落ち着きません。困ったものですね。「世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」今回の枝垂れ桜三昧の旅でしばらくは桜のことを忘れて、明日からは心静かに過ごしたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美味しいカレーうどんを食べた後、近くのバス停からバスに乗って、これもずっと前から行きたかった「プチ・ポンレヴェック 野田店」へ。パヴェ屋のピロシキ(176円)チーズのパヴェ(148円)明太子のパヴェ(150円)シュクレのあんバター(180円)を購入。パヴェとは、フランス語で「石畳」を意味し、パンでは石畳のような形状のミルクパンを指すとのこと。それから特筆すべきはパンがグラム売りで、例えばチーズのパヴェは4円/gです。どれも一つ一つは小さいのですが、具材がたっぷり入っていてとても美味しくいくらでも食べられます♪。これなら全種類食べてみたかったなぁ。また近くに行ったときは必ず立ち寄らせてもらいます。ごちそうさまでした♪

プチ・ポンレヴェック 野田店

名古屋市中川区野田1

 

今日は前から行きたかった「カレーうどん 椛(もみじ)」へお昼を食べに行きました。カツカレーうどんに小ライスが付いた名物カツカレーうどんセット(1400円)をいただきます。レンゲが立つぐらいのドロドロのカレーにボリュームたっぷりのカツが辛みを抑えた食べやすいルウにとてもマッチして美味しいです♪。定期的に食べたくなる美味しいカレーうどんでした。ごちそうさまでした♪

 

カレーうどん 椛

名古屋市中川区打出1

 

今日はバスと地下鉄に乗って日比野のかき揚げ天ぷらを食べさせてくれるお店にお昼を食べに行きましたが、シャッターも降りていてもう閉店している様子。最近食べログの情報を見ていろいろなお店に伺いますが、閉店や臨時休業に出くわすことが多くちょっと困ったものです。そのまま六番町まで歩き、「つむぎこむぎ」へ。牛カルビ焼肉のタルティーヌ(390円)ミルクフランス(300円)初恋デニッシュ(310円)ほうれん草のグラタン(350円)をいただきます。牛カルビのパンが焼きたてで出てきたので、お店を出てすぐにいただきます。冷めても美味しいんだと思いますが、パンはやっぱり焼きたてが最高に美味しいし、焼きたてのパンに出会えたときは少し行儀悪いかもしれませんが、可能な限りすぐに焼きたてをいただくようにしています。TVで紹介された初恋デニッシュもポップに「甘酸っぱいあの頃のように。(チェリージャム+クリームチーズ)」とありネーミング通りの美味しいパンでした。ミルクフランスもクリームがたっぷり入っていてとても美味しいのですが、フランスパンが硬めで少し食べにくかったです。しかしどのパンも美味しく、また六番町の方に行く機会があれば是非立ち寄りたいです。ごちそうさまでした♪

 

つむぎこむぎ

名古屋市熱田区四番1

 

 

 

 

今日は娘たちとららぽーと名古屋みなとアクルスへ。お昼はフードコートに入っている東京のつけ麺の有名店「つじ田」で濃厚味玉つけ麺(1260円)+大盛(150円)をいただきます。つじ田は2005年神田御茶ノ水でオープンし、東京のつけ麺文化を牽引。大阪、神奈川、福岡へ店舗展開し、2025年4月にららぽーとに愛知初上陸したお店です。先ずはつけ麺のお約束 麺だけを何もつけずにいただきます。うん、後味のいい麺で美味しいです。次はつけ汁につけて、味変ですだちを絞り、付属の黒七味を麺にかけていただきます。もちろん東京の有名店なので麺も美味しくすだちもすごくいい香りの味変になり黒七味もグッドなのですが、最後はやっぱりスープがさめてしまいます。容器もつけ汁も熱々で提供されるのですが、麺が残り少なくなったときの美味しさが半減してきて最後のひと口が「うまかった!!」で締めくくれないのがほんとうにほんとうに残念です。最初に食べたつけ麺が「丸和」の石鍋の熱々つけ麺だったからかもしれませんね。ごちそうさまでした。

 

つじ田 ららぽーと名古屋みなとアクルス店

名古屋市港区港明2 ららぽーと名古屋みなとアクルス 3F

 

今日は朝から自転車に乗って「ブーランジェリー・サムライ」へ。以前ネットのニュースで見た金鍔(ハーフ)(378円)トロペジェンヌ(クリームパン)(378円)クロワッサンフランセ(388円)をいただきます。トロペジェンヌとは南フランスのサントロペ発祥の冷たいクリームブリオッシュで、表面にあられ糖を散らした、BB(誰かわかるかな?わかる人は同世代です)が愛した伝統菓子です(AI検索より)。お店で「トロペジェンヌありますか?」と聞くと「今はクリームパンという名前に変わっています」とのこと。そのトロペジェンヌは濃厚なカスタードクリームがこれでもかというぐらいたっぷり入っていてとても美味しい新感覚のクリームパンで、リピ確定♪♪。お目当ての金鍔はこんなパン食べたことがないというような小豆たっぷりのパンで、金鍔というネーミングにふさわしい金鍔味の美味しいパンでした♪。クロワッサンもとても大きく後味のいいクロワッサンでした。自転車ですぐ行ける距離にあるのでまた伺わせてもらいます。ごちそうさまでした♪

 

ブーランジェリー・サムライ

名古屋市千種区日進通3

 

あらすじ
激しい雨の降る夜、眠る夫を乗せた車で老婆を撥ねたかおりは轢き逃げの罪に問われ、服役中に息子・拓を出産する。出所後息子に会いたいがあまり園児連れ去り事件を起こした彼女は、息子との接見を禁じられ、追われるように西へ西へと各地を流れてゆく。自らの罪を隠して生きる彼女にやがて、過去にまつわるある秘密が明かされる。


ひと言
自分の中では角田光代さんの「八日目の蟬」とオーバーラップして、「八日目の蟬」ではどんな感想を書いたのだろうと見返してみました。どちらも強烈に「母性」を感じる作品で、全体的に非常に読みやすく、追われるように西へ西へと各地を流れてゆくかおりがどうなるのかが気になって、一つの章を読み終えて床についても、寝付かれないとまた次の章を読んでいました。まだ2冊しか読んでいないので本屋大賞かどうかは判断できませんが、大賞を取ってもおかしくない作品でした。

気力がわかないのは、もはや息子に会う意義を見出せないからだった。対面した息子に、たく、わたしがお母さんだよ、と念願の一言を口にできたとしても、それはもうわたしの自己満足に過ぎないと思えるからだった。なぜなら夫は再婚し、息子には新しい母親がいるからだ。入学式前と状況はすっかり変わってしまった。いまさらわたしがのこのこ出ていって息子にしてやれることは何もないのだ。ふりかけ好きの父親を持つ息子は、新しいお母さんからご飯にのりたまをかけてもらって食べるだろう。
わたしが息子の拓と会えるように田中家側と交渉する余地はまだある、というような話を久住呂百合さんはしてくれたけれど、たとえそれが可能だとしても、交渉して仮に会えたとしても、息子はおそらく喜ばないだろう。突然ふたりめのお母さんが現れたら、幼心にただ戸惑うだけだろう。会っても喜ばない息子を見て、わたし自身、喜べるはずもないだろう。
息子を惑わせないために、幼い心をかき乱さないために、わたしは彼から離れているべきではないだろうか。むしろいまいる場所から遠ざかるべきではないのだろうか。栃木の刑務所から仮出所したとき、元夫に言われた言葉をわたしはまだ憶えていた。彼はこう言った。
「母親が犯罪者の子供と、母親に死なれた子供と、どっちがより不幸か、考えてみろ。これから子供が成長して、社会に出て生きていくうえで、どっちが彼の障害になると思うか、よく考えてみろ」よく考えて、わたしは死んだ母親になるべきかもしれない。
よく考えて、わたしは死んだ母親になるべきかもしれない。その選択が正しいような気がした。元夫に面と向かって問われたとき以上に、いま、息子に新しい母親がいると知ったいま、わたしにはその選択が正しいことに思われてならなかった。
(第四章 5)

 

「あれかな?柿の実が熟したってことかな?」「柿?」「熟柿(じゅくし)。熟し柿という意味の熟柿。でもスマホに入れてある辞書にはもう一つ意味が載ってて、……この話、前にもしたと思うよ。『熟した柿の実が自然に落ちるのを待つように、気長に時機が来るのを待つこと』の語意もあるらしいんだよね、熟柿には。だから、何事によらず僕は長期戦を覚悟で人生を生きているから、当然かおりさんとのこともね、最初からそのつもりでいるし、いつか電話がかかるといいなと毎日考えてたら、今日ほんとにかかってきて、ついにその日が来たかって、ようやく……あ、待ってこれ、もしかしてプロポーズっぽく聞こえてる? そういうんじゃないからね、初めての電話で舞い上がってその気になってるわけじゃないから。負担に感じないでください。ただね、……つまりね、柿の実が季節になれば熟すように、物事の成就には適した時期があるというか、そのときが自然に訪れるのを気長に待つというか、百崎さんなんかに言わせると単に消極的なのかもしれないけど、でもそういう、無理強いしない、待ちの時間が必要なときもあるんじゃないかと……ああ、ひとりで喋 って ごめん、せ っかく電話してくれたのに。もしかしていま成田空港?」「いまから成田行きの電車に乗るとこ」……。……。

「土居さん……」と思わず言いかけて、何も言えないでいると、厨房にいる人が「上居さーん」と呼ぶ声が電話から聞こえた。土居さんはその声を無視した。「……うん? どうした?」「あのね、土居さん……」「どうかしたんですか? 市木さん」「ごめんなさい。わたし、土居さんにいつか話そうと思っていて」「うん」「でも話せなくて」「うん」「福岡で、福岡に限らなくてもいま、いちばん近くに感じてる人は土居さんなのに、どうしてもその話ができなくて、隠してることがあります」「そう」と土居さんは相槌を打つだけで、何を隠してるの? とは言わない。……。
「土居さん」もう一度名前を呼んだだけで息が詰まった。土居さんは急かさずに待っている。「憶えてますか」歩きながら息継ぎをしただけなのに、喉の奥が火傷したようにひりついた。「二〇一一年の地震のとき、あの大きな地震のとき、土居さんは、東京の浅草の洋食屋さんで慟いていたんですよね。コンロの鍋が倒れたりお皿が何枚も割れたり、あの日はみんなそうだったと思うけど、怖い経験をしたんですよね」「うん」「そのとき市本さんはどこにいたのって訊かれて、わたしは答えをはぐらかしたでしょう。でも本当ははっきり憶えてるんです。あの地震の揺れが来たとき、自分がどこにいたか」「それが隠してること?」「はい。自分のいた場所が言えないんです。憶えてるのに言えないんです。なぜそこにいなければならなかったのか、言ってしまうと土居さんが、わたしから離れて行きそうで」気がつくと人が大勢いるホームに出ていた。……。「ねえ、もし来なかったら?いま言えないことを、言えるときがいつまでも来なかったら?」「来るよ」こう答えてほしいと望んだ通り土居さんは即答した。「市木さんはいつか話してくれる。きっとそうなる。でも僕は離れて行かない」
(第十二章 3)