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あらすじ
生きることがうたうこと、うたうことが生きること…24歳のひたむきな言葉から生まれた、きらめくような短歌たち。与謝野晶子以来の天才歌人とうたわれた、教科書でもおなじみの俵万智の第一歌集。刊行されるやたちまち話題となり、社会現象にもなった280万部突破の大ベストセラー!

 

ひと言
前に読んだ3行ラブレターで
逢ひみてののちの心にくらぶれば昔は物を思はざりけり(藤原 敦忠)から
あいみてののちの心の夕まぐれ君だけがいる風景である(俵 万智)を知ることになり

 

 

確かサラダ記念日って…七夕の前だったよな と思い出して読み返してみた。
1987年だからもう四半世紀も前になるけれど 久しぶりに読む俵 万智はやっぱり「いいね」

 

 

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

 

 

万智ちゃんがほしいと言われ心だけついていきたい花いちもんめ

 

 

「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの

 

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あらすじ
『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系 毎週月曜夜9時から絶賛放送中)で多くの方々に支持されている人気企画。率直に綴られたせつない恋心や温かな表現が共感を誘う「心に響く3行ラブレター」が一冊の本になりました。番組で放送された中から選りすぐりの作品を、「ラブラブ恋人編」「ラブラブ夫婦編」「片思い編」「昔の恋編」「【番外編3行遺言&父へのラブレター」の5つのカテゴリーに分けて紹介。番組MCの島田紳助はじめ、番組のゲストの方々のコメントとともに、人が人を想う素晴らしさ、やさしさ、哀しみ、おかしさ……、そんな「愛」の数々をじっくりと味わえます。

 

ひと言
Ⅰは借りられませんでしたがⅡを借りることができました。クイズ形式にするより、より多くの作品を載せてもらうほうがよかったかな。紳助の3行ラブレターは百人一首 藤原敦忠 906~943年の
 
逢ひみてののちの心にくらぶれば昔は物を思はざりけり

 

 

を思い浮かべました。
千年以上たっても人の心というものは 変わらないなぁ。

 

 

君に出会ってから
さびしい時間が増えました
そう 君と会えない時間
(島田 紳助)

 

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ラーメン雑誌によく取り上げられて評判の呵呵(かか)というラーメン屋さんに行きました。
塩ラーメンにスダチと温泉玉子が付いた 塩の一押しセット (830円)をいただきました。魚介風味のスープはとてもコクがあってそのままでもとてもおいしいのですが、すだちを搾ると とても後味のよい全く違った味のスープになります。私はこのすだちのスープのほうがよりおいしく感じました。卓上のフライドエシャロットやオリーブオイルを加えての味も楽しみましたが、どれもおいしく、ラーメンにすだちが合うとは思いもしませんでした。魚介ベースのスープだからこそこんな味が出せるんだと驚きました。ラーメンを食べたというよりもイタリア料理を食べたような気分になり、大満足でした。
 
中華そば 呵呵 (かか)
愛知県津島市神尾町
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あらすじ
あの20世紀最大の悲劇を、坦々と、静かな語り口で後世に伝える――小説の力だ。  一瞬の閃光に街は焼けくずれ、放射能の雨のなかを人々はさまよい歩く。原爆の広島――罪なき市民が負わねばならなかった未曾有の惨事を直視し、“黒い雨”にうたれただけで原爆病に蝕まれてゆく姪との忍苦と不安の日常を、無言のいたわりで包みながら、悲劇の実相を人間性の問題として鮮やかに描く。被爆という世紀の体験を、日常の暮らしの中に文学として定着させた記念碑的名作。

 

ひと言
確か中学校のときだったと思うが「黒い雨」の一部を教科書で読んだ。恥ずかしながら、もう半世紀も生きてきたのに、何回もヒロシマを訪れているのに、まだ全編を読んだことがなかったので図書館で借りた。今年の秋も 十何年ぶりにヒロシマに祈りを捧げに訪れる。

 

 

私はおじさんに云われて、自分が泥の跳ねのようなものを浴びているのを知った。白い半袖ブラウスも同じように汚れ、その汚れているところだけ布地が傷んでいた。鏡を見ると、防空頭巾で隠されていたところ以外は同じような色で斑点になっているのが分った。私は鏡のなかの自分の顔を見ながら、能島さんの誘導で闇船に乗りこんで、もうそのときには黒い雨の夕立が来ていたことを思い出した。午前十時ごろではなかったかと思う。雷鳴を轟かせる黒雲が市街の方から押し寄せて、降って来るのは万年筆ぐらいな太さの棒のような雨であった。真夏だというのに、ぞくぞくするほど寒かった。雨はすぐ止んだ。私は放心状態になっていたらしい。夕立が降りだしたのはトラックに乗っていたときからではなかったかと思ったりした。私の知覚はずいぶん性能が下落していたに違いない。黒い夕立は私の知覚をはぐらかすように、さっと来てさっと去った。だまされたような雨であった。(P36)

 

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あらすじ
遠く隔絶された場所から、彼らの声は届いた。紙をめくる音、咳払い、慎み深い拍手で朗読会が始まる。祈りにも似たその行為に耳を澄ませるのは人質たちと見張り役の犯人、そして…しみじみと深く胸を打つ、小川洋子ならではの小説世界。

 

ひと言
いつも感心することであるが、今回も小川 洋子さんの 読みやすく、心にすっと入っていく文章を読ませてもらった。人質になった8人のどの朗読も不思議な味わい深さがあり、最後の、犯人グループの動きを、盗聴する任務の特殊部隊の一人の朗読がこの作品をうまくまとめている。もし自分がこのような極限状況に置かれたら、どういう話をするのだろう?と思いながら読んだ。

 

 

青年の槍投げを見た私は、もう決して、見ていない私には逆戻りできなかった。心の片隅にぽっかりと切り取られた楕円の競技場は、いつでも私の中にあり、青い空と深い静けさをたたえている。観客席は私のために、座り心地のいいベンチを空けてくれている。時折、私はそこへ腰を下ろす。例えばどうしようもなく泣いてしまいそうになる時。青年は槍を構え、スパイクの音を響かせて姿を現す。そうして私と彼以外誰もいない競技場の空に、槍を投げる。それはまるで夫の作った飛行機のように、あるいは夫の魂そのものであるかのように飛翔する。槍は到底私になど手の届かない遠い地点に着地するが、心配はいらない。慈しみに満ちた手で青年が引き抜き、一歩一歩また私の胸まで届けてくれるからだ。彼の足音に耳を澄ませながら、私は涙を拭う。私はすっかり歳を取ってしまったけれど、槍投げの彼はずっと青年のままだ。(第六夜 槍投げの青年)

 

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あらすじ
韓国には「月の街」「山の街」と呼ばれる、貧しい人々が住む街があります。舗装されていない丘の斜面に密集する住宅地。急な階段を上って人々はそこへ帰っていきます。高い場所に位置し、月や山に近いことから、そう呼ばれるようになりました。この本は、そんな「月の街」「山の街」に住む人々のとても温かい物語の数々を収録したものです。

 

ひと言
草彅くんが韓国語に堪能なのは知っていたが、翻訳したということに驚き、訳者あとがきを読んで、こんな素敵な愛に溢れた物語を翻訳しようと決め、私たちに紹介してくれた草彅くんに尊敬の念を抱いた。これからも韓国の素敵な作品を紹介してくれるのを楽しみにしています。

 

 

「実は、わしの息子がこの歩道橋で転んでね。その時、頭を打ってしまい、今まで3年間、部屋の中で寝たきりなんだ。…」「そうだったんですか」「もしや、ほかの人もわしの息子のようになるんじゃないかと思って、雪の降る日には、こうして出てきて、雪かきをしてるんだ」「…」「…。雪かきをすると、わだかまっていた気持ちがだいぶほぐれる。雪かきをするのは、息子に早く元気になってほしいという祈りでもあるからね」老人はそう言うと、また雪かきを続けた。ヨンジュは、それ以上、何も言えなかった。その場からすぐに立ち去ることもできなかった。老人は自分の苦しみでほかの人を愛していた。私たちは、苦しみでも人を愛することができるのだ。(雪かきのおじいさん)

 

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あらすじ
中学校閉校を目前にし、最後の卒業生となった北海道・夕張の中学三年生たち。実在の学校をモデルに、悩み考え、たくましく生きていこうとする若い力を描いたさわやかな物語。

 

ひと言
あとがきにあるように「東京の中心で夕張を叫ぶ中学生たち」を、テレビの報道番組で見てこの作品を書こうと思いついたようであるが、それが5月、そしてその年の11月の閉校式までを描いている。作者の思い付きで、たった6ヶ月の学校生活をうわべだけで書いた作品としか思えない。冬を生きる夕張の人々のことや破綻とは何なのかも深く考えていないようなよそものの作者が夕張をこんな作品に仕上げるのは、夕張に対して失礼である。夕張を取り上げているのにこの作品からはなんの感情も湧いてこない。

 

 

「前にうちの兄貴が言ってた。夕張はよくマスコミに取り上げられるけど、いちばん多い取り上げられ方は、『第二の夕張になるな』だって」 リカがしんみりした口調で言った。「第二の夕張?」「そう。反面教師っていうのかな。財政破綻した夕張をしっかり研究して、絶対あそこみたいにならないようにしようって。要するに、悪い見本なんだよ。肺ガンで死んだ人の肺の写真が、保健の教科書に載ってたよね? タバコを吸うとこんなふうになるから、絶対吸わないようにしましょうって。あれと同じなわけ」「夕張はガン、みたいなもの?」真由美が苦いものを口に含んだような顔をした。
(『ペスト』を読む)

 

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あらすじ
「まごの店」オープン当初の厨房は、ハラハラ大パニック!しかし、一歩ずつ着実に力をつけ、今では常に満席の大繁盛店。そこには、村林新吾先生の、「ほんまもんの心」を目指す熱い教育があった―。全国にここだけ!高校生が運営するレストラン「まごの店」は、開店前から行列ができ、2時間で230食が完売する!教師の心の教育と夢を叶えた町の感動のストーリー。

 

ひと言
毎週楽しみにして見ている土曜日の夜9時からのTVドラマ「高校生レストラン」。―はじめに―で村林先生が「高校生を応援してあげようと、大きな心で支え育んでくれた、地元多気町の方々に感謝の気持ちを込めて、この本を記します。」と書かれてあった。この本を読み終えて、村林先生は「感謝」の気持ちをみんなに伝えたいためにこの本を書かれたんだなということがとても伝わってきてこちらまであたたかな気持ちになることができました。今はドラマの影響でもっと混雑していると思いますが、近いうちに必ず高校生レストランに行きたいと思いました。
「まごの店は高校生のお店やよなぁ…。それやったら、建物の設計も高校生にしてもらったらどうやろか…?」まさにグッドアイデア!三重県内には優秀な工業高校がたくさんあり、そのなかには建築科を持つ高校が四校あります。それらの工業高校に協力していただき、生徒たちの設計コンペを開催しようというのです。早速岸川さんは、県教育委員会に相談を持ちかけてくれました。そして、教育委員会から各工業高校に打診してもらうと、おおむねどこからも、「こんな機会はまたとはありません。大いに生徒のためになるので、ぜひ参加させてください」といった、好意的な反応をいただけました。こうして、「料理人を目指す高校生の夢を、建築家を目指す高校生がかたちにする」という、前代未聞の設計コンペを開催することが決まったのです。……。さて、レストランの実現のためには、もうひとつ大きな関門があります。町議会で予算の承認を得なくてはいけません。岸川さんは「きっと反対意見も出されるだろう」と想定し、周到に準備。そして、産業土木常任委員会で、必要最低限の予算であることを説明しました。すると、予想に反し、誰ひとりとして反対する議員さんはいません。それどころか、「本当にこれだけの予算で足りるのか?この際必要なだけ言ってみろ」などという、とんでもなくありがたい話まで出たほどでした。議員の方たちも、相可高校を応援してあげようという気持ちで、文字通り満額回答をいただいたわけです。
(第四章 まごの店、誕生)

 

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あらすじ
戦争が終わってちょうど十年目、いまだ空襲の跡が残る大阪の下町に生まれた作田又三。高度経済成長、六十年安保闘争、東京オリンピック、大阪万博、よど号ハイジャック事件、日本列島改造論、石油ショック―激動の昭和の時代、生まれながらの野生児、作田又三は、人生という荒海を渡っていく。いざ、海図なき嵐の海へ。さあ、錨を上げよ!疾風怒濤の2400枚。圧倒的青春小説。(2011年本屋大賞 4位)

 

ひと言
上下あわせて1200ページ。宮部みゆき?と思うくらい長かった。上巻を読み終えるのに少しもたついたが、下巻は結構ペースアップして読むことができた。昭和に起こった出来事が随所に折り込まれていて、「ああ、そういえばそんなこともあったなぁ」と懐かしく激動の昭和を思い返しながら読んだ。第五章 嵐などは確かに読んでいておもしろいのだが、少しくどいなぁと感じてしまった。いろいろと意見が分かれそうな作品であるが、ある意味 自分も又三のような人生を送ってみてもおもしろいだろうなと感じてしまった。

 

 

「……。一種の世捨人みたいな男やったが、本物の哲学者やった。その彼がこんなことを言うてたよ。現代人の不幸と苦悩の多くは、『生きること』と『仕事』と『愛』がばらばらになってしまったからやて―」「どういう意味なの、それ」「たとえば昔は、生きるということが人生の最大目標やったわけや。つまり働くことが生きることであり、またそれ自体が喜びであり、誇りであり、同時にそれが家族への愛の行為になっていたんや。ところが現代の繁栄は―これはあくまで先進国社会に限ってやけど―ぼくたちを生きることの闘争から解放した。で、その結果、ぼくたちは生き方を選択できるようになり、職業を選択できるようになり、愛する人を選択できるようになったというんやな。でも、この貴族的とも言える自由に、逆に多くの人が混乱して自分を見失っている―つまり生活も仕事も愛も、何一つ確信を持って?むことができないでいる。と、まあ、こういったことをその友人は語ったんや」……「彼はこうも言うてたよ。生きることが何よりの大事であった時代は、逆にそれだからこそ家族と愛する人が人生の何よりの拠りどころであり支えになっていた。ところが今や、家族の結びつきが最も弱くなった時代がやって来たって―。現代ではもはや夫婦は単なる男女の結びつきにすぎなくなったっていうわけや」(第七章 抜錨)

 

 

それらの光景は、ぼくの目と心に鋭く突き刺さった。と同時に、長い間心の底で眠っていた、荒々しい何かを求めるような不思議な衝動が体を走った。心の中で誰かが叫んだ声がした。―錨を上げよ!と。(第五章 嵐)

 

6月12日 名古屋/日本ガイシホールで行われた 浜田省吾 ON THE ROAD 2011【THE LAST WEEKEND】 に行ってきました。前回の ON THE ROAD 2006-2007 【My First Love is Rock'n'Roll】はチケットが取れなくていけなかったので、3時間30分の久しぶりのコンサートに大満足でした。久しぶりに見る浜省は58歳とは思えぬほど若く 来年度以降のツアーもまだまだありかなと嬉しくなりました。でも少し太ったなぁと感じました。省吾 ありがとう。健康には十分注意して、この後のツアーも頑張ってくださいね。

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01. ON THE ROAD
02. この夜に乾杯!
03. HELLO ROCK & ROLL CITY
04. 恋は魔法さ
05. 勝利への道
06. 初恋
07. Thank you
08. MONEY
09. 涙あふれて
10. 片想い
11. もうひとつの土曜日
12. 君が人生の時…
13. BLOOD LINE(Instrumental)
14. 我が心のアリア(Instrumental)
15. A NEW STYLE WAR
16. 裸の王達
17. 詩人の鐘
18. THEME OF FATHER'S SON
19. RISING SUN
20. J.BOY
21. 僕と彼女と週末に
22. 愛の世代の前に
【センターステージ】
23. 光と影の季節
24. 終りなき疾走
25. 君がいるところが My sweet home
26. I am a father
27. ラストショー
28. ラストダンス
29. 家路
【アンコール】
30. 日はまた昇る