2012/12/08 にYouTube にアップした動画です。
NHK BS プレミアム「新日本風土記」 2012年11月30日(再放送12月5日) に放送
 
ご無沙汰しています。
早いもので あれからもう3年が経ちました。
中村一誠さんお元気ですか?
 
 
 
 
 
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餃子が食べたくなって、牛肉湯麺と餃子で有名なお店にお昼を食べに行ったのですが、定休日じゃないのにお休み。
その日の仕事帰り、新風 西区店に餃子を買いに寄りました。
金・土・日ではないのでどちらも冷凍の 男餃子16コ入り(500円)と新風餃子21コ入り(500円)を買って家で作ります。一緒に入れてくれるレシピ通りに作ったのですが、ハネもしっかりパリパリで、王将とはまた違った味の 野菜やニンニクたっぷりのおいしい餃子でした。少しコゲが多く写真に適さなかったので蒸し焼き途中の写真で~す。

 

生餃子 持ち帰り専門店 新風
名古屋市西区丸野1

 

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ほんとうに久しぶりに上飯田のカフェタナカにお昼を食べに行きました。
ハムとタマゴとグリュイエールチーズのガレット・コンプレット(864円)もおいしく、食後に、タナカと言えばモンブラン(518円)をいただきます。
濃厚な栗の味がするマロンクリームと後味のいい生クリームが絶妙なバランスで、とてもおいしかったです♪。さすが名古屋で1、2のモンブラン ごちそうさまでした。

 

カフェ・タナカ
名古屋市北区上飯田西町2

 

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あらすじ
男と張り合おうとするな。みごとに潰されるから。祖母の残した言葉の意味は何だったのだろう。いつも前を行く彼と、やっと対等になれるはずだったのに。「もしかして、別れようって言ってる?」ごくふつうに恋愛をしていたはずなのに、和歌と仙太郎の関係はどこかでねじ曲がった。全力を注げる仕事を見つけ、ようやく彼に近づけたと思ったのに。母の呪詛。恋人の抑圧。仕事の壁。祖母が求めた書くということ。すべてに抗いもがきながら、自分の道を踏み出す彼女と私の物語。心血を注いだ渾身の長篇小説。

 

ひと言
読み終えた後、爽やかな気持ちになったり、明日からまた頑張ろうと元気をもらえる訳ではないことがわかっているのに、角田光代を読みたくなる。「九龍城」の内部がどんなふうになっているのか見てみたくてたまらなくなった和歌のように…。
「二人で好きなことやって、家がゴミ屋敷みたいになって、コンビニ飯で腹を満たして…。……。」
仙太郎は『生活を放棄している人』と言い切る。女の人はこの言葉をどのように感じるのだろう。

 

 

 

我に返った和歌の目の前にそびえるのは、九龍城であり、地図で確認すれば、三駅ぶんも歩いてきたことになる。九龍城は、見れば見るほど複雑怪奇にねじくれている。大きさ異なるマッチ箱を慎重に重ねていったような緻密さがあり、けれど目の前にそびえる建物群はその緻密さを嗤うように巨大で、何か、目の前にあるのに架空のものを見ているかのようだ。立ち入らないほうがいいとガイドブックにも書いてあるし、一度入ったら出られないと和歌もどこかで聞いた覚えがある。けれど和歌は、内部がどんなふうになっているのか見てみたくてたまらなくなっている。……。……。
もしかして、私たちの生、生というものが大げさだとするなら生活、そういうものは、私の想像がかろうじて手をのばせるほどの偏狭さで成り立っているのではないか。ここはたしかに、自分の想像を超えた場所である。こんなところがあるなんて思いもしなかった、今目にしている光景だって現実味がまるでない。それに、たとえば夜に落ち合う久里子に私はきっとこの光景を説明できない、なぜならこの場所が自分の言葉を超えているから。でも、それならここに何がある。学校があり、煮物のにおいがあり、歯医者があり、テレビがあり、コンドームがあり、麻薬があり、水道があり、ベッドがある。私の知らないものなどひとつもないではないか。よくよく見知ったもので成り立っている。けれどそれを無数に積み上げていけば、この、緻密で猥雑で巨大な、人が作り上げたとはとても思えない異様な城になる。暗闇の先の、橙色の光を見つめる和歌の目に、数カ月前に見た蔵が浮かぶ。放水を受けながら膨大な煙のなかに沈んでいくちいさな建物。あのとき聞いた気のする、祖母の声。いや、あれは祖母の声だったのか。私の声、ではなかったのか。(P75)

 

 

 

世のなかの仕事には隙間があるらしいと、和歌は思う。たとえば、女性誌の、結婚したくないという女性が増えている理由は何か、という取材に、だれが答えてもかまわないのだろうと思う。二十代の既婚者でも、四十代の未婚者でも、あるいは小説家でも画家でもスポーツ選手でも、インタビュアーの意図をいち早くくみ取ってくれる女性であれば、だれでもいい。三十代で未婚なんてけしからんというニュアンスの特集にしたければ、そう言ってくれる人が、三十代で未婚でどこが悪いのという論調ならば、そう言ってくれる人が必要なだけだ。そこさえ間違わずに、あとはちょっと気の利いたようなことを一言二言言えば、この手の仕事は増えていくのだろうと和歌は考えた。そんな「隙間の仕事」ならば、私はやらないという誇り高き人もきっと多くいるのだろう。だからますます隙間は広がる。ならば私は、その隙間を埋めると和歌はひそかに決意する。だれでもいい、ならば本田和歌でもいい、という扱いでかまわない。名前が一文字くらい問違っていたってかまわない。実際に、和歌の思う「隙間の仕事」は繁殖していった。女性誌でコラムを書く。するとべつの雑誌から、似たような題材で依頼がくる。……。(P200)

 

 

帰国したという報告もなく、この先どうしようかという話し合いもなく、いきなりの拒絶。自分のモチーフを盗られたと勘違いして仙太郎が怒っているのだとばかり、和歌は思っていた。けれどそうではないと気づいた。母の言ったことが、つまりは仙太郎の気持ちなのだ。いい気になるな、どんなにたいそうなことをしているのかと、あんなに何度も言われてきたではないか。
仕事をしようとすれば、それだけになる。自分の時間を自分のために使うことしかできなくて、他人を思いやる想像力を持てなくて、自分の汚した皿を自分で洗うのも、だれかにそうさせられているって思っていやいや洗う、そういうことしか、できないんじゃないかな―― かって放たれたいくつもの言葉が、母の呪詛にぴたりと重なった。でかい顔されても。女のくせにがつがつして。文化人気取り。子どもを犠牲にしてできたものだろ。あんたはおかしい。くだらねえ会。どうして、どうしてちゃんとできないの。きみと暮らすのは無理だ。顔つきが卑しくなったよ。仙太郎と母、どちらのものか、もう判断のつかない言葉が浮かび上がっては消え続ける。今もなお。母の言っていたことも、仙太郎の言っていたことも、きっとただしいのだと和歌は思う。腹から出ることのなかった子を亡くし、それでも平気で仕事をし、ときにそのことを忘れてきたのだ。そんな女が世のなかにいるはずがない。そんな人間に、人に届く何かが書けるはずはない。人の営みが書けるはずがない。仙太郎はあのとき、私を貶めようとしていたのではない、事実を言っていただけだ。そのことに思い当たると、ひんやりと全身が冷たくなった。何をいい気になって、小説など書いてきたのか。家のことを他人にぜんぶ押しつけて、何を夢中に書いていたのか。この先も書いていけると、どうして無邪気に信じられたのか。自身を責めるように考えていると、タエが思い浮かんだ。モノクロ写真で見た、まだ母でも祖母でもないタエである。タエもこんなふうに思ったのではないかと、和歌は思うのだった。(P237)

 

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いつも自転車通勤で通っている道の すぐ1本横の道を何気なしに走ったとき ミッシェルブランを見つけました。後日、評判のドゥ・ショコラ(540円)を買いに立ち寄りました。
ミルクとビターチョコのムースが濃厚で 今まで食べたチョコレートケーキの中ではベストだと思います。プレタンティーヌ(540円)も女の人好みの味でとても美味しかったです。店員さんの話ではケーキ(プティガトー)はJR名古屋高島屋よりも品数が豊富ということなので、これからはここに立ち寄る楽しみが増えました♪

 

ミッシェル・ブラン
名古屋市西区児玉3

 

12月17日 名古屋センチュリーホールの SHOGO HAMADA ON THE ROAD 2015 "Journey of a Songwriter" に行ってきました。 前回のコンサートから4年、久しぶりのコンサートでした。


3階席でステージからは遠かったけれど、1階席の人の盛り上がりの様子やステージ全体が良く見えました。定刻の6時30分から9時45分まで、歌いまくり、踊りまくりで大満足のコンサートでした♪。浜省は4年前は太ったなぁというのが第一印象でしたが、今回は62歳とは思えないくらい若々しくスリム?な印象を受けました。
省吾 今日は楽しいひとときをありがとう。浜省に負けないように、浜省を励みにして頑張るね。健康には十分注意してね。次のツアーを楽しみにしています♪。
ありがとう。元気で。良いお年を!

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01 永遠のワルツ(Instrumental)
02 光の糸
03 旅するソングライター
04 マグノリアの小径
05 美しい一夜
06 サンシャイン・クリスマスソング
07 瓶につめたラブレター
08 花火
09 五月の絵画
10 ハッピー・バースデイソング
11 夢のつづき
12 夜はこれから
13 恋する気分
14 きっと明日
15 アジアの風 青空 祈り Part1 風
16 アジアの風 青空 祈り Part2 青空
17 アジアの風 青空 祈り Part3 祈り
18 誓い

休憩(スライドショー)

19 光と影の季節
20 Thank You
21 I am a father
22 君の名を呼ぶ
23 ON THE ROAD
24 J.BOY

(アンコール)
25 二人の夏
26 ラストショー

(アンコール)
27 永遠のワルツ

(アンコール)
28 青空のゆくえ
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あらすじ
91歳の誕生日を前にしたある朝、小説家の私に長年付き添ってきた寂庵のスタッフたちが一斉に辞意を伝えた。自分たちを養うために働くのはもうやめて、これからは大事な仕事だけに専念してほしい、との彼女たちの思いに心打たれた私は、「卒寿の革命」を決意する。ただ一人残った最年少のスタッフ、24歳のモナとともに新たな生活を始めた私は、間近に迫る自らの死を思い、最後の連載「死に支度」を始める。それは、これまでの人生を振り返り、出会ってきた愛する人々や出家者たちの死に様を通して、自らの「理想の死に方」を探る旅だった。

 

ひと言
今年の11月に見た NHKスペシャル「いのち 瀬戸内寂聴 密着500日」という番組の中で紹介されていた本です。突然誰の目線で書かれたものなのかわかりにくい箇所もありましたが、寂聴さんでないと書けないような言葉にハッとさせられました。寂聴さんが 忙しいのに 人に会う約束をするという話を読んだときは、重松 清さんの「峠うどん物語」の 奥さんの車椅子を押してご近所を毎日散歩して、お世話になったひとたちと挨拶を交わしたいという奥さんのことを思い出しました。
この本を書いてすぐ、腰痛で入院、胆のうガンも見つかり手術。現在はそのときの闘病生活のことも含めた「いのち」というタイトルの本を書かれているということなので、お体を大切に、無理をなさらないようにして書き続けてください。「いのち」を読むのを楽しみにしています。

 

 

 

 

 

「ハンちゃん、私の白衣、みんな手を通しているでしょ。まっさらを急いで用意しておいて」と言うなり、祇王寺で見てきた繭色にくすんでしまった智照尼の白衣のさまを話した。「なかなか死ねないと羽二重は黄ばんでくるものらしいわ」ハンちゃんは洗いものの手を休めず、平然と言った。「用意は出来ています。三年毎に下して、新しいのに更えています。万一私かお先に逝っても、誰にでもわかるようにそのトランクには張紙してあります」「へええ、さすがはハンちゃんね、ついでに私にも見せておいて」ハンちゃんは顔色も変えず納戸に私をつれていくと、二つの使い旧したトランクをひっぱりだして見せた。「庵主死装束」と張紙した白いトランクの中に、まっ白の下着から腰紐の類まで整然と入っていた。足袋もまっさらのが二足ある。「どうして足袋が二足なの?」「私ひとりの縁起かつぎです。もしかして、お棺の中でよみがえったら、足袋をはきかえて帰ってきて下さいと」私は笑おうとしたのに涙があふれてきて、その場にしゃがみこんでしまった。
(春の革命)

 

 

 

操さんの病間になっている仏壇のある奥の八畳に、操さんの病床を囲んで家族全員が集っていた。「お母さん、寂聴さんが来て下さったよ」愛さんが鼻にかかった涙声で病人に顔を近づけて告げ、私に席をゆずった。操さんは私のさしだした手をしっかりと握った。見開いた両眼から涙がふきあふれた。どう見ても、それは臨終の座敷だった。私は自分が何を言っているのかもわからなくなり、やせ細った操さんの手を撫でさすりながらつぶやいていた。「操さん、みんな集ってるのね、家族がひとり残らず。お父さんも、子供たちもひとり残らずよ。しあわせね、操さん、こんなやさしい家族に愛されて、守られて……ありがたいわね」操さんの手が私の掌をつかんだ。思いがけない強さで、痛いほど握りしめられ、操さんの声がはっきり聞えた。「……だから……だから、どうしてこの人たちの中から、わたしひとり、わたしひとり、ぬけていかなならんのですか、いきとうない……」家族たちの間から押えきれないすすり泣きがわきおこった。
(臨終行儀)

 

 

天台寺に私の造った二百基の同じ型のお墓の一つを私の墓と定めているのに、その墓に刻む墓碑銘すら、まだ書いていません。今となっては、いつ死ぬかしれないので、どうしてもその言葉を書いておかなければならないのです。天台寺へ行く度、今度こそと思いながらまだそれすら果していないのです。遺書も正式のものはありません。「死に支度」はそういうことも必要なのに、毎月その小説の締切にうなりながら、何ひとつ現実的に必要なことが出来ていないのは、誰よりも、モナが承知しているでしょう。モナがよく私に文句をいいます。この忙しい時に、なぜ人に逢う約束をするのかと。二十六のモナにはわからないだろうけれど、私の年になると、誰に対しても、これが逢う最後かと思ってしまうのです。ま、ひそかに心の中で、この世の別れを告げておこうという気持が先だって無理にも逢ってしまうのです。
(幽霊は死なない)

 

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あらすじ
敏腕編集者・牛河原勘治の働く丸栄社には、本の出版を夢見る人間が集まってくる。
自らの輝かしい人生の記録を残したい団塊世代の男、スティーブ・ジョブズのような大物になりたいフリーター、ベストセラー作家になってママ友たちを見返してやりたい主婦……。「現代では、夢を見るには金がいるんだ」。牛河原がそう嘯くビジネスの中身とは。牛河原が彼らに持ちかけるジョイント・プレス方式とは。現代人のふくれあがった自意識といびつな欲望を鋭く切り取った問題作。


 
ひと言
『ラブアタック! 』に1978年みじめアタッカーとして何回も出場した百田尚樹(結構 年配の関西人しかわからないと思うけど…)、長年『探偵!ナイトスクープ』のチーフライターだった百田尚樹。みたいな、てきな、ノリで書かれたような本。やっぱり『永遠の0』や『海賊とよばれた男』のような作品を読みたいなぁ。百田さん、お願いします。

 

「知ってるか。世界中のインターネットのブログで、一番多く使われている言語は日本語なんだぜ」「本当ですか」「今から七年前、二〇〇六年に、英語を抜いて、世界一になったんだ。当時のシェアは三十七パーセントだ。今ならもっと増えてるだろう」荒木は驚いた顔をした。「七十億人中、一億人ちょっとしか使わない言語なのに。それはどういうことですか?」「日本人は世界で一番自己表現したい民族だということだ」
(1 太宰の再来)

 

 

「あの手の根拠のない自信を持っている若者をその気にさせるのは簡単なもんだ」牛河原は手羽先をかじりながら言った。「自分はやればできる男、と思っているからな。自尊心にエサを垂らしてやれば、すぐに食いつく」「やればできるって、便利な言葉ですね」「まったくだ。近頃のガキは子供の頃から、親や教師から『君はやればできる子なんだから』などと言われ続けているもんだから、大人になってもそう思い込んでいる。でもな――本当にその言葉を使っていいのは、一度でも何かをやりとげた人間だけだ。何一つやったことのない奴が軽々に口にするセリフじゃない」「何か妙に耳が痛いです」荒木が苦笑しながら言った。
(2 チャンスを摑む男)

 

 

「本なんか本当は町の印刷所で自費出版で出せばいいんだよ。そうすれば今日の阿久沢という客が言っていたように三十万円もあればできる。ページ数が少なくて、少部数のものなら二十万もあれば十分だ」「そんなのちょっと調べたら簡単にわかることなんですが、なぜ、うちの客は百万も二百万も払って、本を出すんでしょうか」「自費出版じゃステイタスが上がらないんだ。金を使って自己満足で本を作ったと、周囲に受け取られる。それでは本を出す意味がないんだ。ところが丸栄社で出せば、これは自費出版ではない。ISBNコードもつくしな。一般書籍と同じ本ということになる。東野圭吾や宮部みゆきと同じように、全国の書店に並ぶということが客の自尊心を大いにくすぐるんだ。そこがキモだ」「実際は自分で金を出して作ってるんですけどね。それにISBNコードなんか個人でも取れるのに」「世間の人はそんなことは知らんさ。それに出版にかかる費用の半分は丸栄社が出していると信じている。客の頭の中では、自分の本はちゃんとした出版社が出した一般書籍なんだ」「そう思い込んでくれているんですね」「そう思い込ませるように持っていくのが、俺たちの仕事の大事なところだ」牛河原はタバコを取り出すと火をつけた。「国会図書館に納められるというのも、効きますね」「ああ、これは本当のことだしな。自分の本が永久に国会図書館に残るというのは、著者にとっては、俺たちが想像する以上に嬉しいことなんだ。実際には、永久に誰にも読まれないんだから何の意味もないんだが、自分の本が貴重な文化遺産か何かになったと勘違いするんだろう。……。」
(4 トラブル・バスター)

 

 

「日本の文学界には、主人公の心情を事物や風景や現象や色彩に喩えて書くのが文学的と思っている先生たちが多いからな。だから比喩をほとんど使わない作家や作品は評価されない。リーダビリティが高いと逆に低級とされる」「純文学って、僕、全然理解できないんですが」「純文学にはメタファーが含まれていることが多いからな」「それは何ですか」「暗喩とか隠喩とか呼ばれるもので、つまりある事象を描きながら、実は別のあることを表現しているといったものだ。しかしすぐにそのことがわかってはいけない。文学的な素養に溢れたレベルの高い読み手が、じっくり考えた末にやっとわかるくらいの難しさが必要だ。この難易度が高いほど高尚な作品と言われる」「何ですか、それは」荒木が呆れたような顔をした「パズルですか」牛河原が腹を抱えて笑った。
(6 ライバル出現)

 

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あらすじ
2014年1月3日、ひとりの歌手が食道がんで亡くなった。「関西の視聴率王」やしきたかじん。ベールに包まれた2年間の闘病生活には、その看病に人生のすべてを捧げた、かけがえのない女性がいた。夜ごとに訪れる幻覚と、死の淵を彷徨った合併症の苦しみ。奇跡の番組復帰の喜びと、直後に知らされた再発の絶望。そして、今わの際で振り絞るように発した、最後の言葉とは――。この物語は、愛を知らなかった男が、本当の愛を知る物語である。『永遠の0』『海賊とよばれた男』の百田尚樹が、故人の遺志を継いで記す、かつてない純愛ノンフィクション。

 

ひと言
いろいろ世間で騒動を起こしている本で、これは純愛ノンフィクションではなく純愛フィクションなのかもしれません。でもたかじんが亡くなったというのはまぎれもない事実で、この本の中に自分の親父のことを重ねながら読みました。
たかじんが亡くなって11日後の 2014年 1月14日 午後 9時12分 私の親父も81歳で亡くなりました。肺気腫でずーっと何年も入退院を繰り返していた親父でしたが、肺がんが見つかって…、体力的にもう手術は無理で…、年末には最後の正月を家族で過ごそうと自宅に戻っていました。私も最後の正月を親父と過ごそうと、少し早めに年末の休暇を取って大阪に帰りました。その親父が年末の28日、病院に戻りたいと言い出したので、「最後の正月を家族と過ごさずに、病院で過ごしたいのか!。勝手にしろ!」と きつい言葉を親父に投げつけてしまいました。今から思えば痛くてたまらなかったんだろうと思います。年末年始で病院が休みになると不安だったんだろうと思います。1月7日 前から申し込んであった緩和ケアの病院に空きができたのでそちらに転院することができました。点滴等の延命治療をすることもないので 見る見るうちに衰弱して、意識も混濁し、痛みも感じることなく眠るように旅立ったと思います。大阪と名古屋でしょっちゅう顔を見せに帰ってあげることもできず、親父の看病はお袋や弟夫婦に頼って世話になりっぱなしの親不孝な息子でした。ただ、亡くなる14日は名古屋から2人の娘たちも駆けつけて最後のお別れができたのが何よりうれしかったです。親父も孫娘に「頑張れよ」と声にはならないけれども自分で励ましてやるまではと精一杯頑張ってくれたんだと思います。その日、家族4人で車で名古屋の自宅に帰ってすぐ、お袋から親父が亡くなったという電話が入りました。

 

 

たかじんさんも うちの親父ももうすぐ3回忌。2人の冥福を心から祈ります。

 

 

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親父、言葉にできないくらい ありがとうの気持ちでいっぱいです。ずっとずっと親父のこと忘れないよ。親父はいつも俺の心のなかで今も生きているからね。ほんとうにありがとう。おつかれさま。安らかに眠ってください。

 

 

彼の食道ガンはステージⅢだ。手術が成功しても、五年後の生存率は三〇パーセントもない。再発したときは最後だ。そんな日が永久にやってこないことを願うが、もしその日が来たとしても、決してうろたえないでいよう。彼には最後まで希望を持たせる。病気のことで、彼の前では絶対に泣かない。いつかお別れするときが来たとしても、最後まで諦めない。笑顔でいよう。
(第一部 第七章 奇跡)

 

 

十月三日、たかじんとさくらは入籍に必要な戸籍謄本を取るために、いったん大阪に戻った。その日の夕方、たかじんは「ボーイズ」の相原康司に「大事な話があるから実印を持ってこい」と電話した。夜、相原が大阪のマンションにやってきた。「師匠、何ですのん? 大事な話って」たかじんはわざと深刻そうな表情をしてみせた。「実はな、言いにくいことやけど――、病気の治療で金がなくなってん」相原は黙ってうなずいた。キッチンからそれを見ていたさくらは、噴き出しそうになるのを懸命にこらえた。たかじんが言っていることは全部嘘だった。最初から相原をからかうつもりで呼び出ししたのだ。たかじんは重苦しい声で言った。「これからもどれだけ金がいるかわからへん。ほんで大金を借りることになったんやけど、お前、借金の連帯保証人になってくれ」「はい」と相原は即座に答えた。「いいですよ」「ほんまか。復帰でけへんかったら、返すあてはないんやで」「師匠のためなら、何でもやりますよ」さくらはその言葉を聞いて泣きそうになった。たかじんも一瞬言葉を詰まらせた。「ほんなら、これにサインして印鑑押してくれ」たかじんは一枚の書類を相原の目の前に差し出した。相原は署名捺印しようとして書類に目を通したが、その顔がみるみる崩れた。書類は「婚姻届」だった。「師匠、とうとう――」あとは涙で言葉にならなかった。
(第三部 第三章 希望)

 

 

久保田はレントゲン写真を見せながら、落ち着いた口調で言った。「林さんは腹膜播種です」初めて聞く病名だった。「それって――ガンですか」「腹膜内にお米の粒くらいの小さなガンが無数にできるものです」「治療方法はありますか」久保田は少し間を置いて、「ありません」と答えた。さくらは衝撃のあまり気を失いかけた。「どうすれば、いいんですか」「聖跡加病院では、ここまでくると緩和ケアをお勤めしています」緩和ケア(緩和医療)とは、患者が死を迎えるまで苦痛から解放することを主眼に置いた治療で、もはや命を永らえさせるものではない。「ハニーの時間は、あとどれくらいですか」「一、ニカ月でしょう」さくらは号泣した。これまで耐えに耐えてきた悲しみが一気に噴き出した。涙も声も抑えることができなかった。診察室で泣きじゃくるさくらを見つめる久保田の目も真っ赤だった。ひとしきり泣いたあと、さくらは訊いた。「運がよければ、春まで生きられる可能性はありますか?」「厳しいと思います」その瞬間、初めて「もう無理なのか!」と思った。この二年間どんな状況に陥っても一度も諦めなかったさくらの心が折れた。もうハニーにしてあげられることは何もないのか。本当にもうおしまいなのか――。そのとき、処置室で点滴を受けているハニーのことを思い出した。すぐにハニーのところに戻らなければ――私がいないと、彼は不安になるはず。さくらは涙を拭くと、久保田に一礼して、診察室を出た。廊下を歩く足が自分の足ではないような感じがした。処置室に入ると、ベッドに寝ていたたかじんがさくらを見た。その瞬間、彼は大きく目を見開いた。そして、言った。「――わかった」さくらは何も言えなかった。たかじんは悲しそうな顔をして静かに続けた。「さくらの顔見た瞬間にわかったわ」さくらがたかじんをベッドから車椅子に移し替える間、彼は黙ってさくらの顔を見つめていた。車椅子を押している間も、彼は後ろを向いてさくらから視線をはずさなかった。さくらの目から涙がぽたぽたとこぼれた。たかじんは車椅子を押すさくらの手にそっと手を添えた。「わかるよ。さくらはぼくにウソをつかれへんねんから――」さくらは小さな声で「ごめん」と言った。
(第三部 第五章 余命)

 

 

取材中、彼女が泣きだして、それ以上続けられないことが何度かあった。彼女が最も泣いたのは、腹膜播種の宣言を受けた話をしたときだった。このとき、彼女は「腹膜播種」という言葉を発することさえできず、スマホでその文字を打ち出して、私に見せたほどだ。辛い記憶を呼び起こさせる取材は、彼女にとっては残酷なことだったが、それを聞くほうもまた精神の疲労を強いられた。そして執筆しながら、何度も「愛」とは何だろうと自問した。私はこの物語は、愛を知らなかったやしきたかじんという男が、本当の愛を知る物語だと思う。そして、さくらはそれを伝えに来た女性だった。他人の人生をそんなふうに都合よく運命づけて見るのは、小説家の傲慢な見方ということは自覚している。だが、そうとしか思えないのだ。 しかし、愛を知ったたかじんには、もう時間はわずかしか残されていなかった。だが、彼は幸福に包まれて亡くなったと思う。以下の文章は、たかじんが最後に残したメモの中にあったものだ。

 

 

ここにきて命も寿命も受け入れられんのは、本間に会うべき人間と会ってしもたから 受けるべき愛情を知ってしまったから人生に金以上、仕事以上、遊び以上の価値を見つけたから 与えることもできんかった愛情をさくらに全部あげたい (原文ママ)
(エピローグ)

 

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気の合うグルメの友人に「千壽 名駅西店」というお値打ちなお寿司屋さんのランチに連れて行ってもらいました。席に着くと お通しですぐに茶碗蒸しが運ばれてきます。生カキフライランチ(茶碗蒸し・野菜サラダ・生カキフライ(大4コ)・お寿司7品盛り合わせ・お味噌汁(セルフサービス))これだけついて980円!!。もちろんお寿司屋さんなのでお寿司もぬかりなくおいしくておすすめのお店です。穴子一尾にぎりが千壽自慢の一品ということなので、今度はそれも食べてみたいです。

 

千壽(食べログ)
名古屋市西区名駅2