![](https://ssl-stat.amebame.com/pub/content/9477400408/amebapick/item/picktag_autoAd_302.jpg)
-追憶編-
「字が綺麗ですね」
市役所の職員に言われ、
「いえいえ、ありがとうございます」
と謙遜してみせる。
その日は帰り際、
偶然掲示板に書道教室の張り紙を見つけ、
ふと書道教室の先生を思い出す。
-小学生時代-
「字は性格を表すって学校の先生いってたけど」
「そうかもね」
「でも字って意識すれば変えられるやん」
「そうよ、だから魔法みたいなものよ」
「意味わからん」
「この人は誠実だとか信頼できるとか…」
「そう思わせる事ができるようになるの」
「詐欺師やん」
「…とにかく練習しなさい、役に立つから」
近所の山の麓に書道教室があり、
週に1回好きな日に通っていました。
教室の中には2匹の猫が放たれていましたが、
生徒の邪魔はしない賢い猫でした。
先生はとても優しい女の人で、
習字のおばちゃんと呼ばれていました。
私は先生の字が好きでした、
今でも尊敬している人です。
私は2年生まで硬筆をしていました。
「いつになったら筆でやらせてくれるん?」
「上手になったらね」
「硬筆の方が大事なのよ」
よくこんな会話をしていましたが、
結局3年生からはみんな毛筆に変わりました。
他の地区の書道教室ではすぐに毛筆、
どんどん試験を受けていくので、
下手でも級が上がって行きます。
「先生、他の地区の子より不利やん」
「なんでそう思うの?」
「下手やのに級が上やもん」
「そう言うのが欲しければ」
「そこに通いなさい」
そう言う生徒もちらほらいましたが、
その時だけ先生は険しい顔をしていました。
「字は資格では上手くならないの」
なんか頑固だなと当時は思ってはいましたが、
他の書道教室の先生が書いた手本を、
どう見ても上手いと思えず、
この教室でよかったと子供ながらに思いました。
ある日先生が教えてくれた事があります。
「字は最後の一画で上手く見せられるの」
生徒達に最後の一画を残させ、
先生が最後の一画を書いて周りました。
ほんとに魔法かと思うぐらい見事で、
バランスが整い力強く、
綺麗な字に生まれ変わりました。
実演して魅せる姿もかっこいいなと思い、
その日から、
最後の一画を意識して書くようになりました。
なんとなく上手くなっている気がしてきて、
小学校で書いた書き初めでは、
なにかの賞に出され大賞をとりました。
6年生で書道教室も卒業し、
高校生になった頃に、
偶然電車で習字の先生に会いました。
色々な話をしましたが、
「やっぱり立派な高校入ったのね」
「よく字が上手いって言われるよ」
「あんたはもともと上手だったからね」
「いや先生の字を真似してるからね」
謙遜していましたが、
先生は少し泣いていました。
最近、
その書道教室ももうないよと母から聞きました。
私が今、
唯一自慢出来るとすれば、
字が綺麗と言われることぐらいです。
中国でも漢字が綺麗と言われてきたので、
お墨付きかと思います。
妻も統合失調症の幻聴や妄想で、
私が偽物かもしれないと思うと、
字を書いてみせてと言ってきます。
学校や就活、
今は病院でも会社でも、
どこに行っても褒められるのは、
先生のおかげだなと、
今になって感謝しています。
字を書く事が少なくなった世の中、
文通の時代なら…
もう少しモテたかもしれません。
妻と私の人生も佳境かもしれませんが、
このままどうなったとしても、
最後の一画は私が筆を待ち、
全てのバランスを整えられたらと思います。
-追憶編- 小学時代